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これからも、私はエンジニアとして楽しさを感じながら、働けるのか

2024/03/25に公開

はじめに

私はエンジニアになって 3年が経つことになります。それの振り返りの記事です。

軽い自己紹介になるのですが、元々プログラムが好きではありませんでした。それどころか、プログラムを書くことが苦手でした。なぜか書いていると無性に劣等感が刺激され、私の無力さを感じてしまうからです。今でも感じています。私が1週間かけてつくったものを、他のエンジニアは数時間で作ってしまうことは、多々あります。

なのに、なにが私を Webエンジニアとして動かしているのでしょうか

まずエンジニアとして働くことになったきっかけについてです。
新卒では、エンジニアではなく、受託オフショア開発会社の Web ディレクターとして働いていました。手を動かすのではなく、プロジェクト管理を主にしていました。当然、オフショア開発が主だったのですが、開発会社として最適化されており、チームが硬直しているように感じていました。変革が起きにくくなっていくことへの対策として、現地(マニラ)の開発エンジニアと越境する機会をつくっていくうちに、現地の開発エンジニアたちと肩を並べて仕事をするようになりました。

ここで、「楽しさ」を感じました。プログラミングをしているときではなく、相手が楽しいと感じるような状況をつくることが楽しいと感じました。私自身、言語や文化の壁はあまり感じませんでした。このときのエンジニアとは、たまに連絡をとっています。彼らは、私がエンジニアになることを応援してくれました。

エンジニアへの転向

キャリア戦略を立てて、長いマラソンを走っているというよりも、本能が赴くままに 20 m先の目標に向かって、走っているような感覚です。今までの、すべてがこの瞬間につながってきたが、この瞬間はどこにつながっていくのか、分からない。それでも、この瞬間が楽しい。この瞬間が楽しいから、次の瞬間も楽しいだろうと進み続けてきました。

https://twitter.com/waitbutwhy/status/1742202893564834299

「行動が思考を触発して、一つの戦略が創発される」ような進み方です。

事前決定的で目的志向に偏重した結果思考ではありませんでした。ゆるやかな方向感覚で、進みながら、ある意味での、何が出てくるか分からないドキドキ感。不明瞭な場所をワクワク感を楽しむような考え方です。(このような考え方なので、多くの方に迷惑をかけてきたなと、感じています...)

行動から戦略策定へのインスピレーションが沸いて、戦略が行動と一体化した状態は、力が漲ってきます。まわりにいる魅力的なヒトは、動機づけや楽しさを生み出す力がありました。今、働いている周囲にもそんな方々はいます。内発的に動機づけらている、日々の活動と遊び、両方に没頭しているヒトたちです。

そのヒトたちから感じたのは、やはり影響力のある「楽しさ」がありました。「楽しさ」とは挑戦と能力の伸長を伴うものだと感じています。
徹底して没頭、没入してやり切ることから生まれる充実感や成長実感です。生き甲斐とも言うのでしょうか。深い喜びともいうのでしょうか。

昔の私

新卒の頃は、私は明らかに仕事はできませんでした。 右も左も分からず、不安でした。精神も脆く、仕事に対する能力も周囲よりも著しく低かったと思っています。ですが、日を重ねるうちに、はじめてのときより、能力や精神も磨かれていきます。仕事の達成感や充足感をそこで初めて覚えました。「楽しさ」を肌で実感しました。私よりも高度な仕事に挑戦する周囲のヒトをみて、そのときよりも高度な仕事に挑戦していきました。ですが、そのときの能力ではうまくいかないので、不安や焦燥感を感じて、スランプ、壁にぶち当たっていきました。このようなエピソードを循環的に重ねるうちに、私はより独自性をもち、ありふれた型から抜け出して、より希少な価値をもつ能力の獲得に夢中になっていったのかもしれません。
周囲の影響による「借り物の信念」だったものが、次第に私の直接的な経験に基づいた信念が形成されるようになりました。

これは、私だけではなく、多くのヒトが経験することでしょう。

今の私

特定の専門技術や知識の習得をしてきました。私は周囲から初心者から熟達者、新参者から古参者だと捉えられることが多くなりました。私に対しての周囲が持つ印象の変化を感じてきました。これが熟達モデルと言われるものなのでしょうか。個人の熟達モデルです、枠内に止まる学習です。ですが、今興味をもっているのが、多種な文脈やチームの相互構成としての学習です。枠そのものを作り変える学習や学習そのものへの学習です。「楽しく」興味を持てるようになりました。

これからの私

私が魅力的だと感じたいたヒトは、問題に直面したとき、メンバーに自信を植え付け、何らかのおおまかな方向感覚でメンバーを導いていました。いま、どこにいるのか。また、どこへ行きたいのか。をもっとわかるように、メンバーには、行動によって生み出された手がかりに深い注意を払うようにしていました。

そこには、ありあわせの材料を臨機応変に流用して、決められた機能や意味を組み替えながら関係づける。秩序をつくる。順番としては直感や行動が先行しているようでした。

制約の中で、行動で示し、周囲の支持を受ける。周囲の反応から 方向性の正しさについて一定の手応えを感じ、更なる打ち手を考える。その過程で色々なインスピレーションが浮かび、実現され、内省されて、学習が進むのでしょう。するとコンセプトに結実し、戦略に自信が埋め込まれ、洗練されていきます。コンセプトが戦略策定や組織行動にさらなる意味や意義を付加し,仕事に全体観を与えるのでしょう。

これをするためには、私自身の影響力が試されているように感じています。エンジニア視点で「楽しさ」を周囲に伝えれるように、どうありたいかを問い続けなければならないように感じています。

定量的には計りづらく、言語化しづらいものですが、自覚的に変化を起こしてみたいと、この 3年間を振り返って、考えています。

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