💪

生成AIを『真に』使いこなすとは?~エンジニアやDX担当者に求められる視点

に公開

生成AIを『真に』使いこなすとは?~エンジニアやDX担当者に求められる視点

昨今、生成AIのビジネスの現場での導入が進んでいます。
私自身、AIエンジニアとして開発をする傍ら、クライアントの話を直接聞く機会にも恵まれ、様々な情報を耳にします。
その中で「生成AIを上手く使いこなす」といったことがよくテーマに上がるのですが、「プロンプトエンジニアリングを社員に覚えさせたい」「もっとAIチャットの利用を推進できないか?」などといった要望が頻出します。 でも、よくよく考えてみてください。
それって、本当にビジネスとして「生成AIを上手く使いこなす」ことになっているのでしょうか?

的を射ているようで外している生成AI導入

さて、ビジネスの現場における生成AI導入の目的とは一体何でしょうか?
究極的には、「業務効率化」そして「業務改善」にあると思います。
では、ChatGPTなどのチャットツールを導入し、社員にプロンプトエンジニアリングを覚えさせることで、業務は飛躍的に改善するのでしょうか?残念ながら、それでは上手くいきません。

なぜなら、そのような使い方で得られる業務改善インパクトはたかが知れているからです。
例えば、メール文面の作成や営業トークの練習に生成AIを利用する場面を考えてみましょう。確かに、新人がビジネスメールを覚えるため、トークを磨くためには生成AIは重宝するかもしれません。ですが、それによっていくら業績が向上するでしょうか? メール文章が洗練されたところで契約の成約率が飛躍的に向上するでしょうか?トークが上達したからといって受注率が跳ね上がるでしょうか?
営業であれば、実地の経験を積んだ方が明らかに上達は早い です。リアルなお客さんと話をし、実ビジネスでの需要を汲み取ってくる、なんなら、そこで得られた声を開発にもフィードバックする…それこそが理想的なビジネスのあり方ではないでしょうか。
これは、まるで泳ぎを覚えるのに教科書やビデオを見てフォームばかり学んでいるようなもの。「さっさとプールに飛び込んで練習すれば?」と思いませんか?

もう1つ例として、「議事録をまとめてくれる生成AI」というのも大きな罠です。
そもそもの話として、その議事録、見返されてますか?

議事録というのは、見返されてこそ意味がある記録です。でも実際には「一応残しておく」「誰かがまとめることになっているから仕方なく書く」といった受け身の文書であり、活用される前提で作られていないケースが非常に多い。そういった組織に自動議事録を導入しても、「自動で作られた誰も読まないドキュメント」が増えるだけです。

さらに言えば、議事録に含まれる情報の価値そのものにも疑問があります。
よほど設計されたファシリテーションがある会議でもない限り、会議の内容は断片的で、まとまりもなく、判断材料としてはあまりに粗い。
つまり、「生成AIで議事録を作る」ことは技術的には可能でも、その議事録から得られる価値が“たかが知れている” のです。

多くのケースでは生成AIの便利さばかりに目が行ってしまい、「真のビジネスインパクト」について深く考えられていない のが現状です。

チャット形式のAIを使いこなす訓練に時間を割くよりも、社員が自発的に自分の業務の中で何がボトルネックになっていて、それを生成AIでどう改善できるかを考える方が重要 です。それも単なるチャットUI上での対話ではなく、既存のシステムにAPI経由でAIを組み込み、場合によっては暗黙的なシステムメッセージで裏側からAIを呼び出す──そういった形の方が効率的かもしれません。例えば、請求書をアップロードして、請求金額と会社名を自動的にJSON形式に整えてくれるとか、稟議書をアップロードして事前に不備や抜け漏れをチェックして指摘してくれるとか、そういったことを考えた方が明らかに業務効率は向上するでしょう。

多くのビジネスに足りないのは、生成AIを導入するのであれば、既存のビジネスプロセスを生成AI前提に再設計する という根本的な意識です。
この点が抜け落ちているため、せっかく導入しても単なるツール導入に留まりがちなのです。
「社員全員にプロンプトエンジニアリングを覚えさせましょう」というアプローチは、あたかも「全員にエクセルVBAを習得させましょう」と言っているようなもので、残念ながら大きなビジネスインパクトにはつながらないでしょう。

