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「行動を変えるデザイン」はUXデザイン入門書として良かったという話

2021/11/14に公開

はじめに

https://www.oreilly.co.jp/books/9784873119144/
プロダクト開発でUI-UXデザインはとても重要です。個人開発はもちろんのこと、実務でもアジャイル開発などをしているとエンジニアにとってもUXデザインに関わる機会は多く、関心がある方も多いと思います。私自身も現在エンジニアをしていますが、プロダクト開発において行動経済学や心理学を活用したUXデザインに興味があったため、この本を手に取りました。

行動経済学や心理学に基づいたUXデザインに関する本は他にも多数あります。それらの多くは実験によって得られた人間のさまざまな行動特性(ハロー効果、イケア効果、etc)と、それを生かしたデザイン手法がたくさん書かれています。それらを一式覚えることも可能ですが、あまりにも個別事例が多く粒度が揃っていないため、いざ自分のプロダクトに生かそうとしても、選択肢が多くてうまく落とし込むことが難しいです。
「行動を変えるデザイン」では、私たちが皮肉にも「選択疲れ」に陥っている状態であると指摘し、より体型的にこれらの知識を取り入れる枠組みを整えることが必要だとしています。
この本が提唱している枠組みは、チームでUXデザインをする上で共通言語になりうるように感じました。また、本書の体型的にまとまった構成がエンジニアにとっても馴染みやすいのではないかと思い、復習ついでに本記事を書き始めました。

この記事では、この「行動を変えるデザイン」の概要と、読むことによってどのような知識が得られるかに注目してまとめていきます。

構成

本書では「行動を変える」プロダクトについてのデザインに焦点を絞っています。ここで「行動を変える」とは、「ユーザがしたいと思っているが、実際にはできていないことの手助けをする」ことを意味します。例としては貯金やフィットネス系のアプリなどが挙げられます。このような考え方は、行動経済学の「nudge」に近いといえます。つまり、一部の広告などであるような本人の意に反するような行動をさせるといったことは想定しないということになります。とはいえ、本書に出てくる人間の行動バイアスなどは広告などで使われているものも多く、使いようによってはユーザの行動を意図した方向に誘導する手法ともなり得ます。

この本では、「行動を変える」プロダクトの制作過程が、「理解」、「探索」、「デザイン」、「改善」の4段階で構成されているとして、この段階の順に沿って6部構成で説明がなされます。

  • 「理解」:心理学、行動経済学をはじめとする人間の行動原理の理解(第1部)
  • 「探索」:ビジョンを実現するための行動変容を設定(第2部)
  • 「デザイン」:設定した行動を実現するプロダクトをデザイン(第3、4部)
  • 「改善」:効果の計測と分析に基づいたプロダクトの改善(第5部)

これらの部はそれぞれある程度独立した形になっており、自分が今必要なフェーズについて、かいつまんで読むことも可能です。

CREATE アクションファネルに基づいた行動デザイン


本書の特徴は、著者らが提案している「CREATE」アクションファネルと、それに即した行動デザインです。人が注意を喚起されてから行動に至る(Execute)までにくぐり抜ける必要がある関門として、著者らは次の5つを挙げています。

  1. Cue:その行動に注目するきっかけとなるものがあるか
  2. Reaction:その行動に対して直感的に拒絶しないか
  3. Evaluate:その行動を行うことが自分の利益になるか
  4. Ability :その行動が実行可能かどうか
  5. Timing:その行動を他の行動を差し置いて今やるかどうか

ユーザが行動に至るまでのプロセスをこの5段階に分解し、障害となっている段階に合わせたプロダクト改善をすることで初めてユーザの行動変容が実現できるというのが著者らの主張です。例えば、運動習慣をつけるようにするプロダクトを作成する際に、それがユーザにとって有益であるようにし(Evaluate)、実現可能性を高める(Ability)としても、毎日運動を始めると思い立つきっかけ( Cue)が欠けていると、使ってもらえません。このように、CREATEアクションファネルはプロダクトの行動デザインにおいて、改善すべき問題箇所を明確にする、デバッグツールとして役に立ちます。

本書はこのCREATEアクションファネルを中心として、デザインを分析、改善を行うことを主軸としています。

各部ごとの概要

以下では「理解」、「探索」、「デザイン」、「改善」の各部ごとの内容についての概要について主にWhatの部分を中心に述べていきます。詳しい方法論や具体例については本書を読んでいただければと思います。

