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キュビズムへの誘い — プロンプトエンジニアリングより大事な思考の抽象化

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キュビスム(仏: Cubisme、英: Cubism、立体派)

キュビズムは、20世紀初頭にフランスで生まれた革新的な美術潮流です。1907年頃、パブロ・ピカソとジョルジュ・ブラックによる共同的な探究を起点に、従来の絵画表現を根本から変革しました。

その特徴は、単一視点の否定、形態の幾何学化、そして平面性の強調にあります。対象を写実的に再現するのではなく、分解し、多視点から再構築することで新しい現実を提示しました。

「見るとは何か」という根源的な問いを芸術に持ち込んだキュビズムの思想は、絵画の枠を越え、建築や彫刻、デザインへと広がり、さらには現代におけるAIとの対話やプロンプト設計にも示唆を与えています。

本稿では、この「抽象化」というキュビズム的な思考を手がかりに、Generative AIとのやりとりを考えます。特に、プロンプト設計において境界や普遍語をどう扱うかという視点から、人間の自然な思考とAIの処理を橋渡しする方法を探ります。


思考を抽象化するプロセス

キュビズムの核心は「対象を分解し、抽象化して再構成する」ことにあります。これは人間の思考のあり方と驚くほど似ています。

抽象化の段階を整理すると、次のようになります。

  1. ピカソの絵のような見た目
    3 次元の対象が平面的に、バラバラに崩れ始め、特徴だけが強調される。最初の抽象化段階。
  2. バラバラの形
    体が完全に分解され、断片的な情報の集合になる。詳細が切り離される段階。
  3. 2D の線画
    輪郭だけのシンプルな線画となり、本質的な特徴だけが残る。余分が削ぎ落とされた状態。
  4. 単なる色と形
    最終的に色と形の要素へ還元され、概念のコアそのものになる。

これは、人間の思考が複雑なディテールを削ぎ落とし、効率的に本質へ到達する過程を象徴しています。


抽象化と斜め読み

文章を読むとき、私たちは逐一すべてを読むわけではなく、太字・リスト・段落構造といった「視覚的デリミタ」に頼ります。
これが「斜め読み(Skimming、スキミング)」です。

  • 新聞の見出しや小見出しだけを追う
  • ビジネス書の箇条書きを中心に読む
  • 論文の図表だけで概要を把握する

これらはすべて、余分を削ぎ落とし本質を取り出す「抽象化の近道」です。

プロンプト設計との対応

AIへのプロンプトも同じです。

  • <task>### のような明示的区切り
  • 【条件】や【出力形式】といったラベル
  • 比率や数値による重点付け(例:Power ≈50%, Focus ≈30%)

人間が見出しやリストで効率的に意味を抽出するのと同じように、AIも区切りや強調を手がかりに構造を把握します。

つまり「斜め読み」と「プロンプト設計」は、ともに情報の抽象化を支える技法なのです。


コンテキストを整理する — 文脈と context の違い

ここで重要なのが「コンテキスト」の整理です。

日常語としての「コンテキスト(文脈)」

  • 会話や文章の前後関係
  • 社会的・文化的背景
  • 空気を読むことも含まれる

LLM技術用語としての「コンテキスト(context)」

  • モデルに渡される入力テキストのまとまり
  • プロンプト + 追加指示 + 過去履歴を含む入力範囲
  • いわゆる「context window」、「コンテキストエンジニアリング」

混同を避けるために、

  • 一般語は コンテキスト(文脈)
  • LLM用語は コンテキスト(context)
    と表記することが有効かもしれません。

コンテキスト設計における境界線

長いプロンプトは「コードのように」書くのが基本です。AIにとっては、デリミタが意味の整理装置になります。

典型的なデリミタの例

  • XMLやJSON形式<task>...</task>, {"role": "...", "content": "..."}
  • Markdown記号###, ---, *
  • 日本語ラベル
【役割】コピーライター
【目的】キャッチコピー作成
【条件】...
【出力形式】...

