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[数学読物] - (マイナス)×(マイナス)=(プラス)の証明

2023/08/30に公開

はじめに

ある時、数学の学びなおしをしている人から

「なんで(マイナス)×(マイナス)は(プラス)になるの?」

と質問され、ちょっと困ってしまいました。

・回れ右して後ずされば、結局は前に進んでるでしょ
・減ってく現象(マイナス)に対して、時間を逆回し(マイナス)すれば増える(プラス)でしょ

とかいう説明はできるのですが、「ちゃんと数学的に」と言われると「あれ、どうだったっけ?」となってしまって。

ググって調べてみればすぐにいろいろな方が書かれている証明が出てくるので解決はしました。
しかし、0a=a0=0 を証明なしに使っていたりなど、ちゃんと環の定義から代数的に導出しているところが見当たらなかったので、備忘録的に書いておこうと思います。

雑な説明と証明の流れ

雑な説明

「なんで(マイナス)×(マイナス)は(プラス)になるの?
 数学的にはどうなの?」

と質問してきた人にいきなり
「環上の元 a と b に対してその加法に関する逆元 -a と -b というのは、そもそも・・・」
とはじめてしまうと唖然とされてしまうと思うので、数学的にあんまり嘘にならないように説明する必要があります。
以下のような雑な説明を考えてみました。

【説明】

(マイナス)というのは「逆を向いて」「反対方向に」という意味。
-a というのは、(-1)*a と分解できる。
    つまり、「逆方向に a」「反対方向に a」という意味。
(-1)*(-1) は「逆向いてさらに逆を向く」「反対の反対方向」という意味。
    だから結局「そのまま」「正面」「元の方向」という意味になる。

  なので

    (-a)*(-b) は「逆向きの a をさらに逆方向に b して」
      もしくは
    「逆向いてからまた逆向いて、a*b」「反対の反対に a*b

  となるから結局

    「正面に a*b」「元のまま a*b

  となる。

どうでしょう?
そんなにウソなわけでもないかと。
良い説明知ってる方は教えてください。

証明の流れ

そもそも、(-a)*(-b)=a*b は加法と乗法が混じった演算です。
なので、代数的には「環」の上での話になります。
そこはまず押さえた上で、雑な説明でしたことを「環」の定義から導出していきます。
流れは以下の通りになります。
※ 「環の定義」はどの証明でも使うので図では省略します。

矢印の下流を証明する為に上流が必要、という構図です。
なので、(-a)*(-b)=a*b を証明する為に、先に7つの命題を証明する必要があります。
こう見ると、先の雑な説明もそれなりにまともな説明なように思えます。

以下、この流れで証明をしていきます。

証明

「環」の定義

まず最初に「環」の定義です。

@出典:Wikipedia

集合 R に2つの異なる演算(+:R+R→R)、(*:R*R→R) が定義され、以下の条件を満たすとき、この集合 R と演算 \{+,*\}をあわせた (R, +,*) を「環」という。

(A) 加法群:(R, +) はアーベル群である

  1. 加法に関して閉じている:
    任意の a, b \in R に対して a + b \in R が成り立つ。
  2. 加法の結合性:
    任意の a, b, c \in R に対して (a + b) + c = a + (b + c) が成り立つ。
  3. 加法単位元(零元)の存在:
    如何なる a \in R に対しても共通して 0 + a = a + 0 = a を満たす 0 \in R が存在する。
  4. 加法逆元(反元、マイナス元)の存在:
    a \in R ごとに a + b = b + a = 0 を満たす b \in R が存在する。
  5. 加法の可換性:
    任意の a, b \in R に対して a + b = b + a が成立する。

(B) 乗法半群:(R,∗) はモノイド(単位元つき半群)である

  1. 乗法に関して閉じている:
    任意の a, b \in R に対して a ∗ b \in R が成り立つ。
  2. 乗法の結合性:
    任意の a, b, c \in R に対して (a ∗ b) ∗ c = a ∗ (b ∗ c) が成立する。
  3. 乗法単位元の存在:
    加法単位元 0 を除いた集合 R \setminus \{0\} の元 a \ \in R \setminus \{0\} に対して 1 * a = a * 1 = a を満たす 1 \in R が存在する。

