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"AIの民主化"という言葉に対する私の解釈

2024/02/10に公開

私は "AIの民主化" という言葉が好きです。なんというか音の響きが良くてキャッチーだし、言葉に風格があるし、それが故に説得力がありそうだし、というわけで講演などをさせていただく際には度々使わせてもらっています。バズワードっぽい危うさもあるのですが、立場や狙いによって多様な意味づけができるのと、「間違ったことは言ってないよね」という納得感を生み出しやすい便利な言葉だと思っています。そういったわけで、この記事では私の "AIの民主化" 今昔物語と題しまして、私がこの言葉を過去と現在でどのように解釈しているか、その変遷も含めて書き綴っていこうと思います。ご興味があれば最後までお付き合いくださいませ。
サクッと結論を知りたい方は、ChatGPTにサマリーしてもらった以下のTL;DRをお読みください。

TL;DR (by ChatGPT)

この文章は、AIの民主化という概念がどのように進化してきたか、そしてそれがどのような意味を持つのかについての個人的な理解と経験を語っています。著者は初めて「AIの民主化」という言葉に接した時、それを技術的な知識がなくても誰でもAI技術を使えるようにすること、つまり「アクセシビリティー」と「ユーザビリティー」に重点を置く概念として理解していました。しかし、時間が経ち、様々な角度からAIに携わる経験を積むにつれて、その理解は進化しました。現在では、「AIの民主化」とは技術的選択肢の多様化を実現し、市場における健全な競争を促進することにより、より多くの人々が自分の条件や予算に合わせてAIを使えるようにすることだと考えています。これにより、社会全体がAIの恩恵を受けやすくなり、イノベーションが促進されると著者は述べています。

以前の解釈

"AIの民主化"という言葉を初めて聞いたのは2017年ごろだと記憶しています。当時勤めていた会社がクラウドサービスとして、深層学習ベースの画像認識モデルや文章分類モデルなどをWeb APIとして提供し始めており、AIの知識の有無に関わらずRESTで簡単にAI機能をアプリに取り込めるという製品の特徴を表現するために、製品資料に"AIの民主化"という言葉が綴られていました。
当時私は、深層学習を学び始めたばかりで、関連製品や技術に関する知識、また、AIプロジェクトに関する経験が乏しく、業界を俯瞰的、かつ、大局的に眺めることなどほぼ不可能であったため、製品資料に記載された内容こそが"AIの民主化"の唯一の定義だと信じ込んでいました。具体的には以下のような解釈でいました。(※資料の内容に対して、私のバイアスがかかった上での解釈だということはご承知おきください)

「AIの民主化とは、技術的な知識がない人々でもAI技術を簡単に作成、利用できるようにすることを指す。」

つまり、"AIの民主化"が主に"アクセシビリティー"と"ユーザビリティー"に関する概念であると考えていたということです。たとえば、ユーザーフレンドリーなインターフェースを備えたAIサービスや、プログラミング経験がない方々でも使えるノーコードツールなどが具体例になりまして、それらのツールにより、さまざまな分野でより多くの人が簡単にAIを活用できるようになる、なんてことを当時はお客様にもお話ししていました。

それから数年間、この考え方は間違っていないと思って仕事をしていましたし、同様の文脈で"AIの民主化"という言葉を使用している企業やメディアも多数見かけました。実際、そうしたコンセプトの製品が増えていました。例えば、AIモデルがWeb APIで提供されるのも至極当然になってきましたし、GoogleのTeachable Machineのような無償のノーコードツールも充実してきました。日頃使用するアプリにAIベースの新機能が導入されることも珍しくなく、アップロードした写真の内容を認識して自動でタグ付けしたり、文章を日本語から英語に翻訳したり、興味がありそうな商品をレコメンドしたり、気付かないうちに我々は生活の中の多くのシーンでAIの恩恵を受けるようになりました。したがって、アクセシビリティーもユーザビリティーも当時と比べると格段に高まっており、"AIの民主化"が実現されたと考えてもいいかもしれないなぁ、と考えていたことを思い出します。

