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創業450年の老舗企業が挑むAI×地域創生──伝統と革新を両立させる大津屋の挑戦

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創業450年の老舗企業・株式会社大津屋が、AIとデジタル技術を活用して既存ビジネスの深化と新規ビジネスの進化を実現しています。

店頭惣菜販売にAI画像認識システムを導入し、従業員の負担軽減と適正利益の確保を達成。さらにふるさと納税支援事業では、ChatGPTを活用したコンシェルジュサービスや品質保証サービスを展開し、支援自治体の寄附額を大幅に増加させることに成功しました。

第三十代当主・大津屋孫左衛門氏は「地域の魅力的な産品を紹介し、地域創生に貢献したい」と語り、伝統企業ならではの地域ネットワークと最新テクノロジーを掛け合わせた独自のビジネスモデルを構築しています。

https://j-net21.smrj.go.jp/special/dx/20251014.html

深掘り

伝統企業が直面した現代的課題とAIによる解決

大津屋は1573年創業という歴史を持ちながら、常に時代に適応してきた企業です。1981年に福井県初のコンビニを開店し、大手チェーンの進出に対しては店内調理の惣菜販売で差別化を図りました。しかし、70種類もの惣菜を扱う量り売りシステムは、従業員にとって大きな負担となっていました。商品の種類と価格を覚えられず、これを理由に退職するアルバイトもいたという深刻な問題でした。

この課題に対し、大津屋はAI画像認識技術を活用した量り売り会計システムを開発。様々な盛り付けパターンをAIに学習させることで、どんな盛り方でも正確に商品を識別できるシステムを実現しました。これにより従業員の負担が軽減されただけでなく、以前は「お客様に迷惑をかけないように」と最安値で打ち込んでいた誤認識による値引き販売もなくなり、適正な利益を確保できるようになりました。

ふるさと納税支援事業への展開

2020年、社員からの「北陸の自治体はふるさと納税への取り組みが遅れている」という提案をきっかけに、大津屋はふるさと納税の中間事業に参入しました。福井市観光物産館「福福館」の運営などを通じて構築した県内事業者とのネットワークが、この事業の基盤となりました。

2023年には、ChatGPTを活用した「AIふるさと納税コンシェルジュ」をリリース。寄附者が予算やジャンル、都道府県を伝えるだけで、AIが最適な返礼品を提案するサービスです。「返礼品があふれるなか、何を選べばいいか分からず、結局去年と同じものを選んでしまう」という寄附者の課題を解決し、しかもオペレーターの人件費を削減できる画期的なシステムです。

さらに、食品返礼品の品質保証サービス「Custos(クストス)」を立ち上げ、産地偽装などの問題から自治体を守る監査サービスも提供。食品の製造・小売を手掛けてきた大津屋ならではのノウハウが活かされています。

HAQTSUYAの設立と成果

2023年、大津屋氏は大学時代の友人である大手広告代理店勤務者と共同で「HAQTSUYA(ハックツヤ)」を設立。2025年4月には分社化し、より専門性の高いふるさと納税支援事業を展開しています。その成果は顕著で、支援する自治体の寄附額は軒並み増加。ある自治体では2022年度の4億1000万円が2024年度には7億円へと約1.7倍に、別の自治体では2021年度の1800万円から2024年度には3億円へと16倍に急伸しています。

用語解説

AI画像認識: カメラで撮影した画像をAIが解析し、映っているものが何かを判別する技術。大津屋では惣菜の種類を瞬時に識別するために活用されています。

ふるさと納税中間事業: 自治体とふるさと納税の寄附者の間に立ち、返礼品発送の手配、ECサイト作成、問い合わせ対応などを代行する事業。

ChatGPT: OpenAIが開発した対話型のAI。自然な会話形式でユーザーの質問に答えたり、提案を行ったりできる生成AI。

コンシェルジュサービス: 利用者の要望に応じて最適な商品やサービスを提案するサポートサービス。元々はホテルなどで使われていた用語。

Custos(クストス): ラテン語で「守護者」「監視者」を意味する言葉。大津屋が提供する食品返礼品の品質保証サービスの名称。

分社化: 企業の一部門を独立した別会社として切り離すこと。専門性の向上や意思決定の迅速化などのメリットがある。

ルーツ・背景

450年の歴史が培った地域との結びつき

大津屋の創業は1573年、織田信長が室町幕府最後の将軍・足利義昭を追放し、越前国では朝倉氏が滅亡した激動の時代です。北の庄(現在の福井市)で両替商を営んでいた大津屋は、敗れた武士に逃走資金を貸したという記録が残っており、これが創業の年とされています。