(C) 分配律:乗法は加法の上に分配的である

  1. 左分配律:
    任意の a, b, c \in R に対して a ∗ (b + c) = (a ∗ b) + (a ∗ c) が成り立つ。
  2. 右分配律:
    任意の a, b, c \in R に対して (a + b) ∗ c = (a ∗ c) + (b ∗ c) が成り立つ。

以下、この定義を参照するときは、
  [(A)-3]
  [(C)-2]
のように記述して使います。

これを元に、以下、必要な命題を証明していきます。

7つの命題の証明

1. 零元(加法に関する単位元)の一意性

まずこれを証明しないと、正確には零元を 0 という固定した記号で書けません。
[(A)-3] では 「零元が存在すること」 しか規定されていないからです。
なので、 「零元は複数存在しない」 ことを証明してやる必要があります。

[命題1]
    加法群:(R, +) の単位元は 0 、唯一つである。

【証明】
o, o' を共に加法群における単位元とする。
単位元o に対し以下の式に [(A)-3] を用いると、

o + o' = o'

また、o'も単位元であるから、同じく

o + o' = o

したがって、

o = o'

【証明終】
この加法群における唯一の単位元、零元を 0 と記述する。

2. 零元 0 との乗算

この零元 0 との掛け算を当たり前に利用している証明を見ますが、零元と他の元との乗算の結果に関しては、環の定義では
[(B)-1] R 内に閉じていること
しか規定されていません。
0 を掛けたらどうなるかは定義には書かれていないのです。
つまり「0 を掛けたらなんでも 0 になる」ことは「定義から自明ではない」、当たり前ではありません。
零元 0 が吸収元であることは、ちゃんと証明する必要があります。

[命題2]
    任意の a \in R に対し、0*a = a*0 = 0 である。

【証明】
0*a を以下のように変形する。

\begin{aligned} 0 * a &= (0 + 0) * a & \qquad \qquad &\leftarrow \text{(A)-3} \\ &= 0*a + 0*a & \qquad \qquad &\leftarrow \text{(C)-2} \end{aligned}

これは 0*a0*a を加算しても 0*a のままであることを示す。
[(A)-3] より、加算しても変わらない元は零元であり、かつ [命題1] より零元は唯一つ 0 である。
従って、

0*a = 0

もう一つも同様に、

\begin{aligned} a * 0 &= a * (0+0)\\ &= a*0 + a*0\\ \\ \therefore \qquad a*0 &= 0 \end{aligned}
\therefore \qquad 0*a = a*0 = 0

【証明終】

3. 加法に関する逆元の一意性

これを証明しないと、a の加法に関する逆元を -a とは書けません。
a の加法に関する逆元が複数あった場合、例えば、b,c \quad (b \neq c) が共に a の加法に関する逆元だった場合、「-a」と書くと b, c どちらのことを指しているか分からないからです。
a の加法に関する逆元は -a と書くためにはこの証明が必要です。

記法ではなく本質の話をすると、この証明がないと他の証明の際に a の加法に関する逆元にどの逆元を使ったか」 によって結果が変わる可能性が出てきてしまいます。
また、一意であることが証明できないと、a-1 を乗算すると逆元になる」 ことを証明するときに 「複数ある加法に関する逆元のうち、どの逆元になるのか?」 を言わなければなりません。

一意性は重要です。

[命題3]
    任意の a \in R に対し、加法に関する逆元 b \in R は唯一つである。

【証明】
b, b' \in R を共に a の加法に関する逆元とすると、

\begin{aligned} b &= 0 + b & \qquad \qquad \leftarrow \text{(A)-3} \\ &= (b' + a) + b & \qquad \qquad \leftarrow \text{(A)-4} \\ &= b' + (a + b) & \qquad \qquad \leftarrow \text{(A)-2} \\ &= b' + 0 & \qquad \qquad \leftarrow \text{(A)-4} \\ &= b' \\ \\ \therefore \qquad b &= b' \end{aligned}

