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【リ・スキリング講座の分析シリーズ①】 通学形態の講座に関する記述的分析 ~コストの多角的比較~

2025/02/10に公開

はじめに

社会人の学び直し、いわゆる「リ・スキリング」は社会人なら近年よく耳にするワードだと思います。最近はテレビCMでもよく目にします。実際に2024年の「骨太の方針」において、政府は三位一体の労働市場改革、成長分野への労働移動の円滑化、女性活躍推進の一環としてリ・スキリングへの支援拡充を記しています。
その現れとして、雇用保険を原資にリ・スキリング講座受講を行う労働者に対して支給される「教育訓練給付金」は近年拡充の一途をたどっています。本制度は「働く方々の主体的な能力開発やキャリア形成を支援し、雇用の安定と就職の促進を図ることを目的として、厚生労働大臣が指定する教育訓練を修了した際に、受講費用の一部が支給されるもの」(厚生労働省)で、専門実践教育訓練特定一般教育訓練一般教育訓練の3カテゴリーごとに講座が指定されています。カテゴリーごとに給付額や給付限度、給付割合が決まっていて、中長期的なキャリアデザインに寄与する講座が指定される専門実践教育訓練に対する給付金は最大80%(上限64万円)と手厚くなっています。

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/jinzaikaihatsu/kyouiku.html

一方、社会人が労働時間外にリ・スキリングに自己投資することの難しさの一つに、訓練受講にかかるコスト(時間、期間、費用など)が挙げられます。実際に令和5年度の「能力開発基本調査」によると、自己啓発(労働者が職業生活を継続するために行う、職業に関する能力を自発的に開発し、向上させるための活動)を実施する上で問題があると答えた労働者は全体の8割に上り、その問題点の第1位は「仕事が忙しくて自己啓発の余裕がない」であるようです。そのほかにも「家事・育児が忙しくて自己啓発の余裕がない」「費用がかかりすぎる」などが上位にあがっています。リ・スキリングを推進しようとしている政府の姿勢に対して、その実施に関しては時間的、金銭的なコストが共通した問題となっているようです。

そこで今回以降、教育訓練給付金制度の対象講座に関するデータを分析し、講座受講の現状や給付金が受講に果たす役割、給付金制度の課題を記述的分析を通じて明らかにすることを目指そうと思います。用いるデータは、厚生労働省が公開しているデータベース「教育訓練講座検索システム」に掲載されている全3167事業者の給付対象講座に関して、各紹介ページから取得したスクレイピングコードです。このデータには各講座の対象給付金、実施費用、実施期間、実施時間、受講後取得を目指す資格のみならず、受講者の講座に対する評価(満足度、新規就業に役立ったかどうか、社内の昇進に役立ったかどうか、など)が記されており、社内の評価や社外の評価に対して給付対象講座が果たす役割を推測するのに役立つと考えられます。

今回は、通学形態のリ・スキリング講座に絞って分析を行います。さきほど挙げたリ・スキリング受講の問題点として挙がっていた時間的、金銭的なコストを様々な角度から観察し、そこから分かった給付対象のリ・スキリング講座を修了する上での様々な難点の特徴を挙げていこうと思います。

この記事の要点【ネタバレ注意】

・専門実践教育訓練の講座は、他のカテゴリーと比較して受講費用が高く、受講期間も長い傾向にあります。
・専門実践教育訓練は、月単位や時間単位で費用を換算すると、他のカテゴリーとの差が縮小し、むしろ「オトク」な講座も多く存在します。
・一般教育訓練と特定一般教育訓練は費用面で類似した分布を示しますが、給付金の違いにより実質費用に差が生じています。
・サブカテゴリー別の分析では、同一給付カテゴリー内でも受講費用や受講時間に大きな差があり、特定のサブカテゴリーが外れ値を形成していることが明らかになりました.
・「自動車免許・技能講習関係」のカテゴリーは、実質費用が比較的小さいものの、受講1時間あたりの費用にかなりのばらつきがあることが分かりました.