戦国時代から江戸、明治、大正、昭和、平成、令和と450年以上の歴史を持つ大津屋は、時代ごとに事業形態を変えながらも地域に根ざした経営を続けてきました。1963年に株式会社化し、1981年には福井県初のコンビニエンスストア「オレンジBOX(オレボ)」を開店。大手チェーンの進出に対しては、店内調理の惣菜販売という独自の差別化戦略で対抗しました。

AI活用の背景にある課題意識

現代のAI活用の背景には、深刻な人手不足と業務効率化の必要性があります。特に地方では労働力確保が困難で、従業員の負担を軽減しながら事業を継続する方法が求められていました。大津屋の量り売りシステムは従業員にとって大きな負担となっており、この課題解決がAI導入の直接的なきっかけとなりました。

また、ふるさと納税事業への参入も、「北陸の自治体は他地域に比べて取り組みが遅れている」という課題認識から始まっています。ChatGPTの登場(2022年11月)という技術的なタイミングも、大津屋のAI活用を加速させる要因となりました。

技術の仕組み

AI画像認識による惣菜判別システム

大津屋が導入したAI量り売りシステムは、カメラで撮影した惣菜の画像をAIが瞬時に解析し、商品名と価格を自動で表示する仕組みです。これは「機械学習」という技術を使っており、人間が「これは唐揚げ」「これはコロッケ」と教え込むことで、AIが特徴を学習していきます。

重要なのは、実際の盛り付け方は千差万別だということ。唐揚げ3個だけの場合もあれば、唐揚げとポテトサラダが混在している場合もあります。そこで大津屋は、様々な盛り付けパターンの画像を大量にAIに学習させることで、どんな組み合わせでも正確に識別できるシステムを構築しました。

ChatGPTを活用したコンシェルジュサービス

「AIふるさと納税コンシェルジュ」は、ChatGPTという対話型AIを基盤にしています。利用者が「予算3万円で肉類の返礼品を探している」と入力すると、ChatGPTが自然言語を理解し、条件に合った返礼品を提案します。

この仕組みの鍵は「プロンプトエンジニアリング」と呼ばれる技術です。AIに対してどのように質問や指示を与えるかによって、回答の質が大きく変わります。大津屋はAI関連スタートアップ企業と共同開発することで、ふるさと納税に特化した効果的なプロンプト設計を実現しました。

データベースとの連携

コンシェルジュサービスが機能するためには、返礼品のデータベースが必要です。各自治体の返礼品情報(商品名、価格、ジャンル、在庫状況など)をデータベースに整理し、ChatGPTがそこから最適な情報を検索して提案する仕組みになっています。これにより、人間のオペレーターが対応するよりも迅速で、24時間365日対応可能なサービスが実現しました。

実務での役立ち方

小売・サービス業での応用

大津屋の事例は、小売業やサービス業で直ちに応用できる実践的なモデルです。特に以下のような場面で役立ちます:

  • 複雑な商品管理の効率化: 種類が多く、価格体系が複雑な商品を扱う場合、AI画像認識で従業員の負担を軽減できます
  • 人材確保・定着の改善: 覚えることが多すぎて退職につながる業務を、AIでサポートすることで離職率を下げられます
  • 適正価格の確保: 人的ミスによる値引き販売を防ぎ、適正な利益を確保できます

地方自治体や地域商社での活用

ふるさと納税支援の仕組みは、地方自治体の職員や地域商社のビジネスパーソンにとって重要な示唆を含んでいます:

