PREP法から始まる連携技術について
PREP法から始まる連携技術について
皆さんは「PREP法」という言葉を聞いたことがあるでしょうか? プレゼンテーションや報告の場面で「結論から話す」ためのフレームワークとして広く知られていますが、実はPREP法の本質は、単なる表面的な「話し方」のテクニックに留まるものではありません。その根底には、聞き手の思考プロセスに寄り添い、論理的な構造でスムーズな理解を促すという、コミュニケーションにおける普遍的な原則があります。そして、この原則に基づいた思考法は、分野や役割を超えて**「信頼される伝え方」を実現し、チームや組織における効果的な「連携」**、すなわち共に価値を創造するための基盤を築くための思考法でもあるのです。
不明確なコミュニケーションは、誤解や手戻りを生み、貴重な時間とリソースを浪費させ、チームの士気を低下させる可能性があります。PREP法を深く理解し応用することは、こうした連携の阻害要因を取り除き、より建設的で生産的な協働関係を築くための第一歩となり得ます。
この記事では、PREP法の基本的な考え方から、その効果的な活用法、さらにはデザインやコーディングといった専門分野での「連携技術」としての応用可能性まで、私たちが議論を通じて探求してきた道のりを、より詳しく共有したいと思います。PREPがいかにして個人のコミュニケーション能力向上に留まらず、チーム全体のパフォーマンス向上に貢献し得るか、その具体的な道筋を感じていただければ幸いです。
PREP法の基本とビジネスコミュニケーション
まず、PREP法の構造とその基本的な効果について、改めて確認しましょう。
- P (Point): 結論・要点 - 何を伝えたいのか、話の核心は何か。
- R (Reason): 理由 - なぜその結論に至ったのか、その根拠は何か。
- E (Example/Evidence/Fact): 具体例・証拠・事実 - 理由を裏付ける具体的な事例、客観的なデータ、あるいは検証可能な事実は何か。
- P (Point): 結論・要点の再確認 - 最後に改めて、最も伝えたいメッセージを強調する。
この P -> R -> E -> P という流れは、人間の情報処理の特性に合致しています。最初に結論(Point)を示すことで、聞き手は話の目的地を理解し、心の準備ができます。次に理由(Reason)を示すことで、「なぜ?」という自然な疑問に答え、論理的な繋がりを提示します。そして具体例や証拠(Example/Evidence/Fact)によって、その理由が単なる意見ではなく、根拠に基づいていることを示し、納得感を深めます。最後に再び結論(Point)を繰り返すことで、メッセージが記憶に定着しやすくなります。
この構造は、日本のビジネスシーンで重視される「報連相(報告・連絡・相談)」を効果的に行う上で非常に役立ちます。例えば、プロジェクトの遅延を報告する場合:
- P: 「〇〇プロジェクトですが、現時点で予定より2営業日遅延しています。」
- R: 「主要機能△△の実装において、外部システムの予期せぬ仕様変更への対応に想定以上の時間を要したためです。」
- E: 「具体的には、昨日(日付)の午前中に仕様変更の連絡を受け、影響範囲の調査と対応策の検討を行った結果、追加で約1.5人日の工数が必要と判明しました(What, When, Why, How many)。担当の佐藤さんと連携し、現在対応を進めています(Who)。関連資料はこちらのフォルダにあります(Where)。」
- P: 「つきましては、リカバリープランを本日中に作成し、改めてご相談させてください。まずは現状報告としてお伝えします。」
このように、PREPの型に沿って情報を整理し、特に「E」の部分で5W3Hを意識して具体性・客観性を担保することで、「それで、具体的にはどういう状況なの?」といった聞き手の疑問や追加の質問を未然に防ぎ、一度で的確かつ効率的な情報共有を実現できます。これは、日々のコミュニケーションにおける基本的な信頼関係を築く上での重要なスキルと言えるでしょう。
PREP法を使いこなすためのヒント
PREP法はその構造的明快さから強力なツールですが、万能薬ではありません。状況を無視して常に同じ型にはめようとすると、かえってコミュニケーションがぎこちなくなったり、相手に威圧感を与えたりすることさえあります。真に使いこなすためには、いくつかの重要な心構えとコツがあります。
