新ADPLAで何が変わったのか:生成AIと欧州法対応が大きな焦点に
2025年10月にAppleが更新した「Apple Developer Program License Agreement(ADPLA)」は、形式上は従来と同じ約100ページ規模ながら、その実態は生成AIと国際法対応を軸に再設計された“新時代の契約”となっています。今回の改訂は、Appleが自社の開発者エコシステムを「倫理・安全・透明性」という3つの柱で再定義する動きと見ることができます。
まず最も注目されるのが、新設された「Foundation Models Framework」条項です。これはAppleが独自に提供する生成AI基盤「Apple Intelligence」を利用する際の正式なルールを定めたもので、開発者には「Foundation Models Framework Acceptable Use Requirements」への準拠が義務づけられました。また、モデルを改変する際に使用される「Adapter」の互換性維持も求められており、出力の倫理性や安全性に関して開発者が一定の責任を負う構造になっています。これにより、AI出力の誤用や差別的表現、虚偽情報などを防止するための制度的枠組みが明確化されました。2024年版には存在しなかった項目であり、Appleが生成AIを「公共性を伴う技術」として扱い始めたことを象徴しています。
次に、欧州連合(EU)法への本格対応も大きな変更点です。新ADPLAでは、「Applicable European Laws」や「European Relationship Claims」といった新しい定義を導入し、Digital Services Act(DSA)、Platform-to-Business(P2B)規則、EU Data Actへの準拠を明示しました。特にEU Data Actに基づき、CloudKitやXcode Cloudなどのデータ処理についてGDPR第28条に対応する補足条項が追加されています。さらに、アプリ削除やアカウント停止時に利用できる不服申し立て手続きのURLや、アイルランドを紛争時の管轄地とする条項も明記され、透明性と法的明確性が大幅に向上しました。
API群の拡張も今回の特徴です。「EnergyKit」「Critical Messaging API」「Sensitive Content Analysis Framework」などが新たに追加され、Appleが安全性・公共性・環境配慮をAPIレベルで管理する姿勢を強化しています。特にEnergyKitはEVやスマート家電の省電力制御に焦点を当て、商用利用の範囲を厳格に限定しています。これらのAPIは、Appleが従来のHealthKitやHomeKitの枠を超え、社会インフラとの連携を視野に入れていることを示しています。
また、MapKit、WeatherKit、Apple Payといった既存のサービス連携APIも利用条件が厳格化されました。WeatherKitでは「原データの再配布禁止」が明記され、データを二次利用する場合には不可逆変換を施した「Value-Added Product」としてのみ利用可能となりました。さらに、Tap to Pay APIはAppleの事前承認を必須とし、商用決済分野での安全性を一層高めています。
最後に、App Store運営の透明性を高める条項も重要です。附属書Dには「App Storeの発見性と苦情対応の透明性」が新設され、検索順位決定要因(タイトル、レビュー品質、デザインなど)が初めて文書化されました。加えて、欧州仲裁機関(CEDR)を指定した苦情受付窓口が設けられ、長年“ブラックボックス”と批判されてきたアルゴリズムの一部が可視化されました。これはEUのP2B規則に基づくものであり、今後は他地域にも波及する可能性があります。
まとめると、2025年版ADPLAは、「生成AI」と「国際法規制」という二つの潮流を踏まえ、Appleが自社エコシステムを制度的に強化した文書です。開発者にとっては、法令遵守と倫理的配慮の負担が増す一方で、透明性と信頼性が向上することで長期的な競争優位を得られる可能性もあります。Appleが示す新しい方向性は、技術よりも制度と責任の整備を重視する“ポストAI時代”の象徴と言えるでしょう。
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