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CubeSatから学ぶ無線通信(概要編)

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はじめに

本記事から 「CubeSatから学ぶ無線通信」 と題して、無線通信(特にCubeSatに関係する部分)についての記事を執筆していきます。筆者は大学入学後にCubeSatという存在を知り、無線通信という分野に携わり始めてからまだ1年にも満たない、いわゆる初心者です。なかなか、無線通信の基礎についてまとめた記事はネット上で少なく困ったという経験を元に、自身の自学自習のアウトプットとして執筆を始めました。同時に本シリーズは自身が所属している衛星開発プロジェクトの新入生教育のための資料としても利用したいと考えております。

CubeSatの無線通信について学びたい方から、CubeSatとは...?という人までさまざまな人にとって学びとなるような記事を書けるよう、全力を尽くしてまいります。もし、誤りや補足などを発見した場合は各種プラットフォームのコメントよりご報告ください。また、自身の軽い自己紹介や所属している衛星開発プロジェクトについてはGitHubのプロフィールにまとめてあるので、ご参考ください。

さて、今回は 「概要編」 と題してCubeSatやその無線通信について、全体像や基本的な用語について解説いたします。今後の「CubeSatから学ぶ無線通信」において、重要な知識となってきますので、ぜひご一読ください。

本編

CubeSat とは?

CubeSat とは規格に則った直方体状の超小型人工衛星の総称です。

一辺10cmの立方体を『1U』 とし、2U, 3U, 6U といったサイズが存在します。例えば、6Uの場合は1Uを6つ繋げたサイズなので、10cm×20cm×30cmのサイズとなります。1Uの場合は手のひらサイズの衛星となり、皆さんが想像している人工衛星と比べるとかなり小さいのではないでしょうか?例えば、2014年に打ち上げられ、リュウグウへの着陸およびサンプルリターンに成功したはやぶさ2の大きさは100cm×160cm×125cmとなります。1UのCubeSatは手のひらサイズなのに対し、一般的な人工衛星(例:はやぶさ2)は業務用の冷蔵庫くらいの大きさであり、いかにCubeSatが小さいか想像していただけるのではないでしょうか。

CubeSatの一例
CubeSatの一例(筑波大学「結」プロジェクト ITF-2)

また、CubeSatは一般的な人工衛星と比べ開発費や打上げ費用を抑えられることから、新規参入のハードルが比較的低く、さまざまな大学の研究室や学生プロジェクトにとって宇宙工学を学び、実験を行う貴重なプラットフォームとなっています。

通信内容の区分

人工衛星に命令を送ったり、人工衛星から情報を得たりするためには地球上から衛星に対し、無線通信を行う必要があります。 本項では人工衛星と地上局(地球上で通信を行う局)の間で行われる通信について解説します。

人工衛星の通信内容は大きく分類して、二つに分けることができます。

  • コマンド
  • テレメトリ

ざっくり分類すると、コマンドは「地球から衛星に送る命令」で、テレメトリは「衛星から地球に送るデータ」のことを指します。テレメトリは日常生活で聞き馴染みがないかもしれませんが、日本語では「遠隔情報収集」などと訳され、航空宇宙やエネルギー、自動車などのさまざまな分野で利用される用語ですので、このタイミングで押さえておきましょう。

コマンドとテレメトリの関係
コマンドとテレメトリの関係

それでは、それぞれについて少しだけ深掘りしてみましょう。

コマンドについて

コマンドとは地上局から人工衛星に対して送信する指令のことです。

コマンドとひとくくりにしても種類は多岐に渡り、テレメトリの送信や使用する通信機の変更、停波(≒人工衛星の運用終了)などのさまざまなコマンドが地上局から衛星へと送信されることとなります。

