エンジニア、それが知財業界の夢と希望
1. 本稿の2つの拘束条件
Zennのidea記事
Zennなので、エンジニアリングとかけ離れたことは書けないです。エンジニアのキャリアパスは入るので、知財や弁理士に興味を持ってくれている読者も想定します。
弁理士の日記念企画の記事
ドクガクさんの弁理士の日記念ブログ企画2021に賛同して記載し始めています(7月1日18:20)。
2. 知財業界とは
エンジニアリングの成果物は、製品、顧客、自社の成長、自分やチームのスキルアップや自己実現など多様です。知財業界は、そのなかでも、発明や、製品の名前やロゴの法的保護、形の見た目としてのデザインなどに関係する業界です。
大企業には知的財産部門があり、結構多くの人たちが働いています。学生時代から知財業界を目指し、最初から知財部に所属する人や、開発者を経由して知財部に入ってくれる人などがいます。技術や製品への興味の他、語学が苦にならず、統制されきっていないデータ群を対象とするデータベースと付き合えると楽しいです。なお、私は知財部経験はありませんので楽しいというのは想像です。楽しそうですよ?
エンジニアリングの成果物として、発明があります。一定の条件を満たす発明は特許を受けることができて、その発明の実施を一定期間独占できます。自社で実施しても、しなくても、求められてライセンスアウトしても良いです。特許権という権利になると、発明の売却を安定して行うことができます。
この特許権は、国家が特別に私人に与える権利で、生まれながらに自然に持つ権利とは異なります。非常に人工的・産業政策的な権利です。
経済産業省特許庁という相対的にホワイトな省庁があり、この特許庁に対して書面を提出することで、特許権を得る行動が始まります。発明品を特許庁に持っていってもだめです。特許庁があっというまに満杯になってしまいますしね。
他人の発明について、特許庁に出願などの手続をするには、国家資格が必要です。資格の名前を弁理士といいます。私が弁理士試験に合格したのは平成8年で、合格率は2.75%でした。その後、規制緩和で合格率は高まっていきましたし、修士の方は選択科目の免除などもあり、受験しやすくなりました。
規制緩和によって、多様な人材が弁理士=知財業界に来てくれるようになり、嬉しいです。本当かな?本当です。
その他、知財業界としては、知的財産権を扱ってくれる弁護士、調査をしてくれる調査会社、特許出願書類などの翻訳をしてくれる翻訳会社、図面を清書してくれる図面会社などがあります。
知財戦略という用語は滅んで欲しいと私は考えているのですが、知財に関するコンサルティングを行う企業や、知的財産権の取引を支援する企業などがあります。
私を含め、知的財産権の値段を付ける価値評価を行う人たちもいます。
3. 知財業界の夢
知財業界の夢は、世界の知的財産が正当に評価され、不当にモノマネをする人たちが滅び、楽しくてワクワクする製品が次々と現れることです。
最初は高級品としてお金持ちが購入してくれて、お金持ちが買ってくれるおかげで製造ノウハウが成長し、量産効果もあらわれて、幅広い普通の人たちに楽しくてワクワクする製品が届いていきます。
モノマネばかりの世界では、自分で新しい物を作ったり、地道に信頼を勝ち取るための仕事をしたりする人がいなくなり、結局、長期的に世界が良くなりません。いまは、SDGs, ESG, 特に気候変動, さらに人権, プライバシー, 機械学習によって人生を決定付けるような評価がされないことなど、様々な社会課題があります。
これらの社会課題を解決していくためにも、未来を創るエンジニアリングや信頼される仕事が必要です。
知財業界の夢は、役立つ新しい物を生み出した人や組織に、正当な報酬が行き渡る経済環境を作り、守ることです。これは、特許法や独占禁止法、著作権法や意匠法や商標法や不正競争防止法などの理想でもあります。
4. 知財業界の希望
知財業界は、転職しやすいという気風があります。専門性が高く、企業の枠を超えて知識やスキルが評価されやすいです。もちろん、プログラマー・エンジニアの方がニーズがあり、仕事を探しやすいです。
私は、知財業界に長くいる一人として、知財業界で働く人が、希望するなら子育てもしやすく、趣味も充実させて、旅行もできて、という生活ができる業界であって欲しいと希望しています。
期限に追われる仕事ではありますが、予め分かっている期限が多く、サーバーの運用などと比較してトラブル対応で帰れない、といったことは少ないです。仕事も、チームでする部分もありますが、引きこもって文章を書き、図面を描き、調査をして対比をし、という個人的作業が多いので、時間の都合は付けやすいです。計画的な人なら。
