Snowflakeで始めるData Lake - Apache Icebergの基本と活用法 -
Snowflakeで始めるData Lake - Apache Icebergの基本と活用法 -
はじめに
近年、企業が扱うデータ量は爆発的に増加しており、これらのデータを効率的に管理・活用するためのデータレイク構築の重要性が高まっています。しかし、従来のデータレイクでは、トランザクションの一貫性担保の難しさや、スキーマ変更への追従、特定ベンダーへのロックインといった課題がありました。
これらの課題を解決するオープンソースのテーブルフォーマットとして注目されているのが Apache Iceberg です。そして、クラウドデータプラットフォームである Snowflake もIcebergをサポートし、より柔軟で高性能なデータレイクの実現を可能にしています。
本記事では、Apache Icebergの基本的な概念から、Snowflake上でIcebergテーブルを活用する方法、そしてそれがもたらすビジネス価値について解説します。
Apache Icebergとは?
Apache Icebergは、膨大な量のデータを管理するために設計されたオープンソースのテーブルフォーマットです。元々はNetflixによって開発され、現在ではApache Software Foundationのトップレベルプロジェクトとなっています。
Icebergの主な特徴は以下の通りです。
- トランザクションの一貫性 (ACID特性): データレイク上のテーブルに対しても、データベースのような信頼性の高いトランザクション処理を実現します。
- スキーマ進化への対応: テーブルのスキーマ(列の追加、削除、型変更など)を安全かつ容易に変更できます。古いスキーマのデータと新しいスキーマのデータを共存させることも可能です。
- タイムトラベルとバージョンロールバック: 過去の特定時点のテーブル状態にアクセスしたり、誤った更新を以前のバージョンに戻したりすることができます。
- 豊富なエコシステム: Spark, Flink, Presto, Trino, Hiveなど、多くのデータ処理エンジンでサポートされています。
- SQL互換性: 既存のSQLスキルセットを活かしてデータ操作が可能です。
- パフォーマンス: 大規模データセットに対しても効率的なクエリパフォーマンスを実現するための工夫がされています(パーティションプルーニング、ファイルプルーニングなど)。
これらの特徴により、Icebergはベンダーロックインを防ぎ、よりオープンで柔軟なデータレイクアーキテクチャの構築を支援します。
この階層構造により、Icebergは効率的なファイルプルーニング(不要なデータファイルをスキャン対象から除外すること)やアトミックなメタデータ操作を実現し、タイムトラベルのような機能も可能にしています。
Snowflakeにおけるテーブル選択肢
Snowflakeでデータを利用する際には、主に3つのテーブルタイプがあります。それぞれの特徴を理解し、ユースケースに応じて最適なものを選択することが重要です。
特徴 | 標準テーブル (Standard Table) | 外部テーブル (External Table) | Icebergテーブル (Iceberg Table) |
---|---|---|---|
データの実体 | Snowflake内にロード・保存 (マイクロパーティション) | お客様管理のオブジェクトストレージ (S3, GCS, Azureなど) | お客様管理のオブジェクトストレージ (S3, GCS, Azureなど) |
データ形式 | Snowflakeネイティブフォーマット | CSV, JSON, Parquet, ORC, Avroなど | Apache Icebergフォーマット |
読み書き | 読み書き可能 | 読み取り専用 | 読み書き可能 (Snowflakeがコンピュートとして動作) |
パフォーマンス | 非常に高速 (マイクロパーティションによる最適化) | 遅い (特にファイル数が多い場合、パーティションプルーニングが限定的) | 高速 (IcebergのメタデータとSnowflakeの最適化により) |
トランザクション | ACID準拠 | 不可 | ACID準拠 (Icebergの機能) |
スキーマ管理 | Snowflakeで管理 | ファイル定義に依存 (スキーマ進化に制約) | Icebergで管理 (スキーマ進化をサポート) |
タイムトラベル | Snowflakeの機能として提供 | 不可 | Icebergの機能として提供 (Snowflakeからも利用可能) |
主な用途 | BI、アドホック分析、DWHの中核データ | データレイク上のデータを一時的に参照、ETLのソース | オープンなデータレイクハウス構築、他エンジンとのデータ共有 |
メタデータ管理 | Snowflakeが管理 | Snowflakeがファイルリストをキャッシュ (限定的) | Icebergカタログで管理 (Snowflake Horizon Catalog または外部カタログ) |
外部テーブル vs Icebergテーブル
特にデータレイクをSnowflakeと連携させる上で、外部テーブルとIcebergテーブルは比較対象となります。
- パフォーマンス: Icebergテーブルは、そのメタデータ構造により、外部テーブルよりも効率的なファイルプルーニングが可能であり、一般的にクエリパフォーマンスが優れています。
