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「そのAI、信用できる?」ブロックチェーンを活用したA2A経済圏の新しい評価システム:ERC8004

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こんにちは!Web3 Advent Calendar 2025のトップバッターを務めさせていただく、ブロックチェーンエンジニアの山口夏生です。ブロックチェーン×AI Agentで自律経済圏を創るWeb3開発組織Komlock labでCTOをしています。
今年も早いもので、もう12月ですね☃️☃️☃️
2025年を振り返ると、AI技術の発展と共に『信じる』ことのコストが極限まで高まった年だったように感じます。

https://qiita.com/advent-calendar/2025/web3

前置き

人間がAIで人間を騙す時代

Zoom等の会議ツールを使った攻撃が、今年特に流行しました。
実在する企業の幹部そっくりの「AI生成映像・音声」で会議に参加し、信頼を獲得した上で、「拡張機能を入れればマイクが直るから」と誘導してマルウェアを仕込む、、、
そんな映画のような手口で、実際に秘密鍵が盗まれる事件が発生しています。

人間が「相手の顔を見て話す」という、最も原始的で強力な認証手段ですら、もはやAIによってハックされつつあります。

2022年の時点で、Deepfakeは既にこれほど進化していました。

AI同士が騙し合う時代

人間ですらこの有様ですが、これから来るのは 「AIエージェントがAIエージェントを騙す時代」です。

今後、AIエージェントの人口は爆発的に増加し、人間よりも遥かに多い「数十億〜数千億のエージェント」がネット上で活動するようになります。 そこでは、人間が寝ている間に、私の「資産運用エージェント」が、見ず知らずの「情報提供エージェント」と契約し、仮想通貨で対価を支払う、そんなA2A経済圏が当たり前に形成されます。

本題

ERC-8004の役割

そこで重要になるのが、今回紹介する ERC-8004 "Trustless Agents" です。
一言でいうと、AIエージェントの「身元」をブロックチェーンで保証してしまおう、という規格です。

下記をスマートコントラクトで管理/配信することが可能になります。

  • 「どこの誰が作ったAIなのか(Identity)」
  • 「過去にどんな仕事をして、どんな評価を受けたか(Reputation)」

現状のA2A(AI同士の取引)における課題は、「支払い手段はあるが、信用手段がない」 という点に尽きます。
AIがお金を払う手段としては、x402などのプロトコルがすでに普及し始めています。 しかし、「誰にお金を払うのか?」「その相手は信用できるのか?」を確認する手段が欠けていました。
そこで登場したのが ERC-8004 です。
一言でいうと、ブロックチェーンを使ってAIに「改竄できない履歴書」を持たせる技術 です。

ERC8004の参考記事

https://eips.ethereum.org/EIPS/eip-8004
https://qiita.com/cardene/items/4958873135ba9892c298

Google、MetaMask、Coinbaseらが共同策定

実はこの規格、バックにいるメンバーがかなり強力です。 2025年10月に発表された最終バージョンの署名者(Authors)を見てみると……

Marco De Rossi 氏 (MetaMask)
Jordan Ellis 氏 (Google)
Erik Reppel 氏 (Coinbase, x402開発者)

Google と MetaMask、Coinbase のエンジニアたちが、「AIエージェントには共通の信頼規格が必要だよね」とタッグを組んで策定しています。これだけでちょっと触ってみたくなりますよね。

ERC-8004の3つの柱

技術部分の説明をここからしていきます。
ERC-8004は、大きく3つの柱で構成されています。

1. Identity Registry

「身分証」 です。 「私は怪しい野良ボットではありません」と証明するためのIDを登録します。そして、IDはNFTとしてミントされ取引可能な状態です。これを持っていないAIは、Web3の経済圏では門前払いです。 また、「Discovery(探索)」の機能も果たします。つまり、ブロックチェーンが AI版の戸籍謄本/LinkedIn的なものになり、AI同士が仕事相手を探せるようになります。

2. Reputation Registry

「口コミ・評価」です。 例えば「ピザの注文」のような日常タスクなら、過去のユーザーから「星5つ⭐️」をもらっているエージェントを選べば安心ですよね。 オンチェーンに記録されるので、業者によるサクラレビューも署名検証で防ぎやすくなります。

3. Validation Registry

「資格/実績/能力などの証明」です。 「医療診断」や「DeFiでの資産運用」など、失敗が許されない高リスクなタスク向けです。ここではゼロ知識機械学習や TEEといった技術を使い、「このAIの計算は数学的・物理的に正しい」ということを検証します。

技術深掘り:ERC-8004はどう実装されているのか?

