「個人向けと企業向けAIの分断を解消」セールスフォースが打ち出したAI時代の新戦略「エージェンティック エンタープライズ」とは
セールスフォースが2025年10月に開催した年次イベント「Dreamforce 2025」で、CEO マーク・ベニオフ氏が提唱したのが「エージェンティック エンタープライズ」という新しい企業向けAI活用モデルです。
個人向けAI(ChatGPTなど)は高い精度で利用されていますが、企業向けAIはデータ管理やガバナンスの複雑さから導入が進んでいません。
セールスフォースは、AIエージェントと人間が協力し、正しくデータを扱うことで、企業のAI活用を次のレベルへ引き上げることを目指しています。
深掘り
現在、AI技術は急速に進化していますが、個人と企業の間で大きな違いが生じています。個人がChatGPTなどを使う際は、テキスト入力という単純な操作で高度な結果を得られます。しかし企業では、顧客データ、社員情報、財務記録など膨大で複雑なデータを扱うため、単に「AIに聞く」だけではいけません。誰がどのデータにアクセスできるのか、その情報をAIにどこまで学習させるのか、といった権限管理やガバナンスが不可欠です。
ベニオフ氏が指摘する課題は、これらの企業特有の複雑さに対応できるAIソリューションが不足しているということです。「エージェンティック エンタープライズ」は、この課題を解決するために提唱された概念で、セールスフォースの新AI基盤「Agentforce」を活用した、企業規模でのAI活用モデルを示しています。
記事内の具体例として紹介されたセールスフォース自身の事例では、ヘルプサイトにAIエージェントを導入し、7ヶ月で70万件以上の問い合わせに対応。また高級キッチンブランド「ウィリアムズ ソノマ」では、AIスーシェフ「Olive」を約1ヶ月で実装し、顧客ごとにパーソナライズされたレシピ提案を実現しています。
用語解説
生成AI革命:大規模言語モデル(LLM)などの生成AI技術が急速に進化・普及している現代の段階を指す呼称。企業や個人の働き方を大きく変える可能性を持つ。
大規模言語モデル(LLM):テキストデータを大量に学習し、自然な文章生成や質問応答ができるAIモデル。ChatGPTやGeminiなどが該当。
AIエージェント:人間の指示を理解し、自律的に判断・行動してタスク完了を目指すAI。単なる回答ツールではなく、主体的に働くAIを意味する。
エージェンティック エンタープライズ:AIエージェントと人間が協力して業務を遂行する、次世代の企業経営モデルを示すセールスフォースの新概念。
Agentforce(エージェントフォース):セールスフォースが提供するAIエージェント基盤。企業が自社のデータを活用してAIエージェントを構築・運用できるプラットフォーム。
ガバナンス:企業内でのデータやシステムの管理ルール。誰が何にアクセスできるか、データをどう保護するかなどを定める仕組み。
CRM(顧客関係管理):顧客情報を一元管理し、営業やマーケティング、カスタマーサービスを効率化するシステム。セールスフォースの主要事業領域。
カスタマーゼロ:新しいサービスやテクノロジーをまず自社で導入・検証してから顧客へ展開する手法。開発者自らが「最初の顧客」となることで、製品の質を高める戦略。
ルーツ・背景
セールスフォースは1999年の創業以来、クラウドベースのCRM(顧客関係管理)の先駆者として企業のデジタル化を支援してきました。一方、ChatGPTが2022年11月に登場したことで、AI技術は個人レベルで急速に普及。しかし企業向けのAI導入は複雑性が高く、進みが遅れていました。
近年のセールスフォースは、このAI時代の到来に対応すべく、自社のCRMプラットフォームにAI機能を統合する方針を強化。Agentforceの開発・提供を通じて、企業向けAIの課題解決に乗り出しました。「エージェンティック エンタープライズ」という概念は、こうした取り組みの集大成であり、企業のデジタル変革において次のフェーズを示すものなのです。
技術の仕組み
個人向けAIの仕組み
ChatGPTなどは、ユーザーが質問を入力すると、それに対して自動的に回答を生成します。特別な設定なしに、高い精度で結果を得られることが特徴です。
企業向けAI(エージェンティック エンタープライズ)の仕組み
複数のステップで構成されています。
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データの整理と権限管理:企業のさまざまなデータベースから必要な情報を安全に集約し、誰がどのデータにアクセスできるかルール化します。
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AIエージェントの構築:Agentforceなどを使い、企業のデータを学習させたAIエージェントを作ります。このエージェントは、顧客からの問い合わせを理解し、正しいデータにアクセスして最適な回答や提案を生成します。
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人間との協力:AIは時々間違うので、重要な判断には人間が関わります。AIが候補を提示し、人間が最終判断する形で、AIと人間の強みを合わせます。
