Tesseract.jsでカスタムモデルのトレーニングとOCRを確認できる仕組みを作った
はじめに
以前にyomitokuで作る日本語OCR Webアプリの記事を投稿させていただきました。
ただ、yomitokuも商用で使用する場合は商用のライセンスが必要とのことで、今度はTesseract.jsでカスタムモデルのトレーニングして使えないかと考えました。
いろいろとTesseract.jsを調べてみて標準モデルを使用した例はあるのですが、自分でトレーニングしたカスタムモデルを使用する具体的な例が見つからず、ここは一丸発起でチャレンジすることにしました。
公式ドキュメントには標準モデルの使い方は豊富にあるんですが、カスタムモデルのトレーニングから実際にブラウザで動かすまでの一連の流れを扱った例はほとんどなく、特に以下の点で困りました:
- Tesseract 5.x系でのLSTMモデルのトレーニング方法
- トレーニングしたモデル(.traineddata)をTesseract.jsで読み込む方法
そこで、モデルのトレーニング環境とブラウザでの動作確認ページを統合した開発環境を作りましたので、何かの参考になれれば幸いです。
作ったもの
リポジトリには以下が含まれています:
-
Webアプリケーション(
app/)- Tesseract.js v5を使った日本語OCR
- 標準モデルとカスタムモデルの切り替え
- モデルの事前ロード機能
- 画像を表示したまま複数モデルで再実行可能
-
モデルトレーニング環境(
train/)- Dockerベースの完全なトレーニング環境
- 日本語フォントからトレーニングデータを自動生成
- Tesseract LSTMモデルのファインチューニング
-
GitHub Pagesデモ
https://tamoco-mocomoco.github.io/training-tesseract-js/
技術スタック
フロントエンド(app)
- Tesseract.js v5 - ブラウザで動くOCRライブラリ
- Vite - 高速な開発サーバーとビルドツール
- Vanilla JavaScript - フレームワークなしのシンプル実装
トレーニング環境(train)
- Tesseract OCR 5.x - OCRエンジン本体
- Python 3 - トレーニングデータ生成スクリプト
- Docker / Docker Compose - 環境の再現性確保
プロジェクト構成
train-tesseract-jp/
├── docker-compose.yml # app + train の統合環境
├── app/ # Webアプリケーション
│ ├── Dockerfile
│ ├── index.html
│ ├── main.js # OCRロジック
│ ├── style.css
│ ├── vite.config.js # GitHub Pages対応
│ └── public/
│ └── tessdata/ # カスタムモデル配置場所
│
└── train/ # トレーニング環境
├── Dockerfile
├── retrain.sh # ワンコマンドでトレーニング
├── scripts/ # トレーニングスクリプト
├── source/ # トレーニング用テキストデータ
├── fonts/ # カスタムフォント
└── output/ # トレーニング済みモデル(appと共有)
標準モデルとカスタムモデルの比較
実際に運転免許証のサンプル画像でOCRを実行し、標準モデル(jpn)とカスタムモデル(jpn_custom)の認識結果を比較してみました。
標準モデル(jpn)の認識結果

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カスタムモデル(jpn_custom)の認識結果

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微妙だがOCRの結果は違った
精度自体の向上は限定的ですが、モデルによって認識結果が明確に異なることが確認できました。
住所のところなどちょっとずつ違いますね。
- カスタムモデルは独自のトレーニングデータで学習されている
- ドメイン特化のテキストでトレーニングすれば、特定用途での精度向上が期待できる
- モデル切り替え機能により、複数モデルでの結果比較が容易
今回は汎用的なトレーニングデータを使用しましたが、運転免許証や請求書など特定のフォーマットに特化したテキストでトレーニングすることで、より高い精度を実現できる可能性があります。
実装のポイント
1. モデルの事前ロード機能
Tesseract.jsでは、OCR実行時にモデルのダウンロードと初期化が行われるため、初回実行時に数秒待つ必要があります。これを改善するため、モデル選択時にバックグラウンドで事前ロードする仕組みを実装しました。
// 状態管理
let worker = null;
let isWorkerReady = false;
let isLoadingWorker = false;
// モデル選択時のWorker事前作成
modelSelect.addEventListener('change', async () => {
const selectedModel = modelSelect.value;
if (isLoadingWorker) return;
isLoadingWorker = true;
isWorkerReady = false;
try {
// 既存のWorkerがあれば終了
if (worker) {
await worker.terminate();
worker = null;
}
console.log('[Tesseract] Pre-loading model:', selectedModel);
worker = await createModelWorker(selectedModel);
isWorkerReady = true;
} catch (error) {
console.error('[Tesseract] Failed to pre-load model:', error);
worker = null;
isWorkerReady = false;
} finally {
isLoadingWorker = false;
}
});
これにより、ユーザーがモデルを選択した瞬間からバックグラウンドで読み込みが始まり、OCR実行ボタンを押した時の待ち時間が大幅に短縮されます。
2. カスタムモデルの読み込み
Tesseract.jsでカスタムモデルを使用する際は、langPathオプションで配置場所を指定します。ここで重要なのは、開発環境とGitHub Pages両方で動作する相対パスを使うことです。
async function createModelWorker(modelName) {
if (modelName === 'jpn_custom') {
return await createWorker(modelName, 1, {
langPath: './tessdata' // 相対パスがポイント
});
} else {
return await createWorker(modelName);
}
}
Viteのbase設定と組み合わせることで、パスが自動的に解決されます:
export default defineConfig({
base: process.env.NODE_ENV === 'production'
? '/training-tesseract-js/' // GitHub Pages用
: '/', // 開発環境用
// ...
