NTTとドコモが開発した「大規模行動モデル(LAM)」で1to1マーケティングを革新──テレマ受注率が最大2倍に向上
NTTとNTTドコモが、顧客一人ひとりの行動を予測する新しいAI技術「大規模行動モデル(LAM: Large Action Model)」を開発しました。
この技術は、オンラインや店舗などさまざまな接点で得られる顧客の行動データ(「誰が/いつ/どこで/何を/どうした」)を時系列で学習し、「次に顧客が何をしたいか」を予測します。
テレマーケティングに適用した結果、従来と比べて受注率が最大2倍に向上。わずか1日未満の計算時間で構築でき、医療やエネルギー分野への応用も期待されています。
大規模行動モデル(LAM: Large Action Model)
深掘り
深掘りを解説
LAMが実現する「顧客理解」の革新
従来のマーケティングは年齢や性別でグループ分けする「セグメントマーケティング」が主流でしたが、LAMは個人ごとに最適化する「1to1マーケティング」を可能にします。
重要なのは、LAMが「行動の順序」を理解できる点です。例えば「テレマーケティング→商品閲覧→購入」と「商品閲覧→テレマーケティング→購入」では、テレマの役割がまったく異なります。前者はテレマが認知を促進し、後者は関心を深めたと解釈できます。LAMはこうした文脈を理解し、顧客が「次に何をしたいか」を高精度で予測します。
技術的な効率性の突破
ドコモ独自のLAM構築に要した計算時間はわずか145GPU時間(NVIDIA A100×8基で1日未満)。これは有名なLLMであるLlama-1 7Bの約568分の1という驚異的な効率です。これは階層型Transformerによるデータの段階的集約など、設計上の工夫によって実現されました。
実務での成果
テレマーケティングにおいて、LAMが算出した「提案の必要性スコア」に基づいて優先順位をつけた結果、受注率が最大2倍に。ヒアリングでは「育児で来店できなかった顧客」や「料金プラン変更に迷っていた顧客」に適切なタイミングでアプローチできたことが判明しています。
深掘りを図解
用語解説
大規模行動モデル(LAM: Large Action Model)
時系列の行動データから将来の行動を予測するAI技術。大規模言語モデル(LLM)と似た構造を持つが、テキストではなく数値やカテゴリカルデータ(ラベル)に特化している。
1to1マーケティング
顧客一人ひとりのニーズに合わせて個別化された提案を行うマーケティング手法。従来のセグメント(グループ)単位ではなく、個人単位で最適化する。
セグメントマーケティング
年齢、性別、地域などの属性で顧客をグループ分けし、グループごとに施策を実施する従来型のマーケティング手法。
カスタマージャーニー
顧客が商品やサービスを認知してから購入・利用に至るまでの一連のプロセスや体験の流れ。
4W1H形式
「誰が(Who)/いつ(When)/どこで(Where)/何を(What)/どうした(How)」という5つの要素で行動データを整理する形式。
CX分析基盤
ドコモが開発した、オンライン・オフラインの各種サービスデータを4W1H形式で統合し、顧客体験(Customer Experience)を分析する基盤。
Transformer
深層学習の一種で、系列データ(時系列や文章など)を処理するのに優れたニューラルネットワークのアーキテクチャ。注意機構(Attention)により文脈を理解する。
GPU時間
Graphics Processing Unit(画像処理装置)を使った計算時間の単位。AI学習では大量の並列計算が必要なため、GPUが使われる。
カテゴリカルデータ
数値ではなく、分類や種類を表すデータ。例:「購入」「閲覧」「問い合わせ」などのラベル。
テレマーケティング
電話を通じて商品やサービスの販売促進を行うマーケティング手法。略して「テレマ」。
ルーツ・背景
マーケティングの進化の歴史
マーケティングは時代とともに進化してきました。1950年代の「マスマーケティング」では、テレビCMなどで万人に同じメッセージを届けていました。1980年代には「セグメントマーケティング」が登場し、年齢や性別でグループ分けして異なるアプローチを取るようになりました。
1990年代後半、インターネットの普及とともに「1to1マーケティング」の概念が生まれました。ドン・ペパーズとマーサ・ロジャースが1993年に著書『The One to One Future』で提唱したこの考え方は、個々の顧客との関係構築を重視するものでした。
AIとマーケティングの融合
2010年代、機械学習の発展により、顧客データから購買予測を行う技術が実用化されました。2017年にGoogleが発表したTransformerアーキテクチャは、自然言語処理に革命をもたらし、2018年のBERT、2020年のGPT-3など大規模言語モデル(LLM)の時代を切り開きました。
