チューリング賞とコンピューターサイエンス
はじめに
書店の棚には、多くのコンピューター本が並んでいます。でも、その多くは「やり方(how)」を説明するものです。
現代日本のソフトウェア技術者には、こうしたhowの本が役に立つというのはわかります。でも、それだけでは、コンピューターの面白さは伝わりにくいように思っています。
コンピューターの面白さに迫る学術分野、それがコンピューターサイエンスです。
コンピューターサイエンスと聞くと、ソフトウェア技術者の日々の業務からかけ離れているような印象を持つ人もいるかもしれませんが、それは正しくありません。
なぜならば、
- プログラミング言語
- データベース
- オペレーティングシステム
- クラウド
- データセンター
- ネットワーク
- インターネット
- ワールドワイドウェブ
- ハードウェア(プロセッサー)
- アルゴリズム
- AI
- 暗号
こうした技術はすべてコンピューターサイエンスの研究から生まれ、世の中に普及していったものだからです。
これらの技術は、どのような課題を解決するために生まれたのか。どんな歴史を持っているのか。
すぐに役立つわけではないけれど、背景を理解すると実務が見通しやすくなる。そんな知識、つまり「教養」を育ててくれるような本を読みたい。でも、書店ではそうした本は見つかりません。
だから、コンピューターサイエンスの発展史と、現代日本のソフトウェア技術へのインパクトについて、自分で少しずつ書いていこうと思います。
広大すぎるコンピューターサイエンス
コンピューターがカバーする範囲が、丸ごとすべてコンピューターサイエンスの守備範囲です。そこから面白いところだけつまみ食いしようとしても、どうやって何を選んだらいいのか、難しいところです。
広大なコンピューターサイエンスの世界を紹介していくうえでの「軸」が必要です。この連載では、「ACMチューリング賞」を軸として進めていこうと思います。
チューリング賞は「コンピューター界のノーベル賞」と呼ばれ、1966年から毎年、その分野を大きく前進させた研究者に与えられます。受賞者の業績をたどることは、すなわち コンピューターサイエンスの発展史をたどることになります。
この連載のめざすところ
この連載では、
- 1966年からのチューリング賞の歴史をたどりながら、
- 各受賞者の研究がどのような課題から生まれ、
- どのように学術分野を発展させ、
- 今日のソフトウェア開発や日常のITにどう影響しているのか
を、できるだけ平易な言葉で解説していきたいと考えています。
おわりに
「コンピューターとソフトウェアで何かをするため」ではなく、「コンピューターとソフトウェアを知るため」に学びたい人へ。howではなくwhyを求める人へ。わたしたちの日常に浸透したコンピューターとソフトウェアが、どのようにして発展してきたのかに興味のある人へ。
コンピューターサイエンスという学術分野を知る入り口になれば幸いです。
次回は、第1回チューリング賞を受賞したアラン・パーリス(Alan Perlis) の業績を取り上げます。
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