宇宙からの地球観測12章干渉SAR
宇宙からの地球観測
第12章は、 ついに干渉SAR (iSAR)です。 2回撮像するとどうして高さの詳細情報がとれるのか。数学が魔法のように感じる技術です。理解したいです。
問題12.1
Xバンド,Cバンド,LバンドのSARがある。波長はそれぞれ 3cm, 5.6cm, 24cm である。今,差分干渉図でアンラップをしない場合に取りうる,地殻変動量の範囲はいくらか?
基本用語の理解
干渉とは
本文より
干渉とは,ほんの少し異なる経路を通った2つの信号を足しあわせると,経路の長さの違いを検出し,それを可視化できることである。
SAR信号の複素数表現
本文の解説に下記の式12.1の説明がありますが、最初まったく理解できません。
式12.1
S_1 = A e^{-\frac{4\pi}{\lambda} r_r j} ここで、
は振幅 A は第1軌道からの距離 (下付きrはreferenceのr) r_r は波長 \lambda は虚数単位( j ) j^2 = -1
複素数の極形式
下記の解説を読むことでやっと理解できました。
例として 複素数
は直交座標で原点からの距離が2で、X軸との角が z=\sqrt{3}+i なので、 \frac{\pi}{6}
極形式ではz=2(\cos{\frac{\pi}{6}}+i\sin{\frac{\pi}{6}})と表せる
オイラーの公式より e^{i\theta}=\cos{\theta}+i\sin{\theta}
と表せるので z=r(cos\theta+i\sin\theta)=re^{i\theta}
と表すことができる \sqrt{3}+i=2e^{\frac{\pi}{6}i}
オイラーの公式、複素指数関数、eネイピア数
上記をさらに深く理解しようと思うと下記を理解する必要がでてきます。
何となくそうなるんだなという理解でまずは頭に置いておこうと思います。
e^{i\theta}=\cos{\theta}+i\sin{\theta}
e=\lim_{n \to \infty}\left (1+\dfrac{1}{n} \right)^n e=2.7182818284,,,,
信号の指数形式への変換
複素数
ここで、
-
は絶対値(振幅)r = \sqrt{a^2 + b^2} -
は位相角\theta = \tan^{-1}\left(\frac{b}{a}\right)
この形式を使うと、信号の振幅
電波の伝搬と位相
SAR(Synthetic Aperture Radar)で用いられる電波は、一定の波長
-
波長と位相の関係:
- 電波の1周期は波長
に相当します。\lambda - 1周期の位相は
ラジアンです。2\pi
- 電波の1周期は波長
-
距離と位相の変化:
- 電波がある距離
を伝搬するとき、その距離に対応する位相変化を考えます。r
- 電波がある距離
位相変化の計算
電波が伝搬する距離
-
距離を波長で割る:
- 距離
を波長r で割ると、電波が何周期分伝搬したかがわかります。\lambda
\frac{r}{\lambda} - これは、電波が伝搬する距離が波長の何倍かを示します。
- 距離
-
位相変化の計算:
- 1周期の位相変化が
であることから、全位相変化は次のように計算できます。2\pi
\text{位相変化} = \left( \frac{r}{\lambda} \right) \times 2\pi - 1周期の位相変化が
-
往復距離の考慮:
- SARでは、電波が送信されて地表で反射し、再び受信機に戻るため、実際の距離は往復距離になります。
\text{往復距離} = 2r - したがって、位相変化も2倍になります。
\text{位相変化} = \left( \frac{2r}{\lambda} \right) \times 2\pi = \frac{4\pi r}{\lambda}
式 (12.1) の位相の表現
改めて下記式 (12.1) では、SAR信号の第1画像の観測信号
S_1 = A e^{-\frac{4\pi}{\lambda} r_r j}
SAR信号の掛け算、その意味
SAR信号の掛け算は次のように行います。ここでは、第2信号
共役複素数の使用理由
共役複素数
-
共役複素数は虚数部分の符号を反転させたものです。
S_2^* = A e^{\frac{4\pi}{\lambda} r_s j}
位相差が抽出される理由
掛け算を展開すると、次のようになります。
指数の性質を使って整理すると、
複素数の掛け算では、指数部が足し算されますが、共役複素数を使うと符号が反転するため、次のような位相差が抽出されます。
このように、掛け算によって位相差
この位相差
SAR信号の掛け算
まず、2つの信号
(本文式 12.7)
ここで、
-
はa, b の実部と虚部S_1 -
