「security」という単語の語源
前書き
サイバーセキュリティのお仕事には必須の「security」という単語。
普段、特に何も考えず普通に使っているけど、この「security」という単語の語源というのはなんなんだろう?
そんなことをふと思い、とりあえず検索してみた。
「security」という単語は「secure」+「ーity」の組み合わせ。
「安全な」「確実な」とかの意味の形容詞に「ーity」をつけることで「安全」「確実」などの名詞としている。
ではこの「secure」という単語がどのようにできたのか?
注意 :私は言語学の専門家ではないので、以下に記載した内容には誤りが含まれる可能性がある。もしそのようなものがあればご指摘いただきたく思う。
中英語(Middle English)時代 - 14世紀ごろ
「secure」という言葉を遡ってみると、14世紀あたりでは「siker」や「seker」という綴りが使われていたとか。
当時の宗教詩「Cursor mundi」や、イングランドの詩人ジェフリー・チョーサーの「カンタベリー物語」あたりで「sikerly」という単語が確認できる。
Huntington Digital Libraryで公開されている「Canterbury Tales」のEllesmere写本より。
“And sikerly she was of greet desport”(そして確かに、彼女は大いに楽しみや気晴らしを愛する人であった。)
この「siker」「seker」が現在の「secure」になったのは、16世紀の初期近代英語(Early Modern English)あたり。シェイクスピアが生きていた頃になる。
ちなみに、リチャード・クイニー(シェイクスピアの娘の夫の父親)という人物がシェイクスピアに送った手紙にはsecurytee(現代の綴りでは「security」)という単語が確認できる。
Folger Shakespeare Libraryの「The only surviving letter to Shakespeare: Letter from Richard Quiney asking for Shakespeare's assistance in securing a loan of £30」より。
(余談だが、有名人はその関係者まで私的な手紙を公開されてしまうので、気軽に「金を貸してくれ」なんて手紙も書けない。)
「siker/seker」が「secure」になったのは、16世紀にルネサンス期のラテン語復興が原因。
ラテン語の「securus」から「secure」が学術英語として再導入され、政治や軍事、技術用語として発展したためとある。
古フランス語時代 - 11〜13世紀ごろ
もう少し遡ってみると、11世紀から13世紀にかけての古フランス語、厳密にいうとその方言になるアングロ・ノルマン語に「seur」という言葉が出てくる。
北フランスに定住したバイキングの子孫がノルマン人だが、このノルマン人が1066年のノルマン・コンクエスト(征服)によりイングランドを支配。
その際に、アングロ・ノルマン語がイングランドに流入し、その中には「seur」も含まれていた。
Britannicaの「The Battle of Hastings」より、イングランドの斧兵とノルマン人の騎士が戦う様子を描いたタペストリとされるもの。
(余談だが、Britannicaサイトの広告、もっとなんとかできないんですかね...)
「seur」がなぜ「siker/seker」に転じたか、その理由のひとつとして「発音」という説がある。
古フランス語における「eu[ø]」は、当時の中英語利用者には馴染みのないものであった。
そのため、イングランドに流入した際に「eu[ø]」は近い発音の「[i]」に置き換えられたという説だ。
なお、「siker」と「seker」の違いは地域差(方言)による表記揺れになる。
古代ラテン語〜中世ラテン語時代 - 紀元前1世紀から5〜10世紀ごろ
さらに遡ってみると、紀元前1世紀の古代ラテン語に「securus」という単語が出てくる。
これはインド・ヨーロッパ祖語に由来する「se- (=apart,aside,without)」という接頭語と、同じくインド・ヨーロッパ祖語の「keuə-(=notice,heed,observe)」を元にするラテン語の「cura」(現代英語の「cure」)を組み合わせたものとされている(参考)。
つまり「心配がない状態」という意味になる。
この「securus」という単語は、古代ローマの政治家で哲学者のキケロが記した「Pro L. Flacco(フラックス弁護)」や、同じく古代ローマの詩人ウェルギリウスの「アエネーイス」、哲学者で劇作家や政治家でもあるセネカの「道徳書簡集」にも見られる。
ヴァチカン図書館に所蔵されているアエネーイスの写本。ただでさえ読みにくいのにかすれて全然わからん。
当時、ローマ帝国はガリア(現在のフランス)を支配下に置いていたが、その際にラテン語がガリアに普及。
その後、地方ごとに発音や語末が変化、フランク王国期の9世紀頃に古フランス語の「seur」が文献などに現れるようになった。
まとめ
紀元前1世紀頃:古代ラテン語「securus」
↓ ローマ帝国のガリア支配
9世紀頃:古フランス語「seur」
↓ 11世紀頃:ノルマン人のフランク・コンクエスト
14世紀頃:中英語「siker/seker」
↓ 16世紀頃:ルネサンス期のラテン語復興
現代英語「secure」
↓
接尾語「-ity」をつけて名詞化し「security」
以上、簡単なまとめ。
我々が普段何気なく使っている「security」にもこんな歴史があるんですねー。
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