本屋さんを開催する技術
Kaigi on Rails 2024 で本屋さんを出店させていただきました。
やるよ、という宣伝記事: Kaigi on Rails 2024 で本屋さんをやります
本稿では、その振り返りを行います。
動機
動機は宣伝記事にあるように、「イベントを盛り上げるため」、そして「技術カンファレンスで本屋さんあるといいよね」という雰囲気を持っていただくことでした。自分が本屋さん好きなんですよね。知り合いがいなくて一人でも、本を眺めていると楽しい。同じ本を眺めている人と会話ができるとさらに楽しそう。
まぁ、あと若干の気分転換。
準備
書籍の仕入れ
本を売るためには本を仕入れないといけません。本を仕入れるにはいくつか手段があります(今回のためにいろいろ教えてもらいました)。
- 取次に売ってもらう
- 個人でもできるのは Foyer【ホワイエ】| 本の仕入販売サービス さん。
- 出版社に売ってもらう
の2点があり得るようでした。今回は、出版社様にお願いして、n% の掛け率(つまり、定価の n% の値段)で仕入れることができました。出版社様によって、買い切りだったり返品可能な契約だったり、色々でした(基本的にお付き合いがない出版社だと掛け率が高かったりした)。出版社ごとに送料の条件も違って、なるほどな、って感じでした。物理の商いは大変。
ちなみに Foyer さんは 83% の掛け率で返品可なのはいいのですが、返品時の手数料が「返品金額の10.0%」という条件が、売れ残りリスクを考えると難しいところです(でも買い切りよりはマシ)。また、契約時に印紙代4,000円というのもネックでした。ので、最初の条件であった「開業届」までは提出したのですが、最終的な契約には至っていません。
Kaigi on Rails 2024 オーガナイザより、「Ruby および Rails が書名に入る」もしくは「スピーカーの関連書籍である」書籍のみ売って良い、という条件をいただいたため、当初よりは点数が減りましたが、合計で 16 点、65冊の書籍を売ることになりました。ちなみに、「私の勤務先のブースに見えないようにする」という条件がありました。ちゃんとお金を払ったスポンサーの方にとっては当然のことかと思います。
Authors.rb との兼ね合い
Ruby 関連カンファレンスでは近年、Authors.rb という著者らが本を手売りするというアクティビティがあります。今回本屋を出すにあたり、選書した書籍の関係者の方が出席されそうであったら、できる限り連絡して「本屋で取り扱ってもよいか」という許可を得ることにしました。
また、同業他社的に、実際の本屋さんに話を聞いてみると、「まぁうちとは客層違いますしどうぞどうぞ」みたいな結構ポジティブなご反応を頂きました。
お金周りのサービス
お金周りは、STORES 決済 を用いたキャッシュレス決済のみ対応としました。現金の管理が面倒すぎるからです。STORES 決済を使うと、STORES レジ というクラウド POS サービスが利用できるのですが、今回は在庫管理も含めてこれらのサービスに乗っかることにしました。私の所属が STORES ということもあって、選択しやすいというのがありましたが、会社からの特別扱いは一切ありませんでした。
STORES 決済の場合、決済端末が1台ついてきます。2万円するそうなのですが、下記の条件で無料でもらえます。
お申し込み完了日から180日以内に合計売上10万円以上が達成条件です
料金について - 月額費用0円、決済手数料1.98%〜でご利用いただけます。 | STORES 決済(旧:Coiney)
いやぁ、ちゃんと10万円以上稼げるかドキドキですね。あくまで目的は「イベントを盛り上げるため」なので、赤字にならなければ多少の出費はいいのですが、ただ、収支予測をまとめたスプレッドシートをじっと見ていると、こりゃぁ赤字にしないだけでも大変だぞ、という感じです。いや、本でビジネスは厳しい。
