デロイトトーマツグループが千葉県木更津市に50億~75億円を投じて「デロイトユニバーシティ(DU)」を2029年に開校する計画を発表しました。

オンライン研修が主流の時代にあえてリアルな研修施設を作る理由は、生成AI時代にプロフェッショナルに求められる「ソフトスキル」の育成にあります。

リーダーシップ、コミュニケーション力、共感力といった非認知能力は、対面での学びと交流を通じてこそ身につくという考えのもと、年間2000人超が学べる本格的な人材育成拠点として構想されています。

深掘り

深掘りを解説

デロイトユニバーシティの構想は、単なる研修施設の建設ではなく、「AI普及後の世界で生き残るプロフェッショナル像」を探求する研究開発拠点としての位置づけです。

投資規模と施設概要

初期投資額:50億~75億円
延べ床面積:3000~4000平方メートル
将来的に宿泊施設も整備予定
丸の内からバスで約40分の立地

グローバル展開の文脈
デロイトは2011年の米国ダラスを皮切りに、フランス、インド、カナダ、シンガポール、メキシコなど世界各地にDUを展開しています。日本のメンバーはこれまでシンガポールのDUで研修を受けていましたが、距離とコストがボトルネックとなり、年間100人程度しか参加できませんでした。国内開校により、初年度から年間2000人超と20倍以上の規模で人材育成が可能になります。

なぜ今、リアル施設なのか
生成AIの普及により、専門知識だけを持つプロフェッショナルの価値は相対的に低下しています。正解や正しい知識の提供はAIでも可能な時代において、プロフェッショナルに求められるのは:

経営者が意思決定しやすいよう腹落ちできる形で伝える力
意思決定をクライアント組織内に浸透させる力
これらを支えるソフトスキル(協調性、共感力、コミュニケーション力、プレゼン力、交渉力)

こうしたソフトスキルは知識として学ぶだけでは定着せず、実在する空間の中で場を共有することでしか身につかないというのがデロイトの考えです。

組織戦略との連動
デロイトトーマツグループの強みは、監査・保証業務、コンサルテイティブ、税務・法務という3つの分野の専門家が密接に連携できる点にあります。DUは異なる部門のメンバーが対面で関係性を構築する場として、組織の壁を超えた連携を促進する役割も担います。

深掘りを図解

用語解説

デロイトユニバーシティ(DU)
デロイトのグローバルネットワークが展開する企業内大学。世界各地に設置され、リーダーシップ研修を中心とした多彩なプログラムを提供する本格的な研修施設。

ソフトスキル
専門知識や技術(ハードスキル)に対して、リーダーシップ、コミュニケーション力、共感力、協調性、交渉力など、対人関係や組織運営に関わる非認知能力のこと。

ハードスキル
専門的な知識や技術的なスキル。会計知識、プログラミング、データ分析など、具体的で測定可能な能力を指す。

プロフェッショナルファーム
高度な専門知識を持つ人材が、企業や組織に対して専門的なサービスを提供する事業形態。コンサルティング、監査法人、法律事務所などが該当。

非認知能力
テストで測定しにくい、人間の内面的な能力。忍耐力、自制心、協調性、創造性、リーダーシップなど、社会生活や仕事で重要となる能力。

エンゲージメント
従業員が組織に対して持つ愛着や貢献意欲のこと。高いエンゲージメントは離職率の低下や生産性の向上につながる。

人的資本
企業や組織が持つ人材の能力、知識、経験などを資本として捉える考え方。近年、企業価値を測る重要な指標として注目されている。

ルーツ・背景

企業内大学の歴史
企業内大学の概念は1955年にGE(ゼネラル・エレクトリック)がニューヨーク州に開設した「クロトンビル」が起源とされています。経営幹部の育成を目的とした本格的な研修施設で、ジャック・ウェルチ氏も頻繁に訪れ、リーダーシップ開発の重要性を説きました。

1980年代以降、マクドナルドの「ハンバーガー大学」、ディズニーの「ディズニー・ユニバーシティ」など、企業文化の浸透と人材育成を目的とした企業内大学が世界中で設立されました。

デロイトユニバーシティの始まり
デロイトは2011年に米国テキサス州ダラスに最初のDUを開設。当初から「単なる研修施設ではなく、グローバルなネットワーキングと文化交流の場」というコンセプトで設計されました。ラグジュアリーな空間設計により、日常業務から離れた特別な学びの場を提供しています。

