C 言語 SIMD 入門:2 つのベクトルの内積を計算する
はじめに
この記事では C 言語で SIMD の一つである x64(amd64、x86-64)の AVX2 を使用して、2 つのベクトルの内積を計算する方法を紹介します。
SIMD とは
SIMD は Single Instruction Multiple Data の略で、一度の命令で複数のデータを処理することができます。
プログラムを高速化する上で非常に重要な技術の一つで、圧倒的な高速化が見込めます。
SIMD は CPU によって命令セットが異なります。
x86 では SSE、AVX、Arm では NEON などがあります。
SSE では 128 ビットのデータを、AVX(AVX2)では 256 ビットのデータを 1 つの命令で処理できます。
今回は Haswell 世代以降の CPU で使用できる AVX2 を使用します。
C 言語からは immintrin.h ヘッダーファイルをインクルードすることで、SIMD 命令と一対一に結び付いた関数を使用することができます。
2 つのベクトルの内積を計算する
汎用命令を使用したプログラム
まずは、汎用命令を使用したプログラムを紹介します。
// ベクトルの内積を求める関数。
int dot_product(const int a[], const int b[], int length)
{
int dot_product = 0;
for (int i = 0; i < length; i++)
{
dot_product += a[i] * b[i];
}
return dot_product;
}
SIMD 命令を使用したプログラム
次に SIMD 命令を使用したプログラムを紹介します。
高速化を優先するのではなく、SIMD を使ってみることに重点を置いています。
本格的に高速化したい場合はさらに工夫が必要です。
なお、1 バイトは 8 ビット、int
型は 4 バイトとします。コンパイラーは MSVC を想定しています。
#include <immintrin.h>
// ベクトルの内積を求める関数。
int dot_product(const int a[], const int b[], int length)
{
int i = 0;
// 合計を 0 で初期化。
__m256i dot_product256 = _mm256_setzero_si256();
// 各要素を 8 個ずつ処理。
for (; i + 7 < length; i += 8)
{
__m256i a256 = _mm256_loadu_si256((__m256i*)(&a[i]));
__m256i b256 = _mm256_loadu_si256((__m256i*)(&b[i]));
__m256i product256 = _mm256_mullo_epi32(a256, b256);
dot_product256 = _mm256_add_epi32(dot_product256, product256);
}
// スカラー値に変換。
__m256i permute = _mm256_permute2x128_si256(dot_product256, dot_product256, 1);
__m256i sum256 = _mm256_hadd_epi32(dot_product256, permute);
sum256 = _mm256_hadd_epi32(sum256, sum256);
sum256 = _mm256_hadd_epi32(sum256, sum256);
int dot_product = _mm256_extract_epi32(sum256, 0);
// 残りの要素を処理。
// ここは汎用命令。
for (; i < length; i++)
{
dot_product += a[i] * b[i];
}
return dot_product;
}
各関数解説
この記事で取り上げている関数の簡単な説明と、それらがどのように動作するかを示す簡単なコード例を提供します。
__m256i
初めに関数ではありませんが、__m256i
について説明します。
__m256i
は大きさが 256 ビットで、複数の整数を格納するための型です。
__m256i
の中に入っている整数型は決まっておらず、どの関数を使用するかによって中身(要素)の整数型が決まります。
要素が int
型であれば 8 個格納することができます。
_mm256_loadu_si256 _mm256_storeu_si256
_mm256_loadu_si256
と _mm256_storeu_si256
は __m256i
型のデータをメモリーに読み込む・書き込むための関数です。
__mm256i
の各要素を直接調べることはできません。
そこでこれらの関数を使用して、__m256i
型のデータを配列に変換して各要素がどうなっているか確認します。
_mm256_storeu_si256
は今回のプログラムには登場しませんが、以降の解説で使用します。
int a[8] = {1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8};
int b[8];
// 配列 a を __m256i 型の vector に書き込む。
__m256i vector = _mm256_loadu_si256((__m256i*)a);
// vector の内容を配列 b に書き込む。
_mm256_storeu_si256((__m256i*)b, vector);
// これで配列 b に vector の各要素が格納され、その値を確認できる。
// b[0]=1, b[1]=2, b[2]=3, b[3]=4, b[4]=5, b[5]=6, b[6]=7, b[7]=8
_mm256_setzero_si256
_mm256_setzero_si256
は、__m256i
型の変数を 0 で初期化する関数です。
int result[8];
__m256i a256 = _mm256_setzero_si256();
_mm256_storeu_si256((__m256i*)result, a256);
// result[0]=0, result[1]=0, result[2]=0, result[3]=0,
// result[4]=0, result[5]=0, result[6]=0, result[7]=0
汎用命令で書くと以下のようになります。
int a[8];
for (int i = 0; i < 8; i++)
{
a[i] = 0;
}
// a[0]=0, a[1]=0, a[2]=0, a[3]=0, a[4]=0, a[5]=0, a[6]=0, a[7]=0
_mm256_mullo_epi32
_mm256_mullo_epi32
は、__m256i
型の変数の各要素を掛け合わせる関数です。
__m256i
型の要素は int
型として扱います。
_mm256_mul_epi32
という関数もありますが、こちらは 32 ビットの整数型を桁あふれをしにくいように 64 ビットの整数型に拡張してから掛け合わせる関数です。
今回は 32 ビットの整数型を掛け合わせるので、_mm256_mullo_epi32
を使用します。
なぜ 64 ビットの方にシンプルな名前が付けられているかというと、汎用命令の mul
も同様に 2 倍の大きさの結果を返すためです。
int a[8] = {1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8};
int b[8] = {1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8};
int result[8];
__m256i a256 = _mm256_loadu_si256((__m256i*)a);
__m256i b256 = _mm256_loadu_si256((__m256i*)b);
__m256i result256 = _mm256_mullo_epi32(a256, b256);
_mm256_storeu_si256((__m256i*)result, result256);
// result[0]=1, result[1]=4, result[2]=9, result[3]=16,
// result[4]=25, result[5]=36, result[6]=49, result[7]=64
汎用命令で書くと以下のようになります。
int a[8] = {1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8};
int b[8] = {1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8};
