信頼のモデル:ブロックチェーンとAIによるスマート社会システム
はじめに
イーサリアムの特徴であるスマートコントラクトが果たす役割について考えています。考えを整理するために、まずは通常の契約(コントラクト)のベースとなっている「信頼」というものについて自分なりのモデル化を行い、それをベースに考察していきます。
この記事では、始めに信頼の構成要素と構造のアーキテクチャを説明します。ここでは信頼をする側の主体と、信頼をされる側の客体に分けて、それぞれの性質を法則と確度という観点でモデル化します。このモデルで、信頼は法則に関する認識、知識、予見性が信頼を決定づけることを説明します。
次に、人間社会における信頼形成の手段としての法や契約などの社会的な仕組みを、このモデルにあてはめて考えます。社会の法や契約などは、この信頼のモデルでの法則の位置づけになります。そして、契約の未来として、ブロックチェーン技術の応用の1つであるスマートコントラクト(改ざん不能の契約)の可能性に触れます。
既存の法や契約は、それを違反する個人を取り締まったり、違反が起きないように大きな労力を必要とします。一方で、スマートコントラクトは違反が出来ない仕組みであり、ソフトウェアの形で誰でも作ることができる柔軟性と容易性があります。
この仕組みを既存の法や契約と合わせて活用することにより、高信頼のスマート社会システムが実現できるはず、というのがこの記事の結論です。
信頼のモデル
主体と客体における信頼は、以下の4つの要素から成り立っています。
- 客体が、高い確度で法則に基づいた振る舞いをする。
- 客体の状態を、主体が高い確度で認識できる。
- 主体が、客体の法則について、確度の高い知識を持つ。
- 主体が、客体の振る舞いを、高い確度でシミュレートできる能力を持つ。
ここでの法則は、自然法則でも良いですし、社会法則でも良いです。個人の振る舞いの傾向でも構いません。
自然法則の場合、客体としての物体は、物理学の法則に従います。量子スケールでは不確定性を持ちますが、人間スケールであればニュートン力学に従いますので高い額度で法則に基づいた振る舞いをすると言えます。
主体である私たちは、きちんと観察ができるなら、状態も高い確度で認識できます。また、ニュートン力学の知識も持っています。後はシミュレーションですが、1つの物体なら確度の高いシミュレーションができます。一方で対象が流体の場合はニュートン力学で単純にシミュレーションすることは難しく、流体力学を使ってもシミュレートの観点では確度が落ちます。
社会においても、客体としての個人が、常にオープンでシンプルでブレない人は、信頼されます。状態を隠したり複雑でブレのあるように見える人は、信頼を得ることが難しくなるかもしれません。
そもそも客体が何らかの法則に従っていることが重要です。その上で、認識と知識と予見性に高い確度があれば、我々は客体を信頼することができます。
法則としての法と契約
社会法則としては、文化や慣習的なものもありますが、より近代的なものとして、法と契約があります。法も契約も「もしAをしたらB」のような形で、社会的な面での未来の振る舞いを決める法則となります。
法や契約を守る社会の仕組みがしっかりしていると、それが社会基盤となって社会の信頼度は増します。一方で、法や契約が違反されないように仕組みを工夫したり監視を強化したりするために、社会的なコストも大きなものになっています。
スマートコントラクト
ブロックチェーン技術はビットコインに代表される暗号資産という使い道が大きく知られています。一方で、ブロックチェーン技術は、スマートコントラクトという、改ざん不可能な契約の仕組みを実現できることでも知られています。
スマートコントラクトは、例えば「Aが10日以内にBをすれば、Cの口座からAの口座へ1万円を支払う。ただし10日を過ぎた場合にはAの口座からCの口座へ10万円を払う」といったような契約を、プログラムのような形で書くことが出来ます。そしてこの契約を一度発行(つまり契約締結)したら、ブロックチェーン技術により改ざんはできません。そして、Bが達成されたり10日を過ぎると、スマートコントラクトはそこに書かれた処理を自動的かつ確実に実行します。
このスマートコントラクトは、既存の法や契約とは違い、決して違反することはできません。時間の経過や条件に該当する事象が発生すれば、後はブロックチェーン上で自動的に実行されます。この特性は、最初に述べた信頼のモデルで考えると、とても魅力的です。
客体は高い確度でスマートコントラクトという法則に従います。契約を結んだこともブロックチェーン上で確度高く認識できますし、法則である契約の中身もブロックチェーン上で閲覧できます。そして、プログラムの形で契約内容が明記されていますので、シミュレーションも確度高く実現できます。