LAMの誕生
NTTは、LLMの成功に着想を得て、言語ではなく「行動データ」に特化したモデルの研究を開始しました。顧客の行動は時系列で意味を持ち、順序が変われば解釈も変わります。この特性を捉えるため、Transformerベースの「大規模行動モデル(LAM)」を開発。ドコモとの協業により、実際のビジネス課題での検証と実用化に成功しました。
マーケティングテクノロジーの世界では、このようなAI駆動型の顧客理解は「次世代CRM(Customer Relationship Management)」として注目されており、LAMはその先駆的な事例となっています。
技術の仕組み
技術の仕組みを解説
LAMの基本的な動き
LAMは「顧客の行動の物語」を読み解くAIです。仕組みを料理のレシピに例えて説明しましょう。
ステップ1: データの統合(材料を揃える)
まず、さまざまな場所で得られた顧客の行動データを「4W1H形式」に整えます。アプリでの操作、店舗での購入、電話での問い合わせなど、バラバラだったデータを「2024年1月5日、田中さんが、アプリで、料金プランを、閲覧した」という統一形式に変換します。
ステップ2: 事前学習(基本的な味付けを学ぶ)
LAMは大量の顧客行動データから「行動のパターン」を学習します。重要なのは「順序」の理解です。
- 「商品閲覧 → テレマ → 購入」という順序なら、テレマが「背中を押した」
- 「テレマ → 商品閲覧 → 購入」なら、テレマが「気づきを与えた」
- 「購入 → テレマ」なら、テレマが「サポート対応」
このように、同じ行動でも前後関係で意味が変わることを、132GPU時間かけて学びます。
ステップ3: 追加学習(特別な調味料を加える)
事前学習で基本を学んだLAMに、「どんな提案が効果的か」を13GPU時間で追加学習させます。これにより、個々の顧客に合った販促施策を提案できるようになります。
ステップ4: 予測と実行(料理を完成させる)
学習済みのLAMは、顧客の過去の行動から「次に何をしたいか」を予測し、「今、この提案をすべき」というスコアを算出します。スコアが高い顧客から優先的にアプローチすることで、無駄な営業を減らし、顧客にとっても適切なタイミングでの提案となります。
効率化の秘密: 階層型Transformer
LAMは、高頻度データ(アプリ操作)と低頻度データ(店舗購入)を段階的に処理する「階層構造」を採用しています。これにより、すべてのデータを一度に処理する必要がなくなり、計算コストが大幅に削減されます。
技術の仕組みを図解
実務での役立ち方
マーケティング部門での活用
LAMは「誰に、いつ、何を提案すべきか」を明確にします。従来は担当者の経験や勘に頼っていた部分を、データに基づいて最適化できます。テレマーケティング部門では、見込み度の高い顧客を優先的にリストアップでき、営業効率が向上します。実際にドコモでは受注率が最大2倍になり、営業担当者の時間を有効活用できるようになりました。
カスタマーサポート部門での活用
顧客の行動履歴から「困っているタイミング」を予測できます。例えば、新しいサービスを契約した後、使い方がわからず放置している顧客を検知し、適切なタイミングでサポートを提供できます。これにより、解約率の低減や顧客満足度の向上につながります。
商品企画・開発部門での活用
顧客の行動パターンから、ニーズの変化や新しいサービスの機会を発見できます。「どの順序でサービスを利用すると満足度が高いか」「どこで離脱しやすいか」といった分析により、より良い顧客体験を設計できます。
経営企画・戦略部門での活用
LAMの予測結果を集約することで、市場トレンドや顧客動向を可視化できます。新規事業の立ち上げや既存事業の改善判断において、データドリブンな意思決定が可能になります。
他業界への応用可能性
- 小売業: 来店パターンと購買行動から、個別クーポンの配信タイミングを最適化
- 金融業: 取引履歴から資産運用ニーズを予測し、適切な金融商品を提案
- 製造業: 機械の稼働データから故障を予測し、予防保全を実施
- 医療業: 患者の治療履歴から最適な治療計画を支援(記事でも言及)
キャリアへの効果
データサイエンティストとしてのスキル向上
LAMのような最先端AI技術を理解することで、時系列データ分析の専門性が深まります。TransformerやLLMの知識は、今後ますます需要が高まる分野です。LAMは「言語以外へのTransformer応用」という新しい領域を切り開いており、この知見は他分野にも応用できます。
マーケティング専門家としての競争力
1to1マーケティングは今後の主流になると予測されています。LAMのような技術を活用したデータドリブンマーケティングの知識は、マーケター としての市場価値を高めます。「AIをどう使うか」を理解している人材は、企業から高く評価されます。
