“主観的なコメント”を指示したらAIっぽさが激減した話 ─ ちょっとした一工夫でブログ記事が人間味あふれるようになった
こんにちは、みなさん。最近LLM(大規模言語モデル)を使ってブログ記事を書く実験にハマっている私ですが、あるときふと「主観的なコメントを散りばめてください」とお願いしてみたんです。その結果、これまでとは違う“人間くささ”がにじみ出る文章になったので、今回はその驚きを共有したいと思います。
きっかけは「もうちょっと人間っぽく書いてよ」という欲望
ずっとLLMに記事を作ってもらっていたのですが、なんだか文章が整いすぎていて、少し味気ないというか、優等生っぽいというか...。
「もっと人間っぽく、一緒に会話しているようなテイストが欲しいのに!」とモヤモヤしていたんです。
そんなとき、「主観的なコメントを散りばめてください」と明確に指示してみたらどうなるのだろう、と半ば思いつきで試してみました。
たったひと言の指示で大きく変わる文章の雰囲気
実際に指示したのは、「以下の内容をまとめたブログ記事を作成してください。その際、人間が書いたように感じられるよう、主観的なコメントやちょっとした感想を散りばめてください」というもの。
するとどうでしょう。これまでの“客観的”かつ“平坦”な文体が一変して、「ここは気になった」とか「個人的にはこう思います」みたいなコメントが自然に混ざるようになったんです。
実はこのちょっとした違いが、読む側からすると妙にリアリティを感じるらしく、いままでよりも“AIっぽさ”が感じられなくなった気がするんですよね。
なぜ「主観的なコメント」で人間味が増すのか
これは私の憶測ですが、人間の文章には小さな感想や疑問が随所に入るもの。むしろそこが“人間らしさ”なんじゃないかと。
一方、AIに書かせた文章はしっかりとデータを元にした客観的な表現が多く、情報としては正確かもしれないけれど、“なんとなく普通すぎる”印象になるんですよね。
だからこそ、“ちょっとした主観の入り混じったコメント”を盛り込むだけで、「あれ、これ人間が書いてるのかな?」と思わせられるんじゃないか、と思います。
具体的なフレーズ例
たとえば、以下のようなフレーズが記事に入るようになりました。
- 「個人的には、この点が一番面白かったですね。」
- 「ただ、ここは少し疑問が残りました。」
- 「私は○○の部分に惹かれました。」
読者としては「へえ、そんなふうに思ったんだ」と、書き手がそこにいるように感じられるわけです。
失敗談:主観が強すぎるとちょっと危険!?
ここでちょっと反省点もあるのですが、あまりに主観を強く指示しすぎると、情報の正確性よりもエモさが優先された文章になってしまうリスクもあるんですよね。
「私だったら絶対こうはしないですね!」みたいに感情をむき出しにしすぎると、読者が引いてしまう場合も…。
バランスって大事なんだなと、改めて思い知らされました。
まとめ:ほんの少しの工夫でAI文章は変わる
結論としては、「主観的なコメントを散りばめて」というほんのひと言の指示だけで、LLMのアウトプットがかなり人間味を帯びることがわかりました。
これは私にとってはちょっとした発見で、「AIの文章=つまらない」という固定観念が吹き飛んだ瞬間でもありました。
もしみなさんも、「AIに書かせたブログがなんだか味気ない...」と悩んでいたら、ぜひ“主観的なコメント”の追加を試してみてください。意外な変化が起こるかもしれませんよ。
以上、ちょっと興奮気味に書いてしまいましたが、この記事が少しでも参考になればうれしいです。
Zennにて、これからも実験結果をシェアしていきますね。ではまた!
おわりに
実はこの記事はChatGPT o1
に
LLMでブログ記事を作成させるときに「主観的なコメントを散りばめてください」と言ったらAIっぽさがなくなり、人間が書いたような記事になりました!
このことをZennの記事にしたいです。この記事のタイトルと内容を考えてください。主観的なコメントを散りばめながら書いてください。
という指示を与えて生成させた記事です。
AIっぽさ、LLMっぽさはありましたか?
今後の実験の参考にしたいのでコメントなどで教えていただけると嬉しいです。
Discussion