- 書き込み機能: 外部テーブルは読み取り専用ですが、IcebergテーブルはSnowflakeから直接書き込み(INSERT, UPDATE, DELETE, MERGE)が可能です。
- スキーマ進化: Icebergテーブルはスキーマ進化をネイティブにサポートしており、データレイクのスキーマ変更に柔軟に対応できます。外部テーブルではスキーマ変更が困難な場合があります。
- トランザクション: IcebergテーブルはACIDトランザクションを提供し、データの信頼性を高めます。
デモンストレーション: S3上のデータをSnowflakeで扱う
ここでは、Amazon S3上のデータをSnowflakeの外部テーブルとIcebergテーブルでそれぞれ扱う簡単なデモ手順を紹介します。
1. S3バケットとIAMロールの準備 (共通)
まず、データファイルを格納するS3バケットと、SnowflakeがそのバケットにアクセスするためのIAMロールを作成・設定します。詳細はSnowflakeのドキュメントを参照してください。
2. 外部テーブルの場合 (S3)
外部テーブルは、S3などの外部ストレージにあるデータを直接クエリするためのものです。読み取り専用となります。
Step 1: コンテキストの設定
USE ROLE SYSADMIN;
USE WAREHOUSE MY_WH; -- 適切なウェアハウスを指定
USE DATABASE MY_DATABASE; -- 適切なデータベースを指定
USE SCHEMA MY_SCHEMA; -- 適切なスキーマを指定
Step 2: 外部ステージの作成
CREATE OR REPLACE STAGE my_external_stage
URL = 's3://your-s3-bucket/path/to/data/'
STORAGE_INTEGRATION = s3_integration_object;
Step 3: 外部テーブルの作成
CREATE OR REPLACE EXTERNAL TABLE my_external_table (
order_id VARCHAR AS (VALUE:c1::VARCHAR),
product_name VARCHAR AS (VALUE:c2::VARCHAR),
quantity INT AS (VALUE:c3::INT),
order_date DATE AS (VALUE:c4::DATE)
)
WITH LOCATION = @my_external_stage
FILE_FORMAT = (TYPE = PARQUET)
AUTO_REFRESH = FALSE;
Step 4: データの参照
SELECT * FROM my_external_table LIMIT 10;
SELECT product_name, SUM(quantity)
FROM my_external_table
WHERE order_date >= '2024-01-01'
GROUP BY product_name;
Step 5: 書き込み操作の試行
INSERT INTO my_external_table (order_id, product_name, quantity, order_date)
VALUES ('ORD1001', 'New Product', 10, CURRENT_DATE());
-- 外部テーブルは読み取り専用のため、エラーになります
🔹 Icebergテーブルの場合 (S3 + Snowflake管理カタログ)
Icebergテーブルは、S3などの外部ストレージにあるデータを読み書き可能なテーブルとして扱えます。ここでは、Snowflakeが管理するIcebergカタログを使用する例を示します。
Step 1: コンテキストの設定
USE ROLE SYSADMIN; -- 適切な権限を持つロール
USE WAREHOUSE MY_WH; -- 適切なウェアハウスを指定
USE DATABASE MY_ICEBERG_DB; -- Icebergテーブル用のデータベース
USE SCHEMA MY_ICEBERG_SCHEMA; -- Icebergテーブル用のスキーマ
Step2 外部ボリュームの作成 (オプションだが推奨)
CREATE OR REPLACE EXTERNAL VOLUME my_s3_external_volume
STORAGE_PROVIDER = S3
STORAGE_BASE_URL = 's3://your-iceberg-s3-bucket/' -- Icebergテーブルのデータを格納するS3バケットのルートパス
STORAGE_AWS_ROLE_ARN = 'arn:aws:iam::YOUR_AWS_ACCOUNT_ID:role/YOUR_SNOWFLAKE_ACCESS_ROLE';
Step3 Icebergテーブルの作成
CREATE OR REPLACE ICEBERG TABLE my_iceberg_table (
order_id VARCHAR,
product_name VARCHAR,
quantity INT,
order_date DATE
)
EXTERNAL_VOLUME = 'my_s3_external_volume' -- 作成した外部ボリューム名
CATALOG = 'SNOWFLAKE' -- Snowflakeがカタログを管理
BASE_LOCATION = 'iceberg_data/my_sales_table/';
Step 4: データのロード (INSERT)
