🔮

AI と研究 — 革新的な論文や記事を作成する前に

に公開

はじめに

革新的な研究は、多くの場合「最初に理解されにくい」という運命をたどります。既存の常識を揺るがす発想は、拒絶や疑念を招きながらも、時間を経て評価され、やがて大きな影響を及ぼします。
近年、この「驚き」を定量化する指標として、言語モデルの**パープレキシティ(perplexity)**が注目されています。数値が高いほど予想外の内容を示し、研究の新規性を示唆する手がかりとなります。


パープレキシティとは何か

パープレキシティは、言語モデルが次の語をどれだけ予測しにくいかを示す指標です。
直感的に言えば、「ありふれた文」では値は低く、「意外な文」では値が高くなります。

  • 例:「太陽は東から昇る」 → 予測通りで低パープレキシティ。
  • 例:「重力波は新しい通信インフラになるかもしれない」 → モデルの予測を裏切り、高パープレキシティ。

なぞなぞに答えるように、「誰もが予想した展開」なら簡単で低く、「予想外の展開」なら難しく高くなるのです。


実証研究と歴史から見える傾向

近年の大規模分析では、意外性の高い研究にいくつかの特徴が確認されています。

  1. 査読の揺らぎ
    高パープレキシティの論文は、査読者の評価が分かれやすく、理解する人と疑う人に分かれる傾向が見られます。

  2. 掲載先の両極端
    トップジャーナルに掲載されることもあれば、下位ジャーナルに回されることもあります。

  3. 短期と長期の反転
    公表直後の引用数は伸びにくい一方、時間が経つにつれて学際的な引用が増え、長期的には大きな影響を与えることがあります。

  4. 分野による違い
    STEM 分野では「意外性」が価値化されやすいのに対し、人文学では既存規範との整合性が重視され、むしろ低パープレキシティの方が評価されやすい傾向があります。

この傾向は、科学史の事例にも通じます。
プレートテクトニクス理論は当初は笑いものにされましたが、今では地球科学の根幹です。ピロリ菌と胃潰瘍の関連も、長らく否定されたのちに医療を変えました。
現代のデータと歴史的事例は、ともに「意外性が拒絶と革新の両方を生む」という普遍的な現象を示しています。


架空の具体例

イメージしやすいように、架空の例を考えてみましょう。
生命科学の論文で、これまで無関係と思われていた「腸内細菌の振る舞い」と「脳の意思決定メカニズム」を直接結びつける研究があったとします。
この論文は、ある査読者には「発想が飛躍しすぎて非現実的」と映るかもしれません。しかし別の査読者には「新しい研究の扉を開く」と高く評価される可能性があります。
こうした評価の分裂こそが、高パープレキシティ研究の典型的な特徴です。


研究者自身への示唆

意外性の高い研究は、研究者自身の信用を揺るがすリスクも伴います。実績ある研究者であっても、証拠が不十分な段階で大胆な主張をすれば「突飛すぎる」とみなされ、短期的には不利に働くことがあります。
しかし、再現可能なデータの公開や、リスクを許容する資金機関の支援を受けることで、この不利は和らげられます。追試や再検証が積み重なれば、長期的には評価が逆転することもあります。


政策と実務への示唆

短期評価に依存する仕組みでは、革新的研究が正しく支援されにくくなります。
制度設計には、「リスクを取る余地」を確保する工夫が必要です。
パープレキシティによる意外性の測定は、見逃されやすい研究を拾い上げる補助線となり得ます。ただし、それは正しさを保証するものではなく、批判的な検討と組み合わせて用いるべきです。


おわりに — 次の革新を育むために

AI が提供するパープレキシティという指標は、研究の「驚き」を定量化する新しい道具です。意外性の高い研究は短期的には評価が割れ、研究者にリスクをもたらすこともありますが、長期的には科学を大きく動かす可能性を秘めています。
重要なのは、この二重性を理解し、短期的な評価に偏らない仕組みを構築することです。研究者・査読者・政策立案者のすべてが、この視点を持つことで、次の革新を育てる環境が整うのではないでしょうか。


本記事は以下の論文を参考にしています:
Zhen Zhang, James Evans, "Language Model Perplexity Predicts Scientific Surprise and Transformative Impact", arXiv:2509.05591

https://arxiv.org/abs/2509.05591

Discussion