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JTBに学ぶ観光×AI戦略|ビジネス理解が鍵となるAI人材育成の最前線

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JTBが進める観光DXは、単なる業務効率化にとどまらず、観光業界全体のエコシステム変革を目指しています。

取締役常務執行役員の藤井大輔氏は、社内生産性向上、ソリューション分野での活用、そして業界全体の課題解決という3つの軸でAI活用を推進。

FLUX代表の永井元治氏との対談では、AI時代に求められる人材像として「ビジネスの本質を理解した上でテクノロジーを活用できる人材」の重要性が強調されました。

内製化による知見の蓄積、経営層の意識改革、そして日本の観光資源とAIの掛け合わせによる新たな価値創造が、今後の競争力の鍵となります。

https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/90773

深掘り

JTBの3層構造AI戦略の全貌

JTBのAI活用戦略は、自社から業界全体へと広がる階層的なアプローチが特徴です。第一層では商談記録のAI化や価格設定の最適化など、従来の「経験と勘」に依存していた業務のデータドリブン化を実現。第二層では、MICE運営や観光事業者支援などのソリューション事業にAIを実装し、サービス品質を向上させています。

最も注目すべきは第三層の取り組みです。散在する観光情報を一元化するデジタルプラットフォームを構築し、予約から体験までシームレスなサービスを提供。さらに蓄積データを各事業者にフィードバックすることで、業界全体の底上げを図っています。これは単なる自社DXではなく、プラットフォーマーとしてのエコシステム戦略です。

内製化を軸とした組織体制の構築

2023年4月に新設されたデータインテリジェンスチームは、外部人材の登用と内製化のバランスを重視しています。旅行業界は外部リソースを組み合わせるビジネスモデルのため、AI活用も外注に頼りがちですが、それでは社内に知見が残りません。

藤井氏は「個人の暗黙知を組織の形式知として定着させる」ことを重視し、コア部分に専門人材を配置。一方で、全てを内製化するのは現実的でないため、共創パートナーとの連携も並行して進めています。永井氏も「外注に頼ると長期的にリスク」と指摘し、プロジェクト支援と人材紹介をセットで提案するアプローチを推奨しています。

AI活用の4つのステージと進化の道筋

永井氏が示したAI活用の4段階は、多くの企業の現在地を示す指標となります。第1段階の社内版ChatGPT構築から始まり、第2段階では新規事業での試験導入へ。第3段階で基幹システムやコア事業への本格活用、そして第4段階では既存部門をAIに置き換える大胆な変革に挑みます。

JTBは既に約100件の事業アイデアを創出し、次のステップとして「人9割、AI1割」から「AI9割、人1割」への転換を視野に入れています。この発想転換こそが、5年後、10年後の企業の明暗を分ける分岐点となるでしょう。

用語解説

DX(デジタルトランスフォーメーション): デジタル技術を活用してビジネスモデルや組織文化を根本的に変革し、競争優位性を確立すること

MICE: Meeting(会議)、Incentive Travel(報奨旅行)、Convention(国際会議)、Exhibition/Event(展示会)の総称で、ビジネスイベント全般を指す

プラットフォーム: 複数の事業者やユーザーを結びつけ、取引や情報交換を促進するデジタル基盤

エコシステム: 複数の企業や組織が相互依存しながら価値を創造する事業環境

内製化: 外部委託していた業務やシステム開発を自社内で行うこと

AtoA(Agent to Agent): 人が介在せず、AIエージェント同士が自律的に対話・取引を行う次世代のビジネスモデル

暗黙知と形式知: 暗黙知は言語化されていない個人の経験知、形式知は文書化・共有可能な組織的知識

ルーツ・背景

コロナ禍が加速させた観光業界の構造変革

観光業界は2020年以降のコロナ禍で未曾有の危機に直面しました。人の移動が制限され、旅行需要が激減する中、多くの企業が存続の危機に瀕しました。しかし、この危機がDX推進のきっかけとなりました。

従来、観光業界は対面サービスや人的ネットワークを重視する傾向が強く、デジタル化は遅れていました。しかし、非接触サービスの必要性が高まり、人手不足が深刻化する中、AIやDXは「あったら便利」から「なければ生き残れない」ものへと変化しました。

