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崩れるサンセリフ

2023/12/16に公開

この記事では直近のデジタルメディアの潮流とそれに伴うサンセリフのグリフに起こっている流行に関して書き留めておこうと思っています。

サンセリフの概略

まずサンセリフというジャンルの歴史的な沿革を辿っていきます。

勃興から19世紀末まで

サンセリフはもともとセリフに相対する概念で、画の端点にウロコ (serif) をもたない (sans-) ことからある区分ですが、その歴史は19世紀のヴィクトリアンまで遡ります。このときは産業革命直後ということもあって大量生産に向いた媒体が好まれ、広告として黒々としたタイポグラフィが相性よかったことから広まりました。サンセリフではないですがスラヴセリフのClarendonなどもこの時期に生まれています。

そこから大量生産へのカウンターとしてのアーツ・アンド・クラフツ運動があるとややサンセリフはいったん潮流から外れていきます。この時期にできたEckmannなどのデザインフォントはいまもドイツの地下鉄の入り口にその姿を残すなどしています。

20世紀初頭からノイエ・タイポグラフィまで

20世紀初頭になると曲線が特徴的なアール・ヌーヴォーへのさらなるカウンターとして幾何学的なディテールが主流になります。この流れの延長線上に知られるのが1910年代のバウハウスで、抽象表現などを巻き込んでアール・デコに繋がります。書体としてのトレンドも例外ではなく、bauhausなどの幾何学的なフォントやpeignotなどのアール・デコに立脚したフォントが流行っていきます。

これらの流れをもとに1920年代に、現在までその影が残る二つの潮流が生まれています。
一つが過去の歴史的な書体から改良を施す研究によってなされたムーブメントで、Gill Sansやセリフに目を向けるならBaskervilleといった書体がこの時期に世に出ています。もう一つがヤン・チヒョルト[1]によるノイエ・タイポグラフィです。ノイエ・タイポグラフィの為した仕事としてはFuturaが今なおその有名を誇っています。

この時期に登場したジオメトリックサンセリフの二大書体であるGill SansとFuturaは、実際には視覚調整がかなり施されており、前の流行にあたるbauhausなどよりはやや文字通りのジオメトリックから脱却しています。

スイス・タイポグラフィ

ノイエ・タイポグラフィは二次大戦を挟んでAkzidenz Groteskとしてスイスから主に流行を生み、サンセリフの金字塔HelveticaとUniversは戦後この時期に誕生します。ただしAkzidenz GroteskはFuturaの延長線上に開発されたものではなく、どちらかというとジオメトリックに対する反駁として19世紀のグロテスク体をベースにして開発されています。

同時期にはヨセフ・ミューラー=ブロックマンによるグリッドシステムも考案され、こちらも現代までその面影を残しています。この後スクリプト書体の流行などに伴ってサンセリフとしての書体の新たなブームはやや下火になりますが、スペースエイジのブームの際のEurostileやヒューマニストのFrutigerなどその時々の流行にあった書体が、他のデザイン書体と同列に流行ることはありました。

1990年代のスイス・タイポグラフィ再燃

1990年代ごろを境にスイス・タイポグラフィが再燃して、これに巻き込まれる形でジオメトリックサンセリフも含めてリバイバルの流れができます。Helvetica Neueなどがこの時期になります。2000年代になるとDTPの発展もこの流れ[2]を加速させました。

スマホの普及と表示サイズの可変性

スマホの普及に伴って書体に新たな状況と自由度が生まれ、あらゆる表示要素はディスプレイ上で自由に拡大縮小できるのが当たり前になりました。そして同時に、表示サイズが紙面の時に比べ格段に小さくなりました。

たとえば最近ファッションブランドによくみられるロゴのリニューアルはかなり明確にこの影響を受けていて、アイコンにしたときにセリフ体ですらグリフが潰れてしまうような事情が背景にあります。FerragamoやSaint LaurentやBerlutiなどがこの例です。一旦このムーブメントに乗ったものの結果的に撤回した例もありBurberryやGapがあります。