INSERT INTO my_iceberg_table (order_id, product_name, quantity, order_date) VALUES
('ORD001', 'Laptop', 1, '2024-05-01'),
('ORD002', 'Mouse', 2, '2024-05-01'),
('ORD003', 'Keyboard', 1, '2024-05-02');
Step 5: データ操作 (SELECT, UPDATE, DELETE, MERGE)
データの取得
SELECT * FROM my_iceberg_table WHERE product_name = 'Laptop';
データの更新
UPDATE my_iceberg_table
SET quantity = 3
WHERE order_id = 'ORD002';
データの削除
DELETE FROM my_iceberg_table
WHERE order_id = 'ORD003';
データのマージ
MERGE INTO my_iceberg_table AS T
USING (
SELECT 'ORD001' AS id, 'Laptop Pro' AS name, 1 AS qty, '2024-05-05' AS dt
) AS S
ON T.order_id = S.id
WHEN MATCHED THEN
UPDATE SET T.product_name = S.name, T.quantity = T.quantity + S.qty
WHEN NOT MATCHED THEN
INSERT (order_id, product_name, quantity, order_date)
VALUES (S.id, S.name, S.qty, S.dt);
Icebergテーブルのタイムトラベル
Icebergテーブルは、過去の特定の状態にアクセスできる**「タイムトラベル」**機能をサポートしています。
AT または BEFORE 句を使って過去のデータを参照できます。
スナップショットIDを指定して参照
SELECT * FROM my_iceberg_table AT (SNAPSHOT => '1234567890123456780');
タイムスタンプ時点の状態を参照
SELECT * FROM my_iceberg_table BEFORE (TIMESTAMP => '2024-05-03 10:00:00'::TIMESTAMP_LTZ);
行レベルセキュリティの設定
IcebergテーブルでもSnowflakeの強力なガバナンス機能を適用できます。
Step 1: アクセス制御用のロール作成
CREATE ROLE sales_rep_role;
CREATE ROLE sales_manager_role;
GRANT USAGE ON DATABASE MY_ICEBERG_DB TO ROLE sales_rep_role;
GRANT USAGE ON SCHEMA MY_ICEBERG_SCHEMA TO ROLE sales_rep_role;
GRANT SELECT ON TABLE my_iceberg_table TO ROLE sales_rep_role;
Step 2: 行アクセスポリシーの作成
CREATE OR REPLACE ROW ACCESS POLICY sales_data_policy
AS (product_name_column VARCHAR)
RETURNS BOOLEAN ->
CASE
WHEN 'SALES_MANAGER_ROLE' = CURRENT_ROLE() THEN TRUE
WHEN 'SALES_REP_ROLE' = CURRENT_ROLE() THEN product_name_column IN ('Laptop', 'Mouse')
ELSE FALSE
END;
Step 3: テーブルへのポリシーの適用
ALTER TABLE my_iceberg_table
ADD ROW ACCESS POLICY sales_data_policy ON (product_name);
Step 4: ロールを切り替えて動作確認
-- セールス担当者のロールで確認
USE ROLE sales_rep_role;
SELECT * FROM my_iceberg_table;
-- マネージャーロールで確認
USE ROLE sales_manager_role;
SELECT * FROM my_iceberg_table;
-- 管理者ロールで全データ確認
USE ROLE SYSADMIN;
SELECT * FROM my_iceberg_table;
このような形でIcebergテーブルは「タイムトラベル」「行レベルセキュリティ」「ACIDトランザクション」をサポートしており、外部テーブルに比べて強力なデータ管理とクエリパフォーマンスを実現します。
オープンレイクハウスアーキテクチャにおけるIcebergの活用
Icebergは、データレイク (Data Lake) とデータウェアハウス (Data Warehouse) の利点を組み合わせた「レイクハウス (Lakehouse)」アーキテクチャを実現する上で中核的な役割を果たします。以下にいくつかの活用パターンを示します。
1. ゴールドレイヤーをIcebergテーブルで使用
