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Bittensorの分散推論 ~AIとブロックチェーンが融合する未来型ネットワークを調査~

2025/03/24に公開
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Bittensorの分散推論 ~AIとブロックチェーンが融合する未来型ネットワークを調査~

TL;DR

  • Bittensorはブロックチェーン技術を活用した分散型機械学習ネットワーク
  • ネットワークは「サブネット」と呼ばれる小規模コミュニティに分かれ、それぞれが特定のAIタスクに特化
  • マイナー(計算提供者)とバリデーター(評価者)の二役が協力・競争してネットワークを形成
  • 「Yumaコンセンサス」と呼ばれる独自の合意形成メカニズムで、AIモデルの出力品質を評価し報酬を分配
  • テキスト生成、画像生成、音声合成など30以上のサブネットが既に稼働中
  • 他の分散AIネットワーク(Golem、Akash、Fetch.ai)と比較して、「AIモデルの知能そのものを評価・報酬化」する点が独自性

最近、OpenRouterのDeepSeek-R1がBittensor上でホストされているという話を聞いて興味を持ち、Bittensorの分散推論の仕組みについて調査してみました。AIとブロックチェーンの融合がどのように実現されているのか、技術的な観点から深掘りしていきます。

1. Bittensorの技術的アーキテクチャ

ネットワーク構造

Bittensorはブロックチェーン(Subtensor)上に構築された分散型機械学習ネットワークです。このネットワークは「サブネット(subnet)」と呼ばれる小規模コミュニティに分かれており、それぞれが特定のAIタスク(テキスト生成、画像認識など)に特化しています。

各サブネットには独自のインセンティブメカニズム(評価方法)が定義され、参加するマイナーバリデーターが協力・競争してそのタスクを遂行します。Subtensor(基盤ブロックチェーン)は全サブネットを束ね、各ノードの登録情報や評価スコア、トークン残高などを記録する役割を果たします。

これにより、結果の記録や報酬配分が安全かつ透明に行われ、不正行為や市場操作に強い仕組みが実現されています。

Bittensorネットワークのサブネット構造概略図:
+----------------------------------+
|        Subtensor (ブロックチェーン)     |
|   - ノード登録管理                   |
|   - 評価スコア記録                   |
|   - トークン残高・報酬分配             |
+----------------------------------+
          |        |        |
    +----------+  +----------+  +----------+
    | Subnet 1 |  | Subnet 5 |  | Subnet 8 |
    | テキスト生成 |  | 画像生成  |  | 金融予測  |
    +----------+  +----------+  +----------+
    /    |     \  /    |     \  /    |     \
 マイナー マイナー マイナー マイナー マイナー マイナー マイナー マイナー
 (LLM)  (LLM)  (LLM) (画像AI) (画像AI) (画像AI) (予測AI) (予測AI)

ノードの役割

サブネット内のノード(参加者)はマイナーまたはバリデーターとして機能します。マイナーはサブネット内でAIモデルを実行し、与えられたタスク(例えばユーザーからの質問への回答生成や画像認識の実行など)を処理する役割です。バリデーターはマイナーの出力結果を評価・採点する役割で、結果の品質や正確性をチェックします。

このようにマイナーとバリデーターが対になって動作することで、モデル自体を公開せずともその出力の妥当性を検証できる仕組みになっています。各サブネットではバリデーター達が定められた基準(インセンティブメカニズム)に従ってマイナーを評価し、そのスコアがブロックチェーン上に報告されます。

AxonとDendrite

ノード間通信はクライアント-サーバモデルで行われます。Axonはマイナー側で稼働するサーバーで、外部からの推論リクエストを受け付けます。一方、Dendriteはバリデーター側で動作するクライアントで、マイナーに対してタスク(入力データ)を送信します。

バリデーターは、自分が評価対象とする複数のマイナーのAxonに対してDendrite経由で**シナプス(Synapse)**と呼ばれるデータオブジェクトを送り、マイナーからの応答(推論結果)が記入されたシナプスを受け取ります。

例えばテキスト生成サブネットでは、バリデーターが「プロンプト(指示文)」を含むSynapseオブジェクトを作成しマイナーに送り、マイナーはそれに基づいて文章を生成してSynapse内の結果フィールドを埋めて返します。

