AptosのShelbyが切り拓くWeb3の未来:リアルタイムデータ経済の幕開け
はじめに
Web3の世界は、これまで主に金融分野、特にDeFi(分散型金融)を中心に進化を遂げてきました。しかし、そのポテンシャルは金融取引だけに留まりません。ソーシャルメディア、AI、ストリーミングといった、私たちのデジタルライフを構成する多くのアプリケーションは、依然として中央集権的なWeb2のインフラに依存しています。この現状を打破し、真の分散型インターネットを実現するための鍵となるのが「データ」の扱いです。本記事では、Aptosブロックチェーン上で開発が進む画期的なサービス「Shelby」に焦点を当て、その革新的な技術、経済モデル、そしてWeb3の未来に与えるインパクトについて徹底解説します。
Shelbyとはどのようなサービスか?
Shelbyは、Web3初となる分散型のクラウドグレード・ホットストレージ・プロトコルです [1]。従来の分散型ストレージが、主にデータの「保管」を目的としたコールドストレージであったのに対し、Shelbyはデータの「利用」に主眼を置いたホットストレージである点が最大の特徴です。これにより、データは単なる静的なファイルではなく、リアルタイムでストリーミング、配信、そして収益化が可能な「動的な資産」へと変わります。
具体的には、AIエージェントの学習データ、高画質な動画ストリーミング、オンラインゲームのリアルタイムデータ、ユーザー生成コンテンツなど、これまでWeb2のCDN(コンテンツデリバリーネットワーク)やクラウドストレ-ジが担ってきた、高速な読み込みと高いスループットが要求されるユースケースを、分散型で実現することを目指しています。
誰が開発を主導しているのか?
Shelbyは、Web3インフラ開発における二つの巨人、Aptos LabsとJump Cryptoによって共同開発されています [1, 2]。
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Aptos Labs: 高いスケーラビリティと低遅延を誇るLayer-1ブロックチェーン「Aptos」の開発を主導するチームです。Move言語を基盤とした高いパフォーマンスと安全性を実現するブロックチェーン技術に強みを持ちます。
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Jump Crypto: 25年以上にわたり金融市場で培ってきた高性能技術と、大規模なデータ処理に関する深い専門知識を持つインフラ開発企業です。特に、リアルタイムシステムや低遅延インフラの構築において世界トップクラスの実績を誇ります。
この二社の協業は、まさに理想的な組み合わせと言えます。Aptosが提供する高速・低コストなブロックチェーン基盤の上で、Jump Cryptoが持つ大規模データ処理と高性能ネットワークのノウハウを活かすことで、Shelbyという前例のないプロジェクトが実現可能となったのです。
Shelbyの何がすごいのか?
Shelbyの革新性は、技術的な側面とトークンエコノミーの側面の両方にあります。
技術的な優位性とアーキテクチャ
Shelbyは、中央集権型のクラウドサービスに匹敵、あるいは凌駕するパフォーマンスを分散型で実現するために、従来の分散ストレージとは根本的に異なるアプローチを採用しています。
従来の分散ストレージとの決定的な違い
既存の分散ストレージプロトコル(Filecoin、Arweave、Walrus、Celestiaなど)は、主にアーカイブやコールドストレージに最適化されており、静的ファイルの保管と後の取得には適していますが、4Kビデオのストリーミングやチャットボットへのリアルタイムデータ供給といった動的で読み取り集約的なアプリケーションには対応できていません [4]。これらのシステムのスループット、遅延、コスト効率性、可用性は、ビデオストリーミング、大規模データ分析、AI訓練などの要求の厳しいワークロードには不十分なのです [4]。

Shelbyの革新的な技術スタック
| 技術的特徴 | 詳細 |
|---|---|
| 専用ファイバーネットワーク | ストレージノードとRPCゲートウェイを直接接続する専用バックボーンにより、公共インターネットの混雑や可変速度を回避し、Web2グレードの低遅延・高スループット性能を実現します [4, 5]。 |
| Clay消失訂正符号 | 従来の重い複製に代わり、Coupled-Layer codes(Clay codes)を採用することで、最適な修復帯域幅と耐久性を両立し、ストレージオーバーヘッドを大幅に削減します [4]。 |
| コントロール・データプレーン分離 | Web2システムからの教訓を活用し、制御機能とデータ配信機能を分離することで、効率的なアーキテクチャを実現しています [4]。 |
| マイクロペイメントチャネル | オフチェーンでの読み取り料金支払いにより、オンチェーン取引のコストと遅延を削減し、頻繁で高速な読み取りを経済的に実現可能にします [5]。 |
| ハイブリッド監査プロトコル | 高頻度の内部監査と低頻度のオンチェーン監査を組み合わせ、パフォーマンスを損なうことなく強力な暗号経済的保証を提供します [4]。 |
4層アーキテクチャの構成