業務プロセスから見直す生成AI活用

生成AIを真に使いこなすためには、まず業務プロセスの設計そのものを見直すことが不可欠です。単に新しいツールを現場に配るだけでは、不十分どころか逆効果になる場合もあります。実際、「生成AIを導入したのに仕事が増えた」という声が上がる原因の多くは、技術そのものではなく業務フローや運用設計の問題に起因 しています。生成AIは決して“何でもできる魔法のツール”ではなく、向いている業務と向いていない業務があります。AIの特性に合わない工程に無理やり当てはめれば、結局人間が後処理に追われて手間が増えるだけです。

そうならないために、まず現行業務を棚卸しし、どの業務でAIを使うべきか/使わないべきかを見極める必要があります。現場で行われている仕事を一度洗い出し、それぞれについて以下の3点を整理すると良いでしょう

  • どこがボトルネックになっているか
  • どこに人の判断が必要か
  • どの部分をAIに任せられるか

この整理ができていないと、「とりあえずAIにやらせてみよう」という発想になりがち です。その結果、AIの出力を確認・修正する余計な手間が発生し、むしろ工数が増えてしまいます。逆に言えば、業務フロー上のどの工程にAIを使うのかを明確にするだけでも、AI導入の本来の目的である“業務効率化”に近づくことができます。

また、「全ての業務をAIで置き換える必要はない」という点も重要です。むしろ 「AIで置き換えやすい工程」「AIが補助として力を発揮できる工程」を見極める ことが肝要でしょう。例えば、反復的な定型作業(例:定型文書の作成)や、創造性が求められ、叩き台があると効率化できる作業(例:アイデア出し、提案書の初稿生成)などはAIが力を発揮しやすい領域です。一方で、最終判断や細かなニュアンス調整が必要な部分は人間が担うべきです。

このように業務プロセス全体を再設計し、「どの部分をAIに任せ、どの部分を人が担うか」の役割分担を明確にすることが、生成AI活用の第一歩です。現場の社員自身がこのプロセスに参加し、自分たちの業務のどこに改善の余地があるかを考えることも重要です。現場ヒアリングによって「どの業務にどれだけ工数がかかっているか」「日々どこで困っているか」といった情報を吸い上げることで、真に効果の出るAI適用箇所が見えてきます。

今後のAIエンジニアに求められる視点とは?

だいぶ紆余曲折しましたが、今後の「AIエンジニア」や「システムエンジニア」に求められる視点は上記の現場ヒアリングによる視点だと思います。
AIを単に「便利なツールを導入する対象」として見るのではなく、業務プロセスそのものを設計・再構成する道具として捉える力が求められています。これはAIに関する深い知識があるだけでは不十分で、「業務設計」「運用設計」そして「現場理解」といった要素が不可欠です。

たとえば以下のような力がエンジニアに求められるようになってきています:

  • AIを業務フローにどう埋め込むかを設計する力
    単にチャットで何かを出力させるのではなく、「どこで・どう・どの形で」AIを使うのが最も効果的かをシステム視点で考える力が必要です。API経由での自動処理、非同期でのバッチ処理、SlackやGoogle Workspaceとの連携など、様々な選択肢がある中で、最も現場にフィットする形を設計できることが重要です。

  • ボトルネック発見のための業務理解力
    現場で「何に時間がかかっているのか」「どこが属人的になっているのか」を把握し、そこに対してAIや自動化が有効かを見極める力。これは実際に業務のユーザーと会話し、観察し、時には自分で手を動かしてみることでしか身につきません。

  • 非エンジニアとも協働できる設計思考
    システムを作るだけではなく、ユーザーや業務部門と一緒にプロセスを設計していく必要があります。「使ってもらえるAI」「無理なく使い続けられる仕組み」をつくるには、ユーザビリティや現場運用の知識も重要です。

このような視点を持つことで、単なるツール提供者ではなく、「業務改善にコミットできるエンジニア」 としての価値が生まれます。言い換えれば、生成AIの時代におけるエンジニアの役割は「コードを書く人」から「業務と技術の橋渡しをする人」へと進化しているのです。