日本における背景
日本では2000年代以降、オンライン学習やe-ラーニングが急速に普及しました。特にコロナ禍を経て、リモート研修が一般化する中、デロイトがあえてリアル施設に大規模投資を行う決断は逆行的に見えます。しかし、これは生成AIの登場という技術革新が、プロフェッショナルに求められる能力の質的変化をもたらしているという認識に基づいています。

木更津という選択
木更津は東京湾アクアラインにより都心から約40分という立地でありながら、日常から離れた非日常感を味わえる場所です。2019年の三井アウトレットパーク木更津の拡張など、近年は商業施設の開発も進み、アクセスと環境の両立が図れる立地として選ばれました。

技術の仕組み

技術の仕組みを解説

デロイトユニバーシティにおける人材育成の「仕組み」は、従来の座学中心の研修とは根本的に異なります。

リアル空間による学習効果の最大化
人間の脳は、身体的な体験と感情的な経験が結びついたときに最も深く学習します。これを「体験学習理論(Experiential Learning Theory)」と呼びます。DUではロールプレイ、グループディスカッション、実践的なケーススタディを通じて、知識を「体感」することで定着を図ります。

ソーシャル・ラーニングの活用
心理学者アルバート・バンデューラが提唱した「社会的学習理論」によれば、人は他者の行動を観察し、模倣することで学びます。DUでは、異なる部門や国のメンバーが共に学ぶことで、多様なロールモデルから学ぶ機会を提供します。

言語化トレーニングの実践
リーダーシップにおいて最も重要なのが「言語化能力」です。DUでは:

戦略の言語化:目的地だけでなく、なぜそこが素晴らしいのか、メンバーにどんなメリットがあるのか、困難をどう乗り越えるかまでを明確に言葉にする訓練
チアリーディングの言語化:メンバーのつまずきに意味を見出し、具体的な次のアクションを言葉で示す訓練

ファシリテーション技術
社外のプロフェッショナル・ファシリテーターを活用し、多様なビジネスケースを題材に、異文化コミュニケーション、ストーリーテリング、共感を得るプレゼンテーション技法を学びます。

ネットワーク構築の仕掛け
物理的に同じ空間で食事を共にし、寝食を共にすることで、業務上の関係を超えた人間関係が構築されます。これにより、組織の壁を超えた協働が自然に生まれる土壌を作ります。

技術の仕組みを図解

実務での役立ち方

経営層・マネジメント層

クライアントの経営者に対して、データや分析結果を「腹落ちできる形」で伝える技術が身につきます
組織変革を推進する際、抵抗勢力を説得し、変革を浸透させるコミュニケーション力が向上します
異なる部門のキーパーソンとのネットワークにより、社内リソースを効果的に動員できます

プロジェクトマネージャー

チームメンバーのモチベーションを維持し、困難な状況でも前向きに導く「チアリーディング」の技術が実践できます
戦略や方針を、メンバー一人ひとりが自分事として捉えられるよう言語化する力が身につきます
多様なバックグラウンドを持つメンバーをまとめるファシリテーション能力が向上します

若手・中堅社員

クライアントや上司に対して、自分の考えを説得力を持って伝えるプレゼンテーション力が磨かれます
異なる専門分野のプロフェッショナルとの人脈が、将来のキャリアの選択肢を広げます
ロールモデルとなる先輩社員から直接学ぶ機会により、キャリアビジョンが明確になります

人事・人材育成担当者

最先端の人材育成手法を体験し、自社の研修プログラムに応用できます
リアル研修とオンライン研修の使い分けの知見が得られます
非認知能力を育成するプログラム設計のヒントが得られます

一般ビジネスパーソン
生成AIが普及する時代において、「AIには代替できないスキル」を意識的に伸ばすことの重要性が理解できます。日常業務の中でも、対面コミュニケーションの機会を意識的に作り、ソフトスキルを磨く習慣が身につきます。

キャリアへの効果

短期的効果(1-2年)

プレゼンテーション力、交渉力の向上により、社内での評価が高まります
部門横断のプロジェクトへのアサインが増え、視野が広がります
異なる専門分野の知識に触れることで、自身のキャリアの可能性が広がります

中期的効果(3-5年)