ビジネスアーキテクトとしての視野拡大
LAMは技術とビジネスの橋渡しをする好例です。「技術をどうビジネス課題の解決に活かすか」という視点は、事業企画やコンサルタントとしてのキャリアに直結します。技術的な深さとビジネス的な広さを兼ね備えた人材は希少価値があります。
業界横断的なキャリアパス
LAMは通信業だけでなく、医療やエネルギー分野への応用も進んでいます。この技術を理解することで、特定の業界に縛られない柔軟なキャリア形成が可能になります。「時系列データ×AI×ビジネス課題解決」というスキルセットは、あらゆる業界で応用できます。
イノベーター・起業家への道
LAMのような新技術は、新しいビジネスチャンスを生み出します。顧客行動予測の仕組みを理解していれば、スタートアップでのサービス企画や、既存企業での新規事業立ち上げにおいて、強力な武器になります。
年収への影響
データサイエンティストやAIエンジニアの平均年収は600万円〜1,000万円以上と高水準です。最先端技術の実務経験があれば、さらに高い報酬が期待できます。また、マーケティング×AIの専門性は、企業の戦略的な職位へのキャリアアップにもつながります。
学習ステップ
学習ステップを解説
初心者が段階的に学ぶべき内容
LAMのような技術を理解し活用するには、基礎から応用まで体系的な学習が必要です。焦らず、一歩ずつ進みましょう。
フェーズ1: 基礎知識の習得(1〜3ヶ月)
まずはマーケティングとAIの基本を理解します。「1to1マーケティングとは何か」「機械学習の基本的な仕組み」「データ分析の考え方」などを書籍やオンライン講座で学びます。Pythonの基礎文法も身につけましょう。
フェーズ2: データ分析の実践(3〜6ヶ月)
実際のデータを触りながら分析手法を学びます。Pandasで時系列データを扱い、可視化ツール(Matplotlib、Seaborn)でデータの特徴を理解します。簡単な機械学習モデル(決定木、ランダムフォレストなど)を使って予測を試してみましょう。
フェーズ3: 深層学習の理解(6〜9ヶ月)
ニューラルネットワークの基礎から始めて、CNNやRNNを学びます。その後、Transformerの仕組みを理解します。PyTorchやTensorFlowを使った実装にも挑戦しましょう。オンライン講座やチュートリアルが充実しています。
フェーズ4: 時系列予測への応用(9〜12ヶ月)
時系列データ特有の分析手法(ARIMA、LSTMなど)を学び、実際のビジネスデータで予測モデルを構築します。可能であれば、Kaggleなどのコンペティションに参加して腕を磨きましょう。
フェーズ5: ビジネス課題への適用(12ヶ月〜)
自社や関心のある業界のデータを使って、実際のビジネス課題を解決するプロジェクトに取り組みます。LAMのようなTransformerベースのモデルを実装してみるのも良いでしょう。論文を読んで最新動向をキャッチアップします。
実践的な学習方法
- オンライン講座: Coursera、Udemy、DataCampなどで体系的に学ぶ
- 書籍: 理論と実践をバランスよく学べる
- ハンズオン: Google ColabやKaggleで無料で実装練習
- コミュニティ: 勉強会やオンラインフォーラムで情報交換
- 実プロジェクト: 小さくても良いので実際のデータで試す
学習ステップを図解
あとがき
NTTとドコモが開発したLAM(大規模行動モデル)は、AIの新しい応用領域を切り開く画期的な技術です。これまで「言語」に焦点を当てていた大規模モデルの考え方を、「行動データ」に適用することで、マーケティングの世界に革新をもたらしました。
特に注目すべきは、その実用性の高さです。わずか1日未満の計算時間で構築でき、実際のビジネスで受注率が2倍になるという成果は、AI技術が「実験室」から「現場」へと確実に進化していることを示しています。
また、LAMの応用範囲は通信業にとどまりません。医療、エネルギー、小売、金融など、時系列データを扱うあらゆる分野で活用できる可能性を秘めています。「顧客の次の行動を予測する」という技術は、ビジネスの根幹を変える力を持っています。
私たちビジネスパーソンにとって重要なのは、こうした技術の存在を知り、自分の業務にどう活かせるかを考えることです。「AIに詳しくないから関係ない」ではなく、「この技術で自社の課題を解決できないか」と発想を転換することが、これからの時代を生き抜く鍵となるでしょう。
LAMは、データドリブンな意思決定とパーソナライゼーションの未来を示してくれています。この技術から学び、自分のキャリアやビジネスに活かすヒントを見つけてください。
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