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95%のAIプロジェクトが失敗する理由と成功への道筋 - Uber、アニメ業界、ソフトバンクに学ぶAI実装の最前線

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CEATEC 2024のパネルディスカッションで、Uber、サラマンダー(アニメ制作)、Gen-AX(ソフトバンク系)の3社が、AIの実務活用における課題と解決策を共有しました。

MIT調査では95%のAIプロジェクトが失敗しており、その原因は技術そのものではなく、データ品質の不備やインフラ不足などの導入プロセスにあることが指摘されています。各社は人手不足解消、外部委託費削減、クリエイティブ作業の効率化など、それぞれの課題にAIで取り組んでいます。

日本企業には、データを残す文化やAIに友好的な土壌があり、丁寧な導入プロセスを経ることで成功の可能性が高まると提言されています。

https://internet.watch.impress.co.jp/docs/event/2056360.html

深掘り

Uberが明かすAI失敗の本質的要因

Uber AI Solutionsのアヤ・ズーク氏は、同社が月間1.8億人にサービスを提供する中で、400以上の機械学習モデルを稼働させ、ピーク時には1秒あたり1000万回の予測を行っている実態を紹介しました。この規模での運用経験から得た知見を外販するビジネスを展開しています。

重要なのは、MIT調査が示す「95%のAIプロジェクト失敗」の原因分析です。失敗の主因は以下の3点に集約されます:

  1. データ品質と文脈の欠如: データはあっても、そのコンテキストが整理されていない
  2. スケーラビリティの不在: PoC(概念実証)から本番環境への移行時にインフラが追いつかない
  3. 導入プロセスの問題: AI技術そのものではなく、組織への実装方法に課題がある

アニメ業界の葛藤 - 10万枚の手描きは人道的か

サラマンダーCEOの櫻井大樹氏は、Production I.G.、Netflixを経た異色の経歴を持ち、「攻殻機動隊シリーズ」などに脚本家として関わってきました。彼の3年前の実験作品「犬と少年」では、人間は手描き、犬はCG、背景は全てAIという手法を採用し、当時は強い批判を受けました。

現在の実験では、コンセプトアーティスト富安健一郎氏の作品をAIに学習させ、富安氏のラフスケッチをAIが清書するという手法を開発中です。重要なのは、本人の許可を得て、プロジェクト終了後はAIモデルを破棄するという倫理的配慮です。

櫻井氏が提起する本質的な問いは印象的です。「AIが人間の仕事を奪うのは非人道的」という批判に対し、「10万枚の絵を全て人の手で描くことは非人道的ではないのか?」という現場の声を代弁しています。少子化でアニメ業界への入職者が減少する中、技術革新なしでは産業自体が持続不可能になる危機感が背景にあります。

ソフトバンクのAIコールセンター戦略

Gen-AX CEO砂金信一郎氏は、日本オラクル、マイクロソフト、LINEを経た経験から、生成AIとAIエージェントの違いを明確に説明しました。

生成AI: 人間が主導し、ChatGPTのように指示を与えて回答を得るスタイル
AIエージェント: タスクを自動分解し、AI自身が判断しながら自律的に進行するスタイル

砂金氏が指摘する重要なポイントは、日本企業におけるAI活用のリアリティです。「社内業務をAIで効率化しても人件費は下がらない」という現実を直視し、むしろ外部委託費の削減に焦点を当てるべきだと提言しています。コールセンター業務は、会話データが蓄積されており、AIが学習しやすいデータが既に存在するため、AI導入の好適な領域だと説明しました。

用語解説

PoCから本稼働への壁: Proof of Conceptは概念実証のこと。小規模な実験では成功しても、実際の業務規模に拡大する際にシステムが対応できなくなる問題。

RLHF: Reinforcement Learning from Human Feedbackの略。人間のフィードバックを使ってAIを学習させる手法で、AIエージェントの発展に不可欠な技術。

コンテキストライズ: データに文脈情報を付加し、AIが適切に理解・活用できる状態にすること。単なるデータの羅列ではなく、意味や背景を含めた整理が必要。

マルチターン会話: AIと人間が複数回やり取りを重ねる会話形式。従来は1往復の応答が限界だったが、最近の技術進化により、文脈を保持した継続的な対話が可能に。

ギグワーカー: 企業に正規雇用されず、単発の仕事を請け負う労働者。Uberでは配車やフードデリバリーを行うドライバー・配達員を指す。

ルーツ・背景

AIプロジェクト失敗の歴史的文脈

AIブームは過去に何度も訪れましたが、1950年代の第1次ブーム、1980年代の第2次ブームはいずれも「AIの冬」と呼ばれる停滞期を迎えました。現在の第3次AIブームは2012年のディープラーニングブレイクスルーから始まり、2022年のChatGPT登場で一般社会に浸透しました。

しかし、MITの調査が示す95%の失敗率は、技術の成熟とビジネス実装の間に依然として大きなギャップがあることを物語っています。これは過去のブームと共通する課題で、「研究室では動くが現場では使えない」という古典的な問題が形を変えて継続しています。

