RAGを超える知識統合──ナレッジグラフで“つながる推論”を実現する
RAG の限界とナレッジグラフ ──“検索する AI”から“理解する AI”へ
生成 AI の業務活用が進むなかで、「RAG(Retrieval-Augmented Generation)」はその中心的な手法となっています。社内文書や FAQ、ナレッジベースをベクトル化して検索し、生成 AI に外部知識を与える ── この構成は、多くの企業が最初に採用する「AI 導入の標準形」といえるでしょう。
RAG は、生成 AI の「知識の鮮度」や「事実性」を補う点で有効です。しかし、使い込むほどに次のような課題が浮かび上がります。
-
情報が断片的である:検索対象がテキストの塊にすぎず、意味的な構造を持たない。
-
関係性を理解できない:概念間のリンクが失われ、関連する知識を自動で結びつけられない。
-
更新や拡張に弱い:新しい知識を加えるたびに再埋め込みが必要で、体系的な成長が難しい。
こうした構造的な制約のため、RAG は「情報を引き出す」ことは得意でも、「知識を理解する」ことはできません。つまり、RAG は“検索する AI”の枠を超えられないのです。
GraphRAG という発展形
こうした RAG の課題に対して、近年注目されているのが「GraphRAG(Graph-based RAG)」です。これは、検索対象のドキュメントを単なるベクトル集合ではなく、ノードとエッジから成るグラフ構造として管理する手法です。Microsoft Research などが提案している実装では、文章中のエンティティ(人・場所・概念など)をノードとして抽出し、関係性(関係動詞・文脈)をエッジとして接続することで、「より意味的な検索」を目指しています。
GraphRAG の狙いは、RAG の弱点である「文脈の断片化」を補うことです。グラフ構造により、関連知識をたどる検索(例:A→B→C のような経路探索)が可能となり、単純なベクトル類似検索よりも、より論理的な文脈を再構築できるようになります。
このように見ると、GraphRAG は確かに RAG を進化させる有効な方向性の一つです。しかし、ここに大きな限界も存在します。
GraphRAG の実装と限界
Microsoft Research の公式ページによれば、GraphRAG は「LLM を用いて入力コーパスから知識グラフを自動生成し、そのグラフとクラスタ要約を使って質問応答を行う」手法です。具体的には、入力ドキュメントからエンティティ抽出・関係抽出を行い、ノードとエッジからなるグラフ構造を構築。さらにグラフをクラスタ化(“community summaries”)し、質問時にはそのクラスタ要約を参照して生成モデルに渡します(Microsoft Research: GraphRAG、arXiv:2404.16130)。
ただし、この手法は Knowledge Graph の 推論(reasoning)層 や オントロジーレベルの意味制約 を扱っているわけではありません。GraphRAG は検索対象の文脈的関連を強化してはいますが、「知識の意味構造化」や「論理的推論」は実装範囲外です。
したがって、GraphRAG は RAG の欠点(単純なベクトル検索)を補うには有効であるものの、依然として Graph Embedding + Context Retrieval の枠組みにとどまります。
実装フロー(要約)
-
グラフ生成:LLM でエンティティ/関係を抽出しノード・エッジ化。
-
コミュニティ検出と要約:グラフをコミュニティ分割し、各コミュニティの要約(community summaries)を生成。
-
検索モード:質問に応じて
-
Global Search:コミュニティ要約を活用してコーパス全体を俯瞰、
-
Local Search:特定エンティティ近傍へファンアウト、
-
DRIFT Search:Local にコミュニティ情報を組み合わせて検索精度を高める。
-
-
コンテキスト生成:抽出した要約・証拠テキストをプロンプトに組み込み、LLM で回答生成。
(参考:Microsoft Research 公式ブログ/プロジェクトサイト)
図解:RAG/GraphRAG/Knowledge Graph の位置づけ
図:RAG は外部知識を検索して生成を補助する仕組み。GraphRAG はその内部構造を強化し、Knowledge Graph は外側の意味層として整合性・推論・更新を担う。
一方で、近年の Enterprise Knowledge Graph や Semantic Data Fabric の研究動向では、知識グラフを単なる「検索補助」ではなく、意味モデル(semantic model) として扱う方向が主流です。AllegroGraph の解説では「データファブリックの基盤にはセマンティック・ナレッジグラフが不可欠」とされ(AllegroGraph: Semantic Knowledge Graphs)、また Gartner も「Semantic Technologies が 2025 年以降の AI 基盤の中核になる」と予測しています(Ontoforce Blog)。
これらの動向を踏まえると、「Knowledge Graph を RAG の中で使う(GraphRAG 的手法)」のではなく、RAG の外側に配置し、知識の一貫性・意味構造・継続的な更新を担わせる設計こそが現実的です。言い換えれば、GraphRAG は RAG の延命策であり、Knowledge Graph は構造的な進化策と言えるでしょう。
RAG が苦手・KG が得意な「意味問合せの 5 型」
