AIが「答え」を出す時代に、私たちは何を「問う」べきか。ボードゲーム開発で見つけた、人間の思考の“本当の価値”
生成AIが社会にどんどん浸透してきて、私たちの知的活動のあり方は、根っこから変わりつつあるように感じます。
質問を投げれば流暢な文章が、キーワードを伝えれば精緻な画像が、ほんの数秒で生成される。AIが膨大な選択肢の中から最適化された「答え」を高速で提示してくれる世界で、私たち人間の思考や創造の価値は、一体どこにあるのでしょうか?
この問いに、多くの人は「AIにできないこと、つまり『問い』を立てる力にこそ価値がある」と語ります。私も最初はそう考えていました。でも、本当にそれだけなのでしょうか。
ここには、私が仲間たちとボードゲームを開発する中で見つけた、人間の思考の“本当の価値”について、現時点における自分なりの考え方を書いていきます。
すべての始まりは、AIへの素朴な疑問だった
私の探求は、AIを使い倒し、技術を学ぶ過程で生まれた、とても素朴な疑問から始まりました。
「これほどまでにAIが有能である世界において、人間の営みの価値はどこに残るんだろう?」
この問いに対して、私なりに立てた仮説が、「問う力」でした。何を課題と見なし、どんなアプローチを選ぶかという、AIに指示を与える前の段階にこそ、人間の主体性が宿るんじゃないかなあと。
知識の正しさや記憶力を測るテストや評価が中心の学校教育への違和感や、これからの時代は「良い問い」を立てられること自体が希少な価値になるんじゃないか、という予感。そうしたものが積み重なり、この仮説は私の中でどんどん確信に変わっていきました。
そして、この仮説をただの考えで終わらせたくない、実際に形にしてみたい。そんな思いに駆られて、とあるプログラムに参加し、仲間とチームを組んで、この問いに対する挑戦を始めたのです。
なぜ「アナログな対話」を選んだのか
プロジェクトを進める中で、私たちがまず再発見したのは、一見すると非効率にも思える「対面での対話」の価値でした。
同じ空間でホワイトボードを囲んで、長時間議論や活動を重ねる。すると、共感や緊張といったその場の「空気」が思考を活性化させ、一人ひとりの主観の違いが議論を面白く、豊かにしていくのに気付いた。
誰かが例えていたような気がするが、「同じ家を見ても、建築に興味がある人は梁の構造を気にする一方で、アートに関心がある人は壁の絵について問いを立てる。」この言葉が私的にはしっくりくる。視点が違うからこそ生まれる、議論の“厚み”のようなものを肌で感じたのです。
表情の揺らぎや声のトーン、その場の偶発性。デジタルなコミュニケーションではどこかこぼれ落ちてしまいがちな、そうした身体的な要素こそが、深い相互理解を支え、深い学びに繋がる。
私たちは、AIには決して真似できないこのアナログな「場」の価値を確信し、提供する体験の媒体として、手触りのあるボードゲームを選択しました。
「正しさ」ではなく「思考の変化」を評価するゲーム
私たちが設計していたボードゲーム『PHILO!』の核心は、唯一の正解が存在しない問いを扱う点にあります。
「意識を完全に移植されたAIは、元の人間と同一人物と言えるだろうか?」
こんな哲学的な問いを前に、プレイヤーは対話を通じて自分なりの考えを深めていきます。
このゲームで目指したちょっとユニークな点は、結論の優劣を競わない、という部分でした。私たちが価値を置きたかったのは、対話のプロセスそのものだったからです。(ゲームとして成り立つかどうかはいったん置いといて...)
評価の仕組みには、「他者の意見を聞いて、自分の考えがどう変わったか、深まったか。そしてそれを言葉にできたか」という内省的なプロセスを組み込みました。これは、たった一つの「正しい答え」にたどり着くことではなく、多様な価値観に触れることで思考がしなやかに変化していく体験そのものを評価したい、という私たちの願いの表れでした。
もちろん、そんな曖昧なものを評価するのはすごく難しくて、有識者の方からは「それだと結局、結論だけを評価することになっていて、プロセスの価値を捉えきれていないのでは?」という、核心を突くような鋭いフィードバックをもらうこともありました。
結論:AIが教えてくれた、人間の“本当の価値”
AIネイティブ時代の「問いの価値」に対する疑問から始まった私たちの探求は、プロダクト開発と社会での実践というサイクルを経て、より深い気づきへとたどり着きました。
当初、私はAIと人間の価値を「答え」と「問い」という二項対立で捉えていました。でも、今は違います。
人間の本質的な価値は、一人の天才が孤立して優れた「問い」を立てることだけに宿るのではない。むしろ、多様な主観を持つ他者と出会い、身体性を伴う対話の中で意見をぶつけ合い、簡単には分かり合えない価値観の中から、それでも共に納得できる解を粘り強く創り上げていく。 その地道で創造的なプロセスそのものにあるのだと、今は強く信じています。
AIがどれだけ進化しても、この営みだけは決して代替できない。
この開発経験を通して、私は、AIという鏡が映し出してくれた「人間であることの核心」を、静かに、でも力強く確信できたような気がしています。
ー 立命館慶祥高等学校 K-Tech 石川壱朗
謝辞
開発メンバー : 伊東志堂, 稲荷久敬, 芳賀智樹, 山内大佳良, 石川壱朗
Discussion