生成AI同士に雑談させ続けたら、話題はどこへ向かうのか ― 導入編
はじめに
ChatGPT や Claude、Gemini のような大規模言語モデル(LLM)は、もはや単なるツールではなく、対話という行為そのものをシミュレートする存在になりつつあります。
では、もしそれらを人間の介入なしに延々と会話させ続けたらどうなるでしょうか。
最初は無難な雑談かもしれません。けれど何百ターンも続けた先で、
彼らは話題を広げ続けるのか? それとも、同じ話を何度も繰り返すのか?
そして、話題の重心はどこへ落ち着くのか?
この問いは単なる好奇心ではなく、LLM の長期運用やエージェント設計の根本にも関わります。
RAG の精度やメモリ設計、温度設定、プロンプトの体裁など、
「長く回すとどう壊れるか」を理解することは、LLMOps の健全性を支える基盤です。
この記事では、
「LLM×LLM の長期継続対話で、話題が時間とともにどう遷移していくか」
を定量的に観測・評価するための設計方針とゴール設定を紹介します。
コードや分析結果は次回以降の「生成編」「分析編」で扱います。
前提
LLM 同士の会話とは何か
「LLM×LLM 対話」とは、2つ以上の言語モデルをそれぞれ別の役割(例:質問者と回答者、賛成と反対)として設定し、継続的にメッセージを交わす構成です。
実務では、マルチエージェントの協調生成や自動議論システムの基礎技術としても注目されています。
長期対話が難しい理由
人間同士の会話でも、長く続けるほど「話題がずれる」「過去を忘れる」「同じ話を繰り返す」といった**構造的 drift(逸脱)**が生じます。
LLM も例外ではなく、特に以下のような現象が報告されています:
- Identity drift:人格・口調の変化
- Problem drift:議題や目的のすり替わり
- Context drift:参照対象のずれや矛盾の蓄積
これらを「なんとなく」ではなく数値で把握できれば、対話設計の最適化が一気に進みます。
この記事で扱う概念・指標
| 用語 | 意味 | 使いどころ |
|---|---|---|
| トピック | 埋め込み+クラスタリングで定義する談話単位 | 話題の最小単位 |
| トピック遷移 | 隣接発話でトピックが変わるイベント | drift の基本単位 |
| 遷移ハザード | その瞬間に話題が変わる確率 | 脱線のタイミングを測る |
| Stickiness | 一つの話題に留まる平均長さ | 集中度の評価 |
| Novelty Rate | 新規話題の導入率 | 探索傾向の測定 |
| Attractor Score | よく戻ってくる話題の引力 | ループ癖の定量化 |
| コンテキスト漂流率 | トークン分布の KL 散逸 | 内容のズレ具合を測る |
LLM×LLM 対話の設計と観測の仕組み
本シリーズでは、以下のような構成で LLM 同士を長時間対話させます。
Agent A <—— messages ——> Agent B
│ │
├─ Memory (None / Summary / RAG)
├─ Role / Prompt / Temperature
└─ Model Type (GPT, Claude, etc.)
この構成を「雑談」「協調タスク」「賛否討論」など複数タスクに展開し、
役割・記憶・温度・プロンプト体裁・モデル種別を直交的に組み合わせて比較します。
最終的に、各条件でどのようなトピック遷移パターンが生まれるかを観測します。
時系列モデリングの枠組み
話題の変化を時間の流れとして扱うために、
**半マルコフ過程(滞在時間を明示)とHawkes 過程(自己励起モデル)**を併用します。
- トピックを状態変数とみなし、遷移確率と滞在時間をモデリング。
- トピック変化の瞬間率(遷移ハザード)や再訪確率、定常分布を推定。
- 同時に、トークン分布間の KL 散逸をコンテキスト漂流率として測定。
これにより、**「話題がどのくらい持続し、どの方向へ流れていくか」**を時系列的に可視化します。
この実験が目指すこと
最終的なゴールは、LLM エージェントの長期対話における挙動を数値で説明できるようにすることです。
そのために、以下の仮説を検証します。
- 低温度+要約メモリは Stickiness を高め、Novelty を下げる。
- RAG は Attractor Score を上げ、特定トピックへの再訪を増やす。
- 賛否討論では Hawkes の自己励起が強く、話題の連鎖が顕著。
- モデル規模が大きいほど初期 drift は少ないが、長期では特有のアトラクタに収束する。
- 司会役を設けると、逸脱ハザードが下がる。
- 介入のタイミング(目標再提示・温度変更・メモリ flush)の効果は滞在時間依存で変動する。
まとめ
この記事では、
「生成AI同士の長期雑談で、話題がどのように移り変わるか」を観測するための
設計意図・モデリング方針・評価指標を整理しました。
このテーマの面白さは、単なる curiosity-driven experiment にとどまりません。
長期運用される LLM エージェントの健全性を測る、手法をつくることでもあります。
次回は「生成編」として、実際の対話ログ収集パイプラインや、
倫理・安全ポリシー、条件設計の詳細を紹介します。
参考文献
- Soni, S. et al. (2022). An Empirical Study of Topic Transition in Dialogue.
- Wang, X. et al. (2021). TopicRefine: Joint Topic Prediction and Dialogue Response Generation for Multi-turn End-to-End Dialogue System.
- Xie, H. et al. (2021). TIAGE: A Benchmark for Topic-Shift Aware Dialog Modeling.
- Yi, J. et al. (2024). A Survey on Recent Advances in LLM-Based Multi-turn Dialogue Systems.
- Choi, S. et al. (2024). Examining Identity Drift in Conversations of LLM Agents.
- Dongre, A. et al. (2025). Stay Focused: Problem Drift in Multi-Agent Debate.
- Dongre, A. et al. (2025). Drift No More? Context Equilibria in Multi-Turn LLM Interactions.
- Choi, S. et al. (2024). Does Chat Change LLM’s Mind? Impact of Conversation on Psychological States of LLMs.
Discussion