RAG やベクトル検索は、大量のテキストから類似情報を引き出すことに優れていますが、複雑な意味関係や論理的推論が必要な問いには弱い傾向があります。以下に、RAG が苦手でナレッジグラフ(KG)が得意とする代表的な「意味問合せの 5 型」を示します。
-
集合・分類問合せ
例:「全ての製品カテゴリに属する商品一覧を教えて」
KG はオントロジーで階層構造を保持しているため、集合的な問合せに対して正確な回答を導けます。 -
対比・差分問合せ
例:「A 製品と B 製品の機能の違いは何か?」
KG は属性や関係性を明示的に管理しているため、対象間の違いや共通点を論理的に抽出可能です。 -
経路・関係探索問合せ
例:「社員 A から社員 B への報告経路を教えて」
KG はノード間のエッジを辿ることで、複雑な関係網の経路探索が得意です。 -
否定・除外問合せ
例:「特定の条件を満たさない製品を教えて」
KG は属性の論理的条件を扱えるため、否定条件を含む問合せにも対応しやすいです。 -
カウント・集計問合せ
例:「2025 年に発売された製品の数はいくつか?」
KG は属性情報を持つため、特定条件に基づく集計処理が可能です。
これらの問合せは単なるテキスト類似検索では正確に答えられず、意味的な構造化と論理推論が不可欠です。ナレッジグラフはこれらの課題に対して自然な回答基盤を提供し、RAG の検索機能を補完・強化します。
Knowledge Graph がもたらす“意味の層”
Knowledge Graph は、RAG や GraphRAG のように文脈を“再構築する”技術ではなく、文脈を保持する仕組みです。ノードとエッジで表されるエンティティ間の関係を通じて、「意味のネットワーク」を形成します。これにより、LLM が苦手とする次のような課題を克服できます。
-
意味的に近い概念を統合(同義語・階層関係を保持)
-
論理的推論を実行(経路探索やルールベース推論)
-
知識の永続性を確保(モデル更新やドキュメント変化に影響されにくい)
たとえば、製品知識や研究情報をナレッジグラフとして整理すれば、RAG のように「文書を検索して回答する」のではなく、「知識を辿って答えを導く」ことが可能になります。
つまり、Knowledge Graph は RAG の“外側”にある意味層(semantic layer) として、AI の理解力と学習能力を拡張する基盤になるのです。
まとめ ── 検索の限界を超えて、理解の AI へ
RAG は生成 AI の外部知識参照を実現し、実務利用を大きく前進させました。しかし、その構造的制約ゆえに、知識を"理解する"段階には至っていません。GraphRAG はその延長として検索を強化しますが、あくまで「検索の中での改善」にすぎません。
これからの AI に求められるのは、知識を生成・蓄積・再利用できる構造です。ナレッジグラフはそのための基盤として、RAG の外側に意味を与え、AI が本当に「学習する」世界への扉を開く技術になるでしょう。
実装レベルでの比較
理論的な違いを手で試したい方は、以下の記事で Docker コンテナを使った実装例と評価結果を確認できます。5 項目/50 項目のデータセットで KG と RAG の精度差を実測できます:
-
「RAG なしで始めるナレッジグラフ QA── コンテナで再現する比較検証」
- KG: 常に 5/5 で安定(スケール不変)
- RAG: 5 項目では 2 ~ 3/5、50 項目では 0 ~ 1/5(スケール依存かつベクトル埋め込みの不確定性による実行ごとの変動)
- 意味問合せの 5 型(集合・対比・経路・否定・カウント)で実測可能
参考文献
- Microsoft Research Blog: GraphRAG — Unlocking LLM discovery on narrative private data(2024-02-13). link
- Microsoft Research Project: Project GraphRAG(公式サイト:機能概要). link
- Edge, D. et al., A Graph RAG Approach to Query-Focused Summarization(arXiv:2404.16130, 2024). arXiv
- Microsoft Research Blog: Improving global search via dynamic community selection(Global/Local/DRIFT). link
- AllegroGraph: The foundation of data fabrics and AI — Semantic Knowledge Graphs. link
- Ontoforce Blog: Gartner — Semantic technologies take centre stage in 2025. link
更新履歴
- 2025-10-21 — 初版公開
- 2025-10-23 — トピック調整、記事フォーマット正規化
- 2025-10-24 — RAG やベクトル検索で対応できない問合せ型(集合・対比・経路・否定・カウント)とナレッジグラフ推論との比較に関する内容を追加。実装レベルでの比較セクションで、RAG の結果がベクトル埋め込みの不確定性により実行ごとに変動することを明記し、より正確な測定結果の幅(5 項目では 2 ~ 3/5、50 項目では 0 ~ 1/5)を記載
注記
本記事は AI を活用して執筆しています。
内容に誤りや追加情報があれば、Zenn のコメントよりお知らせください。
Discussion