リーダーシップポジションへの昇進機会が増加します
組織内の幅広いネットワークにより、重要プロジェクトのリーダーに抜擢される可能性が高まります
クライアントから「また一緒に仕事をしたい」と指名される機会が増えます

長期的効果(5-10年)

生成AI時代においても価値を発揮できる「代替不可能なプロフェッショナル」として確立します
経営層やパートナーへのキャリアパスが開けます
社外でも通用する、普遍的なリーダーシップ能力が身につきます

キャリアの安定性
専門知識はAIや若手に代替される可能性がありますが、ソフトスキルは経験と共に深まります。DUで培った能力は、転職や独立においても大きな武器となり、長期的なキャリアの安定につながります。

社会的価値の向上
リーダーシップや非認知能力は、ビジネスだけでなく、地域活動やNPO、教育など、社会のあらゆる場面で求められます。これらのスキルを持つことで、社会に対する貢献の幅が広がります。

学習ステップ

学習ステップを解説

デロイトユニバーシティのような本格的な研修施設での学びを最大限活かすため、また独学でソフトスキルを伸ばすために、以下のステップで学習を進めることをお勧めします。

ステップ1:自己認識の深化(1-2ヶ月)
まず自分の現在のソフトスキルのレベルを客観的に把握します。360度評価や性格診断テストを活用し、自分の強みと弱みを明確にします。特にリーダーシップにおいて、自分がどのようなスタイルを持っているか、どんな場面で力を発揮できるかを理解します。

ステップ2:言語化の訓練(2-3ヶ月)
日常業務の中で、自分の考えや戦略を言葉にする習慣をつけます。日報や週報を詳細に書く、会議の前に自分の主張を文章化する、プレゼンの構成を複数パターン考えるなど、意識的に言語化の機会を増やします。

ステップ3:実践とフィードバック(3-6ヶ月)
小さなリーダーシップの機会(チーム会議の進行、プロジェクトのサブリーダーなど)を積極的に求め、実践します。その後、上司や同僚から率直なフィードバックをもらい、改善点を明確にします。

ステップ4:ロールモデルの観察(継続的)
社内外の優れたリーダーを見つけ、その言動を注意深く観察します。どのように人を動かしているか、どんな言葉を使っているか、どんな場面でどう対応しているかをメモし、自分なりに分析します。

ステップ5:異文化・異分野との交流(継続的)
自分の専門分野や部門を超えた交流の機会を意識的に作ります。社内の他部門との勉強会、異業種交流会、オンラインコミュニティへの参加など、多様な視点に触れる機会を増やします。

ステップ6:体系的な学習(半年-1年)
書籍、オンラインコース、ワークショップなどを通じて、リーダーシップ理論やコミュニケーション技法を体系的に学びます。知識と実践を往復させることで、スキルが定着します。

ステップ7:メンタリング・コーチング(継続的)
可能であれば、経験豊富なメンターやコーチをつけ、定期的に自分の成長を振り返ります。第三者の視点からのアドバイスは、自己流に陥らないために重要です。

学習ステップを図解

あとがき

デロイトが50億円以上を投じて実現しようとしている「リアル研修施設」の構想は、一見時代に逆行しているように見えるかもしれません。しかし、その本質は極めて未来志向です。

生成AIの登場により、私たちの働き方は根本から変わろうとしています。専門知識や情報処理能力だけでは、もはやプロフェッショナルとしての優位性を保てない時代が到来しています。そんな時代に求められるのは、人間にしかできない「人を動かす力」「共感を生む力」「場を作る力」です。

これらの能力は、オンラインでの学習だけでは十分に育ちません。実際に人と向き合い、時には衝突し、時には共鳴し、対話を重ねる中でこそ磨かれていくものです。デロイトユニバーシティは、そうした「人間らしい学び」の場を、計画的に、意図的に作り出そうとする壮大な実験と言えるでしょう。

この取り組みから私たちが学べるのは、テクノロジーが進化すればするほど、人間的なスキルの価値が高まるという逆説です。AI時代だからこそ、対面での対話、リアルな関係性、身体を伴った学びが重要になる。それは、デロイトのような大企業だけでなく、すべてのビジネスパーソンにとっての指針となるはずです。

あなた自身も、日常の中で意識的に「対面」の機会を作り、「言葉にする」訓練を積み、「人とのつながり」を大切にすることで、AI時代に求められるプロフェッショナルへと成長していけるのではないでしょうか。

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