ビジネス視点で活用する時系列データ解析
1. はじめに
時系列データは、私たちの周りに溢れています。株価の変動、ECサイトの訪問者数、工場の機器センサーの測定値、売上の推移など、ビジネスにおいて時間の経過とともに収集されるデータはすべて時系列データと言えます。これらのデータを適切に分析することで、将来の予測、異常の検知、パターンの把握などが可能となり、ビジネス上の意思決定に大きく貢献します。
本記事では、時系列データの基本的な概念から前処理・特徴量エンジニアリングの手法、そして実際のビジネス活用における「異常検知」「パターン検知」「予測」という3つの観点について、統計的手法から最新のディープラーニング手法まで体系的に解説します。理論だけでなく、各手法の適用場面や具体的なユースケースも紹介するので、実務での活用にもつなげやすい内容としています。
2. 時系列データとは?
定義と特徴
時系列データとは、時間の経過に沿って記録された一連の数値や観測値のことです。その最大の特徴は、データポイント間に時間的な依存関係があるということです。今日の株価は昨日の株価と無関係ではなく、今月の売上は先月の営業活動の影響を受けているというように、各時点のデータは過去のデータと何らかの関連性を持っていることが多いのです。
一般的なデータとの違い
通常の統計分析では、データポイントが互いに独立していることを前提としていますが、時系列データには時間的依存性があるため、その前提が成り立ちません。そのため、時系列データの分析には特別な手法が必要となります。
また、時系列データは以下のような特性持ちます:
- トレンド:長期的な上昇または下降傾向
- 季節性:定期的に繰り返されるパターン
- 周期性:不規則な間隔で繰り返されるパターン
- ノイズ:ランダムな変動
時系列データの例
- ビジネス一般:日次/月次売上、顧客数、ウェブサイトトラフィック
- 経済・金融:株価、為替レート、GDPなどの経済指標
- 製造業:生産ライン上のセンサーデータ
- 医療:心電図、血圧モニタリング、感染症発生データ
- 環境:気温、降水量、大気汚染度
3. 時系列データを分解してみる
時系列データは、通常、複数の構成要素に分解することができます。この分解により、データの構造をより深く理解し、適切な分析手法を選択することが可能になります。
※オリジナル時系列データ
トレンド
※トレンドを抽出した時系列データ
長期的な変動パターン
トレンドは、データの長期的な変動傾向を表します。上昇トレンド、下降トレンド、または横ばいトレンド(株価でいうボックス相場)などがあります。例えば、人口増加やインフレによる価格上昇などがトレンドの例です。
トレンド抽出方法
- 移動平均法:データの短期的な変動を平滑化し、長期的なトレンドを抽出する手法
- 回帰分析:時間を独立変数として、データに直線や曲線を当てはめる手法
- ローパスフィルタ:高周波成分(短期的な変動)を除去し、低周波成分(長期的な変動)を抽出する手法
季節性
※季節性を抽出した時系列データ
周期的なパターン
季節性は、一定の時間間隔で繰り返される周期的なパターンを指します。例えば、小売業における年末の売上増加、夏季の電力消費量の増加などが季節性の例です。
季節性の特定方法
- 自己相関分析:データが過去の自分自身とどれだけ相関しているかを分析する手法
- スペクトル分析:フーリエ変換などを用いて、データの周期性を周波数領域で分析する手法
- 季節分解:加法モデルや乗法モデルを用いて、データからトレンド、季節性、残差を分離する手法
残差
※残差を抽出した時系列データ
ノイズと異常値
残差は、トレンドと季節性を除去した後に残る変動成分です。通常はランダムノイズと考えられますが、異常値や特殊なイベントの影響も含まれています。
残差分析の意義
残差分析は、モデルの妥当性の検証や異常検知に重要です。理想的には、残差はランダムで、パターンを示さないはずです。残差に明確なパターンが見られる場合、モデルが時系列の全ての特性を捉えきれていない可能性があります。
4. 時系列データの前処理と特徴量エンジニアリング