- 柔軟性を持つ – TPOをわきまえる: 常にP-R-E-Pのフルセットで話す必要はありません。例えば、簡単な進捗報告や確認事項、あるいは同僚との気軽な情報共有であれば、結論(P)と理由(R)だけで十分な場合も多いでしょう。逆に、重要な提案、複雑な問題分析、あるいはクライアントへの正式な報告などでは、しっかりとしたE(具体例・証拠)と最後のP(念押し)が不可欠になります。常にフルスペックのPREPで話すことは、時にロボットのように聞こえたり、過度に形式張って感じられたりするリスクもあります。大切なのは、その場の状況(Time, Place, Occasion)、相手の知識レベル、コミュニケーションの目的、そして時間の制約などを考慮し、最適な情報量と構成を判断する状況判断能力です。「PREPの構造を意識」しつつも、形式に縛られすぎず、臨機応変に使い分けることが、真にスマートなコミュニケーションと言えます。
- 「E」は文脈に応じて使い分ける – 証拠の質を意識する: PREP法の「E」は、一般的に「Example(具体例)」とされますが、その内容は文脈によって大きく異なります。理由を裏付けるためには、客観的な「Evidence(証拠)」や「Fact(事実)」と捉え、それらを提示する方がはるかに効果的な場合があります。特にビジネスシーンや技術的な議論においては、個人的な体験談や抽象的な例え話(Example)よりも、検証可能なデータ、統計、実験結果、専門家の引用、あるいは具体的な事例(Evidence/Fact)に基づいた説明の方が、強い説得力を持ち、相手の深い理解と信頼を得やすくなります。提示する情報が単なる「思いつき」ではなく、「確かな根拠」に基づいていることを示すことが重要です。また、事実やデータを提示する際には、その情報の出所や正確性を確認する責任も伴います。(この客観性を重視する考え方を強調したCRF(Conclusion, Reason, Fact)というフレームワークも存在します。)
- 目的意識と誠実さ – 「暴論」に陥らないために: フレームワークは、あくまでコミュニケーションを円滑にし、相互理解を深めるための「道具」です。しかし、その使い方を誤ると、もっともらしい論理で相手を操作したり、不都合な事実を隠蔽したり、体裁を整えるためだけに利用したりする「暴論」に陥る危険性があります。人間は、論理的に聞こえる主張や、自分の考えに合致する情報(確証バイアス)を信じやすい傾向があるため、表面的な説得力に騙されやすいのです。このような手法は、仮に一時的にうまくいったとしても、後々矛盾が露呈すれば、築いた信頼は一瞬で崩れ去り、回復は極めて困難になります。個人の評判だけでなく、チームや組織全体の信頼性にも長期的なダメージを与えかねません。
こうした罠を避けるために最も重要なのは、**「このコミュニケーションを通じて何を達成したいのか(目的第一主義)」そして「相手やチームのために、どのような良い結果をもたらしたいのか(誰かの役に立つと信じて)」**という、健全で誠実な目的意識を持つことです。この「目的」を常に中心に据えることで、伝えるべき情報やその表現方法を選ぶ際に、「この情報は本当に目的に貢献するか?」「この伝え方は誠実か?」という自問自答が生まれ、それが倫理的なブレーキとして機能します。結果として、小手先のテクニックに頼るのではなく、本質的な議論と真の信頼関係の構築へと繋がっていくのです。
複雑な情報を構造化する技術(PREPのネスト)
PREP法は、単純な報告だけでなく、複数の論点や階層構造を持つ複雑なテーマを、整理して分かりやすく伝える際にも応用が可能です。主要な理由(R)が複数ある場合や、その理由自体にさらなる詳細な説明が必要な場合に、その各理由に対してさらにミニPREP(その理由の理由、具体例、小結論など)を適用する**「入れ子(ネスト)構造」**を使うことで、情報を階層的かつ論理的に整理し、聞き手が段階的に理解を深められるように導くことができます。
例えば、「新システム導入の提案」というテーマであれば、
- 大P: 新システムZを導入すべきです。
- 大R: 主な理由は、コスト削減、生産性向上、セキュリティ強化の3点です。
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大E(ネスト部分):
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理由1: コスト削減について(ミニPREP)
- P: まず、現行システムの保守費用と比較して、年間約20%のコスト削減が見込めます。
- R: これは、ライセンス体系の違いと、クラウド化によるインフラ管理コストの削減によるものです。
- E: 具体的な試算データはこちらの資料をご覧ください。特にサーバー維持費が大幅に削減されます。
- P: よって、コスト面でのメリットは明らかです。
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理由2: 生産性向上について(ミニPREP)
- P: 次に、従業員の生産性が平均15%向上すると予測されます。