決済手数料はだいたい3%(詳しくは上記リンクを見てね)。1000円の書籍だと30円で、そんな高くなさそうですが、利益でみると、例えば Foyer さんの掛け率 83% だとすると、170円の利益のうちの30円ということで、17%くらい。小さくないですよねぇ。ただ、現金を管理する煩雑さに比べると、マシだと思ってキャッシュレスオンリーにしています。
諸々の契約は 10 月以降に行ったのですが、意外と早く準備できました。
今回は STORES のサービスを使ってみましたが、機会があればリクルートのサービスとかも使ってみたい。
その他備品
次のような備品を用意しました。
- おまけにつけたサインペン 20 本
- サイン欲しいかなーと思ってサインペンをおまけにしたんだけど、結果としてはほとんど意味なかったなぁ。
- 強粘着ノート ポスト・イット パステルカラー イエロー 90枚
- 大き目のポストイットでポップを書いてもらうため。結果として、島田さんがいっぱい書いてくれた。
- 手提紙袋 3才 未晒無地 50枚入り
- 大き目の紙袋。1枚30円以上する、高い。袋にお金を取りたくなる気持ちわかる。もっと小さい袋を持っていけばよかった。
- 家にあったイーゼルパッド
- 家にあった簡易組み立て型展示台
- スペースが十分に大きかったので、要らんかったな...。
- 家にあった養生テープ
- 家にあった太めのマジックペン
被ったリスク
全部売れれば万々歳なのですが、実際どうなるかは蓋を開けてみないとわかりません。今回、私が個人事業主として行った本屋で負ったリスクは以下の通りです。
- 書籍にかかるリスク
- 返品可能な本の返品の送料
- 返品可能だが、痛んで返品不可となるリスク(カバーは替えがある出版社もあるそうですが)
- 買い切りの本が売れないリスク
- 万引き等で本が失われるリスク
- 法的リスク
- 取引におけるトラブルに関するリスク
- 売れなくなるリスク
- 決済端末、およびレジ(iPad)の故障によるビジネスの続行不可になるリスク
- 私が直前まで風邪ひいてて、開催できない可能性というリスクもあったなぁ
- 会議が開催されないかもしれないリスク(コロナや天候などの理由)
- ほかにもいろいろあるんだろうな
要は、例えば仕入れた書籍が全部燃えたり盗まれたりすると、もちろんそれらは私が丸っと損をすることになります。今回の仕入れは20万円弱だったので、最悪その金額が吹っ飛ぶことになります。
幸いにして、技術カンファレンス(Kaigi on Rails)に参加される方は見た感じ皆さん本を大事に扱ってくれたので、これらのリスクは最小限となったかと思います。
端末故障は普通にありえるので、バックアップは欲しい気がしますね。嫌だけど、現金かなぁ。
結果
全部売れました! ありがとうございました! 2日間の開催だったのですが、1日目で売れ筋の本は売り切れ、2日目で全部売り切ることができました。最後の2冊は10%割引を行いました。
Note: 「再販制度があるので割引してはいけないのでは?」と思ったあなたはよくご存じですね。再販制度は、出版社と小売り(本屋)との契約で、割引しない代わりに返品を可能にする制度です(具体的には取次と小売りで契約)。今回はある出版社から割引OKという申し出を頂いていたので、割引して販売することができました。POSレジのほうにも割引機能があって良かった。
返品作業はとっても面倒そうだったので、そういうの一切しないで済んでよかったです。買い切りの本も全部売れてよかった(もう持ってる本だったので、自分で買うのもなぁ)。
メインホールの入り口横という一等地を利用させていただいたのも大きいかと思います(参加する人全員の目に入るのは、本当に大きい)。
だいたい 20万円くらいの売り上げで、諸々の経費を引いて、全部売れるという大成功のもとで利益が3万円弱くらいでした。設備費、人件費なくてこれだから、まぁ本でビジネスは厳しい(2回目)。背負いこむリスクに応じた利益になってる? どうかな?