はc, d の実部と虚部S_2 -
は位相差\phi
1. 複素数の指数形式
式 12.7 は複素数の指数形式で表現されています。複素数の指数形式は、絶対値と位相角を用いて表現されます。
ここで、
-
は複素数の絶対値r -
は位相角\theta
2. 信号の積の実数部分と虚数部分
2つの信号の積を計算するとき、実数部分と虚数部分に分けることが重要です。
-
実数部分
:\Re(S_1 S_2^*) \Re(S_1 S_2^*) = ac + bd -
虚数部分
:\Im(S_1 S_2^*) \Im(S_1 S_2^*) = bc - ad
3. 位相角の計算
位相角
これにより、2つの信号の積の位相差が抽出されます。
4. 位相差の物理的意味
SAR信号の位相差は、観測点からの距離の差に対応します。具体的には、次のように表されます。
ここで、
-
は波長\lambda -
とr_r はそれぞれ第1軌道と第2軌道からの距離r_s
位相差の数式解説
下記の図を用いて、位相差の式 12.12 を詳しく説明します。
位相差数式
(本文 式 12.12)
この式は、2つのSARの軌道の違いが位相差
各変数の意味
-
: 電波の波長\lambda -
: 第1軌道から観測点までの距離r_r -
: 第2軌道から観測点までの距離r_s -
: 垂直基線長。SARの2つの軌道の間の垂直方向の距離。B_{\text{perp}} -
: 水平基線長。SARの2つの軌道の間の水平方向の距離。B_{\text{para}} -
: SARの入射角。SARの視線が地面と成す角度。\theta -
: 地面からの高さ。z -
: 地面の変動量。dD
図 の解説
図 は、2つのSARの軌道と地面の間の関係を示しています。
- 第1軌道 (S1): 第1画像を取得するSARの軌道。
- 第2軌道 (S2): 第2画像を取得するSARの軌道。
これらの軌道間の違いが基線長 (
dD
視線方向の地表変動量 地表変動量
ここで、
-
は垂直方向の変動量dz -
は水平方向の変動量dx
これらを組み合わせて、視線方向の変動量
式 12.12 の詳細
- 位相差の基本式:
これは、2つのSAR軌道からの距離の差に基づいて位相差を計算する基本式です。
- 距離の差の展開:
ここで、
-
: 垂直基線長\frac{B_{\text{perp}} z}{r_r \sin \theta} による距離の差B_{\text{perp}} -
: 地面の変動による距離の差dD -
: 水平基線長B_{\text{para}} による距離の差B_{\text{para}}
これらを組み合わせて、全体の距離の差を求めます。
- 位相差の計算:
最終的に、これらの距離の差を位相差に変換します。
dD
視線方向の地表変動 上記の式を変形することで、視線方向の地表変動
(本文式 12.13)
この式は、位相差と基線長の情報を組み合わせて、視線方向の地表変動
-
位相差項:
\frac{\lambda}{4\pi} \phi -
垂直基線長項:
\frac{B_{\text{perp}} z}{r_r \sin \theta} -
水平基線長項:
B_{\text{para}}
位相差の周期性に関する考察
上記12.13 で位相差に関する項
位相差
(式 12.14)
この式は、位相差が2
なぜ位相差が重要なのか
位相差は、SAR技術で地表の変動を検出するために重要な情報です。位相差を解析することで、以下のことがわかります。
-
地表の高さ変動:
- 2つの異なる時点での観測距離の差に基づいて、地表の高さの変動を検出します。
-
移動量の計測:
- 位相差から、地表の移動量(水平移動や垂直移動)を計測します。
-
高精度な地表マッピング:
- 位相差情報をもとに、地表の高精度なマッピングを行います。
アンラップ
もともと位相は
回答12.1
回答自体はシンプルです
Xバンド,Cバンド,LバンドのSARがある。波長 3cm, 5.6cm, 24cm に対応する地殻変動量の範囲は
それぞれ -0.75〜0.75cm, -1.4〜1.4cm, -6〜6cm ですね。
問題12.2
=700km, 0=45度,DEMの精度が10mの場合について, r_r = 1 km, 0.1 km, 0.01 km, 0.001kmの4ケースについて,dDに及ぼす誤差成分を計算しなさい。 B_{perp}
回答12.2
本文式12.13
より、 与えられた条件が影響するのは 垂直基線長項:
与えられた条件を代入します。
問題 12.3
2つの人工衛星が地上の点をのぞき込む角度差により,周波数シフトが発生し,これにより2衛星データの干渉すべき帯域幅が狭められる。今,高度628km,衛星1の地表点への入射角を35度、衛星2はその内側1km を平行に飛行していた場合の,周波数シフト量はいくらになるか?