このAxon–Dendriteプロトコルにより、インターネット上のノード同士が直接P2P通信して分散推論を行います。全ノードのリストやアドレス情報は**メタグラフ(Metagraph)**と呼ばれるグローバルな台帳構造に記録されており、各バリデーターはまずメタグラフを同期して利用可能なマイナー一覧を取得します。

インセンティブとコンセンサス

Bittensorでは、各サブネット内でのマイナー・バリデーターの貢献度に応じてネイティブトークンTAO(τ)が報酬として配分されます。この配分計算はブロックチェーン上で動作するYumaコンセンサスによって行われます。

各バリデーターは定期的に「どのマイナーがどれだけ有益だったか」を示す重みベクトル(評価スコア集合)をブロックチェーンに投稿します。Yumaコンセンサスは、全バリデーターから提出された評価行列を集約し、マイナー報酬バリデーター報酬のそれぞれの配分比率を計算します。

この際、より「信頼できる」バリデーター(ステークの多いバリデーター)の評価に高い重みづけを与え、信頼性の低い評価は無視・減衰させる仕組みになっています。また、不正な協調を防ぐために**クリッピング(clipping)**という処理が導入されており、最も信頼されるバリデーターたちの評価値から大きく逸脱した評価については報酬が発生しないよう切り捨てられます。

以上のようなアーキテクチャによって、Bittensorは「AIモデルによる出力の価値を他のAIが評価し合い、その評価に基づきトークンで報酬を与える」という分散型の推論マーケットを実現しています。

2. 主なユースケース

分散推論の用途

Bittensorの分散型AIネットワークは、多様なユースケースで活用が期待されています。実際、既に30以上のサブネットが立ち上がっており、コンテンツ生成データ処理LLMエコシステム分散インフラ金融ゲーム医療など幅広い分野のアプリケーションが展開されています。

従来は中央集権的なサービスで提供されていた高度なAI機能を、Bittensorではコミュニティ主導の分散ネットワークで提供することで、新たな価値を生み出しています。以下に代表的なサブネット(ユースケース)例を挙げます。

対話型AI・テキスト生成(Subnet 1)

Opentensor財団が運営するテキスト生成特化のサブネットで、大規模言語モデル(GPT-3/GPT-4など)による文章生成サービスを分散的に提供しています。バリデーター(対話アプリ等の利用者に相当)はマイナーにプロンプト(質問や指示)を送り、各マイナーがそれに基づく回答テキストを生成します。

生成結果はバリデーターにより品質評価され、最も良い回答を生成したマイナーに報酬が与えられます。これにより、例えば分散型のChatGPTのようなサービスを実現できます。

画像生成(Subnet 5 他)

テキストから画像を生成するサブネットでは、マイナーがユーザーのプロンプト(要求)に基づいて画像を作成し、バリデーターが出来上がった画像を評価します。評価基準としては「プロンプトの内容との合致度」や「画像の美的魅力」などが用いられ、さらに同じようなスタイルばかりの画像にならないよう多様性も考慮されます。

その他の応用例

  • 音声合成・生成(Subnet 3): MyShell社が開発するTTS特化サブネット
  • 3Dコンテンツ生成(Subnet 17): 3Dモデル生成に焦点を当てたサブネット
  • 金融予測(Subnet 8): ビットコイン価格予測などに注力するサブネット
  • 科学技術計算(Subnet 25): タンパク質構造予測などの科学計算プラットフォーム

以上のように、Bittensorの分散推論ネットワークは生成AI予測モデルマルチモーダルAI科学研究まで多岐にわたるユースケースを持ちます。オープンソースのモデル開発や商用サービスの基盤として利用することも可能であり、中央集権型のAIクラウドに代わる新たな選択肢として注目されています。

3. セキュリティ対策

信頼性の確保

分散ネットワークにおける信頼性確保のため、Bittensorはステーク加重型の信頼評価ハイブリッドコンセンサスを採用しています。先述のYumaコンセンサスでは、バリデーターの評価に重みづけを行う際にそのバリデーターのステーク量(預けているTAOトークン量)を考慮します。

すなわち、多くのTAOをステーキングしコミュニティから信任を得ているバリデーターほど、その評価が信頼に値するとみなされ強く反映されます。このProof-of-Stake的な要素により、不正確な評価を行うだけの"なりすましノード"ではネットワークに影響を与えにくくなっています。