形式は自由です

大切なのはプロンプトの意図がAIに「伝わること」にあります。
「以上」「ここまで」「次に」といった自然言語的なデリミタも、十分に有効です。これらは技術的制約を緩和し、柔軟に境界を示す方法です。

また、将来的には音声プロンプトなどキーボードを必要としないシーンも考えられます。定型に頼るよりも、状況に応じた最適な伝達手段としてデリミタを工夫することが重要になります。

<theme>
...
</theme>
テーマは以下、
...
テーマはここまで。

ポイント

  • 一貫性:同じ形式を繰り返し使うことで安定する
  • 明確性:人間が読んでも分かる構造にする

この「境界の設計」が、AIに文脈を正しく渡すための第一歩です。


普遍語によるプロンプトのアンカー

もう一つの方法は、普遍語と相対的な重みを使うことです。

例:

  • 「推論スタイルは Power(≈30%) を基軸にしてください」
  • 「ブレインストーミングでは Open(≈20%)、Grow(≈50%) を重視してください」

ここでの数値は厳密さではなく、強調の度合いを示すだけです。

有効な理由

  1. 抽象への橋渡し:LLMがすでに学習済みの概念を呼び出せる
  2. 曖昧さの許容:「≈」で余白を残す、日本的な yohaku の発想
  3. モデル非依存:特定APIに依存せず、概念的に通用する

不安定な理由

  • モデルごとに解釈が異なる
  • 学習データの偏りで結果が歪む可能性

文化的価値

  • 日本的な「余白」
  • 北欧的な「明示的表現」

異なる文化的モードを同じプロンプト空間に交差させる、それが普遍語指定の魅力です。


まとめ — AIと共有する「余白」と「境界」

AIは人間のように「空気」を読むことはできません。
しかし、デリミタによる境界設計普遍語による方向付けを組み合わせることで、擬似的に余白を作り出すことが可能です。

抽象化・デリミタ・普遍語。
この三本柱が、プロンプトエンジニアリングを超えて、AIとの共創を豊かにする思考法となります。


次回予告 — MTPフレームワーク

次回は、この普遍語の手法を発展させた MTP(Mapping the Prompt) を紹介します。
MTPは20個の普遍語ノードから構成され、A面とB面の二層を持ちます。

  • A面:Start、Open、Power、Return、Grow、Helix、Focus、Enter、Flow、Close
  • B面:Still、Void、Surge、Wither、Collapse、Haze、Drift、Abyss、Fade、End

今回の記事で扱った「普遍語」の考え方が、次回ではより体系化され、意図を座標空間として共有する新しいアプローチへと展開されます。

Mapping the Prompt(MTP)の A/B 面の 20 ノード
MTP の A/B 面 の 20 ノード (普遍語)

Discussion

Kohen (廣円, /ˈkoʊ.ən/)Kohen (廣円, /ˈkoʊ.ən/)

ユーザー辞書Tips(Tag Life)

ちょっとした工夫ですが、私の「ユーザー辞書設定」(Appleデバイス)の紹介です。
以下をショートカットに登録すると便利です。

  • 単語: <tag></tag>
  • よみ: または たぐ

この <tag> を使えば、AIに特定の概念を囲って伝えやすくなり、回答の精度が上がります。

利用例(実務向け)

<目的>新サービスのプロモーション施策</目的>
<内容>20〜30代向けSNS広告キャンペーン</内容>
<背景>ブランド認知度が低く、競合が強い市場</背景>
<課題>限られた予算で効果を最大化する必要がある</課題>
解決策を 広告戦略、ターゲティング、コピーライティング として提案できますか?

境界線デリミタ を日常的に入力しやすくする小さな工夫ですが、プロンプト設計に大きく効きます。


応用例(創造と遊びの “THUG LIFE”)

<rapper>2Pac</rapper> が提唱した <street's philosophy>THUG LIFE(The Hate U Give Little Infants F***s Everybody)</street's philosophy> 、アクロニム(acronym, 頭文字)を例にした実験です。

<THUG LIFE>The Hate U Give Little Infants Fucks Everybody</THUG LIFE>
<和訳>幼い子供たちに与える憎しみが、やがてすべての人に返ってくる</和訳>
<2Pac song>Changes</2Pac song> の歌詞を和訳してください。
<Keep Ya Head Up>And even as a crack fiend, mama, you always was a black queen, mama.</Keep Ya Head Up> を解説してください。