さらに、経営層やDX推進担当者とも成功指標のすり合わせをしておくと良いでしょう。単純に「AIを使った回数」や「使っているツールの数」といった指標で現場を評価すると、現場は「使っているフリ」のような無駄な作業に走りがちです。そうではなく、「業務時間がどれだけ短縮できたか」「人件費(工数)削減効果がどれほどあったか」といった業務改善効果を評価軸に切り替えるべきです。具体的に成果ベースの評価を行うことで、社員も本質的な改善に向けてAIを活用しやすくなりますし、エンジニアとしてもキーとなる因子を把握しやすくなります。

基幹システムへの統合と“仕組み”としての生成AI活用

生成AIを真に業務効率化の武器とするには、既存の業務システムやプロセスにAIを組み込んでしまうことが効果的です。チャット形式のツールを単に配布し「各自好きに使ってください」とするより、業務フローの中にAIが組み込まれ、裏側で自動的にAIが機能するようにするのです。こうすることで、各従業員が毎回プロンプトを工夫してAIに尋ねる手間すら省けますし、何より全員がプロンプトエンジニアになる必要はなくなります。 これはちょうど、Excelマクロ(VBA)の使い方を全社員に教育する代わりに、エクセルシートのテンプレート自体に自動化機能を持たせてしまうようなものです。

業務アプリケーションの中に生成AIを埋め込む形で運用すれば、社員は意識せずともAIの恩恵を受けられるようになります。例えばワークフローシステムに生成AIを連携させておけば、ユーザは書類をアップロードするだけで裏側でAI処理が走り、結果が返ってくる、といった具合です。現場の人間は従来通り業務画面を操作するだけで、裏でAIアシスタントが働いてくれるイメージです。これはRobotic Process Automation (RPA) 的な発想ですが、RPAが得意とする定型操作に加えて、生成AIが人間さながらの柔軟な判断や文章生成を担う点で非常に強力です。
結果として、従来は人手に頼っていた部分まで含めたエンドツーエンドの業務自動化が実現し、劇的な効率化が期待できます。

さらに、このアプローチにはガバナンス上のメリットもあります。社員一人ひとりが勝手に生成AIに機密データを入力すると情報漏洩のリスクがありますが、システム組み込み型であればアクセス制御やログ管理の下でAIを活用できます。また、プロンプトの内容もシステム側で管理・最適化できるため、やり方によって結果がブレる心配も減ります。いわば属人的な「職人芸」としてのAI活用から、再現性のある「仕組み」としてのAI活用へと昇華させる ことができるのです。

おわりに: エンジニアが「生成AI時代に価値を出す」ために必要なこと

生成AIの導入は、「新しいツールを使うこと」ではなく、「業務そのものを再設計すること」に他なりません。
チャットで何かを生成するだけでは、現場の問題は解決しません。むしろ、どの業務の、どの工程に、どのような形でAIを組み込むと最大の効果を出せるのかを見極め、仕組みに落とし込むこと。そこに、これからのAIエンジニアやシステムエンジニアの腕の見せ所があります。

プロンプトの書き方を学ぶことも、ChatGPTを試してみることも無駄ではありません。
ですが、ビジネスの現場で価値を発揮するためには、その先──「そもそもこの業務、AIでどう置き換えるのが自然か?」と発想を飛ばせる視点が必要です。

最前線のエンジニアにこそ、以下のような視点が問われています:

  • 単なるPoC(お試し)で終わらせず、業務設計に食い込む力
  • 「生成AI活用=チャットUI」から脱却し、自動処理・API連携・裏側で動く仕組み化 を見据えた設計力
  • 「議事録をAIで取ろう」ではなく、そもそもその議事録、使われてるの? という本質を問い直す力

つまり、これからのAI時代に価値を発揮するエンジニアとは、コードを書く能力だけでなく、現場を見て、業務を観察して、課題の本質を言語化できる人材 です。

生成AIは確かに強力なツールですが、それを「どう使うか」を考え、現場で使われる仕組みに落とし込むのは、まさにエンジニアの仕事です。
今こそ、“課題の本質に向き合えるエンジニア”が、最も求められているのではないでしょうか。

Discussion