2017年から現在までのおよそ7年間、ありがたいことに私はAIに関する多くの経験を積むことができました。2017年当時在籍していたクラウド企業ではその後、クラウド上でのAI開発や活用プロジェクトに複数関わらせていただきましたし、その後転籍した半導体企業では、ハードウェア(CPU/GPU)の観点からAIと付き合わせていただきました。さらに、昨年2023年10月からは現在の会社に転籍し、再度クラウド側から最新の生成AIに携わらせていただいています。その結果、ソフトウェア/ハードウェア、クラウド/オンプレ、データセンター/エッジなど、多様な観点からAIと向き合ってこれました。そして、経験が一つ増えるたびに自身の視野が少しずつ少しずつ広がる感覚を覚え、以前と比べて広範な領域を俯瞰できるようになりました。見える景色が変わると、"AIの民主化"という言葉への解釈も変化をしていくものです。ただ、解釈の内容がまるっきし変わったというよりも、以前のものは狭義のようになり、より本質的な意味(広義?)は何かと考えるようになりました。とはいうものの、ぼんやりと輪郭が定まらないような感覚が2023年初めくらいまで続いていたと思います。

現在の解釈

急速に考えがまとまり始めたのは2023年4月くらいからでしょうか。そうです、2022年11月のChatGPTの登場により生成AIが大ブレークし、その様子が「第4次AIブーム」などと比喩され始めた時期でした(余談ですが、私はこの「第4次AIブーム」という言葉も好きで、これまでの第3次ブームとは大きく異なる様相を表現するのにこの上なくキャッチーな言葉だと思っています)。いずれにしても、AIに対する我々の期待がこれまでの「定型作業自動化のための道具」から「非定型作業を共に行うアシスタント」へと変化しているように見え、生活や仕事のパートナーとしてAIを意識的に利用する個人ユーザーの数が爆発的に増えた点が特に印象的でした。ただそんな中で、一つの疑問が沸き始めました。

「ほとんどの人がChatGPTしか使ってないのではないか?」

テレビもネットも、生成AIに関するニュースを毎日配信していましたが、そのほとんどがChatGPTに言及するものばかりでした(これは決してChatGPTを提供するOpenAI社やその関連企業、および、ChatGPTのみを使用しているユーザーを非難しているわけではないことをご理解ください)。ChatGPTは市場を作り上げた偉大なパイオニアでありますし、疑うことのないトップランナーです。かつ、性能も非常に優れているため、メディアの扱いも当然と言えば当然です。かくいう私も2024年2月現在、ChatGPTを常用しており、公私ともども欠かすことのできないツールとなっております。ですが一方で、ChatGPT以外の生成AIを使っている人たちはどの程度いるのかが気になり始めてしまったのです。加えて、当時は半導体企業に所属していたため、仕事の一環として生成AIのインフラ調査をしており、GPU以外のAIチップの可能性にも強い興味を持っておりました。つまり、ソフトウェア面/ハードウェア面ともにトッププレーヤーの数社以外に、生成AI市場で存在感を発揮できるプレーヤーはいるのかという問いが、自身の中で大きくなっていったというわけです。

ちょうどそんな時、当時の会社のCEOがメディアのインタビューにて、「Generative AI becomes mainstream with democratization of AI. (AIの民主化により、生成AIがメインストリームになる)」という発言をしているのを耳にしました。"AIの民主化"という言葉がずいぶん変わったニュアンスで使われているなぁ、というのが正直な最初の印象でした。ですが、頭の中で何度か反すうしていたところ、現在の市況や私自身がこれまで得てきた経験などがガチャガチャと組み合わさる感覚を覚え、現在における"AIの民主化"の意味とそれを取り巻くストーリーが見え始めてきました。

いま現在、私は"AIの民主化"という言葉を以下のように解釈しています。

「AIの民主化とは、技術的選択肢の多様化を実現することを指す。」

多くの方は今後もChatGPTを使うと思われますし、生成AIを動かすためにはGPUが主なインフラとして採用されるのだと思います。そして、トッププレーヤー達はさらにサービスや製品レベルを向上すると思われるので、その結果として我々の生活や仕事がより便利になれば当然不平不満はありません。

ですが、そこに加えて「市場における健全な競争の促進」という重要な論点も忘れてはいけません。ユーザーが特定のサービスや製品に過度に依存すると、ロックインの状況が生じ、特に支配的なシェアを持つ製品に依存することで、代替ソリューションの選択が困難となります。この状況は、売り手が価格決定権を握るため、コストが恒常的に上昇する可能性があり、最終的にはAI技術を利用可能なユーザー層を限定し、社会実装の障壁となり得ます。さらに、一つの製品やサービスが市場を独占することは、通常、イノベーションのペースを鈍化させる可能性があります。なぜなら、新規参入者が市場に挑戦するインセンティブが減少し、市場支配者が既存の製品やサービスに依存し続ける傾向があるため、新技術やサービスモデルへの投資が落ち込むからです。