儲けを出すのが目的ではないので、今後に資する何かを買って赤字にしようかなと思っています(レシート印刷プリンタだけで2万円です、いやー設備高い)。町の本屋さんで、現金で本を買いたくなってきた。
おかげさまで、アンケートを見ても好評でした(が、アンケートは好評だった人しか書かない気もするので、ある程度差し引いて)。
アンケート、自由記述から抜粋:
- サインいただいたり、お話を聞けるのはこういう場ならでは(同意見多数)
- いつか僕もやってみたい(同意見多数)
- 売り切れていて残念だった(同意見多数)
- 本屋があるカンファレンスの体験が初めてだった
- それぞれの本にコメントみたいなものがあるとより良かった
- プログラムと連携する企画があるとよかった
- 荷物が多くなって大変
- Rails に関する本がもっとあればよかった
- すぐに本が役に立った
支払い、現金なくて大丈夫かな、と不安だったのですが、「問題ない」が100%で、次回以降もキャッシュレスオンリーでいこうという気持ちを強くしました。
書籍の種類については、意外と「適切」とお答えいただいた方が多いですね。会議参加者に資する書籍というのは、もう少し色々ありそうだと思っています。
「Rails に関する本がもっとあればよかった」というのは、最近 Ruby に関する本があまり出ないので、本とそれ、って感じですよね。本屋がいつもあれば、イベントまでに書くぞって思ってくれる人が増えないかな、どうかな。
雑感
今回、キーノートスピーカーの島田さんが本屋の店員っぽく長時間立ってくれて、ご自分の翻訳された本(ちなみに38冊あった)以外の本も嬉しそうにご紹介いただきました。「僕こういうの好きなんですよ」と仰っていました。
アンケートにもありましたが、世の中にはこのような「本を薦めたい」、「本屋の店員さんをやってみたい」という方が一定数いらっしゃるのではないかと思います。そういう方に活躍してもらって、本に興味を持っている方にお話をしてもらえば、技術イベントをより盛り上げられるのではないか、と思っています。例えば、選書からテーマをもう少し持つといったことができたんじゃないかな。
当初は先輩が後輩を連れてきて「この本いい本なんだよねー」「なるほどー」という教育的機会にならないかと思っていたのですが、私の観測範囲ではそういうものはなく、多くの場合本屋さん <-> お客さん、というコミュニケーションが多かったように思います。どういう関係であれ、お客さん同士のコミュニケーションを誘発する仕組みは、まだ工夫のし甲斐がありそうでした。
本を売る技術のまとめ
- 書籍の仕入れ
- 個人向け取次サービスがある
- 出版社にコネがあれば聞いてみることができる
- 割引を行うには出版社との契約が必要
- 利用サービス
- 技術カンファレンスで物販をするなら、キャッシュレス決済だけでいけそう
- 決済サービスの準備に1か月はあったほうがいい
- 連携する POS サービスは無料のものが付いてることが多く、ソコソコ便利(有料版の機能が欲しくなったけど我慢した)
- 島田さんみたいなスターが協力してくれると売れる
- ビジネスとしては、こう、なかなか...。
今回スプレッドシートで本を管理していたんですが、コピペでミスが発生しがちなので、ちゃんとしたシステムを作っておきたい。
宣伝
というわけで、ノウハウができたので、「うちの技術カンファレンスでも技術書を売るサービスを提供したいな」という方がいらっしゃいましたらお声掛けいただければ幸いです。
個人的な動機の一つに、「あまり行ったことがないカンファレンスでも、本屋という名目があれば行きやすいかも?」というのがあったので、お呼びいただけると嬉しいです。
また、この記事を参考に、技術カンファレンスで本屋さんが実施されるようになると嬉しいです。
謝辞
大きなトラブルなく開催できたことをお世話になった皆様に心より御礼申し上げます。
SmartHR の稲尾様、最初に相談に乗っていただき、また出版社をご紹介いただきましてありがとうございました。
透明書店 遠井様、本屋の何たるかを教えていただきありがとうございました。
Waffle 鳥井様には識者をご紹介いただいたり、忌憚なきご意見を頂いたりと、ありがとうございました。
達人出版会 高橋様、Foyer の話など色々教えていただきありがとうございました。
翔泳社 長田様、カンファレンス会場での書籍販売の大先輩からのご助言、ありがとうございました。でも100冊は入れなくてよかったと思います。
えにしテック島田様、全部売れたのは間違いなく島田さんのお力です。長時間立っていただき、またサインをバンバン書いてくださってありがとうございました。
Kaigi on Rails 2024 オーガナイザの皆様、いきなりの提案を受け入れていただきまして、ありがとうございました。
ご相談させていただいた出版社の皆様、突然のお願いであんまり儲けにもならない話に丁寧に対応いただきましてありがとうございました。
本屋さんを手伝ってくれた皆様、ありがとうございました。おかげでセッションを結構聞けました。
最後に、本屋を利用していただいた皆様、アンケートにお答えいただいた皆様、ありがとうございました。
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