なぜ前処理と特徴量エンジニアリングが必要か
- 生データの課題:時系列の生データには、ノイズ・欠損値・不整合などの要素が基本的に含まれており、そのままでは分析が困難です。
- モデル性能向上への直接的影響:適切な前処理と特徴量エンジニアリングは、モデルの予測精度を大幅に向上させることができます。
- 時系列特有の情報抽出の必要性:時間的依存性やパターンなど、時系列データ特有の情報を抽出するための特徴量抽出処理が必要です。
- 前処理なしで発生する典型的な問題例:前処理を怠ると、ノイズに過剰に反応したり、季節性を見逃したり、偽相関を検出するなどの問題が発生します。
欠損値処理
時系列データでは、センサーの故障、通信エラーなどにより欠損値が発生することがあります。これらの欠損値を適切に処理することが重要です。
- 時系列特有の補間方法:線形補間、スプライン補間、季節性を考慮した補間など
- 前方/後方埋め:直前/直後の値で欠損値を埋める方法
- 使用場面:センサーデータの一時的な欠測、通信途絶によるデータ損失
↓以下は、欠損データ(0に落ちているデータ) と線形補完したデータの比較です。
ノイズ除去
時系列データは、測定誤差などによるノイズを含むことが多いため、分析前にノイズを除去することが重要です。
- 移動平均法:単純移動平均、指数移動平均、加重移動平均など
- ローパスフィルタ:バターワースフィルタ、チェビシェフフィルタなど
- 使用場面:高頻度の測定データ、センサーノイズの多い産業データ
↓以下は、ノイズデータと28日の移動平均でノイズ除去したデータの比較です。
欠損値処理
時系列データは、分析目的や計算効率に応じて、サンプリング頻度を変更する必要があることがあります。
- ダウンサンプリング:高頻度データを低頻度に変換(例:分単位から時間単位へ)
- アップサンプリング:低頻度データを高頻度に変換(例:日次から時間単位へ)
- 使用場面:異なる頻度で収集されたデータの統合、計算効率化
↓以下は、10分データと1時間にダウンサンプリングしたデータの比較です。
時系列特有の特徴量
時系列データから有用な情報を抽出するためには、時間的依存性を考慮した特徴量を作成することが重要です。
-
ラグ特徴量:過去の値を特徴量として利用
- 使用場面:過去の値を使った予測、自己相関のあるデータ
-
時間的特徴:曜日、月、季節などの時間情報を特徴量として利用
- 使用場面:週次/月次/季節パターンのあるビジネスデータ
-
移動統計量:移動平均、移動標準偏差、移動最大値/最小値など
- 使用場面:トレンド把握、変動性分析
前処理・特徴量エンジニアリングの実践的ワークフロー
- データ探索:データの基本統計量の確認、可視化による特性の把握
- データクリーニング:欠損値処理、外れ値処理、ノイズ除去
- 特徴量作成:ラグ特徴量、時間的特徴、移動統計量などの作成
- 特徴量選択:相関分析や重要度分析による特徴量の選択
- タスク別の前処理:異常検知、パターン検知、予測など、目的に応じた特殊な前処理
5. ビジネスにおける3つの観点と手法
時系列データ解析は、ビジネスにおいて主に「異常検知」「パターン検知」「予測」という3つの観点で活用されます。それぞれの観点について、統計的手法、機械学習手法、ディープラーニング手法に分けて解説します。
1. 予測
予測の概念と目的
予測は、過去のデータを基に将来の値を推定するプロセスです。これにより、需要予測、価格予測、リソース計画などが可能になります。
統計的手法
- 移動平均法:過去の値の平均を用いて将来を予測
-
指数平滑法:過去の値に対して指数関数的に減衰する重みを付けて予測
- 単純指数平滑法:トレンドや季節性のないデータに適用
- ホルト法:トレンドを考慮
- ホルト・ウィンターズ法:トレンドと季節性を考慮
- ARIMA/SARIMA:自己回帰和分移動平均モデル(季節性を考慮したモデルを含む)
ユースケース例:短期売上予測、季節性のある需要予測
発展した手法
- VAR/VECM:ベクトル自己回帰/ベクトル誤差修正モデル