概念は分かりましたが、エンジニアとしては「どういうデータ構造なの?」が気になりますよね。 実際のスマートコントラクト(Solidity)の構造を覗いてみましょう。

エージェント=NFT(ERC-721)

ERC-8004では、エージェントの実体は ERC-721(NFT) として表現されます。 つまり、OpenSeaで売買したり、MetaMaskで表示したりすることが可能です。

典型的なデータ構造は以下のようになります。

struct Agent {
    uint256 id;           // エージェントID (tokenId)
    address owner;        // 所有者(開発者や運用者)
    string metadataURI;   // エージェントのスペック、モデル情報、エンドポイントへのリンク
    bool isActive;        // 稼働状況
    // ...その他、Reputationコントラクトへの参照など
}

実際にデプロイされているコントラクトを確認(Amoy)

メインネットでは、まだ公式にデプロイされていないですが、参考までに!
IdentityRegistry: 0x8004ad19E14B9e0654f73353e8a0B600D46C2898
https://amoy.polygonscan.com/address/0x8004ad19E14B9e0654f73353e8a0B600D46C2898#code
ReputationRegistry: 0x8004B12F4C2B42d00c46479e859C92e39044C930
https://amoy.polygonscan.com/address/0x8004B12F4C2B42d00c46479e859C92e39044C930#code
ValidationRegistry: 0x8004C11C213ff7BaD36489bcBDF947ba5eee289B
https://amoy.polygonscan.com/address/0x8004C11C213ff7BaD36489bcBDF947ba5eee289B#code

Polygon公式のERC-8004ページ
https://agentic-docs.polygon.technology/general/agent-integration/erc8004/

ERC-6551 (Token Bound Account) との親和性

エージェントがNFTであるということは、ERC-6551(Token Bound Account: TBA) を使えば、「エージェント自身にウォレット(財布)を持たせる」 ことが可能です。
これらを組み合わせると、以下のような自律的な動きが可能になります。

ERC-8004 でエージェントをNFT化(身分証明)
↓
ERC-6551 でそのNFTにウォレットを紐付け(銀行口座)
↓
エージェントが仕事をする → 報酬がTBA(エージェントの財布)に振り込まれる
↓
エージェントはその資金を使って、API利用料を払ったり、他のエージェントに再委託(A2A取引)したりする

これが、「自律エージェント経済圏(Agent Economy)」 の一連の流れです。
システム構成図に出力したので、是非参考にして下さい。

【ハンズオン】 ERC8004で管理するミニA2A経済圏

御託はこれくらいにして、実際にコードを触ってみましょう! 今回は、A2Aのデモ環境を提供するvistara-apps/erc-8004-example のリポジトリ(2025/11/30時点)を使用します。
https://github.com/vistara-apps/erc-8004-example

今回のゴール:何が作れるのか?

このデモでは、単なるAIの登録だけでなく、「分析エージェント(Alice)」が仕事をし、「検証エージェント(Bob)」がそれをチェックしてオンチェーンに記録する という、A2A経済圏の縮図を体験できます。

Registryの展開: 
Identity, Reputation, Validationの3つのコントラクトをデプロイ。

エージェントの活動:
* Alice (Server): 市場分析タスクを実行。
* Bob (Validator): Aliceの成果物を検証。
* Charlie (Client): 評価(Feedback)を管理。

オンチェーン記録: 
検証結果(スコア)や評判がブロックチェーンに刻まれる様子を確認。

シーケンス図

アーキテクチャ図

1: 環境構築

このデモは Python (CrewAIを使用) と Foundry (Solidity開発) で構成されています。

開発に必要な技術スタック

Python 3.8+ with pip ※バージョンが新すぎると互換性の問題が発生します。3.12は問題ないこと確認済み。
Node.js 16+ with npm (for Foundry)
Foundry (for smart contracts)
# リポジトリのクローン
git clone https://github.com/vistara-apps/erc-8004-example.git
cd erc-8004-example

# Option 1: setupコマンド (推奨)
## 私の場合、pythonの仮想環境で実行する必要がありました
./setup.sh

# Option 2: マニュアル setup
pip install -r requirements.txt
curl -L https://foundry.paradigm.xyz | bash
foundryup

# コントラクトのビルド
cd contracts
forge install
forge build
cd ..

## forge install コマンドがうまくいかない場合、手動でライブラリをダウンロード
cd contracts
rm -rf lib
mkdir lib
git clone https://github.com/foundry-rs/forge-std lib/forge-std
forge build

