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社会人博士課程コワクナイヨ

2023/07/22に公開

概要

  • 社会人博士課程についての振り返り
  • 博士号取得の動機は、研究者としての地位を確固としたものにするため
  • 出身大学への進学など、博士号取得をスムーズにする要素があった
  • 仕事との両立は挑戦的だったが、独身であることや残業が少ない環境が研究時間を作り出すのを助けた
  • 博士号取得の利点は限られるが、それにもかかわらず取得して良かったと感じる側面も存在する

はじめに

博士(工学)の学位を取得してから約1年半が経過しました。修士課程を修了した後、すぐに進学するのではなく、一度社会に出てから社会人博士後期課程へ進む道を選びました。仕事と学業を並行してこなしながら、3年間で学位を取得することができました。社会人博士課程というと、厳しい道のりを想像する方も多いかもしれません。それは確かに事実で、多くの挑戦が待ち受けていました。しかし、それにもかかわらず、特別に高い技能や知識を持っていたわけではない私が、予定通りに卒業することができました。

今回は、社会人博士課程が困難な道のりである一方で、それほど恐ろしいものではないという視点からお話をさせていただきます。旧帝大などで博士号を取得した方々の厳しい取り組みには敬意を表しますが、私のように厳格な取り組みが必要でない大学で博士号を取得する方々が存在することを知っていただきたいと思います。私自身も社会人博士後期課程への進学を決める前に、多くのブログを参考にしました。この記事が、博士号を目指す可能性を感じる人々にとってきっかけとなることを心から願っています。

博士号を取得しようと思った理由

研究職について給料を得ているのに、なぜさらに時間とお金を投じて研究を続けるのでしょうか。その答えは、博士号取得の価値に尽きます。社会人博士課程は、新たな学問の探求だけでなく、自身のキャリアをさらに高めるための重要なステップです。

研究職についたので博士号を取得しようと考えた

新卒で研究職に就いた私は、指導教授がOBという縁もあり、修士を終えた段階で社会人博士課程で学位を取得する道を考えていました。研究職ならアカデミックなキャリアを意識し、博士号を取得するのがふさわしいと考えていました。

なぜ修士を終えてすぐに博士課程に進まなかったのか

直接博士課程に進む方々から見れば、私の選択は理解しにくいかもしれません。しかし、当時は博士課程への進学が就職に影響を及ぼすとの話を耳にすることが多く、また、博士課程で挫折するケースも聞いていました。社会人博士課程なら、生活面の不安も軽減できると考え、リスクを避けるためにこの道を選びました。

研究所での体験と博士課程取得の意義

私が配属された研究所では、応用研究や開発が中心で、純粋な研究者は少数派でした。キャリアパスとしても、研究よりも開発やマネジメントを目指す人が多く、博士号を持つ者は稀有な存在でした。しかし、研究職についた以上、私は研究を行いたいと思っていました。そのため、博士号を取得して、研究者としての地位を確立することを目指しました。これは、大学教員や他のキャリアへの道を開くためでもありました。そういう意味で、社会人博士課程への進学は、明確な意志表示であり、キャリア形成の必須な選択でした。

業務上も博士号が活きる状況だった

当時、私は海外の研究者との協業も多く、特に欧米では博士号を持つことの価値が高く評価されていることを実感していました。そのため、業務の中で博士号が役立つと確信し、その取得を決意しました。

想定より楽できた要因

社会人博士課程の辛さを物語る記事が多数ありますが、以下の条件に恵まれ楽に取得できた部分が大きかったと思います。

修士課程修了した大学(研究室)を選ぶことの恩恵

私は修士号を取得した大学で博士後期課程に進学しました。出身大学への進学にはいくつかメリットがありました。

  • 同じ大学からの博士課程進学者は、筆記試験が免除され、口頭試問のみを受けました。これにより、試験勉強の時間を省き、研究テーマに集中することができました。私の研究テーマは、以前から研究室で継続していたもので、教授陣も研究の進行状況を理解していました。この事実は、口頭試問の説明が容易になった要因の一つです。
  • 博士課程以前の研究成果が博士号取得の要件に含めることができました。これにより、博士号取得に必要な業績要件が緩和され、その分、研究に集中することができました。結果的には年限短縮の要件を満たすことはできませんでしたが、最終年度はほぼ論文執筆に時間を割くことができました。
  • 出身大学の教授陣に博士課程進学の意向を早期に伝えていたことで、研究テーマの具体化や論文執筆計画の立案に役立ちました。准教授にも事前相談し、研究テーマや研究室の進行状況の確認や研究分担などの調整が可能でした。これにより、在学期間は理論検証と論文執筆に集中できました。
  • 学部時代から修士課程、博士課程と研究テーマを一貫して追求し、指導教員が変わらなかったことで、研究の進行がスムーズでした。教授陣は既に私の研究内容を理解しており、卒論と修論の研究と博士課程での研究をまとめて博士論文を執筆することができました。
  • 研究テーマは主に計算理論に関わるもので、物理的な実証実験が不要でした。これは、通常、時間と場所を必要とする実験を省くことができ、研究の進行を大いに助けました。

大学の制度やカリキュラムがもたらす恩恵

大学によって博士後期課程の奨励制度やカリキュラムは異なりますが、私の大学でも有益な制度がいくつかありました。

  • 私の進学していた大学は私立大学ではなかったため、学費が比較的低く、さらに研究奨励金が提供されていました。これにより、学費の実質的な負担は想定より軽減されました。
  • コロナの流行により、講義や研究の打ち合わせがリモートで行われるようになりました。私の住んでいる東京から西日本にある大学までの通学が不要となったことは大きな利点でした。
  • 実際に通学する必要性がほとんどなかったのは、博士後期課程のカリキュラムが研究に集中できるように設計されていたからです。結果として、通学のために仕事の休暇を取る必要があったのは数回だけでした。