あとは収入ですね。
知財業界の夢と希望は、エンジニアにあります。エンジニアリングが正当に評価され、顧客が良い商品やサービス(プロダクト,製品)を買い叩かず、技術開発投資や人的資源への対価を配分できる程度の値段で買ってくれる世界になっていけば、まず、事業会社の営業利益率が安定して10%から20%になるでしょう。
コスト削減で利益率を高めるのではなく、製品が提供する価値が高まることによって、原価以上の対価を得ることができるようになるのです。モノマネではなく、本物の製品が得ることができる利益率です。
この営業利益率が10%を超え始めると、その利益の源泉に知的財産権の寄与があります。営業利益率が3%のとき、知財で稼いでいるなどとは、決して言えないのです。営業利益率が3%の事業で、エンジニアリングの強みが発揮されていると、いえるでしょうか。
5. 事業会社の営業利益率と知財業界
特許権には、事業の売上を拡大する力はありません。素晴らしい特許権を取得できても、売上が伸びるわけではありません。売上は、製品の魅力、つまり、製品が顧客に提供する価値によって決まります。その提供価値の市場が大きいのであれば、製品の売上が伸びるでしょう。
特許権は、事業の利益率を守ることができます。つまり、特許権があるとモノマネの参入を正当に抑止できるので、競争相手との関係で価格を下げる必要がなく、顧客との関係で価格を設定していけるのです。どれだけ投資したか、次の投資にどれだけ必要かを想定しながら、顧客満足を得つつ、値決めできます。
知財業界からみると、知財部や特許事務所の顧客は事業であり、特許権は、事業の利益を守るための投資です。したがって、利益がでない事業について知財の投資をしても、採算割れになります。
繰り返しですが、知財業界の顧客は、事業です。事業の利益です。その事業の利益を生み出す源泉は、顧客に提供する価値であり、顧客から共感です。顧客に提供する価値は、発明の目線では「発明の効果」です。顧客からの共感は、商標の目線では「業務上の信用、すなわちGoogwill」です。
知財業界が発展するには、事業が成長し、その利益の安定に貢献しなければなりません。その結果、知財業界に対価が還流します。競争相手との関係を戦略的に考えるのではなく、顧客に提供すべき価値を探しましょう。
6. 知財業界が得るべき正当な対価とは
弁護士や税理士は、紛争額や企業規模に応じて対価が変化します。しかし、特許出願をして、特許権を得たとき成功謝金は、件数単位でほぼ一定で、その特許権が事業利益の維持にどれだけ貢献したかは、考慮されません。だれも計算ができないのです。
計算できる考え方が出現してきましたが、それは職務発明の対価だったり、損害額だったりで、支払う側の発想で否定的に接する人が多かったのではないでしょうか。学ぶべきチャンスを知財業界の仲間たちが逃していったのはとても残念です。
年間に数億円稼ぐ製品のコアの重要な特許権を取得できたら、数百万円の成功謝金を請求しても良いのです。知財部から事業部への内部請求であり、特許事務所から企業への請求であり、そこで働く人から知財部や特許事務所への要求です。
しかしそのために、知財業界は、事業や、経営や、利益計算(財務会計やバリュエーション)をもっと学ばなければならないでしょう。私自身、知識不足が常に課題です。
知財業界の夢と希望は、まずエンジニア、さらに、知財業界が経営を学んでいくことにいあります。
7. どうすれば事業利益に役立つ仕事ができるか
オブジェクト指向
ソフトウエア工学で、オブジェクト指向という考え方があります。データと、データに対する操作を一体的にカプセル化し、外部との接続は操作でのみ行うことで、操作を一定に保てば、内部は変更できるという仕組みです。標準化された抽象化の仕組みです。
これは、知財業界の人が、特許請求の範囲(クレーム)を記載する際の考え方と似ています。発明の構成要素(発明特定事項)が、相互にどう関連するか(操作)、機能や役割のまとまり(クラス)を体系的に綺麗に整理できれば、発明の多段階な保護を図れます。発明特定事項Aが、○○を受けて△をする、なら、○○の種類が多様でも△をすることに繋がればよく、権利範囲が広がります。オブジェクト指向の方では多様性(ポリモーフィズム)といいます。
オブジェクト指向のソフトウエアでは、将来の変化に対して修正対象を最小限にすること、特許請求の範囲では、将来の市場変化に対して権利範囲の実効性を維持することに繋がります。両方とも、事業利益に直結します。