理解

理解の部では、行動経済学や心理学で提唱されているような人の意思決定の仕組み、すなわち「なぜ他でもないその行動をするのか」ということと、そしてその仕組みに基づいた行動を変えるための戦略について説明します。
一般的な行動経済学などの基礎知識もここに書かれており、初学者でも問題なく概要が理解できます。そして、本書の軸となるCREATEアクションファネルもここで説明されます。

行動を変えるための戦略としては、大きく3つに分けて説明されています。

  • チート戦略:本人に合意をとって自動化する
  • 習慣化戦略:習慣にする
  • 意識化戦略:頑張って行動させる

チート戦略とは、ユーザの同意を得るのみでそれ以外を全て自動化してしまうことです。例として確定拠出年金が挙げられています。確定拠出年金ではデフォルトのプランがありユーザはそれに同意するだけで、老後へ向けての貯蓄という一人では難しい行動を実行させていることになります。単純に自動化してしまうのが難しい場合は、すでにユーザが行っている行動の「ついで」にするなどの方法も挙げられています。
習慣化戦略は、習慣を形成することによって行動を行うまでのいくつかの障壁をスキップして実行させることができます。これは例えば、毎朝起きたらまずランニングに行くなどのようなルーティンを形成することにあたります。習慣を作り出す方法としては、キュー、ルーティン、リワードのループを繰り返し起こす方法が紹介されています。意識化戦略は、実際にユーザの意識に訴えかけて行動を起こしてもらうというものです。
これら3つの戦略ではチート戦略は最も強力であり、意識化戦略は難易度が高いので他の2つが採用できない場合のみ採用するとしています。

以降の部ではこの章で述べた原理に基づいて行動デザインを行います。

探索

探索の部では、開発前の準備段階として明確なビジョンを打ち立て、何を目的とするか、何が成功なのかということをはっきりさせる方法についての説明があります。この段階を適切に行うことで開発に関わる全員が同じ方向を向いて議論をし、プロダクトを開発することができます。ここでは以下の3つのことを決めます。

  • ターゲットアウトカム:プロダクトが成功したときに世界はどう変わっているのか
  • ターゲットアクター:誰が行うのか
  • ターゲットアクション:ターゲットアウトカムを実現するための最小単位のアクション(MVA)

ターゲットアウトカムはプロダクトの成功を定義することにあたり、 Whyの部分に当たります。ターゲットアクターとはいわゆるペルソナのことです。ターゲットアクションは、ターゲットアウトカムを実現するために最小限どのような行動を行わせれば良いのかということの定義になります。これらは明確に測定可能、すなわち人の中の心理状態などではなく、行動の結果起きる明確な結果で測定可能であることが重要だとしています。

デザイン

デザインの工程は「コンセプトデザイン」と「インターフェースデザイン」という2つの段階に大きく分かれています。

コンセプトデザイン

コンセプトデザインでは、ビヘイビアプランというユーザが実行する具体的な行動ステップを作成します。
ビヘイビアプランの作成を通じて行動、環境、環境という3つの要素について、ユーザの行動が促されるような文脈を考えます。具体的には次の3つの流れでデザインをします。

  1. 行動を構造化
  2. 環境の構築
  3. ユーザを準備する

まず、探索を通じて決定したターゲットアクションについて分解したビヘイビアプランというストーリーを作成します。このビヘイビアプランは、作成の過程で徹底的にシンプル化、「簡単そう」化して、ユーザにわかりやすくかつ実現できそうだと思えるようにすることが大切です。

環境の構築では、プロダクトそのものだけでなく、ユーザを取り巻くローカルな環境を含めて考えます。この環境の構築方法としては、動機を高める、ユーザに行動を促す、フィードバックを生成する、強豪を排除する、障害を取り除く、などが挙げられています。

「ユーザを準備する」では、ユーザの意識を改革することを考えます。ユーザの意識を変えることで行動変容を実現する手段の例としては、ティム・ウィルソンが提唱している「ストーリー編集」という概念を用いるものがあります。
自分の行動が自らの本来持つ自然な姿の延長線上にある、というふうにユーザが考えるようにすることで、その行動が促進されるということがわかっています。自分自身に語るストーリーを「セルフナラティブ」と呼び、これをうまく編集してやることで一貫性を持った行動として自然に行動を促進することができます。