【証明終】

この a の加法に関する逆元 b-a と記述する。

4. 加法に関する逆元と乗法単位元

ここで乗法単位元を固定の記号 1 と表していますが、これには先に一意性の証明が必要です。
しかし、この証明ではまだ乗法単位元が一意である必要はありません。

[命題4]
    任意の a \in R に対し、-a=(-1)*a=a*(-1) である。

【証明】

\begin{aligned} 0 &= 0 * a & \qquad \qquad \leftarrow \text{命題2} \\ &= (1+(-1)) * a & \qquad \qquad \leftarrow \text{(A)-4, 命題3} \\ &= 1*a + (-1)*a & \qquad \qquad \leftarrow \text{(C)-2} \\ &= a + (-1)*a & \qquad \qquad \leftarrow \text{(B)-3} \\ -a &= -a + a + (-1)*a & \qquad \qquad \leftarrow \text{両辺 -a を加算, 命題3} \\ -a &= (-1)*a & \qquad \qquad \leftarrow \text{(A)-4} \end{aligned}

同様に、

\begin{aligned} 0 &= a*0 \\ &= a*(1+(-1)) \\ &= a + a*(-1) \\ -a &= -a + a + a*(-1) \\ -a &= a*(-1) \end{aligned}
\therefore \qquad -a = (-1)*a = a*(-1)

【証明終】

5. 加法に関する逆元の逆元

実際、これは [命題3] - 加法に関する逆元の一意性 から明らかです。

[命題5]
    任意の a \in R に対し、-(-a)=a である。

【証明】
[(A)-4]、[命題3] より、

b+(-b) = 0

この b-a を代入すると

\begin{aligned} (-a)+(-(-a)) &= 0 & \\ a+(-a)+(-(-a)) &= a & \qquad \qquad \leftarrow \text{両辺 +a} \\ 0+(-(-a)) &= a & \qquad \qquad \leftarrow \text{(A)-4} \\ -(-a) &= a \end{aligned}

【証明終】

6. 乗法単位元の加法に関する逆元同士の乗算

こちらも [命題4] と同じく記号 1 を使うのは適切ではありませんが、証明は一意性がなくても成り立ちます。

[命題6]
    乗法単位元 1 の加法に関する逆元 -1 に対し、1=(-1)*(-1) である。

【証明】
[命題4]a-1 を代入すると、

\begin{aligned} -a &= (-1) * a & \\ -(-1) &= (-1) * (-1) \end{aligned}

[命題5] を左辺に適用すると、

\begin{aligned} -(-1) &= (-1)*(-1) \\ 1 &= (-1)*(-1) \end{aligned}

【証明終】

7. 乗法単位元の一意性

後回しにしていた乗法単位元の一意性の証明です。
本当はこれを証明して初めて 1 という記号が使えます。
しかしここまでの証明にこの乗法単位元の一意性は必要なかったのでここで登場です。

[命題7]
    乗法半群:(R, *) の単位元は 1 、唯一つである。

【証明】
e, e' を共に乗法半群における単位元とする。
単位元e に対し以下の式に [(B)-3] を用いると、

e * e' = e'

また、e'も単位元であるから、同じく

e * e' = e

したがって、

e = e'

【証明終】
この乗法半群における唯一の単位元を 1 と記述する。

(マイナス)×(マイナス)=(プラス)の証明

7つの前提となる命題が証明できたので、今回の本題を証明します。

[命題]
    任意の a, b \in R に対し、(-a)*(-b)=a*b である。

【証明】

\begin{aligned} (-a)*(-b) &= \{a*(-1)\}*\{(-1)*b\} & \qquad \qquad \leftarrow 命題4, 命題7 \\ &= a* \{ (-1)*(-1) \} *b & \qquad \qquad \leftarrow (B)-2 \\ &= a * 1 * b & \qquad \qquad \leftarrow 命題6 \\ &= a * b & \qquad \qquad \leftarrow (B)-3 \end{aligned}

【証明終】

おわり

もっとすんなり証明が済むかと思ったら、定義から順に導いていくと思ったよりステップが多くなりました。
ちょっと意外でした。

ちゃんと数学的に確かめたい方の理解の助けになればと思います。

※ 間違いありましたらお知らせください。

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