- R: 新システムのUI/UXが改善されており、定型業務の自動化機能が搭載されているためです。
- E: パイロットテストでは、〇〇業務の所要時間が平均X分短縮されました。
- P: 業務効率化への貢献も期待できます。
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理由3: セキュリティ強化について(ミニPREP)
- (同様に説明)
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理由1: コスト削減について(ミニPREP)
- 大P: 以上の理由から、コスト、生産性、セキュリティの観点で、新システムZの導入を強く推奨します。
このように、ネスト構造は複雑な情報を体系的に整理する上で有効ですが、注意点もあります。理論上はいくらでも深くネストできますが、実用上は1段階程度に留めておくのが賢明です。ネストが深くなりすぎると、聞き手は話の全体像や現在地を見失いやすく、認知的にも大きな負担となり、かえって理解を妨げてしまいます。聞き手の集中力を維持し、各論点を明確に伝えるためにも、それ以上掘り下げたい詳細事項については、一度そのレベルの話を区切って(落ちをつけて)から、「先ほどの〇〇について、もう少し詳しくご説明します」のように、改めて別の論点として設定し、水平的に展開する方が、結果的に全体の分かりやすさに繋がります。ネストを使う際は、「第一の理由は…」「次に、二つ目の理由として…」といった**明確な道標(サインポスティング)**を示すことも、聞き手を迷わせないために不可欠です。
PREP思考をデザインとコーディングへ応用する:「連携技術」として
ここからが本題であり、PREP法の可能性を大きく広げる応用です。PREP法の原則、すなわち「明確な要点(Point)」「その根拠(Reason)」「具体的な証拠や事例(Example/Evidence/Fact)」を示すという思考法は、従来の話し方や文章作成の領域を超えて、**デザインやコーディングといった専門分野における効果的な「連携技術」**として非常に有効に応用できるのです。
現代のプロダクト開発は、デザイナー、エンジニア、プロダクトマネージャー、マーケターなど、多様な専門性を持つメンバーが密接に協力し合う(連携する)ことで成り立っています。このような環境において、アウトプットそのものの品質はもちろん重要ですが、それと同じくらい、「なぜそのデザインなのか」「なぜそのコードなのか」という背景にある意図や根拠、判断プロセスを関係者間で明確に共有することが、プロジェクトを成功に導く鍵となります。この「なぜ」の共有が不足すると、認識の齟齬からくる無駄な手戻り、技術的負債やデザイン負債の蓄積、一貫性のないユーザー体験、そしてメンバー間の不信感といった、様々な問題を引き起こす可能性があります。PREP思考は、この「なぜ」を構造化し、効果的に伝達するための共通言語となり得るのです。
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デザインにおける応用:
- デザイン提案・レビュー: 完成したビジュアルデザイン(P)を提示するだけでなく、それが解決しようとしている課題やビジネス目標、ターゲットユーザーのインサイト、採用したデザイン原則(R)、そして具体的なUI要素の選択理由、インタラクションの意図、ユーザビリティテストの結果、競合分析、アクセシビリティへの配慮(E)などを明確に言語化して伝えることで、単なる「見た目の好み」の議論を超え、客観的な根拠に基づいた建設的な議論を促進し、クライアントやチームメンバーからの深い理解と納得感、そしてデザインに対する信頼を得られます。
- デザインシステム・ガイドライン: 各コンポーネントやデザイントークンを定義する際に、「このボタンは主要なCTA(Call to Action)に使用します(P)。なぜなら、視認性と一貫性を確保し、ユーザーのアクションを促進するためです(R)。使用例としては購入完了ボタンやフォーム送信ボタンが挙げられます(E)。したがって、主要なアクションにはこのスタイルを適用してください(P)。」のように、PREP構造でその目的、理由、具体例を記述することで、利用者が迷わず、意図通りにデザイン要素を活用できるようになります。これは、デザインの一貫性を保ち、開発効率を高める上で極めて重要です。
- デザインハンドオフ: 開発者へデザインを渡す際に、デザインスペックだけでなく、上記のような設計根拠をPREP的に整理して伝えることで、開発者はデザインの意図をより深く理解し、実装時の疑問点を減らし、より忠実かつ効率的な実装を行うことができます。
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コーディングにおける応用:
- 基本的な実践: コードコメントやコミットメッセージ、技術文書(APIドキュメント、READMEなど)でPREPを意識することは、コードの意図や変更履歴を伝える上で基本であり、もちろん有効です。例えば、コミットメッセージの件名で変更の核心(P)を、本文でその理由(R)と具体的な変更内容(E)を記述するなどです。
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より本質的な応用(コーディングスタイルへ): しかし、さらに一歩進んで、コーディングスタイルそのものにPREP思考を反映させることができます。これは、コードを単なるコンピューターへの命令の羅列ではなく、人間(未来の自分自身や他の開発者)へのコミュニケーション媒体として捉える考え方です。
- P(目的)の明確化: 意図が明確に伝わる関数名・メソッド名・クラス名を選ぶこと。例えば、calculateTotalPriceIncludingTax は calc や processData よりもはるかに目的が明確です。また、一つの関数やクラスが一つの明確な目的(Point)だけを持つように責務を分割する「単一責任の原則(SRP)」を実践することも、目的の明確化に繋がります。
- R(理由)の埋め込み: なぜそのデータ構造や処理ロジックが必要なのかが分かる変数名・定数名を選ぶこと(例: itemsPerPage vs num)。特定のアルゴリズムやデザインパターンを選択した背景(パフォーマンス上の理由、拡張性の確保など)を、コメントで補足したり、あるいはコードの構造自体(例: Strategyパターンの適用)で示唆したりすること。
- E(具体例/証拠)の提示: 処理の流れ(Example)が追いやすいように、インデント、空行、意味のあるコードブロックの分割を工夫し、可読性を高めること。そして何よりテストコードの充実。ユニットテストや結合テストは、コードが正しく動作することの強力な証拠(Evidence)であると同時に、そのコードが「どのように使われるべきか(Example)」、「特定の入力や条件下(Reason)でどのような出力や振る舞い(Point)を期待しているか」を示す、生きたドキュメントそのものです。Test-Driven Development (TDD) のようなプラクティスは、まさにこの考え方を体現していると言えます。
- 効果: このように書かれたコードは**「自己文書化」の度合いが高まり、他の開発者がコードを読むだけでその意図や背景を理解しやすくなります。結果として、冗長な「何をしているか」を説明するコメントを大幅に減らすことができ、コメントはより本質的な「なぜそうしたか」という設計判断の理由やトレードオフの説明に集中できるようになります。これは、コード自体が効果的なコミュニケーションツールとなり、外部ドキュメントとの乖離を防ぎ、コードレビューを効率化し、結果としてスムーズな連携(=保守性・信頼性の向上、技術的負債の抑制)**を実現する、極めて高度で価値のある技術と言えるでしょう。
PREPは「伝える」から「連携する」技術へ
これまでの議論を振り返ると、PREP法は、単に分かりやすく「伝える」ための個人のプレゼンテーションスキルや文章作成術に留まるものではないことが分かります。その根底にある「結論・理由・根拠」を明確にし、論理的に構成するという思考法は、目的意識と誠実さを持って運用することで、分野や役割、経験の差を超えた**効果的な「連携」**を促進し、強化するための普遍的な技術となり得るのです。
デザインの意図をチームで共有する時、コードの設計根拠をレビューで説明する時、あるいは企画の背景や目的をステークホルダーに説明する時。どのような場面であっても、PREP的な思考を意識することで、私たちはより深いレベルでの相互理解と信頼を築き、認識の齟齬や感情的な対立、無駄な手戻りを減らすことができます。それは結果的に、より建設的な協力関係、より質の高い成果、そして心理的安全性の高い、より強いチームへと繋がっていくはずです。PREP思考は、チーム内に**「なぜ」を問い、根拠を持って語る文化**を育む触媒ともなり得ます。
皆さんもぜひ、PREP法を単なるプレゼン技法としてではなく、日々の業務におけるコミュニケーションと思考の基盤、そして何よりも**「連携を促進するための技術」**の第一歩として捉え、意識的に活用してみてはいかがでしょうか。この思考法の実践を粘り強く続けることが、皆さん自身の成長はもちろん、チームや組織全体の生産性と創造性を高め、より円滑で生産的な協働関係を築くための確かな鍵となるかもしれません。
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