テレメトリについて

テレメトリとは人工衛星から地上局へと送信されるさまざまなデータのことです。

テレメトリは大きく分けて2つに分類することができ、ハウスキーピングデータ(HKデータ)ミッションデータが存在します。以下ではそれぞれについて解説しましょう。

HKデータ

HKデータとは、人工衛星自身の状態を表すデータのことです。

HKデータとしては主に以下のものが挙げられます。

  • バッテリの残量
  • 太陽電池の発電量
  • 各機器の温度
  • 姿勢情報
  • 時刻情報

要するに、HKデータを確認することで、衛星がどれくらい余力を持ち、どんな場所にいて、どういった環境に曝されていて、どういった活動を行っているのかといった「人工衛星の今」 を知ることができます。もちろん人工衛星の状態を目視で確認することはできませんし、衛星から送信できるデータの量にも制限があります。そのため、いかに効率よく、そして正確に衛星の状態をHKデータとして地上局に送信できるかが、その衛星の命運を握っているといえます。

ちなみに、housekeeping とは「家事」や「家計管理」を意味する言葉で、Housekeeping Data という名称は、衛星が自ら機能を保ち活動している姿を家庭の維持管理に例えたものということができるでしょう。

ミッションデータ

ミッションデータとは、ミッション機器が収集したデータのことです。

すべての人工衛星はミッションを達成するために宇宙へと旅立ちます。もちろん、何もミッション(分かりやすく言えば、目的・目標)がないのに宇宙へと人工衛星を飛ばすのは時間やお金の無駄となってしまいます。そのミッションを達成するための機器(主にセンサやアクチュエータ)から得られた情報がミッションデータにあたります。人工衛星がミッションを達成したことを確認する際に必要なだけではなく、宇宙開発や科学に関する革新的な発見をもたらしうるデータとなります。

例えば、JAXAとNIESによって開発された温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」(GOSAT)の場合、主なミッションは『温室効果を持つとされる二酸化炭素やメタンの濃度分布を宇宙から観測する』というものでした。そのためミッション機器としてはそれらの気体濃度を計測するためのセンサが搭載されており、センサからのデータ(計測結果)がミッションデータとして地球に送信されました。


HKデータとミッションデータ
テレメトリの区分

アップリンクとダウンリンク

前項では通信内容の種類によって無線通信を分類しましたが、通信方向によって単純に分類することも可能です。

地上局から人工衛星へと通信を行うことをアップリンク、逆に人工衛星から地上局へと通信を行うことをダウンリンクと呼びます。

アップリンクとダウンリンクの関係
アップリンクとダウンリンクの関係

なかなか名称として覚えるとなると難しく感じると思いますが、単純に地球から衛星、つまり上向きはアップリンクで、衛星から地球、つまり下向きはダウンリンクになると考えておけば問題ありません。送信元から見て、送信先がどちらの方向にいるか考えてあげることで、アップリンク・ダウンリンクを簡単に区別することができるでしょう。

周波数・波長・バンドについて

電気振動などの現象が単位時間(基本は1秒間)あたりに繰り返される回数を周波数、その現象が1回起こるのにかかる時間を周期、そして電波が1周期で進行する距離を波長と呼びます。電波の速度をv、周波数をf、周期をT、波長を\lambdaとすると、以下の関係が成り立ちます。

v = f\lambda \\ T = \frac{1}{f}

上記の関係は高校物理で学習する内容であり、今後のシリーズにおいては前提として利用されることが多いので、ぜひこのタイミングで押さえておいてください。

そして、電波は周波数とそれに応じた用途によって、バンド(周波数帯) として区分されます。ざっくりと説明すると、周波数が高くなる(波長が短くなる)と、単位時間あたりに情報伝達できる容量が大きくなりますが、直進性が強くなることで障害物に対して弱くなります。それに対し、周波数が低くなる(波長が長くなる)と、障害物に対して強くなりますが、単位時間あたりの情報量が小さくなります。よって、伝わる情報量と伝わりやすさでトレードオフする(天秤にかける)必要があり、適切な用途を選択する必要があります。