プライベートや仕事とのバランスを取ることの容易さ

社会人博士課程は基本的にプライベート時間を利用して行います。私は比較的時間を割けた方だと思います。

  • 独身で一人暮らしであったことで、時間とお金を自由に使うことができました。私の職場には既婚者も博士課程に進学していましたが、家族の理解、家事、子育てなどの両立に悩む声を耳にしました。私自身、時間と資金を自由に使えたことは大きなメリットでした。
  • 職場環境も負担が少なく、毎月80時間の残業というような過酷な状況ではなく、残業は月20時間程度でした。これは、退勤後に研究を進める気力を維持する上で重要でした。
  • また、共同研究契約を結ぶことで、業務時間の一部を研究に割くことも可能です。これは特に研究職の方々にとって有益な方法です。私の場合は、この方法を選びませんでしたが、それにより逆に博士課程進学中に転職が可能というメリットもありました。

社会人博士課程の困難さ

社会人博士課程の挑戦はそれほど恐ろしいものではないという点をお伝えしましたが、それでも避けられなかった苦難がありました。その経験を共有し、挑戦を考えている方々の参考になればと思います。

  • 時間の制約は避けられない課題でした。限られた時間をどう使うかが大きな問題で、時間短縮や時間の確保には限界がありました。締切り間際には、睡眠時間を犠牲にするしかない状況も生じ、そのストレスは大きなものでした。
  • 博士課程の研究は業務の一部として行えるものではなかったため、退勤後や休日を使って進めることが求められました。このため、私のプライベートの時間は3年間ほぼ消滅しました。博士課程を終えた後、博士進学前にプライベート時間で何をしていたのかさえ思い出せなくなるほどでした。ただ、私自身がインドア派だったため、苦痛は少ない方だったと思います。
  • 常に頭の片隅に博士研究の進捗を意識しなければならない状況はストレスでした。休日でも真の休息が取れず、研究に没頭していない時間は自己責任感からくる焦りがつきまといました。特に研究の進行が遅れると、その焦りはさらに増していきました。
  • 博士論文の査読プロセスも困難でした。修士のときよりも手厳しく、学会への投稿時も査読結果のリジェクトや厳しい条件付き再録時の査読コメントは、時に心が折れそうになるほどでした。

これらの困難を経験した上で、それでも博士課程を終えることができたのは、前述の楽できた要因や周囲の支えがあったからこそです。挑戦する皆様も、困難を乗り越えて目標を達成することを心から願っています。

博士号取得のメリットと考えられる点について

博士号を取得する動機については、記事前半にも触れています。しかし、一般的な博士号のメリットについては、必ずしも現実と一致しない部分もあります。主に自身の研究職への考えとアカデミックへの道を目指す可能性のため、私自身は博士号を取得しました。今回は、博士号取得のメリットと言われる部分について、自身の経験を基に考察してみたいと思います。

  • 博士課程の論文が採択されたり、博士号を取得したとしても、それが直接的に仕事の業績に反映されるわけではありません。いくつかの企業では博士号を持つことにより一定の評価があるかもしれませんが、私が所属していた研究所では、博士号取得による給与増加や特別待遇はありませんでした。
  • 日本国内では、博士号を必要とする仕事は大学教員など一部の職種に限られます。一部の研究職では博士号を必須とする場合もありますが、それらの職種はごく一部です。
  • アカデミアでのキャリアを追求する場合、博士号は必要ですが、それだけでは不十分です。教授職の獲得は競争が激しく、博士号だけではなく、充実した研究業績が求められます。
  • 私自身のキャリアとしては、現在は研究職から離れ、アカデミックの道も選択していないため、博士号が直接的に求められる場面はありません。
  • 短期間で取得可能な他の資格に比べて、博士号取得には時間とコストがかかります。その投資に対するリターンは、個々のキャリアパスや目指す道によります。

博士号取得の後の私の経験

現在、私は研究職を離れ、新たな職種に転職しています。そのため、博士号の最大のメリットとも言えるアカデミックのチケットとしては利用されていません。それでも、私が博士号を取得してよかったと感じる点を挙げてみたいと思います。

  • 元研究職であり、博士号を持っていることが話の種になることがあります。時折、"すごいですね"と言われることもあります。
  • 自身の"研究職なら博士号を取るべき"という考えに答えることができました。
  • 親は博士号取得を喜んでくれました。

以上のような経験を振り返りながら、博士号取得のメリットについて考えてみましたが、それぞれの状況や目指す道により、博士号の意義や価値は大きく変わることを覚えておいてください。

さいごに

これまでの私の社会人博士課程での経験を振り返ってみました。博士号取得の主要な動機は、自身の研究職への考えと研究者としての立場の確立のためでした。出身大学への進学や独身であるといった特定の状況が、博士号取得を予想以上に円滑に進める要素となりました。一方で、仕事と学業の両立は大変であり、プライベートの時間はほぼ犠牲になりました。博士号取得のメリットは一部に限られますが、研究者の道を歩むためには必要不可欠な資格であり、自己の成長を感じることができたので、取得してよかったと感じています。社会人として博士号を取得することは容易ではありませんが、それでも乗り越えられる課題であると信じています。あなたも是非、挑戦してみてください。

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