送信周波数は1.27 GHzとする。
周波数シフトと臨界垂直基線長(B_perp)
1. 周波数シフトとは?
周波数シフトとは、2つのSAR(合成開口レーダー)衛星が同じ地上の点を観測するとき、2つの衛星が異なる角度から地上を「のぞき込む」ことによって起こる現象。
このとき、信号の波長(つまり周波数)が角度の違いによってわずかに変化します。この「わずかな変化」が周波数シフトです。
2. なぜ周波数シフトが起こるの?
SAR1とSAR2が異なる角度(入射角)で地上の同じ点を観測すると、信号の「波長の見かけの長さ」が異なります。
- 上の図で、SAR1とSAR2が地上で錯乱物にあたり作られる波長が異なる
波長のシフト量は以下の式で計算されます:
$$
\Delta \lambda = \frac{\lambda}{\tan \theta} \Delta \theta
$$
ここで、
-
:信号の波長\lambda -
:SAR1の入射角\theta -
:SAR1とSAR2の入射角の差\Delta \theta
周波数のシフト量に変換するには、次の関係を使います:
$$
\Delta f = \frac{f}{\tan \theta} \Delta \theta
$$
-
:SAR信号の周波数(送信周波数)f
3. 垂直基線長(B_perp)と干渉性の関係
SAR1とSAR2の間の「基線長(B_perp)」が大きくなると、2つのSAR衛星が観測する角度の差(
-
周波数シフト量が大きくなる:
- 角度差が広がることで、観測波長のシフト量が大きくなります。
- これにより、信号が占める帯域幅が広がります。
-
共通帯域幅が狭くなる:
- SAR1とSAR2が使う周波数帯域が一致する部分(共通帯域幅)が狭くなります。
- 共通帯域幅が狭いと、干渉画像が正確に作れなくなる可能性があります。
4. 臨界基線長(Critical Baseline)
「臨界基線長」とは、SAR1とSAR2の基線長が長くなりすぎて共通帯域幅がなくなる直前の状態を指します。
- 基線長が増えるほど干渉性が低下(0に近づく)し、最終的に共通帯域幅がなくなります。
- 臨界基線長を超えると、SAR信号が重ならなくなり、干渉画像を生成できません。
臨界基線長の式:
ここで:
-
:波長\lambda -
:衛星の高度H -
:帯域幅\Delta f -
:入射角\theta
観察点:
以下の点でX-band, L-band それぞれの特性がでてくることがわかります
-
(帯域幅)が狭くなると、臨界基線長\Delta f が小さくなる。B_{\text{crit}} - X-bandのほうが帯域幅は広げやすい
- 波長がながいと臨界基線長は大きくなる
- L-band 24 cm, X-band 3cm なので圧倒的にL-bandのほうが有利
- 高度は高いほうが臨界基線長は大きくなる
SARの帯域幅とX-band/L-bandの違い
X-bandとL-bandでは、帯域幅が以下のように異なります。
周波数帯 | 周波数範囲 | 一般的な帯域幅 | 用途 |
---|---|---|---|
X-band | 約8~12GHz | 100MHz~400MHz | 高解像度画像、都市部や災害地域の観測 |
L-band | 約1~2GHz | 20MHz~80MHz | 地殻変動、植生観測、長期間観測 |
- X-band: 周波数が高く、帯域幅が広い。このため、細かい地形や構造物を高精細に観測可能。
- L-band: 周波数が低く、帯域幅が狭い。しかし、森林や植生、地殻変動などを観測する際に信号減衰が少なく有利。
** 帯域幅が狭い場合の制約**
帯域幅が狭いと、SARの干渉性は保ちやすい一方で、以下のような制約が発生します:
-
基線長が短くなる:
- SAR1とSAR2の間の垂直基線長
を短く保たないと、信号の重なり(共通帯域幅)が失われます。B_{\text{perp}} - 基線長が短いと、観測の「立体視効果」が弱くなり、地形起伏の情報(DEM生成など)の精度が低下します。
- SAR1とSAR2の間の垂直基線長
-
撮像条件が狭くなる:
- SAR衛星の配置や飛行軌道に対して、厳密な条件(基線長の制約)が必要。
- 広いエリアをカバーする撮像計画において柔軟性が失われます。
** 帯域幅を広げた場合のトレードオフ**
一方、帯域幅を広げるとどうなるでしょうか?