このような状況を避けるためには、 技術的な選択肢を増やしていくこと が不可欠です。多様な製品やサービスが存在することで、ユーザーは一つのソリューションに固執する必要がなくなり、また、新たな競合が市場に参入することにより、既存のベンダーは製品の質やコストパフォーマンスをさらに追求することを余儀なくされます。結果として、製品レベルが全体として向上し、望ましくないコスト上昇にブレーキをかけることができるでしょう。また、コストだけでなく、セキュリティやコンプライアンスなどの非機能要件を満たすことができないユーザーにとっても、代替の選択肢が存在することは、AI技術の採用を諦めるリスクを避けることができる重要な要素です。とにかく「AIを使いたい!」という熱量をコストやセキュリティなどの理由で止めないことが重要です。

そういったわけで、この解釈の根幹にあるのは、世の中が多様化の一途を辿っているという社会背景であり、AIに対してもあらゆる側面から多様な要件があると思います。ノーコードでやりたい人もいれば、Pythonを書きたい人もいます。クラウドでやれる人もいれば、オンプレでしかできない人もいます。単に製品をそのまま使う人もいれば、カスタマイズしてオリジナリティーを加えたい人もいます。プロプラエタリー製品が好きな人もいれば、OSSを愛してやまない人もいます。まずはこうした事実を受け入れることが、AIの更なる普及の鍵になると思います。

今後、社会の生成AIリテラシーがさらに高まることに伴い、より多くのアイデアが議論されるでしょう。そういった中で、環境、条件、予算に左右されることなく、あらゆる人たちがAIと共存しやすい環境作りこそが本質的に必要とされることであり、そのための最も重要な活動の一つが"技術的な選択肢を増やす"こと、つまりは"AIの民主化"なのだと思います。"AIの民主化"により、組織は資本の大小の壁を取り払い、新しいAIソリューションを開発しやすくなるはずです。結果として産業界全体のイノベーションを更に推し進める効果が期待できます。そして、最終的には世界中の消費者にとってより良い製品やサービスが生み出されることに繋がるはずです。

こう考えると、"AIの民主化"とは、技術的選択肢の多様化だけでなく、社会全体がAIの恩恵を平等に受けられるような環境を整えることを意味するという解釈でも良い気がします。それには、各ユーザーが自分のニーズに最も適したツールやプラットフォームを選択できるようにすることも含まれます。この多様性と選択の自由が、AIの普及にとってなくてはならない要素であると信じています。

そういったわけで、私は現在クラウド+OSSという観点からですが、自身の活動が"AIの民主化"に繋がればいいな、という思いで日々仕事をしています。
長文失礼いたしました。

おまけ:ChatGPT(GPT-4)の見解

AIの民主化とは、人工知能(AI)技術をより広い範囲の人々や組織が利用できるようにすることを指します。これには、技術的な専門知識がない人々でもAIツールやサービスを使えるようにすること、コストを下げて多くの人がアクセスできるようにすること、そしてオープンソースのプロジェクトや共有リソースを通じて知識と技術を共有することが含まれます。AIの民主化の目的は、イノベーションを促進し、より多くの人々がこの強力な技術を利用して問題を解決できるようにすることです。

AIの民主化にはいくつかの主要な側面があります:

  1. 教育とリソースの提供:AIと機械学習に関する教育プログラムやオンラインコースを提供し、より多くの人々がこの分野の知識を習得できるようにします。
  2. ツールとプラットフォームのアクセシビリティ:ドラッグ&ドロップインターフェイスやプリセットモデルのような、使いやすいAIツールを開発し、非技術者でもAIを利用できるようにします。
  3. オープンソースの活用:コード、データセット、プリトレーニングされたモデルを共有することで、開発者が新しいアプリケーションをより簡単に開発できるようにします。
  4. 倫理的および公平性の考慮:AIの民主化は、技術の倫理的な使用と、様々な背景を持つ人々に対する公平性を確保することも目指しています。

これらの取り組みにより、AIの利益をより広範囲の社会に広げ、教育、健康、環境保護などの多岐にわたる分野でのイノベーションを促進することができます。AIの民主化は、技術の潜在的なリスクや課題に対処しながら、全ての人が技術の進歩から恩恵を受けられるようにするための重要なステップです。


意見は大きくズレていないと思います!なんだか嬉しくなりました笑

BFN!

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