主なバンドとその用途を以下に示しますので、ぜひご確認ください。

バンド 周波数 波長 主な用途
超長波
VLF (Very Low Frequency)
3kHz ~ 30kHz 100km ~ 10km 海底探査
長波
LF (Low Frequency)
30kHz ~ 300kHz 10km ~ 1km 電波時計
中波
MF (Medium Frequency)
300kHz ~ 3MHz 1km ~ 100m AMラジオ
短波
HF (High Frequency)
3MHz ~ 30MHz 100m ~ 10m 船舶通信・アマチュア無線
超短波
VHF (Very High Frequency)
30MHz ~ 300MHz 10m ~ 1m FMラジオ・アマチュア無線
極超短波
UHF (Ultra High Frequency)
300MHz ~ 3GHz 1m ~ 100mm 地上デジタル放送・電子タグ・アマチュア無線
マイクロ波
SHF (Super High Frequency)
3GHz ~ 30GHz 100mm ~ 10mm 無線LAN・気象レーダー
ミリ波 30GHz ~ 300GHz 10mm ~ 1mm 自動車レーダー・天文観測
サブミリ波 300GHz ~ 3THz 1mm ~ 100μm 天文観測

皆さんがよく使っているであろう無線通信を例に挙げると、無線LAN(Wi-Fi)では主に2.4GHz(UHF)と5GHz(SHF)が利用されており、前者は比較的障害物に強いという特性を、後者は通信速度が速いという特性をうまく利用しています。また、ETC(自動料金収受システム)では5.8GHz(SHF)が利用されています。これはETCが障害物のない短距離での通信であるため、かなり周波数の高い高速通信に対応できるためです。

皆さんの日常生活でも周波数の使い分けが適切に行われていることを実感していただけましたでしょうか。
ちなみに、人工衛星と地球間の通信ではVHF〜SHFを利用することが多いです。

また、VLFやSHFと聞くとなかなか分かりづらく感じてしまいますが、英語の意味で考えてみるとかなり理解しやすくなるのではないでしょうか。例えば、VLFはVery Low Frequencyの略で、要するに「結構周波数が低い」ということです。また、SHFはSuper High Frequencyの略で、「超周波数が高い」ということになります。

強さの指標「dB(デシベル)」とは

無線通信では電波の強さを表す単位として「dB(デシベル)」がよく使用されます。無線通信における「dB」とは電力比を表すために用いる単位です。「dB」が使用される理由はさまざまですが、主に「比率を扱いやすくするため」や「掛け算を足し算で表すことができるため」という点が大きいと考えられます。(ちなみに、「dB」の一般的な定義はある物理量を基準量との比の常用対数で表したものとされます。また、厳密には電圧比として「dB」を用いる場面なども存在します。)

「dB」を用いることで非常に大きい値や小さい値をコンパクトに扱えるようになります。例えば、受信電力が送信電力の\frac{1}{1000000}である場合、単純な比率で表すと直感的に程度が分かりづらくなってしまいますが、これを「dB」で表すことで-60 \mathrm{dB}と直感的に理解しやすい大きさで示すことができます。そして、今後のシリーズでさらに詳しく説明しますが、無線通信には送信電力→アンテナ利得→ケーブル損失→受信電力といった数多くの要素が存在し、それらの合成として受信電力の大きさが決定されます。この時、「dB」を用いることによってすべての和を取ることで簡単に計算することが可能になります。

さて、「dB」を電力比を表す単位として紹介しましたが、基準となる電力によっていくつかの種類が存在します。

  • dB(デシベル)
  • dBm(デシベルミリワット)
  • dBi(デシベルアイソトロピック)
  • dBd(デシベルダイポール)

それぞれについて深掘りして考えてみましょう。

dB(デシベル)について

求める電力比をL[\mathrm{dB}]、基準とする電力をP_0、測定した電力をPとすると、

L[\mathrm{dB}] = 10 \log _{10} \frac{P}{P_0}

と表されます。P_0Pの単位は揃ってさえいればなんでも構いませんが、基本的には\mathrm{mW}が使用されることが多いです。また、「dB」で表されるのはあくまでも二つの電力の比であるということには十分注意してください。

