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C 言語 SIMD 入門:行列のスカラー倍を計算する

2023/05/05に公開

はじめに

この記事では C 言語で SIMD の一つである x64(amd64、x86-64)の AVX2 を使用して、行列のスカラー倍を計算する方法を紹介します。
AVX2 を使用することで従来の方法に比べて計算速度が向上し、効率的に行列のスカラー倍を計算できます。

SIMD とは

SIMD は Single Instruction Multiple Data の略で、一度の命令で複数のデータを処理することができます。
プログラムを高速化する上で非常に重要な技術の一つで、圧倒的な高速化が見込めます。

SIMD は CPU によって命令セットが異なります。
x86 では SSE、AVX、Arm では NEON などがあります。
SSE では 128 ビットのデータを、AVX(AVX2)では 256 ビットのデータを 1 つの命令で処理できます。

今回は Haswell 世代(2013 年発売)以降の CPU で使用できる AVX2 を使用します。
C 言語からは immintrin.h ヘッダーファイルをインクルードすることで、SIMD 命令と一対一に結び付いた関数を使用することができます。

行列のスカラー倍を計算する

汎用命令を使用したプログラム

まずは汎用命令を使用したプログラムを紹介します。

// 行列のスカラー倍を計算する関数。
void scalar_multiplication(int* a, int row, int column, int scalar)
{
    for (int i = 0; i < row * column; i++)
    {
        a[i] *= scalar;
    }
}

SIMD 命令を使用したプログラム

次に SIMD 命令を使用したプログラムを紹介します。

高速化を優先するのではなく、SIMD を使ってみることに重点を置いています。
本格的に高速化したい場合はさらに工夫が必要です。

なお、1 バイトは 8 ビット、int 型は 4 バイトとします。コンパイラーは MSVC を想定しています。

#include <immintrin.h>

// 行列のスカラー倍を計算する関数。
void scalar_multiplication(int* a, int row, int column, int scalar)
{
    int i = 0;

    __m256i scalar256 = _mm256_set1_epi32(scalar);

    // 8 要素ずつ計算する。
    for (; i < row * column; i += 8)
    {
        __m256i a256 = _mm256_loadu_si256((__m256i*)(&a[i]));
        __m256i product256 = _mm256_mullo_epi32(a256, scalar256);
        _mm256_storeu_si256((__m256i*)(&a[i]), product256);
    }

    // 残りの要素を処理。
    // ここは汎用命令。
    for (; i < row * column; i++)
    {
        a[i] *= scalar;
    }
}

各関数解説

この記事で取り上げている関数の簡単な説明と、それらがどのように動作するかを示す簡単なコード例を提供します。

__m256i

初めに関数ではありませんが、__m256i について説明します。
__m256i は大きさが 256 ビットで、複数の整数を格納するための型です。
__m256i の中に入っている整数型は決まっておらず、どの関数を使用するかによって中身(要素)の整数型が決まります。
要素が int 型であれば 8 個格納することができます。

_mm256_loadu_si256 _mm256_storeu_si256

_mm256_loadu_si256_mm256_storeu_si256__m256i 型のデータをメモリーに読み込む・書き込むための関数です。

__mm256i の各要素を直接調べることはできません。
そこでこれらの関数を使用して、__m256i 型のデータを配列に変換して各要素がどうなっているか確認します。

int a[8] = {1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8};
int b[8];
// 配列 a を __m256i 型の vector に書き込む。
__m256i vector = _mm256_loadu_si256((__m256i*)a);
// vector の内容を配列 b に書き込む。
_mm256_storeu_si256((__m256i*)b, vector);
// これで配列 b に vector の各要素が格納され、その値を確認できる。
// b[0]=1, b[1]=2, b[2]=3, b[3]=4, b[4]=5, b[5]=6, b[6]=7, b[7]=8

_mm256_set1_epi32

_mm256_set1_epi32 は指定した 1 つの int 型の値を 8 個コピーして __m256i 型のデータを作成します。

int value = 1;
int result[8];

__m256i a256 = _mm256_set1_epi32(value);
_mm256_storeu_si256((__m256i*)result, a256);
// result[0]=1, result[1]=1, result[2]=1, result[3]=1,
// result[4]=1, result[5]=1, result[6]=1, result[7]=1

汎用命令で書くと以下のようになります。

int value = 1;
int a[8];

for (int i = 0; i < 8; i++)
{
    a[i] = value;
}
// a[0]=1, a[1]=1, a[2]=1, a[3]=1, a[4]=1, a[5]=1, a[6]=1, a[7]=1

_mm256_mullo_epi32

_mm256_mullo_epi32 は、__m256i 型の変数の各要素を掛け合わせる関数です。
__m256i 型の要素は int 型として扱います。

_mm256_mul_epi32 という関数もありますが、こちらは 32 ビットの整数型を桁あふれをしにくいように 64 ビットの整数型に拡張してから掛け合わせる関数です。
今回は 32 ビットの整数型を掛け合わせるので、_mm256_mullo_epi32 を使用します。
なぜ 64 ビットの方にシンプルな名前が付けられているかというと、汎用命令の mul も同様に 2 倍の大きさの結果を返すためです。

int a[8] = {1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8};
int b[8] = {1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8};
int result[8];

__m256i a256 = _mm256_loadu_si256((__m256i*)a);
__m256i b256 = _mm256_loadu_si256((__m256i*)b);

__m256i result256 = _mm256_mullo_epi32(a256, b256);
_mm256_storeu_si256((__m256i*)result, result256);
// result[0]=1, result[1]=4, result[2]=9, result[3]=16,
// result[4]=25, result[5]=36, result[6]=49, result[7]=64

汎用命令で書くと以下のようになります。

int a[8] = {1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8};
int b[8] = {1, 2, 3, 4, 5, 6, 7, 8};
int result[8];

for (int i = 0; i < 8; i++)
{
    result[i] = a[i] * b[i];
}
// result[0]=1, result[1]=4, result[2]=9, result[3]=16,
// result[4]=25, result[5]=36, result[6]=49, result[7]=64

ソースコード

https://github.com/k-taro56/ZennSimdSample/tree/main/ScalarMultiplication

SIMD 解説記事一覧

https://zenn.dev/k_taro56/articles/simd-introduction

参考になるサイト

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