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AIによる仕事の代替について

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AIに関するニュースを見ていて、自分の仕事もいつかAIが完全に代替して、自分は仕事を失ってしまうかもしれないと、不安に思ったことがある人は多いのではないでしょうか。自分はまさにその一人で、これまで三年間ほどAIの研究開発の仕事に携わってきましたが、そのために、最前線の技術を肌で感じ、自分が日々やっている仕事が代替されてしまう可能性をリアルに感じられるようになったことが、本問題を改めて考えることになったきっかけです。以下では、そういった”AIと仕事”について考える際に役にたつコンセプトを紹介しています。

テクノロジーと仕事の歴史

こういった、テクノロジーと雇用の問題は、古くから存在しています。産業革命時には、機織り機の台頭によって、これまで手作業によって行っていた機織りの仕事が代替されてしまうことに不満を覚えた人々が、機械を壊したり妨害を企てるといったLuddite運動というものがありました。最終的には、機織り機を管理する仕事が生まれたり、他の仕事に移ったりするようにして、完全に仕事が失われるということは起こっておりません。AIについても、これまでのイノベーションの際と同じようにして経済環境の壊滅には至らないのかどうかについては、多くの議論があります。いずれにしても、表面的な不安・恐怖感情から、Luddite運動のような惨事を招くようなことは避けたいでしょう。

AIと人間の比較

AIと雇用の関係について考える際、まず初めに浮かぶことは、自分の仕事は安泰なのか、どういった仕事が高リスクなのかということでしょう。AIと人間の知能を比較する際によく取り上げられるものとして、Moravec’s paradoxというコンセプトがあります。一見、人間にとっては取るに足らない些細なことでもコンピュータにとっては難しく、逆に、人間にとって難しい仕事は瞬時にこなせてしまうことがある、というものです。例えば、コンピュータにとって、水の入ったグラスをこぼさずに持ち上げるといったタスクは難しく、数十桁の計算はいとも簡単にできてしまいます。

また、Max Tegmarkは、人間にしかできない高度で複雑な仕事を陸地になぞらえて、次のように図示しています。

単純記憶・四則演算・囲碁将棋のようなタスクについては、AIが秀でているため、海に沈んでいますが、ArtやScienceといった領域はまだ代替されるに至っておりません。直近では、画像生成モデルがアーティストに比する品質のものを生成したり、数学オリンピック金メダル級の問題を解いたりするという事例にも見られるように、今もなお多くの仕事が代替されようとしています。このように、かつては安泰であった仕事も、徐々に奪われつつあり、海面が少しずつ上昇し、残された陸地はどんどん限られてきているというのが、全体の流れだといえます。

「でも新しい仕事も生まれるからいいのでは…?」

仕事が失われるといっても、同じように新しく生まれるものもあるから、大丈夫では?という考え方もあると思います。しかし、ここには大きな落とし穴があります。

こちらは、2015年の米国での職種別人口です。マネージャーやレジ係など、前世紀からある仕事が上位を占めていて、今世紀に生まれたもので最も上位なソフトウェアエンジニアは21位であり、全体の1%以下となっています。つまり、失われた仕事を新しい仕事が埋め合わせているのではなく、かつてからあった職に多くの人が集まっている、と捉える方が適切でしょう。

「でもAIはxxができないから…」

「AIが進化しているといっても、現に世の中の仕事のほとんどはまだ代替されていないし、心配する必要はないのでは?」という意見もあると思います。しかし、必ずしもそうとは言い切れません。なぜなら、AIが仕事を完全に代替しなくても、AIを効果的に活用できる人によって仕事がカバーされてしまうという可能性があるからです。

この現象を考える上で、**経済学のSuperstar hypothesis(スーパースター仮説)**が参考になります。これは、最も優れた性質や技能を持つスーパースターが、マーケットシェアの大半を支配するという仮説です。特に、ITのように成果物の流通コストが低い業界で顕著に見られます。世界で最も性能の良いサービスと、それよりも少し劣る十番目に良いサービスを比べた際、ユーザーはわずかな価格差よりも、最高品質のサービスを選ぶ傾向にあるため、後者が選ばれることは少なくなります。

これと同じ構造が、仕事にも当てはまりつつあります。例えばソフトウェアエンジニアリングでは、これまでは経験豊富な優秀なエンジニアは全体の設計やマネジメントに従事し、個別の実装タスクは他のエンジニアが対応するという分業形式が一般的でした。

ところが、昨今のエージェント型AIを活用することで、タスクが明確に定義さえできれば、すぐに実装まで行えるような環境になりつつあります。このようになると、優秀な「スーパースター」エンジニアはAIを駆使して高品質なアウトプットを量産できるようになり、結果として駆け出しエンジニアの仕事はカバーされてしまうでしょう。

このように、たとえAIによって仕事が完全に置き換わることはなくとも、AIと人のコラボレーションによって、多くの人の仕事が代替されるケースがあることに注意が必要です。

AIによる代替に関する予測について

では、どういった仕事がハイリスクなのでしょうか。過去においても、イノベーションによる雇用市場の予測は行われてきました。ATM技術が導入される際は、銀行員の仕事が完全に無くなるという予想もありましたが、結果的には資金を有効に活用するための分析・アドバイスをするファンドマネージャーや付帯する仕事が増えることで、全体的な経済規模や雇用数はむしろ増えることになったという例があります。外から見ると、お金のやり取りだけの単純な仕事に見えるような仕事も、実は多くのことを考えてそれらを総合するという、見えにくい仕事も含まれていて、これがAIで代替する際の一つのハードルにもなっています。他にも多くの雇用予測の例はありますが、上記のように、一見もっともに思えるような予測も、蓋を開けてみれば思いもしなかった結果になるということが多く、そもそも予測することは難しいといえるでしょう。こういった雇用予測は注意を引くために、ニュースや記事でも多く取り上げられますが、上記を踏まえた上で、参考程度にとどめ、あまり相手にせず、何が起こるのかを予想することは難しい、どっちに転んでも大丈夫なようにしておく、といった態度が健全であると思います。

具体的にどういった準備をするべきなのか、ということについては、また別の機会に書こうと思っています。

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