はじめに
虚数単位iとは、自乗して-1になる数、つまりi2=−1となる数として定義されます。虚数がからむ式として有名なのはオイラーの式
eiπ=−1
でしょう。ネイピア数e、円周率π、虚数単位iという「よくわからないもの」3つを組み合わせると-1になるという、とても不思議な式です。
さて、ネイピア数と円周率は実数です。したがって、eiπは、実数の虚数乗になっています。i2=−1は、虚数の実数乗でした。残る組み合わせ、「虚数の虚数乗」、つまりiiはどんな数になるでしょうか?実はiiは実数になります。値は不定ですが、主値を取るとe−π/2∼0.20787957と、やはりネイピア数や円周率が出てきます。
なぜこうなるか?という証明はわりとネットに落ちているのですが、そこにたどり着く過程が面白いと思ったので、ちょっと記事にまとめてみます。以下、数学的にはわりといい加減なことを書くので、ガチ勢は曲がれ右ね。
指数法則
2を2回かけたものを22と表記することにします。2を3回かけたら23です。
23=2×2×2
さて、すぐにわかることは、22と23をかけると25になることです。
22×23=222×2×232×2×2=25
以上から、自然数a,bに対して、2a×2b=2a+bが成り立つことがわかります。
次に、23に、さらにもう一度23をかけてみましょう。
23×23=26
です。また、同じものをかけているので指数の形でもかけます。
23×23=(23)2
つまり、
(23)2=26
です。以上から、自然数a,bに対して(2a)b=2abが成り立つことがわかります。このような法則を指数法則と呼びます。
有理数への拡張
ここまでの議論では、2aのaは自然数でした。これを0や負の数、有理数、そして無理数へと拡張していくのがこの記事の目的です。
割り算を考えましょう。23を22で割ると2になります。
2223=2×22×2×2=2
ここから、a>bである自然数a,bに対して、2a/2b=2a−bが成立すると言えそうです。
さて、ここでa=bの場合を考えます。すると、分子と分母が一致しますから、値は1です。したがって、
2a2a=2a−a=20=1
以上から、任意の数の「0乗」は1である、と定義できそうです。指数のとり得る値として自然数から0を含む数へ踏み出せました。
ではa<bの場合はどうでしょうか?例えばa=2、b=3の場合、
2322=21
となります。ここで先程の法則2a/2b=2a−bがa<bの場合にも成り立つと考えると、
2−1=21
となります。以上から、1/2aを2−aと表記できそうです。指数が「負の整数」まで拡張されました。
先程、(2a)b=2abが成り立つことを見ました。いま、自乗したら2になるような数を考え、それを無理やり2aと書いてみましょう。
(2a)2=22a=2=21
ここから2a=1、つまりa=1/2であることがわかります。自乗して2になる数なので、これは2の平方根です。以上から
2=21/2
と定義できそうです。m乗根を考えれば
m2=21/m
です。さらにそれをn乗してやれば
(m2)n=2n/m
です。以上から、指数のとり得る値として有理数全体まで広げることができました。
指数関数の定義
いま、y=2xという関数を考えましょう。最初はxは自然数でした。それが整数に拡張され、さらに有理数全体まで拡張が完了しました。これをグラフにプロットすれば、非常になめらかに見える関数が書けます。しかし、有理数全体は「すかすか」なので、これをなめらかにつないで「実数全体」に拡張したくなります。

実数を考えるということは、極限を考えること、つまり微分について考えることを意味します。つまり、y=2xという関数に対して、xに関する微分が定義できれば、xとして実数全体に適用範囲を広げたことになります。
まず、y=2xやy=3xといったx乗の関数をf(x)と書きましょう。2xと2yをかけると2x+yになるのでした。また、任意の数の0乗は1ですから、f(0)=1です。
この指数法則をちゃんと書くと
f(x)f(y)f(0)=f(x+y)=1
です。これを全ての実数x,yで満たすような関数を構成するのが目的です。
さて、この二つの条件を満たす関数は無数にありますが、ここで条件を二つ付け加えます。まず、f(x)が任意のxに関して無限回微分可能であるとします。これは、たとえばy=2xにおいて、xが有理数全体で定義されていたものを、なめらかにつないだ関数を考える、ということです。ここまでではy=f(x)として2xも3xも条件を満たしますが、もう一つ、x=0における微係数が1、つまり
f′(0)=1
となることを要請しましょう。この条件により、関数f(x)が一意に決まります。条件をもう一度まとめると、
f(x)f(y)f(0)f′(0)=f(x+y)=1=1
を満たす連続な(無限回微分可能な)関数f(x)を考えます。すると、微分の定義からf′(x)=f(x)、つまり微分しても自分自身に戻ることが証明できます。
dxdf(x)=h→0limhf(x+h)−f(x)=h→0limhf(x)f(h)−f(x)=f(x)h→0limhf(h)−1=f(x)h→0limhf(h)−f(0)=f(x)f′(0)=f(x)
途中で指数法則f(x+h)=f(x)f(h)や、f′(0)=1を使いました。ここから
f(0)=f′(0)=f′′(0)=⋯=fn(0)=1
がわかります。さて、無限回微分可能であることを要請したので、x=0まわりでテイラー展開できます。
f(x)=n=0∑∞n!fn(0)xn
いま、全てのnについてfn(0)=1なので、
f(x)=n=0∑∞n!xn
です。このテイラー展開で表現される関数を指数関数と呼び、exp(x)で表します。この関数にx=1を代入した値をeと書きましょう。
exp(1)≡e
このeをネイピア数と呼びます。すると、
exp(x)=ex
