カタカナだらけのIT用語を漢字にすべきか
IT用語はカタカナばかりで辟易する。専門書を読むにせよ、ベンダーの提供しているドキュメントを読むにせよ、日英のクレオール言語を読んでいるのかと思うレベルである。そもそもなぜこんなにもIT分野はほかの分野に比べてカタカナが多いのだろうか?
そもそもIT技術が英語圏発祥だから、と言われれば納得できそうな気もする。初の汎用コンピュータであるENIACはアメリカで開発されたものであり、インターネットの原型となるARPANETもアメリカの軍事研究の産物である。現在でもIT分野はアメリカ一強であり、ソフトウェア開発で使用する各種ツールも、日常的に使用するSNSやWEBサービスも、先進的なテック企業はアメリカ一強なところがある。民間、軍事、アカデミアどれを取ってもアメリカ一強であり、最新のIT技術の源流がアメリカであるからして、IT用語がカタカナ=英語になるのは当たり前である。アメリカが巨額の資本を研究開発に注ぎ込み、優秀な人材を世界中から集めることが出来る環境が整っている以上、この現状は覆りそうにない。
しかし、よく考えれば普段我々が使用している日本語にも、元を辿れば明治時代に西洋から由来した概念であるもの単語が多数ある。明治時代は幕末まで鎖国をしていた状態から開国し、新しい西洋由来の文化や学問が日本に大量に流入していた。その際に当時の先人は西洋文明にあって日本語にない概念に相当する漢語を独自に新しく作り上げ、現在我々が日常的に使うような言葉(自由、社会、民主主義など)が生まれた。このおかげで日本人は母国語で高等教育を受けることができ、それゆえ英語を話すことが出来ないという話はよく聞く。
ならば、それと同じことを現代でも実施すれば良いのではないかと思うが、当時と今では時代背景が異なる。まず、江戸時代中期までにおいては、外国の優れた学術は漢籍の形で中国から入ってくるのが一般的であったため、当時の知識人の間では漢籍や中国の古典などを読むことが教養の基礎とされていた。そのため、現代の日本人よりもはるかに漢語に対する造詣が深く、新しい概念に対応する漢語を自作するという芸当が出来た。だが、現代の日本で漢籍が読める人など全人口の1%もいないだろう。このようにそもそも新しい漢語を生み出す言葉のプロフェッショナルがいないため、なかなか外来語が翻訳されないという側面もある。
ちなみに、現代の中国語はこの明治時代に日本人が作った漢字を逆輸入しており、社会・人文科学系の語彙では7割もがそれに相当するという。なら同じ発想で、中国語からIT用語の漢字を輸入してみてはどうだろうか?当たり前だが中国語にはカタカナのような表音文字がないので、基本的に外来語は何かしらの漢字に当てはめる必要がある。となると、必然的にIT用語も漢字に置き換えられる。以下は、中国語のIT用語の例である。
インターネット (Internet) - 因特网
データベース (Database) - 数据库
プログラム (Program) - 程序
ソフトウェア (Software) - 软件
ハードウェア (Hardware) - 硬件
ネットワーク (Network) - 网络
ウェブサイト (Website) - 网站
試しに以下のような例文の用語を中国語を使って漢字に変換してみる。
例文:
自分のスマホ内のアプリのデータをクラウドにアップロードしてバックアップする。その後、別端末からローカルにダウンロードしたファイルを任意のディレクトリ下に配置し、解凍する。
↓
自分の手機内の軟件の数据を雲に上伝して備份する。その後、別端末から本地に下載した文件を任意の文件夹下に配置し、解凍する。
しっくりこない。ここで思ったのが、これでは単純に単語の借用元が英語から中国語に変わっただけであり、外来語を借用しているという事実は何も変わっていない。しかし、よくよく考えれば日本語は既に漢語が半分以上を占めている。漢語の歴史があまりにも古いため日本人には漢語が外来語だという認識もないが、元をたどれば漢語も外来語である。つまり、突き詰めて言えばカタカナ云々以前に日本語は既に半分以上中国語からの借用語で構成されている言語ともいえる。ならばわざわざ漢語に直さずとも、英語から単語をそのまま少々借用したところで何も問題ないのではないか。何なら、英語ですら語彙の半分以上はフランス語やラテン語などのロマンス諸語からの借用語でもある。そうなると、気にする点は大量の外来語からの借用語を話者がその言語の一部とみなすかどうかだけの問題であり、カタカナだらけの日本語も日本語たり得るのかもしれない。日本語のアイデンティティ=和語と漢語という固定概念をどこまで壊せるかだが。現代の日本人が漢語を外来語だと認識しないように、いずれ今使われている横文字も外来語だと認識されない日が来るのかもしれない。
と、色々と書いてみたが、それでも自分はIT用語は日本語にしていくべきだと思っている。外来語を外来語のまま扱い母国語に落とし込めていない状態というのは、先進的な文明を自分たちで扱えるレベルに昇華出来ていなことの表れだと思っている。東南アジアなんかでは母国語にない概念が多いため、高等教育は英語で実施されている。一応日本語とはいえ文章を構成する単語の9割がカタカナや英語である今の日本のIT分野は、それと何ら変わりない状態と言える。明治時代に翻訳された漢字は漢字文化圏で広く使われ、東アジアの近代国家への成長に大きく貢献した。IT後進国だの何だのと言われることの多い日本だが、明治時代に西洋列強に追いつこうとしていたころを思い出し、今こそ国家の威信をかけて多少なりともカタカナを日本語に置き換える努力を日本人はもっとすべきである。
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