AIブームの変遷とビジネス実装の進化

AI技術自体は1950年代から研究されていましたが、ビジネスでの実用化が本格化したのは2010年代のディープラーニング革命以降です。2022年のChatGPT登場は、AIを「専門家の道具」から「誰もが使える技術」へと民主化しました。

特に生成AIの登場により、プログラミングスキルがなくても業務自動化やアプリケーション開発が可能になり、「理系と文系の壁」が崩れつつあります。この技術的ブレイクスルーが、ビジネス理解を持つ人材へのAI教育というアプローチを現実的にしています。

実務での役立ち方

課題発見から始めるAI活用プロジェクト

JTBのハッカソン事例が示すように、AI活用の出発点は技術ではなく「現場の課題」です。日々の業務で「この作業は非効率だ」「もっと良い方法があるはず」と感じる感覚を大切にし、それをAIで解決できないか考える姿勢が重要です。

営業職なら顧客対応の記録や提案書作成、企画職なら市場分析やトレンド予測、管理職なら意思決定支援やリソース配分など、あらゆる職種でAI活用の機会があります。まずは小さな業務改善から始め、成功体験を積み重ねることが実践の第一歩です。

プラットフォーム思考で競争から共創へ

JTBの事例から学べるのは、単独での最適化ではなく、エコシステム全体を底上げする発想です。自社だけでなく、取引先や協力企業も含めた「業界全体の課題」に目を向けることで、より大きな価値創造が可能になります。

中小企業であっても、自社の専門領域でミニプラットフォームを構築し、データやノウハウを共有する仕組みを作ることで、業界内での存在感を高められます。

経営層へのAI理解促進アプローチ

永井氏は「経営層の感度が会社のAI浸透度に比例する」と指摘しています。中間管理職やDX推進担当者は経営層に対して海外事例の共有、競合の動向分析、ROI試算などを通じてAIの戦略的重要性を伝える役割を担います。

感情論ではなく、具体的な数字とビジネスインパクトで語ることが、経営判断を促す鍵となります。

キャリアへの効果

「ビジネス×AI」人材の希少価値

技術だけ、ビジネスだけの人材は今後も一定数必要ですが、両方を理解し橋渡しできる人材の市場価値は急速に高まっています。特に業界特有の課題を理解した上でAI活用を設計できる人材は、どの企業も喉から手が出るほど欲しい存在です。

このスキルセットは、転職市場での選択肢を広げるだけでなく、社内でのキャリアパスも多様化します。事業部門からDX部門への異動、あるいは新規事業の立ち上げメンバーなど、会社の中核プロジェクトに関わる機会が増えます。

組織変革のリーダーとしての成長機会

AI活用プロジェクトは、技術導入以上に組織文化の変革を伴います。抵抗勢力の説得、部門間調整、新しい業務フローの定着など、マネジメントスキルを磨く絶好の機会です。

特に「個人の暗黙知を組織の形式知に変える」プロセスに関わることで、ナレッジマネジメントやチェンジマネジメントの実践経験が積めます。これらは将来の経営人材に不可欠なスキルです。

グローバル視点とローカル実装力の獲得

JTBと永井氏の対談で語られた中国・米国のAI先進事例を学びつつ、日本の文化や商習慣に適合させる能力は、グローバルとローカルを繋ぐ貴重なスキルです。

特に観光業のように「日本らしさ」が価値の源泉となる分野では、海外技術を単純に導入するのではなく、日本の強みと掛け合わせる発想が競争力を生みます。この視点は他業界でも応用可能です。

技術の仕組み

AIはどうやって「学習」するのか

AIの学習プロセスは、人間の学習に似ています。大量のデータから「パターン」を見つけ出し、新しい状況でも適切に判断できるようになります。例えば、JTBの価格設定AIは、過去の販売データ、季節変動、競合価格などから「この条件なら売れる価格」を学習します。

生成AIは少し違い、膨大な文章データから「次にどの単語が来る確率が高いか」を学習することで、自然な文章を生成します。ChatGPTに質問すると適切な回答が返ってくるのは、似たような質問と回答のパターンを大量に学習しているためです。