またBittensorはProof-of-Work的な要素も組み合わせたハイブリッド設計であり、ネットワーク参加時やブロック生成時に計算コストを払う仕組みも導入しています。例えば、新規にマイナーとして参加登録する際にはSHA256計算によるパズル解決(PoW)または所定の手数料支払いが必要となり、これによってSybil攻撃(大量の偽ノード乱立)やスパム参加を防いでいます。

不正ノードの排除

Bittensorでは経済的インセンティブを通じて不正・無価値なノードを自然淘汰するメカニズムを備えています。各サブネットにはマイナーとバリデーターの参加数に上限があり、一般に「最大64名のバリデーターと192名のマイナー」までと定められています。

この枠を超えて新たに参加したいマイナーが現れた場合、ネットワーク上でパフォーマンスが最下位のマイナーが自動的に登録解除され、マイニング権を失います。そのため、マイナーは常に他のマイナーと性能を競い合い、一定水準以上の貢献をし続けないと継続参画できません。

この競争原理により、計算リソースを提供する気がないノードや、デタラメな回答ばかりするノードは自然と排除され、ネットワークの全体品質が維持されます。バリデーター側も同様で、各サブネットでステーク上位64名までしか評価を投稿できないため、大きなステーク(信用)を持たない不正目的の評価者は影響力を及ぼせません。

4. 参加方法

参加形態と必要スキル

Bittensorネットワークに参加するには、大きく分けてマイナー、バリデーター、そしてサブネット作成者(オーナー)のいずれかの役割でノードを立てる必要があります。一般的に、マイナーとして参加するハードルが最も低く、次いでバリデーター、サブネットを一から立ち上げるオーナーは高度な知識を要します。

マイナーになるには対象サブネットのAIモデルに関する専門性と、それを動かす計算資源(GPU等)が必要です。例えばテキスト生成サブネットであれば大規模言語モデルを扱えるGPU(VRAM数十GB級)や高速なネットワーク回線、十分なメモリ・ストレージが求められます。

バリデーターになる場合、評価アルゴリズム(例えば出力の品質を判定するスクリプト)の知識に加え、相応のステーク(TAOトークン保有量)が必要です。いずれの場合も基本的にLinux環境でノードソフトウェアを動かすことになるため、LinuxサーバやDockerの操作、PythonによるBittensor SDKの利用などのスキルがあると望ましいでしょう。

ノード構築の手順

ここでは一般的なマイナー参加の手順を概観します。まず公式ドキュメントやコミュニティ情報を参考に、自分が参加したいサブネットを選定します。サブネットによって要求されるハードウェアやモデルが異なるため、自分の専門性やリソースにマッチしたものを選ぶことが大切です。

次に、Bittensor用のウォレットを作成します。ウォレットには長期保管用の「コールドキー」とノード登録用の「ホットキー」があり、btcli wallet newコマンド等でキー生成が可能です(セキュリティのためコールドキーはオフラインで保管)。

続いて、Subtensorブロックチェーンのノードに接続しつつ、自身のホットキーを使って選んだサブネットへの登録トランザクションを発行します。例えばSubnet 1にマイナー参加する場合、以下のようなCLIコマンドでネットワークに登録申請を行います:

btcli subnet register --netuid 1 --wallet.name <コールドキー名> --wallet.hotkey <ホットキー名>

この登録には前述の通り所定のTAO手数料が必要で、送信が成功するとブロックチェーン上に自分のUID(ユーザID)が割り当てられます。登録完了後、マイナー用ソフトウェア(Python SDKやサブネット固有のマイナー実装)を起動し、自身のAxonサーバを立ち上げます。

これでネットワーク上のバリデーターから推論リクエストを受け取れる状態になり、あとは自動的にタスクを処理していくことでマイニングが開始されます。

トークン報酬の受取

マイナー・バリデーターいずれの場合も、活動の成果に応じたTAOトークンが自動的にウォレットのホットキーアドレスへと振り込まれます。報酬の計算・分配は毎ブロックまたは一定のエポックごとに行われ、Subtensor上の残高として加算されます。

得られたTAOはbtcli balanceコマンドで確認したり、必要に応じてbtcli transferコマンドで別の自分のアドレス(コールドウォレットや取引所アドレス)に送金したりできます。TAOトークンは公開市場で取引可能な暗号資産であり、主要な取引所で他の通貨に交換することも可能です。