通学形態の講座の分析

記述統計量

今回は教育訓練給付金制度の対象となっている講座のうち、昼間、夜間または土日に通学して受講する形式の講座である全12798件の講座を対象として分析を行います。同一事業者が複数の講座を提供している場合は、それぞれ別の講座としてカウントしています。

今回分析対象である全データのうち、受講費用(price)(万円)、費用から給付金分を除いた実質費用(price_pay)(万円)、受講期間(training_period)(ヶ月)、受講時間(training_hours)(時間)の記述統計量は以下の通りとなっています。実質費用の計算時には、各種補助金の支給条件のうち最も良い条件を使っています。例えば専門実践教育訓練給付金の対象講座の場合、受講費用が80万円ならば最大8割が助成されるため実質費用は16万円、受講費用が100万円ならば最大64万円が支給されるため実質費用は36万円となります。実際に専門実践教育訓練給付金を満額受給できるのは「資格取得等をし、かつ訓練修了後1年以内に雇用保険の被保険者として雇用された場合」(厚生労働省)などの条件をクリアした場合のみですが、今回は最もよい条件で各種給付金を取得できた場合の受講費用を実質費用として算出しました。
細かい給付額や給付割合は、厚生労働省の説明を参照ください。

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/jinzaikaihatsu/kyouiku.html

なお記述統計量の算出に当たっては、専門実践教育訓練、特定一般教育訓練、一般教育訓練の3カテゴリーごとに算出しています。

import pandas as pd
import matplotlib.pyplot as plt
import seaborn as sns
import numpy as np
import japanize_matplotlib  
df.groupby('subsidy_type')[['price'].describe()


表1:受講費用(price)の記述統計(万円)
他の項目も同様のコードで記述統計量を算出します。

表2:給付金分を除いた実質受講費用(price_pay)の記述統計(万円)

表3:受講期間(training_period)の記述統計(月)

表4:受講時間(training_hours)の記述統計(時間)

pinkは専門実践教育訓練、greenは特定一般教育訓練、blueは一般教育訓練を指しています。これらの表から、専門実践教育訓練は受講修了にかかるコストが相対的にかなり大きいことが分かります。同時に専門実践教育訓練はコストの各面において標準偏差が大きく、分布のばらつきが大きいことが読み取れます。

受講にかかる費用

まず、受講にかかる費用を見ていきましょう。

#色とラベルを定義
color_labels = {
    'pink': ('#FF69B4', '専門実践教育訓練'),
    'green': ('#32CD32', '特定一般教育訓練'),
    'blue': ('#1E90FF', '一般教育訓練')
}

#順序変更
order = list(color_labels.keys())

plt.figure(figsize=(10, 6))

#ヒストグラムを作成
for subsidy in order:
    subset = df[df['subsidy_type'] == subsidy]
    sns.histplot(
        subset['price'], kde=True, stat="density", bins=30, element="step",
        color=color_labels[subsidy][0], label=color_labels[subsidy][1]  
    )

plt.title('給付金の種類ごとの講座の分布')
plt.xlabel('費用(万円)')
plt.ylabel('Density')
plt.legend(title='Subsidy Type') 

plt.show()


図1:受講費用の分布
実質費用も同様に作成します。

図2:実質受講費用の分布

図1は給付金のカテゴリーごとに受講費用と度数を示したヒストグラム、図2は給付金をフルに取得した場合のヒストグラムとなっています。これらの図から、専門実践教育訓練は平均値、中央値が高く、費用がかかる講座が対象であることが読み取れます。

これらの傾向は箱ひげ図からも読み取れます。


図3:受講費用(上段)と実質費用(下段)の箱ひげ図

同時に、この箱ひげ図は専門実践教育訓練と一般教育訓練について外れ値が多く、右に裾の長い分布であることが分かります。

一方で先述の通り専門実践教育訓練は中長期的なキャリアアップを目的とした講座であり、その修了に必要な期間や受講時間が長いことが記述統計量からもうかがえます。こうした背景から、次に費用を月ごとに換算してその分布を観察しようと思います。


図4:月ごとの受講費用の分布

図5:月ごとの実質費用の分布

このように月毎の費用に換算すると、他のカテゴリーの講座との差は図1や図2ほどには大きくないように見えます。言い換えると、専門実践教育訓練の受講講座の受講費用が相対的に大きいのは、受講にかかる期間が長いことが一部の要因となっている可能性があるといえると思います。

また各給付カテゴリーの費用分布に注目すると、専門実践教育訓練の分布は10万付近に最頻値がある単峰型に見えるのに対し、他の2つの訓練カテゴリーは2つの峰がある分布に見えます。また、専門実践教育訓練は月あたりの費用がほとんど20万以下に収まっているのに対し、他の2つの給付カテゴリーの訓練は20万以上の月費用が必要な訓練が多く存在しているように見えます。前者は長期の訓練期間を必要とするのに対し、特に一般教育訓練は短時間でのスキル取得が目指される講座も多々見られ、その分一部の講座では月あたりの料金が高く設定されている可能性があるともいえそうです。


