なぜNFTブームは一瞬で過ぎ去ったか考えてみる
はじめに
NFTの問題について触れるのは遅すぎるかもしれません。
しかし、この記事において筆者が最も主張したいのは、最近バズワードになりつつある「分散型ID(DID)」「VC」「デジタルアイデンティティ」「SSI」などにおいて、教訓になることがあるということです。
(この記事において、"NFT"という表現は最も一般的なイメージに近い画像のNFTを主な例にとして記述しています。)
NFTが流行った背景を考える
NFTが流行った背景として、バズワードである「NFT」の以下のような売り文句に魅了されたのだと思います。(事実に関しては以降の課題述べています。)
- デジタルデータの「唯一性」や「所有」を主張できるという新しい概念に対する好奇心
- 中央集権(GAFA)にヘイトが溜まったことにより生まれたカウンター文化としての分散型・自己主権型のイメージの魅力(いわゆるWeb3)
- 中間事業者を挟まないクリエイターによる直接収益化可能なクリエイターエコノミー
前提: NFTの仕組み概要
NFTの課題に入る前に、前提となるNFTの仕組みについて、さらっと説明しておきます。すでにご存知の方はスキップしてください。
NFTにはERC-721に代表されるような規格があります。
1. スマートコントラクトのデプロイ
ブロックチェーン上にスマートコントラクトと呼ばれる、プログラムをデプロイします。
このスマートコントラクトでは、「トークンの発行(ミント)」や「特定のトークンの所有者情報の確認」、「トークン所有者情報の変更」などの実行が可能です。ブロックチェーン上の情報は誰でもアクセス可能なため、これらの実行は基本的には誰でも利用可能です(バリデーションにより他人の所有するNFTの所有者情報の変更などんはできません)。
2. メタデータの用意
それがどういうNFTなのか、などのNFT自体のメタデータを記載したファイルを作成します。NFTのメタデータにはそのトークンのタイトルや説明と、NFTにおけるコンテンツデータのURLデータを記載します。
以下がNFTのメタデータ例です。この例では、imageという項目に、S3に保存したJPEGファイルのURLを記載しています。
{
"title": "Asset Metadata",
"type": "object",
"properties": {
"name": {
"type": "string",
"description": "Hoge Image Token"
},
"description": {
"type": "string",
"description": "Describes the asset to which this NFT represents"
},
"image": {
"type": "string",
"description": "https://hoge-fuga.s3-accesspoint.us-east-2a.amazonaws.com/nft-image.jpeg
"
}
}
}
上記はあくまで例であり、メタデータの記述内容に関してはERCにおいては特にルールがありません。
(課題4において後述しますが、このメタデータの記述方法に技術的課題があります。)
そしてこのメタデータファイルを何らかのファイルサーバーにアップロードして保存します。
3. トークンの発行
1でブロックチェーンにデプロイしたスマートコントラクトを利用してNFTを発行します。この際に、2で作成し、ファイルサーバーにアップロードしたメタデータファイルのURLを利用します。
スマートコントラクトに「メタデータURL」と「所有者情報(アドレス)」のデータのセットを渡すことで、このデータセットがブロックチェーンに記録され、NFTの発行が完了となります。
課題1: NFTと実体のバインディング技術が未熟だった
NFTにおいてトークンに記録されているのは多くの場合、「メタデータURL」であるということに注意が必要です。
NFTにおいてトークンとの結びつきが保証されていたのは、ただのURLであったということです。
初期のNFTプラットフォームでは、NFTのメタデータとコンテンツデータは、NFT販売プラットフォームのサーバー上で管理されていました。
そのため、プラットフォームのサービス終了と同時にサーバー内のデータが消え、何のコンテンツデータとも紐づいていないNFTとなってしまうことがありました。
その対策として、分散ファイルシステムであるIPFSにメタデータとコンテンツデータをアップロードするという対策が取られるようになりました。
ここでさらに勘違いとしてよくあるのはIPFSにアップロードされたデータが消えないという保証はないということです。
確かにIPFSにアップロードされたデータは複数のノードで分割管理されるため、単一のファイルサーバーで管理するよりは安全です。しかし、データを消えないような管理をしない限り、IPFSのガベージコレクションの機能により削除されてしまいます。
そして、その「データを消えないような管理」は多くの場合プラットフォームに依存しているため、プラットフォームが管理を怠ったり、サービスを終了することで消えてしまう可能性があります。
これによりNFTは簡単に偽造が可能でした。
コンテンツ情報としてブロックチェーン上に書き込まれるのは、ただURLです。
NFTのメタデータは公開情報なため、誰でもみることができてしまいます。
つまり、他人のNFTのメタデータを確認し、そのURLをコピーしてNFTのミント(発行)を行うことで、同じメタデータを持つNFTが誰でも作れてしまいます。
物理的な製品のNFTの問題
スニーカーや衣服などの物理的な製品のNFTにおいては、QRコードやNFCタグ、チップによりNFT情報を製品に添付する方法が取られていることが多くありました。
しかし、これは製品のタグ等を剥がして別の製品に貼り付けることで簡単に別の製品とNFT情報を付け替えできてしまいます。
トークンと実体の結びつきを実現する方法に欠けていました。
課題2: コンテンツ偽造と無断ミントの頻発