});
- 開発環境:
http://localhost:3333/tessdata/jpn_custom.traineddata.gz - GitHub Pages:
https://tamoco-mocomoco.github.io/training-tesseract-js/tessdata/jpn_custom.traineddata.gz
3. ホワイトリストを使った文字制限
カスタムモデルをトレーニングしなくても、ホワイトリスト機能で認識する文字を制限することで、特定用途に最適化できます。
例えば、数字だけを認識したい場合:
async function createModelWorker(modelName) {
// ... 省略 ...
if (modelName === 'jpn_numbers') {
// 数字専用モデル(標準engモデルをホワイトリストで制限)
const worker = await createWorker('eng');
await worker.setParameters({
tessedit_char_whitelist: '0123456789'
});
return worker;
}
// ... 省略 ...
}
この方法のメリット:
- トレーニング不要 - すぐに使える
- 高速 - 軽量な英語モデル(eng)をベースにできる
- 精度向上 - 認識対象を絞ることで誤認識が減る
- 柔軟 - 数字だけ、英数字のみ、カタカナのみなど、用途に応じて設定可能
他の用途例:
// 英数字のみ
await worker.setParameters({
tessedit_char_whitelist: 'ABCDEFGHIJKLMNOPQRSTUVWXYZabcdefghijklmnopqrstuvwxyz0123456789'
});
// カタカナのみ(例)
await worker.setParameters({
tessedit_char_whitelist: 'アイウエオカキクケコ...' // 必要な文字を列挙
});
特に請求書の金額欄や、フォームの番号フィールドなど、認識する文字種が明確な場合に有効です。

こんな感じで数値だけなら、かなりの速度と精度でOCRできたりします。
4. 画像を表示したまま再実行
複数のモデルで精度を比較したい場合、毎回画像をアップロードし直すのは面倒です。そこで、OCR実行後も画像を表示したまま、モデルを切り替えて再実行できる機能を実装しました。
// OCR実行後も画像は表示したまま
async function performOCR(image) {
try {
// ... OCR処理 ...