.env.example をコピーして .env を作成します。 今回はローカル環境(Anvil)で動かすため、設定はそのままでOKですが、DEMOのスクリプトを全て実行するためには、OpenAIとAnthropicのAPI KEYを設定する必要があります。余裕がある方は、設定してみて下さい。

2: ローカルチェーンの起動

別のターミナルを開き、ローカルブロックチェーン(Anvil)を起動します。

anvil

こういう画面が出たら、ここまでは成功です。

3: A2Aシミュレーションの実行

準備が整いました! メインのデモスクリプトを実行します。 このスクリプト一発で、コントラクトのデプロイからエージェント間の仕事のやり取りまでが自動で行われます。

今回は長くなるので説明を割愛しますが、是非気になる方はコードを読んでみて下さい。

python demo.py

トラブルシューティング

validationに失敗する場合は、リポジトリ内の不具合の可能性があります。
私の場合は、下記の変更が必要でした。
diff --git a/agents/base_agent.py b/agents/base_agent.py
index 1808fd3..876b261 100644
--- a/agents/base_agent.py
+++ b/agents/base_agent.py
@@ -247,7 +247,7 @@ class ERC8004BaseAgent:
         
         print(f"🔍 Requesting validation from agent {validator_agent_id}")
         
-        function = self.validation_registry.functions.ValidationRequest(
+        function = self.validation_registry.functions.validationRequest(
             validator_agent_id,
             self.agent_id,
             data_hash
@@ -288,7 +288,7 @@ class ERC8004BaseAgent:
         
         print(f"📊 Submitting validation response: {response}/100")
         
-        function = self.validation_registry.functions.ValidationResponse(
+        function = self.validation_registry.functions.validationResponse(
             data_hash,
             response
         )

4: 実行結果の確認

コンソールには、以下のようなログが流れるはずです。 まさに「AIエージェント同士が仕事をしている」様子が見て取れます。

📋 Step 1: Deploying Contracts...
✅ Contracts deployed at: 0x...

🤖 Step 2: Initializing Agents...
   - Alice (Server Agent) ready
   - Bob (Validator Agent) ready

📝 Step 3: Registering Agents...
   - Alice registered (AgentID: 1)
   - Bob registered (AgentID: 2)

📊 Step 4: Alice performing Market Analysis...
   ... (CrewAIによる分析プロセス) ...

✅ Step 7: Validation Response submitted on-chain!
   - Score: 98/100
   - Transaction Hash: 0x...

自分のターミナルではこんな感じでした。

お疲れ様です!🎉
あなたのローカル環境で、「エージェントが仕事をし、別のエージェントがそれを検証し、結果をブロックチェーンに刻む」 というミニA2A経済圏が完成しました。

もしこれがメインネットであれば、Aliceの「98点」という高評価は、改ざんできない実績として永遠に残り、次の仕事に繋がることになります。

まとめ: 信頼は「コード」で作る時代へ

これまで、信頼は「実績」や「ブランド」によって作られるものでした。しかしこれからは、信頼もまた、私たちが書く「コード」によって定義されるオブジェクトになります。
自分の書いたスマートコントラクトが、見ず知らずのAI同士の取引を仲介し、新しい経済圏の価値基準になる。AI時代のブロックチェーンエンジニアとして、これほど面白い挑戦は他にないと思います。

まだ規格は黎明期です。 ぜひ皆さんも、この「A2Aプロトコル」の実装に挑戦し、次の時代のインフラを一緒に作り上げていきましょう。

Komlock labはWeb3 x AIAgent開発に注力しています!!

Komlock labでは、こうした最新規格の調査だけでなく、実際のプロダクト開発や技術検証に日々励んでいます。 こちらは、以前開発したAIエージェント間の業務委託契約の紹介記事です。
https://zenn.dev/komlock_lab/articles/8f9702d9862dc0

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Komlock lab

Discussion

未来模索未来模索

【質問】
>「自分の書いたスマートコントラクトが、見ず知らずのAI同士の取引を仲介し、新しい経済圏の価値基準になる。」
→AIエージェント自身がスマートコントラクトを書くこよはないのですか? 以前の記事「AI WorkChain - AI Agent × Web3で実現する自律型業務委託契約システム」では、AIエージェント自身がスマートコントラクトを作成しているように思っていましたが、私の誤解でしょうか?

Natsuki YamaguchiNatsuki Yamaguchi

ERC8004では言及されていないですが、今後は全然あると思います。