説明: データクレンジングや変換処理が完了し、ビジネスユーザーやBIツールが直接アクセスする「ゴールド」レイヤーのデータをIcebergフォーマットでS3などのオブジェクトストレージに格納します。SnowflakeはこのIcebergテーブルを直接クエリし、分析やレポーティングに活用します。
メリット:
オープンフォーマットによるデータの所有権確保とベンダーロックイン回避。
Snowflake以外のエンジン(Spark、Trinoなど)からも同じデータにアクセス可能。
Snowflakeのコンピュートリソースを効率的に利用。
2. 既存データレイクを活かし、シルバーとゴールドをIcebergで構築
説明: 既に大規模なデータレイク(例: S3上のParquetファイル群)が存在する場合、ブロンズレイヤーはそのまま活用し、中間処理を行うシルバーレイヤーや最終的な分析用データであるゴールドレイヤーをIcebergフォーマットで構築します。
メリット:
既存のデータレイク資産を有効活用。
段階的にIcebergのメリット(トランザクション、スキーマ進化など)を導入可能。
処理途中のデータに対しても信頼性と管理性を向上。
3. 全てのレイヤーをIceberg形式で管理
説明: 生データに近いブロンズレイヤーから、シルバー、ゴールドに至るまで、全てのレイヤーのデータをIcebergフォーマットで管理します。
メリット:
データレイク全体で一貫したテーブルフォーマットと管理手法を実現。
各レイヤーでIcebergの機能(タイムトラベル、スキーマ進化など)を最大限に活用。
データパイプラインの信頼性と運用性を大幅に向上。
ビジネス環境や既存システムの状況、将来的なデータ活用戦略に応じて、これらのアーキテクチャパターンを参考に、最適なレイクハウスアーキテクチャを設計することが重要です。
Iceberg活用によるビジネス価値の向上
Apache IcebergをSnowflakeと組み合わせて活用することで、企業は以下のようなビジネス価値を享受できます。
データ基盤のコスト最適化と将来性の確保
-
ストレージコストの削減:
コンピュートとストレージを分離し、比較的安価なオブジェクトストレージ(S3など)をデータの実体置き場として活用できます。
Icebergの効率的なメタデータ管理とファイルプルーニングは、ストレージ使用量とアクセス効率の最適化にも貢献します。 -
ベンダーロックインの回避:
オープンなテーブルフォーマットであるIcebergを採用することで、特定のデータ処理エンジンやプラットフォームへの依存を低減し、将来の技術選択における柔軟性を確保できます。
Snowflakeは、このオープン性を尊重しつつ、強力なエンジンを提供します。
データエンジニアとアナリストの生産性向上
-
信頼性の高いデータ操作:
ACIDトランザクションにより、データレイク上でのETL/ELT処理の信頼性が向上し、データ破損リスクを低減します。 -
柔軟なスキーマ変更:
スキーマ進化機能により、ビジネス要件の変化に迅速に対応してテーブル構造を変更でき、データパイプラインの改修が容易になります。 -
迅速なデータ復旧:
タイムトラベルとバージョンロールバック機能により、誤操作やデータ品質問題が発生した場合でも、迅速に過去の正常な状態にデータを復旧できます。
これにより、ダウンタイムの削減と開発サイクルの短縮に繋がります。 -
SQLによる直感的な操作:
Snowflakeを通じて、使い慣れたSQLでIcebergテーブルのデータ定義(DDL)やデータ操作(DML)を行えるため、学習コストを抑えつつ、高度なデータ管理機能を利用できます。
データガバナンス強化とコンプライアンス対応
-
一元的なアクセスコントロール:
Snowflakeの行アクセスポリシー、列レベルセキュリティ(マスキングポリシーなど)、タグベースのマスキングといった高度なガバナンス機能を、オープンなIcebergテーブルに対しても適用できます。
これにより、データセキュリティとコンプライアンス要件を一元的に管理できます。 -
監査証跡の強化:
Icebergのメタデータは全ての変更履歴(スナップショット)を保持するため、データの変更履歴の追跡や監査が容易になります。
データ活用の民主化とイノベーション促進
-
多様な分析ツールとの連携:
Icebergは多くの分析エンジンでサポートされているため、Snowflakeだけでなく、Spark、Trino、Flinkなど、目的に応じて最適なツールを選択し、同一データセットに対してアクセスできます。
これにより、データサイロ化を防ぎ、組織全体のデータ活用を促進します。 -
リアルタイム分析への対応:
Icebergはストリーミング取り込みにも対応しており、Snowpipe Streamingと組み合わせることで、よりリアルタイムに近いデータ分析基盤を構築できます。
ユースケースの例
-
小売業:
Icebergを使って顧客の購買履歴や行動ログを一元管理し、Snowflakeで高速に分析することで、パーソナライズされたレコメンデーションの精度を向上させます。 -
金融機関:
市場データや取引データをIcebergで管理し、タイムトラベル機能を使って過去の特定時点のポートフォリオ分析やリスク評価を行うことが可能です。
まとめ
Apache Icebergは、現代のデータレイクが抱える多くの課題を解決する強力なオープンソースのテーブルフォーマットです。
SnowflakeがIcebergをネイティブにサポートすることで、ユーザーはオープン性を維持しつつ、Snowflakeの高性能なクエリエンジン、堅牢なデータガバナンス機能、そして使いやすいSQLインターフェースの恩恵を受けることができます。
Discussion