AI プロンプトエンジニアリングの新視点:ClaudeとGeminiの指示理解の違いと最適化戦略
最新の大規模言語モデル(LLM)を効果的に活用するためのカギは、適切なプロンプト設計にあります。しかし、すべてのAIモデルが同じプロンプト手法に対して同様に反応するわけではありません。この記事では、AnthropicのClaudeとGoogleのGeminiという二つの主要なAIモデルが、「高レベルの指示」と「詳細なステップバイステップの指示」という異なるプロンプトスタイルにどのように反応するかを比較分析します。
はじめに
最近、Anthropicの公式ドキュメントで次のような興味深い記述を見つけました:
Claudeは詳細なステップバイステップの指示よりも、高レベルの指示で深く考えるように促すと効果的なことが多い
この特性は果たしてClaude特有のものなのか、それとも他の主要なAIモデル(特にGoogle Gemini)にも当てはまるのか?この疑問を出発点に、両モデルの公式ドキュメントや技術資料を調査しました。
この記事では、その調査結果に基づいて、両モデルの指示理解の違いとそれぞれの強みを活かすための最適なプロンプト戦略について解説します。なお、本記事では主にClaude 3シリーズ(特に拡張思考機能を持つClaude 3.7 Sonnet)とGemini 1.5/2.0シリーズを中心に比較しています。これらのモデルは急速に進化しているため、将来的に変更される可能性があることをご了承ください。
AIモデルにおける指示理解の重要性
大規模言語モデルが急速に発展し、ビジネス現場や研究開発に広く導入されるにつれて、モデルに対する「指示の出し方」はますます重要になっています。適切な指示を与えることで、AIモデルの能力を最大限に引き出し、望ましい結果を得ることができます。
指示の与え方には大きく分けて二つのアプローチがあります:
- 高レベルの指示:目的や期待される結果を一般的に記述し、モデルに思考プロセスを委ねるアプローチ
- 詳細なステップバイステップの指示:モデルに従うべき具体的な手順を詳細に指定するアプローチ
どちらのアプローチがより適しているかは、モデルの設計、タスクの性質、そして具体的なユースケースによって異なります。
AnthropicのClaudeにおける指示理解の特性
Anthropicの公式ドキュメント「Extended thinking tips」によると、Claudeは高レベルの指示に対して特に効果的に反応するように設計されています:
Claude often performs better with high level instructions to just think deeply about a task rather than step-by-step prescriptive guidance. The model's creativity in approaching problems may exceed a human's ability to prescribe the optimal thinking process.
このアプローチを推奨する理由として、Anthropicは「モデルの問題解決における創造性が、人間が事前に設計できる最適な思考プロセスを超えることがある」と説明しています。
具体的には、詳細な手順を指定する代わりに:
Think through this math problem step by step:
1. First, identify the variables
2. Then, set up the equation
3. Next, solve for x
...
次のような高レベルの指示を使用することを推奨しています:
Please think about this math problem thoroughly and in great detail.
Consider multiple approaches and show your complete reasoning.
Try different methods if your first approach doesn't work.
Claudeは特に「拡張思考」(Extended Thinking)機能を有効にした場合、高レベルの指示に基づいて独自の思考プロセスを展開する能力が顕著に現れます。ただし、Anthropicのドキュメントでは、詳細な指示が必要な場合には、最初に一般的な指示から始め、必要に応じて詳細な指示でトラブルシューティングするアプローチも推奨しています。
GoogleのGeminiにおける指示理解の特性
GoogleのGemini AIの公式ドキュメント「Prompt design strategies」によると、Geminiはステップバイステップの指示と高レベルの指示の両方に対して柔軟に対応するよう設計されています:
Giving the model instructions on what to do is an effective and efficient way to customize model behavior. Ensure that the instructions you give are clear and specific. Instructions can be as simple as a list of step-by-step instructions or as complex as mapping out a user's experience and mindset.
Googleは「タスクの定義」(Define the task to perform)について以下のように説明しています:
Describe in detail the task that you want the model to perform. The task can be as simple as a step-by-step list of instructions or as complex as mapping out a user's experience and mindset.