と表すことができます。exp(x)は実数全体で定義したので、実数xに対してx乗する操作を定義できました。指数関数はもともとの定義から、指数法則を満たします。さらに実数全体に拡張したので、微分できるようになりました。x=0における微分係数が1であるべし、という条件から、微分しても自分自身に戻ります。
dxdex=ex
対数関数の定義
さて、ネイピア数eを導入し、実数全体に対してexを定義できました。次に2xとか3xなど、任意の数のx乗を定義したくなります。そのために、対数関数を定義しましょう。
対数関数log(x)を指数関数の逆関数として定義します。つまり、
x=exp(y)
である時、これをyについて解いて
y=log(x)
とします。これが対数関数です。x=exp(y)を両辺自乗してやりましょう。
x2=exp(2y)
逆に解けば、
2y=log(x2)
もともとy=log(x)でしたから、
log(x2)=2log(x)
です。一般に、
log(xa)=alog(x)
が成り立つことがわかります。また、exp(1)=eというのがネイピア数の定義でしたから、
e=exp(1)
より、
log(e)=1
です。このように決めた対数関数を「自然対数」と呼びます。
対数関数を導入すると、2xをexの形で書き直すことができます。2xの対数を取ると、
log(2x)=xlog(2)
さて、log(e)=1でしたから、
log(2x)=xlog(2)log(e)
xlog(2)を改めてaと表記すると
log(2x)=alog(e)=log(ea)
以上から、
2x=exlog2
であることがわかりました。これを底の変換と呼びます。これで任意の実数a,xについて、axが定義できました。
複素数への拡張
ここまでで、任意の実数a,xについて、axが定義できました。次に、xを複素数に拡張したくなります。そのためには指数関数exp(x)の引数に複素数を突っ込めるようにしなければなりません。指数関数exp(x)は
exp(x)exp(y)exp(0)dxdexp(x)x=0=exp(x+y)=1=1
を満たす無限回微分可能な関数として定義しましたが、このままでは虚数や複素数を突っ込んだらどうなるかがわかりません。そこで、テイラー展開を考えます。指数関数のテイラー展開は以下のようになるのでした。
exp(x)=n=0∑∞n!xn
これを、指数関数の「定義」として採用します。すると、xに複素数を突っ込むことができるようになります。
特にexp(ix)を考えると、
exp(ix)=n=0∑∞n!(ix)n
とあります。ixの偶数乗は実数となり、奇数乗は純虚数となることから、実部と虚部に分けて整理すると、オイラーの公式
exp(ix)=cos(x)+isin(x)
を得ることができます。
例えば、x=πを入れると、
exp(iπ)=cos(π)+isin(π)=−1
となります。対数関数は指数関数の逆関数ですから、log(−1)とは、「指数関数exp(x)の値が-1である時、xの値は何ですか?」という問いになり、この場合はiπでしたから
log(−1)=iπ
となります。しかし、三角関数は周期関数であり、引数に整数nに対して2nπを足しても同じ値になります。つまり、
exp(i(π+2nπ))=cos(π+2nπ)+isin(π+2nπ)=−1
ですから、
log(−1)=i(2n+1)π
となります。つまり、指数関数は虚軸方向には周期関数であることを反映して、対数関数が多価関数になります。これだと不便なので、代表的な値を「主値」と定め、一つの値で代表させることにします。ここでは先程の式のn=0の場合を主値として、
log(−1)=iπ
を採用しましょう。
虚数の虚数乗
さて、長い道のりでしたが、ようやく虚数の虚数乗を定義する準備ができました。我々が知りたいのはiiです。底の変換公式から、
ii=exp(ilog(i))
となります。log(i)とは、exp(x)=iとなるようなxのことですから、オイラーの公式
exp(ix)=cos(x)+isin(x)
から、cos(x)=0、sin(x)=1となるようなxです。これはnを整数として
x=i(2π+2nπ)
です。
log(i)=i(2π+2nπ)
です。両辺にiをかけると、
ilog(i)=−(2π+2nπ)
これを指数関数に突っ込むと、
ii=exp(−(2π+2nπ))
主値(n=0)を取ると、
ii=exp(−2π)∼0.20787957
これが欲しかった値でした。
まとめ
虚数の虚数乗iiを計算するために、わりと長い旅が必要でした。もともと指数とは「2をn回かけたものを2nと書く」のように、nは1,2と数えられる数、すなわち自然数でした。それを、指数法則から0や負の数まで拡張しました。「1,2,3,...」と数えられる自然数に対して、なにもない「0」や、負の数の概念は不思議です。例えば「-3本の鉛筆」を手にとって見せることはできません。例えば「誰かに鉛筆を3本借りている状態」を、「-3本の鉛筆を持っている状態」と「定義」することになります。さらに、有理数に拡張すると「1/2本の鉛筆」みたいな概念があらわれます。そこまではまだイメージできるとしても、「2本の鉛筆」だといろいろ怪しくなってきて、「i本の鉛筆」になるともう想像することはできないでしょう。
数学はこのように、「何かが満たす関係式を導出し、逆にその関係式を定義だと思って適用範囲を広げる」ということをよくやります。このiのi乗は、典型的な「どんどん適用範囲を広げましょう」というパターンだと思ったので、簡単に紹介してみました。
ここでの議論はかなりいい加減で、本当は何かを級数で定義したら、それは収束するのか、収束するならどの範囲で収束するのか、微分とは何か、連続とは何か、といったことを真面目に議論しなければいけません。そのあたりは大学の初等関数論でしっかり学んでください。
合わせて読みたい
Discussion