ちなみに、なぜ前に10がついているのかと言いますと、「dB」という単位は、常用対数によって物理量を表すための単位である「B(ベル)」に、\frac{1}{10}倍を表す接頭辞である「d(デシ)」をつけたものです。「B」という単位は実用上大きすぎる(例えば、電力比が100倍でようやく2Bとなるなど、変化の粒度が粗い)ため、「B」の\frac{1}{10}を表す「dB」が一般的に用いられています。

\mathrm{dB}\frac{P}{P_0}の関係については、代表値の大まかな値のみで構わないので頭に入れておくことをおすすめします。これによって、頭の中で「3dB上がったってことは、電力が2倍くらいになったのか」と考えることが可能になります。なお、この関係は「dB」に限らず、このあと出てくる「dBm」や「dBi」に適用することも可能です。

\mathrm{dB} \frac{P}{P_0}
0 \mathrm{dB} 1
3 \mathrm{dB} 2
6 \mathrm{dB} 4
10 \mathrm{dB} 10
12 \mathrm{dB} 16
20 \mathrm{dB} 10^2
30 \mathrm{dB} 10^3

表からも読み取れるように、3\mathrm{dB}上がったら電力は2倍され、10\mathrm{dB}上がったら電力は10倍されるとパッと考えられると便利かと思います。あとは足し算・引き算を用いることで応用できます。

dBm(デシベルミリワット)について

「dB」の式に対し、基準となる電力として1\mathrm{mW}を用いたものを「dBm(デシベルミリワット)」と呼びます。とある電力P[\mathrm{mW}]p[\mathrm{dBm}]と表されるとすると次式が成立します。

p[\mathrm{dBm}] = 10 \log _{10} P

「dB」は二つの電力の比を表していたのに対し、「dBm」は電力の純粋な大きさを表していることに注意してください。言い換えると 「dB」は相対量で、「dBm」は絶対量であると考えることもできます。

dBi(デシベルアイソトロピック)について

まず、前提知識として 「アンテナ利得」 がどういったものか知る必要があります。詳しくは次回以降にお話ししますが、ざっくり説明すると、アンテナが信号をどれくらい増幅できるかを定量的に示したものです。アンテナ利得はアンテナの性能を測る上で重要なステータスです。

さて、「dBi」とは等方性アンテナ(アイソトロピックアンテナ)を基準として利得を表す単位です。こちらもアンテナ利得の純粋な大きさを表す量なので、絶対量と考えることができます。また、等方性アンテナとは360度均等に電波を放出する理想的なアンテナのことです。もちろん現実には存在しないアンテナですが、それゆえに誰でも同じ基準で比べることができ、アンテナ同士の性能比較を行いやすいという点から基準として採用されています。無線通信の規格や法においても広く使われている単位なので、しっかりと押さえておきましょう。

dBd(デシベルダイポール)について

「dBd(デシベルダイポール)」とはダイポールアンテナを基準として利得を表す単位です。「dBi」と違って実在するアンテナを基準としているという点が特徴と言えるでしょう。

基準となっているダイポールアンテナのアンテナ利得は2.14[\mathrm{dBi}]であることが広く知られているので、

0[\mathrm{dBd}] = 2.14[\mathrm{dBi}]

として計算を行います。よって、

\mathrm{dBd} = \mathrm{dBi} - 2.14

という関係式から簡単に相互を変換することが可能です。両者は状況によって使い分けられるので、脳内で変換できるようにしておきましょう。

さいごに

本記事ではCubeSatの通信について考える上で必要となる前提知識について解説しました。今後の『CubeSatから学ぶ無線通信』ではこれらの知識が説明なく出てきますので、ぜひこれを機会に押さえておいてもらえると嬉しいです。これから飽きることなく、記事を書き続けられますようにという願いをこめて、今回は終わりとしましょう。

P.S. Zennでは、こういった記事はbookとしてリリースするのが基本ですかね...?使い分けがいまいちわかっていない初心者です...。

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