ユースケース例:マクロ経済指標の相互関係分析と予測、複数資産の価格予測、需要と供給の相互依存関係のモデリング
機械学習手法
- 回帰木:データを分割し、各領域で予測値を算出
- Random Forest:複数の回帰木の予測を組み合わせて精度を向上
- Gradient Boosting:残差を逐次的に学習して予測精度を向上
ユースケース例:複数要因を考慮した価格予測、エネルギー消費量予測
ディープラーニング手法
- RNN/LSTM/GRU:時間的依存性を考慮したニューラルネットワーク
- Transformer:自己注意機構を用いた高度なシーケンスモデル
- Prophet:トレンド、季節性、休日効果を考慮した予測モデル
ユースケース例:長期的な株価予測、複雑な時系列パターンを持つウェブトラフィック予測
2. 異常検知
異常検知の概念と目的
異常検知は、通常のパターンから外れた観測値や一連の観測値を識別するプロセスです。これにより、機器の故障、不正行為、システム障害などの早期発見が可能になります。
統計的手法
- 3シグマ法:データの平均から標準偏差の3倍を超える値を異常と判定
- ARIMA残差分析:ARIMAモデルの予測誤差が大きい値を異常と判定
- 移動平均バンド:移動平均からの逸脱度に基づいて異常を判定
ユースケース例:製造ラインのセンサー異常、不正検知、システム障害検知
機械学習手法
- Isolation Forest:データを分割する過程で、分離しやすいデータを異常と判定
- One-Class SVM:正常データの境界を学習し、その外側を異常と判定
- LOF(Local Outlier Factor):局所的な密度に基づいて異常を判定
ユースケース例:クレジットカード不正利用検知、ネットワーク侵入検知
ディープラーニング手法
- Autoencoder:データの圧縮と復元を行い、復元誤差が大きいものを異常と判定
- LSTM-Autoencoder:時間的依存性を考慮した自己符号化器
ユースケース例:複雑なパターンを持つIoTデータの異常検知、画像シーケンスの異常
3. パターン検知
パターン検知の概念と目的
パターン検知は、時系列データ内の繰り返されるパターンや特徴的な構造を識別するプロセスです。これにより、消費者行動の理解、市場動向の把握、設備の状態監視などが可能になります。
統計的手法
- 自己相関分析:データが過去の自分自身とどれだけ相関しているかを分析
- 周波数解析:フーリエ変換やウェーブレット変換を用いて、データの周期性を分析
- 変化点検知アルゴリズム:データの分布や特性が変化する点を検出
ユースケース例:経済指標の構造変化検出、気象データの周期性分析
機械学習手法
- クラスタリング:K-meansやDBSCANなどを用いて、類似したパターンをグループ化
- モチーフ発見:時系列データ内の繰り返されるサブシーケンスを発見
- シーケンスマイニング:時系列データ内の頻出パターンを抽出
ユースケース例:顧客行動パターン抽出、設備稼働パターン分類
ディープラーニング手法
- CNN(畳み込みニューラルネットワーク):局所的な特徴を抽出し、パターンを識別
- 自己注意機構(Self-attention):シーケンス内の重要な関係性に注目
ユースケース例:生体信号からの健康状態パターン認識、複雑な市場動向の把握
6. 統計的手法/機械学習手法/ディープラーニング手法について補足
各アプローチの基本原理
- 統計的手法:数学的なモデルに基づき、データの基本的な特性(平均、分散、自己相関など)を利用して分析・予測
- 機械学習手法:データから特徴を学習し、パターンを認識することで予測や分類を行う
- ディープラーニング手法:多層のニューラルネットワークを用いて、非線形で複雑な関係性を学習
長所と短所の比較
アプローチ | 長所 | 短所 |
---|---|---|
統計的手法 | • 解釈性が高い • 少ないデータでも適用可能 • 計算コストが低い |
• 複雑な非線形関係を捉えにくい • 特徴量選択に専門知識が必要 • 大量のデータを扱うのに不向き |