NFTブームのピーク時、他人が書いたイラストなどを勝手にNFTとしてミントし、自分のものとしてしまうトラブルが頻発しました。
NFTにおいて、同じ画像のNFTが複数あったとして、どれが本来の所有者のものかを決めるガバナンスは存在しませんでした。結局所有者であるといったもの勝ちの無法地帯となってしまっていました。
クリエイターを守るためのものだったはずの技術が無関係のクリエイターを巻き込み、技術によって人を傷つける事態が横行してしまいました。
また、課題1で、同じメタデータを持つNFTを発行する方法について触れました。
もっと簡単にコピーNFTを作る方法として、スクリーンショットした他人のNFTの画像をもとにNFTを発行することが可能です。
画像などのコピーガード技術は非常に難しく、現在でも明確な解はありません。
そもそものコピーガード技術が未熟だったため、NFTでコンテンツを守ることは出ませんでした。
課題3: 所有権の証明として機能しなかった
NFTは法的に所有権として認められるガバナンスの整備がされていません。
そのため、NFTが指し示すコンテンツに対する「著作権や排他的利用権」を自動的に主張することに用いることはできません。
経産省『NFTに関する法律上の論点整理』(2022年)より:
「NFT自体に含まれる情報は、著作権や知的財産権とは分離されており、NFTの移転により当然に著作権が移転するわけではない。」
私の知る限り、またChatGPTに聞く限り、日本において裁判所がNFTに「所有権(民法上の物権)」を認めた判例は存在しません
また、これはアメリカや欧州でも同様で、NFTを「所有権のあるモノ」と断言した判例はまだ存在していません。
この点に関して、NFTの技術が未だ未熟であり、信頼に欠けるという点で慎重にならざるを得ないからだと察します。
NFTの技術が発展することで将来的に改善される余地は十分にあると思います。
課題4: スケーラビリティと手数料の問題
ブロックチェーン関連のソフトウェアはエンジニアコミュニティの努力により進化し続けています。
しかし、ブロックチェーンを扱うのは決して容易ではありません。
ブロックチェーンネットワークの異常により正しい記録がなされなかったり、そもそものセキュリティ面で安全なものと言い切れるものでは決してありません。
また、ブロックチェーンを扱う上で、面倒なのがブロックチェーンに記録を行う際に発生する手数料です。
NFTの発行には高額な手数料が発生し、またそのためにわざわざ暗号資産を入手する必要があります。
そもそも、NFTはブロックチェーンを用いることでどんなメリットがあったのかを考える必要があります。
ブロックチェーンはタイムスタンプシステムのようなものです。
過去のあるタイミングでの記録がブロックチェーンに記載されていることで、否認防止が可能です。
ただ、デジタル署名技術だけでも否認防止にはなり得ます。
わざわざ高い手数料を払ってブロックチェーンに書き込む必要はあるのでしょうか?
(この点に関しては各システムにおいて何を守りたいか次第なので一概に正しいとは言えません)
課題5: 標準化・相互運用性の欠如
次の課題はNFTのメタデータの記述方法に関して標準がなく、相互運用性が欠如してしまったことです。
私がブロックチェーンエンジニアとして活動していた2020年ごろ、「Oct-Pass metadata format」と呼ばれるNFTのメタデータ仕様を共通化しようとする民間の取り組みが少し話題になりました。
当時はNFTのブームが来る前であり、共通化の取り組みが進んでいれば、現在のNFTは変わっていたかもしれません。しかしながら、多くのNFTプラットフォームはそれぞれが自社の仕様・利益を優先し、相互運用性を軽視して独自路線を突っ走りました。
そして今、NFTは残念なことに完全にプラットフォームに閉じた形になりつつあります。
例えば2025年にリリースが出たメルカリNFTではメルカリNFTプラットフォームないでしか取引できず、外部のプラットフォームで扱うことはできません。
結果として、当初のNFTの魅力として期待されていた「自己所有」や「分散型」といった魅力すら削がれた、ただの投機対象のデジタルアセットとなってしまいました。
課題6: プラットフォームへの依存と新たな中間事業者の誕生
NFTのブームとともにさまざまなサービスが流行りました。
その過程で、結局新たな中間事業者が生まれてしまったという課題があります。
NFT取引の最大のプラットフォームであるOpenSeaはNFTの販売価格の一部(2.5%)を手数料として徴収しています。
NFTの売り文句のような「中間事業者を挟まないモノの売買」は結果として事実ではなくなってしまいました。
また、プラットフォームへの依存の例として、Lazy Minting(レイジー・ミンティング)があります。
これはNFTのメタデータだけを先に作成し、実際のブロックチェーン上でのNFT発行(ミント)を後回し、実際に購入された際にブロックチェーン上でトークンを発行するという手法です。
これは課題3で述べた手数料削減のための手法としては有効です。しかし、プラットフォームに依存することを意味しています。
まとめ: DID,VCにおいてNFTの衰退から学べること
これまで指摘したNFTの問題点はNFTがバズワード化して流行る前から多くの技術者が指摘していたことでした。
NFTはこれらの問題の根本を解決することができないまま、期待を寄せていた人達(主に多くの投資家)が実態との乖離に気づいた結果、早々に失望し撤退していったことで一瞬のブームになってしまいました。
DIDやVCもたかがいち技術です。(技術というより標準ですが)
DIDの問題点については以前に記事にしました。
なぜ分散型ID(Decentralized Identifiers, DID)を使う必要はないのか
DIDやVCがNFTの二の前にならないように、技術の根本的な課題に向き合いそれらを解決する研究的アプローチを続けること、過度な期待に煽られず技術でできないことはできないと理解した上で適切な技術選定をすることが重要です。
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