Shelbyは、クライアントSDK、RPCノード層、ストレージプロバイダー(SP)層、調整層の4つのサービス層から構成される洗練されたアーキテクチャを採用しています。データはBlob、Chunkset、Chunk、Samplesに分割・準備され、Clay codesを用いてエンコードされます。AptosブロックチェーンにデプロイされたスマートコントラクトがChunkの割り当てやメタデータ管理、参加者のインセンティブと罰則を制御する仕組みとなっています [4]。
Jump Cryptoは次のように述べています。「分散化はコストを参加者全体に分散させ、プロトコル内であっても抽出率を競争力のあるものに保ちます。中央集権型プロバイダーが規模の経済から利益を得るのに対し、分散化は多様性をもたらします。各貢献者が自身の価値を最大化し、コストを削減することで、全体の費用が削減されるのです。」[2]
トークンエコノミーとインセンティブ設計
Shelbyが単なる高速ストレージに留まらない理由は、その巧みなインセンティブ設計にあります。
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インセンティブ化されたアクセス: Shelbyは、データを配信(サーブ)したノードに対して報酬を支払う初のプロトコルです [1]。これにより、ノードは単にデータを保存するだけでなく、積極的にデータを配信するインセンティブを持つことになります。需要の高い、価値あるデータほど頻繁にアクセスされ、そのデータを保持・配信するノードはより多くの報酬を得ることができます。
- 新しいデータ経済の創出: この仕組みは、クリエイターやプラットフォームに新たな収益モデルをもたらします。例えば、人気のある動画やゲームアセットをShelby上に保存しておけば、それがユーザーに配信されるたびに収益が発生する、といったことが可能になります。データそのものが価値を生み出す「データ経済」の基盤となるのです。
どんな未来が待っているのか?

Shelbyが目指すのは、単なるストレージサービスの提供に留まりません。その先には、Web3アプリケーションのあり方を根本から変える、壮大なビジョンが広がっています。
AIエージェント経済のインフラへ
Shelbyは、特にAI分野での活用が期待されています。最近発表されたNEARプロトコルとの戦略的パートナーシップは、その方向性を明確に示しています [3]。NEARは、AIエージェントが自律的に活動する「エージェント経済」の実現を目指しており、そのインフラとしてShelbyの高速なホットストレージを活用しようとしています。AIエージェントがリアルタイムで大量のデータにアクセスし、学習や意思決定を行う上で、Shelbyの性能は不可欠な要素となります。
分散型クラウドの実現
Jump Cryptoは、「ネットワーク + データ + コンピュート = 分散型クラウド」という方程式を提示しています [2]。Shelbyは、この方程式における「データ」層を担う重要なコンポーネントです。将来的には、オンチェーンのコンピュート(計算)レイヤーと組み合わせることで、データの保存、配信から処理までをシームレスに行う、完全な分散型クラウドが実現されるでしょう。これにより、開発者は中央集権的なプラットフォームに依存することなく、あらゆる種類のアプリケーションを構築できるようになります。
まとめ
Shelbyは、Aptos LabsとJump Cryptoという強力なパートナーシップの下で開発される、Web3のデータインフラを再定義する可能性を秘めたプロジェクトです。その技術的な優位性と革新的なトークンエコノミーは、データを静的な保管対象から動的な価値創造の源泉へと変え、AI、ストリーミング、ゲームといった分野で新たなアプリケーションの登場を促すでしょう。NEARプロトコルとの連携は、その未来像を具体化する第一歩に過ぎません。Shelbyがもたらすリアルタイムデータ経済の幕開けは、Web3が真にメインストリームとなるための、大きな飛躍となるに違いありません。
参考文献
[1] Aptos Foundation. (2025, June 24). Shelby: A New Era of Value Creation for Web3. https://aptosfoundation.org/currents/shelby-a-new-era-of-value-creation-for-web3
[2] Jump Crypto. (2025, June 24). Shelby: Decentralized Storage Designed to Serve. https://jumpcrypto.com/writing/shelby-decentralized-storage-designed-to-serve/
[3] NEAR Protocol. (2025, September 3). NEAR Expands Intents with Aptos Integration and Shelby Decentralized Storage Partnership. https://www.near.org/blog/near-expands-intents-with-aptos-integration-and-shelby-decentralized-storage-partnership
[4] Goren, G., Hariri, A., Hartley, T. D. R., Kappiyoor, R., Spiegelman, A., & Zmick, D. (2025, June 24). Shelby: Decentralized Storage Designed to Serve. arXiv. https://arxiv.org/html/2506.19233
[5] Kejriwal, S. (2025, July 4). Shelby Explained: The Web3 Hot Storage Protocol Aiming to Replace Centralized Clouds. Coin Bureau. https://coinbureau.com/analysis/what-is-shelby-crypto/
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