// 結果表示(画像は非表示にしない)
setTimeout(() => {
displayResult(text, confidence, processingTime);
}, 500);
} catch (error) {
// エラー処理
}
}
// 再実行ボタン
rerunBtn.addEventListener('click', () => {
// 結果セクションを非表示にしてプレビューセクションにスクロール
resultSection.style.display = 'none';
previewSection.scrollIntoView({ behavior: 'smooth' });
});
5. Tesseract LSTMモデルのトレーニング
Tesseract 5.x系では、LSTMニューラルネットワークを使ったモデルが標準です。カスタムモデルを作るには、既存の日本語モデルをベースにファインチューニングを行います。
# 1. 標準モデルからLSTMを抽出
combine_tessdata -e /usr/local/share/tessdata/jpn.traineddata \
/workspace/output/jpn_extracted.lstm
# 2. カスタムテキストでトレーニング
lstmtraining \
--model_output /workspace/output/jpn_custom \
--continue_from /workspace/output/jpn_extracted.lstm \
--traineddata /usr/local/share/tessdata/jpn.traineddata \
--train_listfile /workspace/output/training_files.txt \
--max_iterations 10000 \
--learning_rate 0.001
# 3. 最終モデルを生成
lstmtraining \
--stop_training \
--continue_from /workspace/output/jpn_custom_checkpoint \
--traineddata /usr/local/share/tessdata/jpn.traineddata \
--model_output /workspace/output/jpn_custom.traineddata
トレーニングデータは、Pythonスクリプトで日本語テキストから自動生成されます:
# テキストファイルから画像を生成
text2image \
--text=training_texts_expanded.txt \
--outputbase=jpn_custom.train \
--font='Noto Sans CJK JP Regular' \
--fonts_dir=/workspace/fonts \
--fontconfig_tmpdir=/tmp
# lstmfファイルを生成
tesseract jpn_custom.train_0000.tif jpn_custom.train_0000 \
-l jpn \
--psm 6 \
lstm.train
6. GitHub Actionsで自動デプロイ
mainブランチにpushするだけで、自動的にビルド&GitHub Pagesにデプロイされます。
name: Deploy to GitHub Pages
on:
push:
branches: [ main ]
jobs:
build:
runs-on: ubuntu-latest
steps:
- uses: actions/checkout@v4
- uses: actions/setup-node@v4
with:
node-version: '18'
- run: npm ci
working-directory: ./app
- run: npm run build
working-directory: ./app
- uses: actions/upload-pages-artifact@v3
with:
path: ./app/dist
deploy:
needs: build
runs-on: ubuntu-latest
steps:
- uses: actions/deploy-pages@v4
カスタムモデルファイル(jpn_custom.traineddata.gz)もリポジトリに含めることで、GitHub Pagesでもカスタムモデルが使用できます。
使い方
クイックスタート
# 1. リポジトリをクローン
git clone https://github.com/tamoco-mocomoco/training-tesseract-js.git
cd training-tesseract-js
# 2. Docker Composeで起動
docker compose up -d
# 3. ブラウザで開く
open http://localhost:3333
これだけで、OCRアプリケーションが動作します!
カスタムモデルをトレーニング
より高精度な認識が必要な場合、カスタムモデルを作成できます:
# トレーニング用テキストを編集(オプション)
vim train/source/training_texts.txt
# トレーニング実行(30分〜2時間)
bash train/retrain.sh
トレーニングが完了すると、ブラウザで「カスタムモデル (jpn_custom)」を選択して試すことができます。
トレーニングデータのカスタマイズ
特定のドメイン(請求書、領収書など)に特化したモデルを作る場合:
-
train/source/training_texts.txtに認識したいテキストを追加 - 独自のフォント(.ttf/.otf)を
train/fonts/に配置(オプション) -
bash train/retrain.shでトレーニング
例えば、請求書OCRなら以下のようなテキストを追加:
株式会社サンプル
〒100-0001 東京都千代田区千代田1-1-1
TEL: 03-1234-5678
ご請求金額: ¥123,456
お支払期限: 2025年1月31日
ハマったポイント
1. Web Workerでの関数シリアライズエラー
当初、ログ出力のためにloggerオプションに関数を渡していましたが、Web Workerでは関数をシリアライズできないため、DataCloneErrorが発生しました。
// ❌ エラーになる
worker = await createWorker(modelName, {
logger: m => console.log('[Tesseract]', m)
});
// ✅ loggerオプションを削除
worker = await createWorker(modelName);
2. Docker volumeマウントの罠
当初、app/public/tessdata/に直接モデルファイルを配置していましたが、Docker環境でマウントの問題が発生しました。最終的にtrain/output/を共有ボリュームとして使用することで解決しました。
services:
app:
volumes:
- ./train/output:/app/public/tessdata # 共有ボリューム
train:
volumes:
- ./train/output:/workspace/output # 同じディレクトリ
3. GitHub Pagesでのパス問題
絶対パスでlangPathを指定すると、GitHub Pagesでモデルが404になりました。相対パス(./tessdata)を使うことで、Viteのbase設定が自動的に適用され、両環境で動作するようになりました。
まとめ
Tesseract.jsでカスタムモデルを使った日本語OCRアプリケーションを、トレーニング環境込みで作成しました。
ポイントは以下の通りです:
- モデルの事前ロードでUX向上
- ホワイトリスト機能でトレーニング不要の文字制限モデルを作成
- 相対パスで開発環境とGitHub Pages両方に対応
- Docker Composeで環境構築を簡単に
- LSTM fine-tuningでドメイン特化モデルを作成
同じようにTesseract.jsでカスタムモデルを使いたい方の参考になれば幸いです!
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