図5:1時間当たりの受講費用の分布

図6:1時間当たりの実質費用の分布

次に上記の図のように修了に必要な時間単位に費用を換算すると、専門実践教育訓練の場合2500円以下の範囲に全体の6割以上の講座が該当することが分かります。この点のみを考えると、時間単位では専門実践はオトクな講座が多い、ともいえると思います。また、特定一般教育訓練と一般教育訓練は受講費用の点で類似した分布となっていますが、特定一般教育訓練のほうが給付が手厚いので、実質的な費用に換算すると特定一般教育訓練の方がより大きく分布が左にシフトしていることが分かります。

この分布からも、専門実践教育訓練の費用がかさむのは受講修了に必要な受講時間、受講期間が長いことが一因である可能性があるといえます。ただあくまで因果関係ではないことに注意が必要です。

サブカテゴリーごとのコストの比較

受講にかかるコストをより詳しくみるために、各種給付金対象講座をさらにサブカテゴリーにわけて可視化してみます。以下のカテゴリーは、前述の「教育訓練講座検索システム」の検索画面におけるカテゴリーを用いています。データ取得日は2025年1月30日です。

https://www.kyufu.mhlw.go.jp/kensaku/

カテゴリーid 給付カテゴリー サブカテゴリー 件数
1 専門実践 業務独占資格・名称独占資格を目指す養成施設行われる訓練 1,296 専門学校、短期大学での介護福祉科、栄養士科 など
2 専門実践 職業実践専門課程 714 専門学校におけるビジネス学科、IT学科 など
3 専門実践 キャリア形成促進プログラム 8 -
4 専門実践 職業実践力育成プログラム 151 大学や大学院等による教育、保健等の正規、特別の課程
5 専門実践 専門職大学、専門職短期大学、大学及び短期大学における専門職学科の課程 2 -
6 専門実践 専門職大学院 80 ビジネス・MOT/法科大学院 など
7 専門実践 高度情報通信技術関係資格 4 シスコ技術者認定 など
8 専門実践 第四次産業革命スキル習得講座認定制度 64 AIエンジニア育成講座/データサイエンティスト養成コース など
9 特定一般 業務独占資格、名称独占資格若しくは必置資格に係るいわゆる養成課程等又はこれらの資格の取得を訓練目標とする課程 516 大型自動車第一種免許/けん引免許/税理士 など
10 特定一般 情報通信技術に関する資格のうちITSSレベル2以上の情報通信技術に関する資格取得を目標とする課程 4 情報処理技術者試験 など
11 特定一般 短時間のキャリア形成促進プログラム及び職業実践力育成プログラム 32 -
12 一般 情報関係 221 ITパスポート など
13 一般 事務関係 316 簿記検定試験/ドイツ語技能検定試験/TOEIC など
14 一般 専門的サービス関係 346 公認会計士/FP技能検定試験 など
15 一般 営業・販売・サービス関係 127 インテリアコーディネーター/美容師国家試験 など
16 一般 社会福祉・保健衛生関係 242 介護福祉士/きゅう師/看護師 など
17 一般 自動車免許・技能講習関係 7,765 大型自動車第一種免許/けん引免許/フォークリフト運転技能講習 など
18 一般 技術関係 177 危険物取扱者/建築士/自動車整備士 など
19 一般 製造関係 13 製菓衛生師/技能検定試験 パン製造 など
20 一般 その他 679 修士・博士/科目等履修生 など

前述の記述統計量の表や箱ひげ図から、専門実践教育訓練と一般教育訓練は標準偏差が大きく、かつ外れ値が多いことが分かります。そのためサブカテゴリーごとにコストを比較することで、受講費用や受講時間の大小の特徴をより詳細にみていこうと思います。

専門実践教育訓練

#サブカテゴリー(q_category)ごとに色設定を行う
q_categories = list(range(1, 9))  # 1-8 のみ
colors = sns.color_palette("tab10", len(q_categories))

#色辞書
palette = {str(q): color for q, color in zip(q_categories, colors)}

#専門実践教育訓練のみを抽出
df_special = df[df["q_category"].between(1, 8)].copy()
df_special["q_category"] = df_special["q_category"].astype(int).astype(str) 

#散布図
plt.figure(figsize=(8, 6))
sns.scatterplot(data=df_special, x="training_hours", y="price_pay", hue="q_category", palette=palette, alpha=0.7)

handles = [plt.Line2D([0], [0], marker='o', color='w', markerfacecolor=palette[str(q)], markersize=10, label=f"{q}")
           for q in q_categories]
plt.legend(handles=handles, title="subcategory id")

plt.xlabel("訓練時間(時間)")
plt.ylabel("実質費用(万円)")
plt.title("サブカテゴリーごとの散布図(専門実践教育訓練)")

plt.show()