5. 他の分散AIネットワークとの比較

Bittensorと類似コンセプトを持つプロジェクトや、分散コンピューティング領域の他プロジェクトとの比較を行います。

Golem Network

Golemはイーサリアム上で動作する分散型コンピューティングパワーのマーケットプレイスです。世界中のノード提供者から計算資源(CPU/GPU時間など)を買いたいユーザーが直接取引できるプラットフォームで、「分散型スーパーコンピュータ」と称されます。

Bittensorとの大きな違いは、Golemは計算リソースそのものの売買に注力しており、提供された計算結果の質をネットワークが評価する仕組みは特にありません。一方Bittensorは、各ノードが提供するのは「計算リソース」ではなく「機械学習モデルから得られる知見・推論結果」であり、それをネットワーク内の他ノードが評価・スコア付けする点がユニークです。

Akash Network

AkashはCosmos SDK上に構築された**分散型クラウド(コンピュートリソースのマーケットプレイス)**です。利用者はAkash上でコンテナ(Dockerイメージ)をデプロイするリクエストを出し、プロバイダーとなるノード(データセンターや個人サーバ)がそれをホストして処理します。

Bittensorとの比較では、Akashも計算資源そのものを扱う点でBittensorとはアプローチが異なります。Akash上で機械学習モデルをホスティングすることも技術的には可能ですが、そこで得られる推論結果の品質評価まではネットワークが面倒を見ません。

Fetch.ai

Fetch.aiは分散型のAIエージェントプラットフォームです。ブロックチェーン上で動作する自律エージェント(AIプログラム)同士が、データの収集・分析・売買や、タスクの相互委任などを行えるようにすることを目指したプロジェクトです。

直接的に比較すると、Fetch.aiは「AIとブロックチェーンを用いたサービスの自動化」にフォーカスしており、個々のAIモデルの推論そのものを皆で評価して性能を高める、といったBittensor的な要素は持ちません。

Bittensorの総評

他の分散型コンピューティング/AIプロジェクトと比べて、Bittensorの最大の特徴は「機械学習モデルの知能そのものをピア評価によって数値化し、インセンティブ化する」という革新的なコンセンサスメカニズムにあります。これにより、大規模モデルから小規模モデルまで多様な知能が一つのネットワーク上で価値を発揮でき、単一企業に依存しないボトムアップ型のAIエコシステムを構築できると期待されています。

利点として、ネットワーク参加者全員が報酬を得ながら協調しモデル群を発展させていくため、オープンソースAIの持続可能性や性能向上に寄与する点が挙げられます。一方、欠点・課題としては、ネットワーク内でタスクの冗長実行(多数のマイナーが同じ質問に答えるなど)が発生するためリソース効率が劣ること、評価手法の妥当性次第で報酬配分が適切に行われるかが変わるためタスク設計の難易度が高いこと、そして参加の初期コスト(高性能GPUや大量のステーク)が大きく新規参入障壁があることなどが挙げられます。

しかし総合的に見て、BittensorはブロックチェーンとAIを組み合わせた分散型インテリジェンスネットワークの先駆けとして非常にユニークであり、「モデルを共有し競争させることで全体の知能を底上げする」というWeb3時代のAI開発モデルを提示している点で大きな意義があります。

個人的な感想

Bittensorのような分散型AIネットワークは、AIの民主化と持続可能な開発エコシステムの構築という点で非常に興味深いアプローチだと思います。特に、中央集権的な大企業によるAI独占に対するオルタナティブとして、コミュニティ主導でAIモデルを育てていく仕組みは、今後のAI開発の一つの方向性を示していると感じます。

ただ、現状ではまだ参入障壁が高く、一般のAI開発者や研究者が気軽に参加できる状況ではないようです。高性能GPUの確保やTAOトークンのステーキングなど、初期投資が必要な点は課題でしょう。また、評価メカニズムの公平性や透明性をどう担保していくかも、長期的な成功のカギになると思います。

それでも、OpenRouterがDeepSeek-R1をBittensor上でホスティングするなど、実用的なユースケースが出てきている点は注目に値します。今後、より多くのAIサービスがこうした分散型インフラを活用するようになれば、AIの利用コストが下がり、多様なモデルへのアクセスが広がる可能性があります。

Web3とAIの融合は始まったばかりですが、Bittensorはその先駆けとして、分散型の知能ネットワークという新たな可能性を示してくれています。今後の発展に注目していきたいと思います。

参考資料

以上。

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