エンジニアリングと知財業界は、オブジェクト指向の考え方で、将来に強い(ロバストな)仕事をしていくことができます。
GitHub
事業利益に有用な強みのある部分は、秘匿して知的財産権も主張していくべきですが、製品に必要だけれども利益率を高めるわけではない部分については、オープン・ソースの発想も取り入れていくべきです。
プログラマは、他社で働く人が作成したプログラムを、自社のサービスや製品に使うことができます(使わせてあげましょう)。他社で働く人は、休日に個人としてプログラムを書いたか、業務として書いたか、それは色々です。そのようなパブリックなコードが一番集まっているのはGitHubなのかなと思います。
知財業界は、秘密を守ることが商売なので、このようなオープンなツールに警戒感があるかもしれません。しかし、知財業界で共有してお互いに生産性を高め、それぞれの強みに集中投資していくには、オープンなツールも使って、ある種の重複投資を業界として回避していくべきではないでしょうか。品質も自然と保たれていきます。
経済産業省・特許庁は、「研究開発型スタートアップと事業会社のオープンイノベーション促進のためのモデル契約書ver1.0」の改訂に向けた、GitHub(ギットハブ)を用いた意見募集」をしてくれました。
秘密保持、PoC、共同開発、ライセンスなどのモデル契約書を、オープンに意見をだしあって皆が使えるようにしようというお取り組みです。
知財業界は、一方では知的財産権を取得しようとしつつ、他方では同時に、オープンな場で業界全体の生産性向上に取り組むべきと思われます。GitHubなどの活用は、知財業界の基礎的な費用削減をもたらすでしょう。
知財業界への夢と希望として、エンジニアに近づいていき、オブジェクト指向やGitHubという、正直、重量級ですが、スキルとして手にいれて欲しいです。
GitHubの知財業務・法務や会計での活用にご提案あるかたは私のTwitterアカウントにメンションください。なんかしましょう。
8. 経営をデザインする
私は、内閣府の経営デザインシートを気に入って、普及活動に手を上げて自分なりに沢山の人たちにすすめて、一緒に作ってきました。
一言で言うと、未来を構想する思考です。将来、誰に、どんな価値を提供したいのかを考えます。その価値に対して、顧客からの共感を得ていきたいのです。提供価値は発明の効果、得られる共感は業務上の信用として知的財産権で保護することができる可能性があります。
中小企業から上場企業まで、様々な規模や業種の方々と対話をしていくなかで、本当にこの価値を提供するには、自社の持つエンジニアリングだけでは足りない、という発見に至ることが多いです。他社と組む必要に気がつきます。
これは、知財業界がサポートすべきことで、特許情報を用いたマッチングや共同開発契約、ライセンス契約やライセンス監査など、事業利益の範囲で、事業利益を維持し伸ばすための仕事が生まれてきます。
ありふれた用語でいうと、オープン・イノベーションです。価値を提供するためのオープン・イノベーションですから、事業利益を十分に見込めます。
自社の(過去の)強みから出発して、ずるずると縮小する市場に製品を供給し続けるよりも、未来に提供したい価値のために、他社と組む方が、ずっと未来があります。
知財業界の夢と希望、オープン・イノベーションをスムーズに進展させるための支援業務の重要性の高まりにも見込めるでしょう。
結果、より事業利益に直結する形の権利化業務の質も高まることが期待できます。
9. それでは、実際、経営デザインシートをつくってみましょうか(15分から20分)
■入力フォーム
https://forms.gle/gx846Wzeoq8WHsGSA
入力内容はメールアドレスを除きすべて公開されますので、匿名とする際には「A社」やペンネームなどを入力してください。
ご自身のことでも、アピールしたい地域のことでも、なんでもかまいません。
■公開ページ
15分に1度程度最新データを読み込みにいきますので、回答後、表示されるまでお待ちいただくことがあります
https://datastudio.google.com/reporting/4b5c0cb7-e415-4175-976d-02176181c6ae
zennと、ドクガクさんの企画及び賛同して書いていらっしゃる皆様に感謝します。良い刺激を受けることができました(同日20:31脱稿, チェック修正20:50)。
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