機械学習手法 | • 中程度の複雑さの問題に効果的 • 統計的手法より柔軟 • 特徴間の相互作用を捉えられる |
• 統計的手法より解釈性が低い • ハイパーパラメータ調整が必要 • 大量のデータを扱うのに不向き |
ディープラーニング手法 | • 複雑な非線形関係を捉えられる • 特徴量エンジニアリングを自動化 • 大量のデータから学習可能 |
• 解釈性が低い • 大量のデータが必要 • 計算コストが高い • 学習に時間がかかる |
適した問題の種類
- 統計的手法:明確なパターンがある単純な時系列、少ないデータ量、解釈性が重要な場合
- 機械学習手法:多変量の問題、非線形関係がある問題、中程度の複雑さの問題
- ディープラーニング手法:複雑な非線形関係がある問題、大量のデータがある場合、高次元データ
実装の複雑さとリソース要件
- 統計的手法:実装が比較的簡単で、少ないコンピュータリソースで実行可能
- 機械学習手法:中程度の実装の複雑さで、統計的手法より多くのリソースが必要
- ディープラーニング手法:実装が複雑で、訓練に時間とリソース(GPU など)が必要
7. まとめ
各手法の使い分け
データ量と品質による選択
- 少量・高品質:統計的手法が適している
- 中量・中品質:機械学習手法が適している
- 大量・低〜高品質:ディープラーニング手法が適している
問題の複雑さによる選択
- 単純な問題:統計的手法が効率的
- 中程度の複雑さ:機械学習手法が適している
- 非常に複雑な問題:ディープラーニング手法が有効
リソース制約と実装難易度による選択
- リソース制約が厳しい:統計的手法を選択
- 中程度のリソース:機械学習手法を検討
- 十分なリソースがある:ディープラーニング手法も選択肢に
単変量と多変量時系列分析の違いとアプローチ選択
-
単変量時系列:一つの変数の時間的変化を分析
- 統計的手法が効果的なことが多い
-
多変量時系列:複数の変数の時間的変化とその相互関係を分析
- 機械学習やディープラーニング手法が有効
前処理・特徴量エンジニアリングの重要性
時系列データ解析において、適切な前処理と特徴量エンジニアリングは、モデルの性能を大きく左右します。特に、欠損値処理・ノイズ除去・特徴量作成などは、分析の成否を決める重要な要素です。
時系列データ解析プロセスの全体像
- 問題定義:解決したい問題を明確にする
- データ収集:必要なデータを収集する
- データ前処理:欠損値処理、ノイズ除去などを行う
- 特徴量エンジニアリング:時系列特有の特徴量を作成する
- モデル選択:問題に適したモデルを選択する
- モデル訓練:選択したモデルを訓練する
- モデル評価:訓練したモデルの性能を評価する
- モデル適用:評価したモデルを実際の問題に適用する
各観点(異常検知/パターン検知/予測)間の関連性
これらの3つの観点は、相互に関連しています。例えば、予測モデルの誤差を利用して異常を検知することができますし、パターン検知の結果を予測モデルの入力として利用することもできます。また、異常検知の結果をパターン検知に活用することで、異常の種類を分類することも可能です。
時系列データ解析の今後の展望
時系列データ解析は、IoTデバイスの普及、ビッグデータの拡大、計算能力の向上などにより、今後ますます重要性を増していくでしょう。特に、以下の領域での発展が期待されます:
- 異常検知の高精度化:自己学習型のモデルによる異常検知の高度化
- パターン検知の自動化:複雑なパターンの自動発見と分類
- 予測の長期化と精度向上:長期予測の精度向上とリアルタイム予測の実現
- 解釈可能なディープラーニング:ディープラーニングモデルの解釈性の向上
- 転移学習の活用:異なるドメイン間での知識の転移
時系列データの適切な分析は、ビジネスにおける意思決定の質を大きく向上させる可能性を秘めています。本記事で紹介した手法や考え方を参考に、ぜひ実践してみてください。
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