以上の3つの準備によって、私たちがユーザにどのように行動してほしいか、というビヘイビアプランが完成します。

インターフェイスデザイン

コンセプトデザインでは、私たちがユーザにどのように行動して欲しいかという演繹的プロセス、つまり「what」の部分を考えました。一方ではインターフェイスデザインでは、コンセプトデザインで決定したビヘイビアプランを実現するような具体的なプロダクトの設計と実装、つまり「How」について取り扱います。

このプロセスはユーザに興味を持ってプロダクトを使ってもらうという、感覚的で創造的な部分となります。そのため、コンセプトデザインで何をさせるのかという枠組みの制約を作り、インターフェイスデザインはそれとは分けて行うことが推奨されています。

プロダクトデザインをする上での道具として、行動変容のデザインパターンとCREATEアクションファネル紹介されています。
行動変容のデザインパターンは、既存プロダクトにもある有用なパターンです。例として以下のようなものが挙げられています。

ユーザとの接触回数が多いもの

  • 意思決定支援
  • 行動変容ゲーム:完全にゲーム化する
  • ゲーミフィケーション:社会的報酬や競争のようなゲームデザインの手法の一部を使う
  • タスク管理
  • リマインダー
  • シェア:友人の惣菜による責任感の刺激
  • ゴールトラッカー:フィードバックを与える
  • チュートリアル

ユーザとの接触回数が少ないもの

  • think differently
  • CTA(call to action):行動喚起
  • How to tips
  • リマインダー
  • ステータスレポート:定期的な連絡

これらのデザインパターンを駆使したり、場合によってはこれらとは異なる仕組みを用いたりして、プロダクトのワイヤーフレームを作成します。

CREATEアクションファネルは、このワイヤーフレームをブラッシュアップすることに用いることができます。CREATEアクションファネルは、ユーザが行動を取るまでに乗り越える必要がある5つのステップです。ブラッシュアップの段階では、ユーザがやらないといけない各行動について、この5つのステップを乗り越える条件が整っているかを中心に、ユーザインタフェイスデザインをレビューしていきます。そして、この5段階でユーザ行動の障害となっているのはどの段階なのかがわかって初めて、具体的な対策を選択することができます。

この章では、CREATEアクションファネルの各段階に対応した、行動戦術が詳しく説明されています。
例えばキューの段階で詰まっている、つまり行動のきっかけになるものがそもそもユーザに届かないという問題がある場合、視覚的にどこで何ができるかが直感的にわかるよう、アフォーダンスに注目してデザインするなどの対策が有効です。また、評価の段階で詰まっているならば、損失を回避するように促す、競争心理を利用する、金銭的インセンティブを調節的には使わない、などが挙げられています。このように、作成したワイヤーフレームのうちで行動の障害となりうる段階に適した対策をとることにより、インターフェイスデザインを改良してMVPを完成させます。

ここまでの部でプロダクトは一旦完成した状態となります。以降はこのプロダクトの効果測定と改善を扱います。

改善

改善では、実際に完成したプロダクトの効果の計測と、そこからのインサイトの発見、そしてプロダクト改善について取り扱います。具体的に出てくる話としては、ABテストやバンディットなどです。この章では、このようなデータ分析に当たる統計技術が登場しますが、技術的な部分はあまり深掘りはしていません。どちらかといえば、なんのためにやるのか、どのように生かすのか、どのような流れで進めていくのか、という観点に注目して解説があります。

終わりに

「行動を変えるデザイン」は内容がぎっしり詰まっているので、軽く読むような本ではないかもしれません。しかし、著者がリサーチャ的なバックグラウンドを持つためか、論理構成がしっかりしたわかりやすい構成でまとめられているため、行動経済学を利用した行動デザインの入門書として有用です。本書はプロダクト開発での各段階について網羅的に記述されているので、開発において迷ったときに道標になるのではないかと思います。またチームで何かを作ろうという際にも、CREATEアクションファネルやターゲットアウトカム、ターゲットアクションなど共通言語として用いることで、より建設的な議論が進むと期待できます。

本記事では全体構成をかなり大まかに端折りながらまとめた上で、根底で用いられるCREATEアクションファネルについてまとめました。本記事で興味を持ったのであれば、一度手に取って、気になる章だけでもチェックしてみてはいかがでしょうか。

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