  • AIによる顧客対応の効率化: コンシェルジュサービスのように、問い合わせ対応をAIで自動化することでコスト削減と顧客満足度向上を両立できます
  • データ分析による商品開発: 寄附者の選択傾向をデータ分析し、人気商品の開発や既存商品の改善に活かせます
  • 品質管理の重要性: Custosのような品質保証サービスは、地域ブランドの信頼性を守る上で不可欠です

新規事業開発への示唆

大津屋の事例は、既存事業のノウハウを新規事業に展開する好例です:

  • 既存の強みの再定義: 大津屋は食品小売のノウハウを品質保証サービスに転換しました
  • パートナーシップ戦略: 大手広告代理店との共同事業(HAQTSUYA)のように、異業種との協業で相互補完的な価値を創出できます
  • 段階的な事業拡大: まず中間事業を受託し、実績を積んでから専門会社を分社化するという段階的アプローチは、リスクを抑えながら成長する方法として参考になります

キャリアへの効果

AI活用スキルの市場価値

AIを実務で活用できる人材の市場価値は急速に高まっています。特に以下のスキルセットは高く評価されます:

  • AI導入のプロジェクトマネジメント経験: 技術の理解だけでなく、現場の課題を特定し、適切なAIソリューションを選定・導入できる能力
  • 生成AIの実践的活用: ChatGPTなどの生成AIを業務で効果的に使いこなせる能力
  • デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進力: 伝統的なビジネスにデジタル技術を導入し、変革を推進できるリーダーシップ

地域ビジネスの専門性

大津屋の事例は、「地域×テクノロジー」という新しいキャリアパスの可能性を示しています:

  • 地域商社・地域コンサルタント: 地域の産品や事業者をテクノロジーで支援する専門家としてのキャリア
  • ふるさと納税コンサルタント: 急成長する市場で、自治体や事業者を支援する専門職
  • 地域DX推進者: 地方自治体や中小企業のデジタル化を支援する役割

経営者・後継者としての視点

大津屋孫左衛門氏のキャリアは、現代の後継者に多くの示唆を与えます:

  • 外部経験の価値: 他業界での経験(外食チェーン)や大学院でのMBA取得が、家業に新しい視点をもたらしました
  • 伝統と革新の両立: 450年の伝統を守りながら、AIという最先端技術を導入する経営判断力
  • ネットワーク構築: 大学時代の友人との共同事業など、人的ネットワークを事業機会に転換する力

これらの要素を学び、身につけることで、将来的に経営層や事業責任者として活躍できる可能性が高まります。

学習ステップ

ステップ1: AI基礎知識の習得(1〜2ヶ月)

まずはAIの基本的な仕組みと種類を理解しましょう:

  • ChatGPTなどの生成AIを実際に使ってみる(無料版で十分)
  • 機械学習、画像認識、自然言語処理などの基本概念を学ぶ
  • オンライン講座(Coursera、Udemy、YouTubeなど)で入門レベルの動画を視聴

具体的なアクション: 毎日30分、ChatGPTを使って業務に関する質問をしてみる。どのような質問の仕方が効果的か実験する。

ステップ2: 自分の業界でのAI活用事例を調査(1ヶ月)

  • 自分の業界や職種でAIがどう活用されているか事例を集める
  • 業界誌、ビジネスメディア、企業の導入事例を読む
  • 可能であれば、AI導入企業の担当者に話を聞く

具体的なアクション: 週に3つの事例記事を読み、「自社に応用できそうなポイント」をノートにまとめる。

ステップ3: 小規模なAI活用プロジェクトの企画(1〜2ヶ月)

  • 自分の職場で解決したい課題を1つ選ぶ
  • その課題をAIで解決できないか企画書を作成
  • 上司や同僚に提案してみる

具体的なアクション: 大津屋の惣菜量り売り問題のように、「従業員が負担に感じている業務」を3つリストアップし、それぞれにAIソリューションの可能性を考える。

ステップ4: 地域ビジネスやふるさと納税について学ぶ(継続的)

地域創生に興味がある方は:

  • 地域商社や地方創生の成功事例を研究
  • ふるさと納税の仕組みと市場動向を理解
  • 地域の産品や事業者の課題について調査

具体的なアクション: 自分の出身地や関心のある地域のふるさと納税サイトを見て、どんな返礼品があるか、どのように紹介されているかを分析する。

ステップ5: ビジネスモデルとマネジメントの学習(継続的)

大津屋氏がMBAで学んだように、経営やマネジメントの知識も重要:

  • ビジネスモデルキャンバスなどのフレームワークを学ぶ
  • 財務、マーケティング、戦略の基礎を習得
  • ケーススタディで実践的な経営判断力を養う

具体的なアクション: 月に1冊、経営やマーケティングの入門書を読む。読んだ内容を自社や身近な企業に当てはめて考える。

ステップ6: ネットワーク構築と情報発信(継続的)

  • AI活用やDXに関心のあるコミュニティに参加
  • SNSやブログで学んだことや考えたことを発信
  • 異業種の人との交流を増やす

具体的なアクション: LinkedInやTwitter(X)で、AI活用やDXに関する発信をしている人をフォローし、コメントやリポストで交流を始める。

あとがき

創業450年という途方もない歴史を持つ大津屋の事例は、「伝統企業こそ革新的であるべき」という重要なメッセージを私たちに伝えています。長い歴史を持つ企業が生き残ってきたのは、決して変化を恐れなかったからです。時代ごとに事業形態を変え、新しい技術を取り入れ、常に顧客や地域のニーズに応えてきたからこそ、450年という時を超えて存続できたのです。

第三十代当主・大津屋孫左衛門氏の取り組みは、AIやデジタル技術が大企業だけのものではないことを示しています。むしろ、地域に根ざし、現場の課題を深く理解している中小企業こそ、これらの技術を効果的に活用できる可能性を秘めています。

また、「地域創生」という言葉が示すように、ビジネスの成功と社会貢献は決して矛盾しません。地域の魅力的な産品を発掘し、それを適切に届ける仕組みを作ることは、収益を生み出すと同時に、地域経済の活性化、関係人口の増加、文化の継承につながります。

私たち一人ひとりが、自分の立場で「伝統と革新の両立」「テクノロジーと人間性の融合」「収益と社会貢献の両立」を考え、実践していくことが、持続可能な未来を築く鍵となるでしょう。大津屋の挑戦は、まさにその道を照らす灯台のような存在です。

オススメのリソース

1. 企業競争力を高めるための生成AIの教科書 Generative AI × INNOVATION

  • 内容: AIの基礎から実務応用まで、ビジネスパーソン向けに体系的に解説。機械学習、画像認識、自然言語処理など、大津屋が活用している技術の仕組みを理解できます。専門知識がなくても読みやすい構成で、AI導入の判断基準や注意点も学べます。

2. 地方創生大全

  • 内容: 地域ビジネスの実践者である著者が、地方創生の現実と成功の秘訣を解説。補助金依存ではなく、稼げる地域ビジネスの作り方を学べます。大津屋のような地域に根ざしたビジネスモデルを考える上で必読の一冊。

3. DX(デジタルトランスフォーメーション)経営戦略

  • 内容: デジタルトランスフォーメーション(DX)を経営戦略の観点から解説。技術導入だけでなく、組織変革やビジネスモデル転換の重要性を学べます。老舗企業がどのようにデジタル化を進めるべきか、実践的な視点が得られます。

4. ふるさと納税の理論と実践(地方創生シリーズ)

  • 内容: ふるさと納税の制度設計から自治体の活用戦略まで、包括的に解説。返礼品競争の実態や地域活性化への効果、今後の課題などを理解できます。大津屋が参入した市場の全体像を把握するのに最適です。

5. 老舗企業の存続メカニズム

  • 内容: 100年以上続く日本の老舗企業の経営哲学と実践を分析。変化への対応力、家訓や理念の継承、後継者育成など、長寿企業に共通する要素を学べます。大津屋のような伝統企業の強さの源泉を理解する上で参考になります。
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