高信頼のスマート社会システム
法や契約は、自然法則と違って人間が作ることが出来る社会的な法則や個人間の法則です。ただし、運用については違反を取り締まることを考える必要があるコストの高い方法であることも説明しました。
このコストの高さや違反の取り締まりの難しさから、既存の法や契約では対応できなかったり、扱いきれなかった社会的な事情に対して、スマートコントラクトを活用することで効率的になったり、社会問題を解決できるようになる可能性があります。このように考えると、低コストで信頼の仕組みを社会に追加することが出来るスマートコントラクトを、適したところに上手く使っていくことで、高信頼のスマート社会システムを実現できるでしょう。
もちろん、既存の法や契約を置き換えることは難しいでしょうし、多くの場合適切ではないと考えます。また、スマートコントラクトの処理の中で信頼できる人間の判断が必要なる場合には、人間の判断を仰ぐように設計することも可能です。その判断を担う人の信頼を担保するために、評価システムもスマートコントラクトやその他の仕組みで実現することもできるでしょう。
こうして、レガシー社会システムの良いところは残しつつ、それがうまく働いていないところにはスマート社会システムを構築することで、社会はより一層の発展していくことでしょう。
スマートコントラクトとAI
なお、スマートコントラクトはプログラムとしてバグが許されず慎重な設計が求められます。また、機械に人間を合わせるような形で設計する通常のシステム開発に比べて、スマートコントラクトは人間の事情や例外的な状況や悪意などに強い配慮が求められます。このため、高度なソフトウェア設計スキルと、制度や契約などの設計ができるような法務的なスキルが必要になります。
このため、技術的には大きな可能性を持ったスマートコントラクトですが、実現には大きなハードルがありました。しかし、生成AIがこの状況を変える可能性があります。
まず、生成AIはプログラミングが得意です。今はまだミスや不都合も多いですが、人間のプログラマよりも正確でバグの少ないプログラミングが出来るようになるのも時間の問題でしょう。そして、制度設計や契約の法務的な知識やスキルを身に着けることも十分可能でしょう。このため、近い将来、人間はスマートコントラクトで実現したいアイデアを伝えれば、生成AIが形にしてくれるようになるような世の中になると考えられます。
また、スマートコントラクトは複雑ですが、ブロックチェーン上のオーブンに公開されていますので、その契約の安全度や不具合がないかをAIに検証させることで、スマートコントラクトで契約を結ぶ際のハードルも低くなるでしょう。
さいごに
この記事では、信頼のモデルを手がかりに、現在の社会システムと未来の社会システムの姿を描きました。また、ブロックチェーンとAIという昨今話題のデジタル技術がそこに大きな可能性をもたらしている事に触れました。
イーサリアムのようなスマートコントラクトのプラットフォームが、特定の人たちだけでなく一般の人まで広く普及するまではまだ時間がかかると思います。一方で、普及後の社会では、この記事で書いたような位置づけで社会に不可欠の基盤となっていくと思います。
以前に、東京都が老朽化したマンホールを効率よく探し出すために行ったキャンペーンの事が私の念頭にはあります。
職員や業者を雇ってくまなく道路をチェックするのはとても効率の悪いやり方でした。そこで、市民参加型でまだ誰もシステムに登録していないマンホールの写真をアップロードすると、ポイントが貰えるといったようなキャンペーンを行って、市民参加で都内のマンホールの写真をくまなく集めるという試みだったかと思います。詳細は私の記憶違いの部分があるかもしれませんが、このアイデアを実行したところ、業者を雇うコストよりもはるかに安く、短時間でほどんどのマンホールの写真を集めることができたそうです。
こうした、上手く機能する仕組みを考えて社会実装をすることで、社会の困りごとや問題を効率よく(しかもこの例では楽しく)解決することが出来る可能性があるというのは、目からウロコでした。この例のように、関係者全員がwin-winとなる仕掛けやアイデアはまだまだたくさんあるのではないかと思います。東京都の例はスマートコントラクトを必要としませんでしたが、スマートコントラクトの利点を引き出すことで、もっと多様なアイデアが社会実装できる可能性が広がると考えています。
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