やらかした時の精神的負担からの脱却
はじめに
エンジニアとして働いている以上は、大きなインシデントをやらかしてしまうことがある。責任感の強いエンジニアであればあるほど、やっちまった感から立ち直るのが難しく、その気持ちが強ければ強いほど、サービス愛が強い故に責任を感じてしまって退職、最悪病んでしまうみたいなことが起こる。なんで、こんな記事を書こうかと思ったかというと、ちょうど今やらかしてしまって割と自暴自棄になりそうな自分がいるからである。結構自分がコミットメントして来たものに対して、期待すべき結果ではなく、インシデントという最悪な結果が生じて絶望しているのが現状なのですが、それでも人生は続く。落ち込んで、絶望しても人生は続くのです。なので立ち上がる必要があるなと思ったから。
名言を知る
名言を思い出したくて、インターネットを検索しても出てこなかったのだが、私は元プロ野球選手の「久保裕也」選手の名言をなんとなく覚えていて、それでファンになった。
ファンになった契機は彼の思考や気持ちの切替え方に共感を覚えたからだ。前述のとおりネットで検索しても出てこなかったんだけど、彼のキャリアの全盛期は巨人のリリーフ・中継ぎ時代で多くの試合に登板していた頃で、その頃のインタビューで (ネット記事がなかったので記憶になるのだが) リリーフ失敗とか考えて不安になることはないですか?的なことを質問されて、「まあ、打たれても死ぬわけではないですからね」とサラッと回答していて、わりと若き日の自分が衝撃を受け、心の支えになる名言になったことを憶えている。
当時の自分は、色々仕事で追い詰められていたし、元来の緊張持ちということもあり、本番作業やら、プレゼンやらで毎日精神的にアップアップしていたこともあり、考え込み、落ち込んだりすることが多かったのだが、久保選手のこの回答を聞いて、目の前がパァッと開けたことを今でも覚えている。そこから、割と色んなことを前向きに捉えることができるようになった。いろんな仕事の悩みを抱えることがあるけども、生命や健康に関すること以外は、まあ大したことないし、考えてもしょうがねえなと割り切れるようになった。
この頃の根付いた思考は現在も生き続けていて、「死ぬ気でやる」とかいう人は今でも軽蔑するし、当たり前だけど命より大事なものはないから、精神的負担が限界だなと感じると逃げるようにしている。今の自分を形成するパーツとして非常に重要な要素になっている。
まぁ言いたいことは、失敗して大いに反省した後は、そこから立ち上がるための施策や行動をいち早く実践する。ある期間反省したら、前向きな思考になることが大事だってことを言いたかった。だって、命は大事だし、落ち込んでも人生は続くんだから。
まとめ
- 自分がやった行為によって、人からどう思われても、引きずらないこと。だって死ぬわけではないから。
- 取り返しのつかない失敗をしたとしても、反省して立ち上がること。だって死ぬわけではないから。
まじめな人ほど、考えて考えてふさぎこんでしまう。皆様良き人生を!
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