こういった流れによってオンスクリーンにおけるタイポグラフィではサンセリフがかなり幅を利かせていると言える現状になっています。UIフォントとしてもサンセリフは幅広く採用されています。

他の側面としてオンスクリーンタイポグラフィにおける大きさの可変性があります。動的に文字の大きさが変わるメディアとしてスクリーンは表現の幅を広げ、実際にそういったモーションは市民権を得ました。

これらが複合的に機能した結果これまで印刷物では概念として薄かった“デフォルトのフォント”の概念が新しく生じて、かつその部位にHelveticaをはじめとするグロテスクが入っていくと、リバイバルによってブラッシュアップされていた書体に対する新しい動きが生じます。完成されたフォントに対していくらか視覚的に引っかかる箇所を意図的に作るといったアクセントが書体にあっていいという解釈が生じます。これはデザイン書体などの文脈から派生したものとは別に、既存のグロテスクに、ある種見飽きたゆえに生じたことであると考えられます。

飽和するサンセリフ

サンセリフに対してアクセントをつけるなどのグラフィック的なアプローチをとることが選択肢に入る、かつ、書体制作もまたコンピュータによってそのハードルが下がると、これらのムーブメントにフォントを作る、文字を作る方面からアプローチする層が生まれました。

いまはこの動きが広がっていく渦中にあると考えています。この動きは文字デザインを頼むクライアントにも、ある種の“認証”として働きます。たとえば最近だとLINEが[3]システムフォントを作り (LINE Seed JP) 、Twitterが[4]システムフォントを作り、テレ朝やTBSなどのテレビ局もコーポレートフォントを制作しました。

今や溢れるほどあるサンセリフをデザインにおけるアイデンティティとして捉え、そのままブランディングに活かすという行為がかなり普及する[5]ようになったことを意味します。

もちろんこうしたムーブメントにおいて実際にフルスクラッチで作ることもあるでしょうが、過去に実例を探す方向もとりえます。かつて線数の粗い印刷技術しかなかったときにインクドロップを設けたサンセリフなどの要素を、サンセリフに取りうるアクセントとして見出して、肥大化した書体や、線幅の太い部分とそうでない部分のコントラストを逆にしたロゴはかなり明確に過去に例を学んだことが表れる例です。

むすびに

このような時間的経過の延長線上に何があるのかを考えたとき、もはや書体をつくるという行為、それにアイデンティティを見出させる行為はたんに表現の選択肢として(いわば宗教戦争的に)存在している以上に、それによって実利があると考えられたうえでとりうる選択になりつつあることを示します。そしてそれにかかるコストもどんどん下がっていることを示しています。

しばらくはこうしたワンオフの書体が様々なメディア[6]に要請されることが止まることはないといえるでしょう。

そしてこのサンセリフにおける大量生産/大量消費的なリッチな使い方は、本稿の一番最初、19世紀の産業革命時にその相似形を見出すことができます。産業革命時には大量生産へのカウンターとしてアーツ・アンド・クラフツ運動が興隆したことを考えると、今後似た流れが生じうることが考えられると述べて本稿を終わりたいと考えます。

脚注
  1. 紙面レイアウトに関するカノンを提唱し、ヤン・チヒョルトのカノンとしても有名 ↩︎

  2. 組版自由度が上がったために、書体としての耐用性がより高いレベルで求められるようになった ↩︎

  3. LINEヤフーに社名が変わりましたね ↩︎

  4. Xに社名が変わりましたね ↩︎

  5. この場合書体をつくるかつくらないかという選択は、単にそこに資金がつぎ込めるかという程度の違いにしかなりません。仮につくらずとも、ほとんどの人によって見たことのない、そのブランドでしか目にしたことのない書体を探し当てることは十分可能になっているということです ↩︎

  6. アプリでも、Webサイトでも、およそアイデンティティを示したいその組織のつかうものすべてがありえます ↩︎

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