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継続的な改善:実際の運用データを基に、AIの精度を高めていきます。
具体例として、セールスフォース自身のヘルプサイトでは、顧客からの質問がAIエージェントに到達すると、まず企業内のデータベースから関連情報を検索。その情報を基に、適切な回答を24時間365日自動生成しています。
実務での役立ち方
カスタマーサポート部門
AIエージェントが日常的な問い合わせに自動対応し、人間のサポート担当者は複雑な問題に注力。対応時間を短縮しつつ、満足度を向上させます。
営業部門
顧客の購入履歴や行動データを基に、AIエージェントがパーソナライズされた提案を自動生成。営業メンバーはこれを活用して、効率的に営業活動を進められます。
マーケティング部門
顧客データを分析し、AIエージェントが最適なタイミングで最適なメッセージを顧客に自動配信。キャンペーン効果を最大化します。
運営コスト削減
24時間対応が可能になり、人的リソースの効率化が実現。セールスフォース自身の事例では、導入から7ヶ月で86%以上の自己解決率を達成しています。
パーソナライズ体験の提供
顧客一人ひとりのデータを活用し、ウィリアムズ ソノマの「Olive」のように、個別にカスタマイズされたサービスを提供できます。
キャリアへの効果
AI時代での必須スキル習得
エージェンティック エンタープライズの考え方を理解することは、今後のビジネスパーソンにとって不可欠です。個人向けAIだけでなく、企業レベルでのAI導入・運用について知識を持つことで、競争力が大きく高まります。
デジタル変革の推進力となる
企業のAI導入を主導できる人材は極めて少ないのが現状。このコンセプトを習得すれば、自社の変革プロジェクトをリード する立場になれます。
キャリアチェンジの選択肢拡大
CRM、マーケティング、営業、カスタマーサポートなど、様々な部門でAI活用のニーズが高まります。異なる職種へのキャリア移動がより容易になります。
経営層への接近
AI戦略は企業の経営方針に直結する重要テーマ。このトレンドを理解していれば、経営層との対話機会が増え、キャリア上のステップアップにつながります。
給与・待遇の向上
AI導入支援やコンサルティング人材の需要は非常に高く、それに応じた報酬が期待できます。
学習ステップ
ステップ1:基礎知識の習得(1~2週間)
まずは「生成AI」「大規模言語モデル」「AIエージェント」といった基本用語を理解。YouTubeの解説動画やビジネス誌の入門記事で、AI技術の全体像を把握しましょう。
ステップ2:企業のAI活用事例の研究(2~3週間)
セールスフォースの事例だけでなく、他の大手企業がどのようにAIを導入しているか調査。自社の業界内での動きも観察し、トレンドを把握します。
ステップ3:セールスフォースのプラットフォーム体験(1ヶ月)
Salesforce の無料トライアルを利用し、Agentforceの基本機能を試してみる。実際に手を動かすことで、理論と実践をつなげます。
ステップ4:簡単なプロジェクトでの実装(2~3ヶ月)
自社の小さな業務課題を選び、AIエージェントの導入を試験的に行う。カスタマーサポートのFAQ対応など、効果が測定しやすい領域からスタートします。
ステップ5:社内での啓発と推進(継続)
学んだことを同僚や経営層と共有。セミナーやワークショップを企画し、社内のAI literacy を高める活動を進めます。
ステップ6:認定資格の取得
セールスフォース認定資格(例:Salesforce Platform Developer)の取得を目指し、専門性をさらに深化させます。
あとがき
AI技術の進化は、個人と企業の間に大きな「分断」をもたらしました。個人はChatGPTなどで高度なAIの恩恵を享受していますが、企業レベルではデータ管理やガバナンスの複雑さから、なかなかAIの真の価値を活かしきれていません。
セールスフォースが打ち出した「エージェンティック エンタープライズ」は、この分断を埋めるための重要な考え方です。AIエージェントと人間が協力し、正しくデータを扱うことで、企業のAI活用を次のレベルへ引き上げる。これは単なる技術的な進化ではなく、企業経営そのものの変革を意味しています。
今後、このモデルを理解し、実装できる人材の需要はますます高まるでしょう。AI時代のビジネスパーソンにとって、「エージェンティック エンタープライズ」という概念は、必ず抑えておくべき重要なポイントなのです。
オススメのリソース
AI白書 2025 生成AIエディション
生成AIに特化した最新白書。マルチモーダル化、AIエージェント活用、ガバナンスの仕組みづくり、EU AI法など、企業が直面する課題を網羅した技術的かつ法的視点から解説している。本記事の「エージェンティック エンタープライズ」を理解するための最新知識を習得できます。
生成AI 真の勝者
シリコンバレー取材に基づいた生成AIビジネスの動向分析。AIモデル、AI半導体、プラットフォーム、国家間競争など5領域から、生成AI時代の企業戦略を読み解く。CIOやCDOなど経営層の選定眼を養う1冊。
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