-
利点:
- 臨界基線長が長くなるため、SAR1とSAR2の位置関係に柔軟性が生まれます。
- 広い立体視が可能になり、地形の起伏情報(高度分解能)が向上します。
-
欠点:
- 周波数シフトが大きくなり、干渉性が低下しやすい。
- 雑音や位相ノイズの影響を受けやすく、精度が低下する可能性。
SARシステムの運用では、以下のように目的に応じたトレードオフが必要です:
-
精密な干渉画像が必要な場合(例:地殻変動の観測):
- 帯域幅を狭くして、干渉性を優先。
- 垂直基線長を短く抑え、柔軟性を犠牲にします。
-
広範囲の地形データが必要な場合(例:DEM生成):
- 帯域幅を広げて、基線長の自由度を確保。
- 干渉性の低下を補うため、複数回の観測やデータ補完を行う。
問題 12.3 回答
問題設定
- 高度
kmH = 628 - 衛星1の地表点への入射角
度\theta = 35 - 衛星2は衛星1の内側1kmを平行に飛行
- 送信周波数
GHzf = 1.27
問題
- 周波数シフト量
を求める\Delta f
図 12.5 の式を用いた計算手順
-
入射角の変化
の計算\Delta \theta は、衛星1と衛星2の入射角の違いを表します。内側1kmの飛行による入射角の変化を計算します。\Delta \theta \Delta \theta = \theta - \tan^{-1} \left( \frac{H \tan \theta - 1.0 \, \text{km}}{H} \right) ここで、
度、\theta = 35 km を代入します。H = 628 \Delta \theta = 35 - \tan^{-1} \left( \frac{628 \times \tan(35^\circ) - 1.0}{628} \right) \tan(35^\circ) \approx 0.7002 よって、
\Delta \theta = 35 - \tan^{-1} \left( \frac{628 \times 0.7002 - 1.0}{628} \right) \Delta \theta \approx 35 - \tan^{-1} \left( 0.6989 \right) \Delta \theta \approx 35 - 34.9387356 \approx 0.0612644 \, \text{度} 角度をラジアンに変換します。
0.0612644 \, \text{度} \approx 0.0612644 \times \frac{\pi}{180} \approx 0.001068 \, \text{ラジアン} -
周波数シフト
の計算\Delta f \Delta f = \frac{f}{\tan \theta} \Delta \theta ここで、
ですので、\tan(35^\circ) \approx 0.7002 \Delta f \approx \frac{1.27 \times 10^9}{0.7002} \times 0.001068 \approx 1.93 \times 10^6 \, \text{Hz} = 1.93 \, \text{MHz}
衛星1と衛星2の間の周波数シフト量は約
まとめ
遠くの衛星2つの波の位相の差分を観測する。
その観測を実現するための条件、共通帯域幅 臨界基線長、 B_perp。
これらは理論的には数十年前に確立されていたもの。
遅ればせながら、これらの言葉の意味、深みを味あわせていただきました。
Discussion