int result[8];
for (int i = 0; i < 8; i++)
{
result[i] = a[i] * b[i];
}
// result[0]=1, result[1]=4, result[2]=9, result[3]=16,
// result[4]=25, result[5]=36, result[6]=49, result[7]=64
_mm256_add_epi32
_mm256_add_epi32
は、__m256i
型の変数の各要素を足し合わせる関数です。
__m256i
型の要素は int
型として扱います。
int a[8] = {1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8};
int b[8] = {1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8};
int result[8];
__m256i a256 = _mm256_loadu_si256((__m256i*)a);
__m256i b256 = _mm256_loadu_si256((__m256i*)b);
__m256i result256 = _mm256_add_epi32(a256, b256);
_mm256_storeu_si256((__m256i*)result, result256);
// result[0]=2, result[1]=4, result[2]=6, result[3]=8,
// result[4]=10, result[5]=12, result[6]=14, result[7]=16
汎用命令で書くと以下のようになります。
int a[8] = {1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8};
int b[8] = {1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8};
int result[8];
for (int i = 0; i < 8; i++)
{
result[i] = a[i] + b[i];
}
// result[0]=2, result[1]=4, result[2]=6, result[3]=8,
// result[4]=10, result[5]=12, result[6]=14, result[7]=16
_mm256_permute2x128_si256
_mm256_permute2x128_si256
は、__m256i
型の変数の上位 128 ビットと下位 128 ビットを組み合わせて新しい __m256i
型の変数を作る関数です。
組み合わせ方は、第 3 引数で指定します。
int a[8] = {1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8};
int b[8] = {9, 10, 11, 12, 13, 14, 15, 16};
int result[8];
__m256i a256 = _mm256_loadu_si256((__m256i*)a);
__m256i b256 = _mm256_loadu_si256((__m256i*)b);
__m256i result256 = _mm256_permute2x128_si256(a256, b256, 1);
_mm256_storeu_si256((__m256i*)result, result256);
// result[0]=5, result[1]=6, result[2]=7, result[3]=8,
// result[4]=1, result[5]=2, result[6]=3, result[7]=4
汎用命令で書くと以下のようになります。
int a[8] = {1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8};
int b[8] = {9, 10, 11, 12, 13, 14, 15, 16};
int result[8];
// _mm256_permute2x128_si256 の 第 3 引数が 1 の場合
for (int i = 0; i < 4; i++)
{
result[i] = a[i + 4];
result[i + 4] = a[i];
}
// result[0]=5, result[1]=6, result[2]=7, result[3]=8,
// result[4]=1, result[5]=2, result[6]=3, result[7]=4
_mm256_hadd_epi32
_mm256_hadd_epi32
は、__m256i
型の変数の隣り合う 2 つの要素を足し合わせる関数です。
__m256i
型の要素は int
型として扱います。
__m256i
型には横のつながりだと 128 ビットの壁があり、128 ビットごとに処理が行われます。
思った通りの振る舞いではない可能性があるので注意してください。
int a[8] = {1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8};
int b[8] = {9, 10, 11, 12, 13, 14, 15, 16};
int result[8];
__m256i a256 = _mm256_loadu_si256((__m256i*)a);
__m256i b256 = _mm256_loadu_si256((__m256i*)b);
__m256i result256 = _mm256_hadd_epi32(a256, b256);
_mm256_storeu_si256((__m256i*)result, result256);
// result[0]=3, result[1]=7, result[2]=19, result[3]=23,
// result[4]=11, result[5]=15, result[6]=27, result[7]=31
汎用命令で書くと以下のようになります。
int a[8] = {1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8};
int b[8] = {9, 10, 11, 12, 13, 14, 15, 16};
int result[8];
result[0] = a[0] + a[1];
result[1] = a[2] + a[3];
result[2] = b[0] + b[1];
result[3] = b[2] + b[3];
// 128 ビットの壁。
result[4] = a[4] + a[5];
result[5] = a[6] + a[7];
result[6] = b[4] + b[5];
result[7] = b[6] + b[7];
// result[0]=3, result[1]=7, result[2]=19, result[3]=23,
// result[4]=11, result[5]=15, result[6]=27, result[7]=31
_mm256_extract_epi32
_mm256_extract_epi32
は、__m256i
型の変数の指定した要素を取り出す関数です。
__m256i
型の要素は int
型として扱います。
int a[8] = {1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8};
int value = 0;
__m256i a256 = _mm256_loadu_si256((__m256i*)a);
int result = _mm256_extract_epi32(a256, value);
// result=1
汎用命令で書くと以下のようになります。
int a[8] = {1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8};
int value = 0;
int result = a[value];
// result=1
ソースコード
SIMD 解説記事一覧
参考になるサイト
- Intel Intrinsics Guide インテルの公式ドキュメントで、関数が一覧表になっていています。パフォーマンスに関する情報が記載されています。
- インテル AVX2 命令の組み込み関数 こちらもインテルの公式ドキュメントです。日本語ですが、パフォーマンスについての情報はありません。
- AVX/AVX2/AVX512 アドベントカレンダー2021イントロダクション 日本語で各関数を詳細に解説しています。とてもわかりやすいですが、一部の関数だけです。
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