プラットフォームがデータを価値に変える仕組み

JTBのデジタルプラットフォームは「データの循環」を生み出します。旅行者の予約や行動データがプラットフォームに集まり、それを分析して「どの時期にどんな旅行者が増えるか」「どんな体験が人気か」といった洞察を得ます。

この洞察を観光事業者にフィードバックすることで、より良いサービスが生まれ、さらに多くの旅行者が集まる好循環が生まれます。これが「エコシステム」の本質です。

AIエージェントが変える未来の仕組み

藤井氏が言及した「AtoA(Agent to Agent)」は、人が介在しない自律的な取引を意味します。例えば、あなたの旅行AIエージェントが「予算5万円で週末に温泉旅行」というリクエストを受け取ると、宿泊施設のAIエージェント、交通機関のAIエージェントと自動的に交渉し、最適なプランを数秒で組み立てます。

人間は最終確認だけすればよく、面倒な調整や予約作業から解放されます。これが数年以内に実現すると言われています。

学習ステップ

ステップ1: 社内ChatGPTで感覚を掴む(1-2ヶ月)

まずは自社に導入されているChatGPTツール、あるいは個人でChatGPTを使い始めましょう。議事録の要約、メール文章の作成、アイデア出しなど、日常業務で活用します。「こういう指示の出し方(プロンプト)なら良い結果が出る」という感覚を掴むことが重要です。

ステップ2: 業務課題の棚卸しとAI適用可能性の検討(1ヶ月)

自分の業務を書き出し、「時間がかかる作業」「繰り返し作業」「判断が難しい作業」をリストアップします。それぞれについて「AIで自動化できないか」「AIの予測を参考にできないか」と考えてみましょう。

JTBのハッカソン事例のように、完璧な解決策でなくても「こんなことができたら便利」というアイデアをメモしておくことが大切です。

ステップ3: 小規模な実証実験を企画・提案(2-3ヶ月)

いきなり大規模プロジェクトではなく、限定的な範囲で試せる実験を企画します。「この部署のこの業務で、3ヶ月間AIツールを試用し、効果を測定する」といった具体的な提案をまとめます。

承認を得るポイントは、上司や関係部署に提案するときに期待効果を数字で示し(時間削減○%、コスト削減○円など)、リスクも明示することです。

ステップ4: 業界動向と先進事例の継続的学習

永井氏が指摘するように、AI技術は急速に進化しています。月1回は海外の先進事例(特に中国・米国)をチェックし、自社業界でどう応用できるか考える習慣をつけましょう。

LinkedInやTwitter(X)で海外のAI専門家をフォローする、英語の記事をAIで翻訳して読むなど、情報収集チャネルを確立することが重要です。

ステップ5: 社内ネットワークの構築とナレッジ共有

AI活用に興味を持つ同僚を見つけ、非公式な勉強会やSlackチャンネルを立ち上げます。成功事例や失敗談を共有し、組織全体のAIリテラシーを高めることが、個人のキャリアにもプラスになります。

藤井氏が述べた「個人の暗黙知を組織の形式知に」という考え方を実践し、自分が学んだことをドキュメント化して共有する習慣を身につけましょう。

あとがき

JTBの藤井氏とFLUXの永井氏の対談から浮かび上がるのは、AI時代の本質は「技術」ではなく「視点の転換」だということです。「AIで何ができるか」ではなく「ビジネス課題は何か、それをAIでどう解決するか」という順序で考える姿勢が、これからのビジネスパーソンに求められます。

特に印象的だったのは、「理系と文系の壁がなくなる」という指摘です。これまで「文系だからAIは無理」と諦めていた人にとって、今は最大のチャンスです。ビジネスの現場を知る強みを活かしながら、AIを道具として使いこなす。そんな人材こそが、5年後、10年後の日本企業を支える中核となるでしょう。

日本の観光資源とAIの融合という藤井氏のビジョンは、観光業界に限らず、あらゆる産業に応用可能な考え方です。日本の強みとテクノロジーを掛け合わせることで生まれる新たな価値。それを創造できる人材に、あなたもなれるのです。

ヘッドウォータース

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