図7:訓練時間と実質費用の散布図

図8:訓練時間と実質費用の散布図

専門実践教育訓練の訓練時間と実質費用の関係を表した図7の散布図から、訓練時間と実質費用の間に正の相関関係が見て取れます。また、サブカテゴリーid = 1、すなわち「業務独占資格・名称独占資格を目指す養成施設行われる訓練」がとくに受講にかかる時間数が大きいことが分かります。またこれらの訓練は費用も大きいため、これらの訓練が主に専門実践教育訓練の費用の平均値を引き上げていると推測できます。これらの訓練には専門学校や短期大学にて介護福祉士や栄養士などの資格取得を目指す講座が多く含まれており、修了にとりわけ時間がかかることは想像に難くないと思います。

さらに、実質費用を1時間当たりに変換すると、訓練時間が短い傾向にあるカテゴリーid = 2(職業実践専門課程)、4(職業実践力育成プログラム)、8(第四次産業革命スキル習得講座認定制度)において、1時間当たりの実質費用が相対的にかなり高い講座が複数見られることが分かります。他方で受講時間が200時間を超える講座のほとんどは1時間当たりの実質費用が2000円以下であることも読み取れます。そう捉えるとコストは費用の額面以上にそれほど高くないようにも見えますが、そもそも労働時間外に200時間以上を割いて講座を受講するのは一定の労力が必要であることは想像に難くありません。受講1時間あたり~2000円程度の出費にあったスキルが獲得できるかが損益判断の1ピースとなるでしょう。

一般教育訓練


図9:訓練時間と実質費用の散布図

図10:訓練時間と実質費用の散布図
一方で一般教育訓練に関しても、訓練時間や実質費用に特徴がみられるサブカテゴリーが存在することが分かります。図9から、サブカテゴリーid = 16、「社会福祉・保健衛生関係」の講座は訓練時間が長い傾向にあることが分かります。ただし、そのほとんどの実質費用が200万円を超えない点や、原点付近に多くの講座が集まっている点など、訓練時間と実質費用の間の相関関係が専門実践教育訓練と比べて弱いことも読み取れます。やはり短時間の講座や費用の小さい講座が比較的多くあるのもこの一般教育訓練の講座の特徴だといえると思います。

図10では、サブカテゴリーid = 17、すなわち「自動車免許・技能講習関係」が相対的に実質費用が小さいものの、受講1時間あたりの実質費用額にかなりばらつきがあることを示しています。これは図8と比較すると明瞭です。このカテゴリーに含まれる講習は他の講座に比べて比較的修了までの所要時間が少ないものの、単位時間あたりになおすとコストの大小にかなり幅がありそうです。

おわりに

今回は教育訓練給付金の対象講座の「コスト」について、費用や修了にかかる時間数、期間などの面で多角的に分析を行いました。最大給付率が80%にひきあがった専門実践教育訓練給付金の対象講座は他の講座に比べてとりわけコストがかかることが分かった一方で、受講にかかる時間や期間単位(時間、月)にするとむしろ「オトク」である講座が多いということも発見できました。

またサブカテゴリーごとに訓練の特徴を観察すると、同一給付カテゴリー内の訓練の中で受講費用や受講時間が大きい講座のうち特定のサブカテゴリーがほとんどを占めていることや、いくつかのサブカテゴリーが外れ値を形成しているなど、サブカテゴリーごとにコストの特徴がみられることが分かりました。

一方で、今回の「コスト」の文脈では、費用対効果、すなわち「コスパ」の部分が不明瞭のままです。例えば中長期的なキャリアアップのために比較的長期間の受講が必要な専門実践教育訓練給付金の対象講座は、本当にキャリアップに貢献できるのでしょうか?すでに職に就いている人にとって社内の昇進を促進するものになっているのでしょうか?また求職者にとって就職につながるものとなっているのでしょうか?こうした観点を確認するため、次回は、受講の満足度受講後のキャリアアップという面から リ・スキリングの「コスパ」 に関する分析、考察を行います。

参考文献

厚生労働省「教育訓練給付制度」
厚生労働省「教育訓練講座検索システム」
厚生労働省(2024)「令和5年度「能力開発基本調査」の結果を公表します」
内閣府(2024)「経済財政運営と改革の基本方針 2024 ~賃上げと投資がけん引する成長型経済の実現~」

Discussion