注目すべき点として、Googleのドキュメントは両方のアプローチを同等に扱っており、どちらかが特に優れているとは明示していません。むしろ、タスクの性質に応じて適切な指示方法を選ぶことを勧めています。
また、Geminiのプロンプト設計では「システム指示」を活用して、モデルの役割や動作を継続的に制御するアプローチも紹介されています。
両モデルの設計アプローチの違い
この調査から見えてくるのは、ClaudeとGeminiの指示理解における設計アプローチの違いです:
-
Claudeの設計アプローチ:
- 高レベルの指示から始め、必要に応じて詳細な指示でトラブルシューティングするアプローチを推奨
- モデルの創造性と独自の思考プロセスに重点を置く傾向がある
- 「拡張思考」機能では、一般的な指示からモデル自身が最適な思考パスを見つけることを重視
-
Geminiの設計アプローチ:
- タスクの性質に応じてステップバイステップまたは高レベル指示のどちらかを選択するアプローチを推奨
- システム指示と組み合わせたユーザープロンプトの柔軟性を強調
- 多様なタスクや指示スタイルに対する適応性を重視
重要なのは、これらの違いはあくまで推奨アプローチの傾向であり、両モデルとも高レベルの指示と詳細な指示の両方に対応可能です。それぞれのモデルが最適に機能するプロンプトスタイルが異なるという点が、ユーザーにとって知っておくべき重要な違いと言えるでしょう。
両モデルのパフォーマンス比較
第三者の評価からは、両モデルのパフォーマンスに関する以下のような傾向が報告されています。ただし、これらの比較はタスクの性質や評価方法によって異なる場合があり、また両モデルは継続的に更新されているため、すべての状況に当てはまるわけではないことに注意が必要です:
-
Claudeの傾向:
- 複雑な推論が必要なタスクや創造的な問題解決で高レベル指示が特に効果的なケースが多い
- 拡張思考機能では、一般的な指示に基づいて独自の思考パスを展開する能力が見られる
- 専門家からは「より自然な言語使用」「自己繰り返しが少ない」と評価されることがある
-
Geminiの傾向:
- ステップバイステップの詳細な指示と高レベル指示の両方に柔軟に対応
- システム指示を通じた動作制御が可能
- 「より詳細な説明」「感情的な深み」を伴う応答を提供する傾向が見られることがある
Analytics Vidhyaのブログ「Claude vs Gemini: A Guide to Choose the Right Model」では以下のような見解が示されています:
Gemini often provides more detailed explanations and emotional depth, whereas Claude tends to give direct and efficient responses with a slightly more technical focus.
ただし、このような比較は一般的な傾向を示すものであり、個々のユースケースでは結果が異なる場合があります。また、両モデルは急速に進化しているため、これらの傾向も時間とともに変化する可能性があります。
最適なプロンプト戦略:モデルと用途に合わせたアプローチ
調査結果から、それぞれのモデルの特性を活かすプロンプト戦略を考えてみましょう:
Claudeに効果的なアプローチ:
-
創造的・探索的タスクでは高レベル指示から始める:
この物語のキャラクターについて深く分析し、彼らの動機と内面的な葛藤を探ってください。
-
必要に応じて追加の指示を提供する:
特に主人公の成長過程における重要な転機について考察してください。
-
拡張思考機能を活用して、モデルに思考プロセスを展開させる:
複数の視点から考え、あなたの完全な推論を示してください。
Geminiに効果的なアプローチ:
-
タスクの性質に応じた指示スタイルを選択する:
- 明確な手順が必要なタスクではステップバイステップの指示
- 創造的なタスクでは高レベルの指示も効果的
-
システム指示を活用して一貫した応答スタイルを設定する:
システムメッセージ: すべての質問は、ユーザーが特に簡潔な応答を要求しない限り、詳細に包括的に回答してください。
-
明確なフォーマット指定を含める:
以下をテーブル形式で回答してください:[内容]
実務での応用:タスクに応じたアプローチの選択
それぞれのモデルの特性を理解することで、特定のタスクに最適なアプローチを選択することができます:
-
高レベル指示が特に有効かもしれない状況:
- 創造的な文章作成や内容分析
- 複雑な推論や判断を必要とする問題
- 倫理的考慮や微妙なニュアンスを伴うタスク
- オープンエンドな問題解決
-
詳細なステップバイステップ指示が有効かもしれない状況:
- 明確に定義された構造化タスク
- 厳密なフォーマットが必要な出力
- 特定の手順に従う必要がある場合
- 初心者向けの説明や教育コンテンツ
これらの推奨事項は一般的な傾向に基づくものであり、実際のパフォーマンスはタスクの複雑さ、モデルのバージョン、個別のユースケースによって異なる場合があります。最適なアプローチを見つけるには、異なるプロンプトスタイルを試してみることをお勧めします。
結論:多様なAIモデルを理解し、最適に活用する
この調査から、「高レベルの指示を好む傾向」はClaude(特に拡張思考機能をもつモデル)の特徴的なアプローチであり、Geminiはより柔軟なアプローチを採用していることが分かります。ただし、両モデルとも両方のプロンプトスタイルに対応可能であり、その違いは絶対的なものではなく、傾向と推奨アプローチの違いと言えます。
実務でAIモデルを活用する際には、これらの特性の違いを理解し、タスクの性質に合わせて適切なプロンプトスタイルを選択することが重要です。最終的には、特定の用途やユーザーのニーズに合わせて最適なツールとアプローチを選ぶことが成功への鍵となります。
また、AIモデルは急速に進化しているため、本記事で述べた特性や傾向も時間とともに変化する可能性があります。最新の情報と自身の実験結果に基づいて、プロンプト戦略を継続的に最適化していくことをお勧めします。
参考資料
-
Anthropic公式ドキュメント:拡張思考のヒント:
https://docs.anthropic.com/en/docs/build-with-claude/prompt-engineering/extended-thinking-tips -
Google AIのGemini APIドキュメント:プロンプト設計戦略:
https://ai.google.dev/gemini-api/docs/prompting-strategies -
Claude vs Gemini: A Guide to Choose the Right Model:
https://www.analyticsvidhya.com/blog/2024/09/claude-vs-gemini/ -
Google Cloud プロンプト設計入門:
https://cloud.google.com/vertex-ai/generative-ai/docs/learn/prompts/introduction-prompt-design -
Anthropic - Extended thinking:
https://docs.anthropic.com/en/docs/build-with-claude/extended-thinking
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