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分子動力学法でなるべく精密に指定の密度の初期条件を作る方法

2021/06/06に公開

概要

分子動力学法で、原子を指定密度で初期配置したいことがよくあります。適当に配置してしまうとエネルギーが爆発してしまったりするので、なるべく原子同士は離して配置したいですね。ここでは、そんな配置手段の一つとして、格子欠陥のある面心立方格子に組む方法を紹介します。

欠陥のない面心立方格子

多くの単純原子が面心立方格子(Face Centered Cubic, FCC)状の固体を持ちます。特に、ネオン、アルゴン、クリプトンといった希ガスの固体がFCCとなります。古典分子動力学法で広く使われているLennard-Jones相互作用は希ガスの分子間力を模したものなので、やはり固体はFCCとなります。まずはなるべく指定の密度に近いFCCを組むコードを組んでみましょう。

簡単のため、シミュレーションボックスは一辺Lの立方体とします。この中にN個原子があるなら、数密度は\rho = N/L^3で定義されます。FCCの格子定数をaとしましょう。系は全ての方向に周期境界条件とし、格子不整合がおきないとします。すなわち、m=L/aが整数となる条件を考えます。この系には、単位格子がm^3個あります。FCCは単位格子あたり4原子ですから、原子数は4 m^3個です。以上から、一辺あたりの格子数mと密度の関係は

\rho = \frac{4 m^3}{L^3}

となります。格子欠陥がない場合、指定の密度に最も近い\rhoを実現するようにmを選びなさい、という問題になります。

これは先ほどの式をmについて逆に解けば良いので、

m = \sqrt[3]{\frac{L^3 \rho}{4}}

です。mは整数でなければいけませんから、指定の密度に対して近くなるように切り捨てか切り上げをする必要があります。システムサイズと目標密度から、格子数mを返す関数を素直に実装してみましょう。

import numpy as np


def get_lattice_number(L, rho):
    m = np.floor((L**3 * rho / 4.0)**(1.0 / 3.0))
    drho1 = np.abs(4.0 * m**3 / L**3 - rho)
    drho2 = np.abs(4.0 * (m + 1)**3 / L**3 - rho)
    if drho1 < drho2:
        return m
    else:
        return m + 1

この方法だと、Lが小さい時に目標密度\rhoと実現密度\rho_aの差が大きくなります。例えばL=10の時、mが整数という条件なので、例えばm=4の時に\rho_a=0.256m=5の時に\rho_a=0.5m=6の時に\rho_a=0.864と、その刻み幅が大きすぎます。目標密度\rhoと実現密度\rho_aをプロットするとこんな感じです。

fig

これをなんとかしましょう、というのが本稿の主題ですが、それはそれとして指定の格子数、格子定数でFCCに組むコードを作っておきましょう。格子定数a=L/mの立方体上に原子をおき、そこからxyyzzx面に、a/2だけずれた「面心」に原子を3つ置けば良いので、こんな感じになるでしょう。

def make_fcc_pure(L, rho):
    m = get_lattice_number(L, rho)
    a = L / m
    ha = a * 0.5
    atoms = []
    for i in range(m**3):
        ix = i % m
        iy = (i // m) % m
        iz = i // (m * m)
        x = ix * a
        y = iy * a
        z = iz * a
        atoms.append((x, y, z))
        atoms.append((x + ha, y + ha, z))
        atoms.append((x + ha, y, z + ha))
        atoms.append((x, y + ha, z + ha))
    return atoms

素直に三重ループ回しても良いですが、あまりインデントが深くなるのもアレなのでシングルループに展開しました。

L=10\rho=0.5なら、m=5となります。つまり、格子定数はa=2です。隣の原子は、そこからx,y,zのどこか二軸でa/2=1だけずれているので、隣接粒子までの距離は\sqrt{2}です。見てみましょう。

atoms = make_fcc_pure(10.0, 0.5)
for a in atoms:
    print(f"{a[0]} {a[1]} {a[2]}")

実行結果はこんな感じです。

0.0 0.0 0.0
1.0 1.0 0.0
1.0 0.0 1.0
0.0 1.0 1.0
(snip)
8.0 8.0 8.0
9.0 9.0 8.0
9.0 8.0 9.0
8.0 9.0 9.0

なんかできてそうですね。

欠陥のある面心立方格子

さて、欠陥のない面心立方格子では、Lが小さい時に実現できる密度の粒度が粗すぎました。そこで、ちょっと目標密度より高い密度の欠陥のない面心立方格子を用意しておき、そこから粒子を「間引いて」目標の密度を実現してやることにしましょう。

Pythonであればrandom.sampleを使うことで指定のリストから指定の数だけ重複無しにランダムに要素を取り出したリストを作ることができます。素直に実装するとこんな感じになるでしょう。

import numpy as np
import random


def get_lattice_number(L, rho):
    m = np.ceil((L**3 * rho / 4.0)**(1.0 / 3.0))
    return int(m)


def make_fcc_pure(L, rho):
    m = get_lattice_number(L, rho)
    a = L / m
    ha = a * 0.5
    atoms = []
    for i in range(m**3):
        ix = i % m
        iy = (i // m) % m
        iz = i // (m * m)
        x = ix * a
        y = iy * a
        z = iz * a
        atoms.append((x, y, z))
        atoms.append((x + ha, y + ha, z))
        atoms.append((x + ha, y, z + ha))
        atoms.append((x, y + ha, z + ha))
    return atoms


def make_fcc_defect(L, rho):
    atoms = make_fcc_pure(L, rho)
    n = int(rho * L**3)
    return random.sample(atoms, n)

先ほどと違って、かならず指定密度「以上」の欠陥無し格子を作るために、get_lattice_numberで天井関数を使っています。後は、欠陥無しのFCCの原子リストを作ってから、random.sample(atoms, n)で欲しい数だけ抜き出すだけです。

L=10の時、L^3 = 1000ですから、小数点以下第三位まで正確な密度を実現できます。\rho=0.489を作ってみましょう。

atoms = make_fcc_defect(10.0, 0.489)
for a in atoms:
    print(f"{a[0]} {a[1]} {a[2]}")

実行してみます。

$ python3 defect.py | wc
    489    1467    5868

ちゃんと489原子が出力されています。プロットしてみましょう。

まず、欠陥無しの場合(\rho=0.5)。

fig

欠陥ありの場合(\rho=0.489)。

fig

よく見ると、いくつか原子が欠けているのがわかると思います。実際には、欠陥無しの場合に比べて原子が11個欠けており、中途半端な密度\rho=0.489を実現してます。

まとめ

分子動力学法において、指定の密度で、なるべく「ちゃんとした」状態の初期条件を簡単に作る方法を紹介しました。初期配置を適当にすると計算が不安定になったり緩和が遅くなったりすることがあります。とりあえずFCCに組んで粒子を適宜間引く方法は楽で汎用的なので、覚えておくとたまに便利かもしれません。

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