日本のAI観の文化的背景

櫻井氏が指摘する「日本のAIに対する友好的態度」は、1950年代の手塚治虫「鉄腕アトム」、1970年代の藤子・F・不二雄「ドラえもん」など、ロボットやAIを友人として描く文化的土壌に根ざしています。

対照的に、欧米のSF作品は「ターミネーター」「2001年宇宙の旅のHAL9000」など、AIが人類に反逆する物語が主流です。この文化的差異は、AI導入への心理的ハードルの低さという実務的なアドバンテージにつながっている可能性があります。

士郎正宗の「攻殻機動隊」原作で描かれた「AIが人間に反乱を起こすメリットはない」というAI同士の議論は、30年前にすでにAIと人間の共生関係を論理的に考察していた日本のSF文化の先進性を示しています。

技術の仕組み

Uberの予測システム - 1秒1000万回の意思決定

Uberのシステムは、配車リクエストが入ると瞬時に以下の処理を実行します:

  1. 需要予測: どのエリアでどれだけの配車需要があるかを予測
  2. ドライバー配置: 最適なドライバーの位置を計算
  3. マッチング: 乗客とドライバーを最短時間・最短距離で結びつける
  4. 価格最適化: 需給バランスに応じた動的価格設定

これを400以上の機械学習モデルが協調して処理し、月間2万件以上のモデル更新を行いながら精度を向上させています。

アニメAIの「1から9を飛ばす」技術

櫻井氏の実験では、以下のプロセスでAIを活用しています:

従来の制作フロー:
0(アイデア) → 1(ラフスケッチ) → 2-9(詳細化・清書) → 10(完成)

AI活用フロー:
0(アイデア) → 1(ラフスケッチ) → AI処理 → 9(ほぼ完成) → 10(最終調整)

クリエイター本人のスタイルを学習したAIが、2-9の作業工程を圧縮します。重要なのは、0から1(創造的発想とラフ作成)は人間が担当し、単純化するとAIは「アシスタント」として清書作業を代行する構造です。

AIコールセンターの会話制御技術

Gen-AXのシステムは、以下の技術で自然な会話を実現しています:

  1. 割り込み検知: 人間が言い終わる前に話し始める「会話の被り」を認識
  2. コンテキスト保持: 過去の発言内容を記憶し、文脈に沿った応答
  3. タスク分解: 「カードが使えない」という問題を、原因特定→解決策提示→実行支援というサブタスクに自動分解
  4. クエスト型進行: ゲームのクエストのように、解決に必要なステップを順次クリアしていく設計

これらの技術により、従来は困難だった「破綻しない連続会話」が可能になりました。

実務での役立ち方

データ文脈整理から始める実践アプローチ

Uber事例が示す最も重要な教訓は、「AIを導入する前にデータを整理する」ことです。

実務での具体的ステップ:

  1. 自社にどんなデータがあるかを棚卸し
  2. データの品質を評価(欠損値、不整合、更新頻度など)
  3. ビジネス文脈を明確化(このデータは何のために取られたのか)
  4. AI活用の目的とデータの関連性を整理

多くの企業が「とりあえずAIを導入」して失敗するのは、このプロセスを飛ばすためです。

外部委託費削減という現実的目標設定

砂金氏の指摘する「人件費ではなく外部委託費の削減」は、日本企業の雇用慣行を踏まえた現実的なアプローチです。

狙い目の業務領域:

  • コールセンター業務: 既に会話ログという学習データが存在
  • ソフトウェア開発の一部工程: コード生成、テスト自動化
  • 事務処理のアウトソーシング: 書類チェック、データ入力

これらの領域で外部委託費を削減できれば、投資対効果が明確になり、経営層の理解も得やすくなります。

クリエイティブ産業での倫理的AI活用

櫻井氏の実践から学べる重要な原則:

  1. 本人許諾の徹底: クリエイター本人の明示的な同意を取得
  2. 使用範囲の限定: 特定プロジェクトのみで使用、終了後は破棄
  3. 最終判断は人間: AIが生成した複数案から人間が選択
  4. アシスタント位置づけ: AIはクリエイターを置き換えるのではなく補助する

この姿勢は、AI導入への抵抗を最小化し、クリエイターとの信頼関係を維持する上で不可欠です。

キャリアへの効果

AI実装スキルの市場価値

「AIを使える」だけでは差別化できない時代に突入しつつあります。本当に価値があるのは:

レベル1(飽和しつつある): ChatGPTで文章を作成できる、画像生成AIを使える

レベル2(需要増加中): ビジネス課題をAIで解決可能な形に翻訳できる、データ整備の重要性を理解している

レベル3(希少価値): AI導入の組織変革プロセスを設計・実行できる、技術と現場の橋渡しができる

本記事の登壇者たちは全員、技術理解と現場感覚の両方を持つレベル3の人材です。

業界を超えた応用力の獲得

Uber(配車)、サラマンダー(アニメ)、Gen-AX(コールセンター)という全く異なる業界が、共通の課題(人手不足、データ活用、導入プロセス)に直面していることは示唆的です。

これは、一つの業界でAI実装経験を積めば、他業界でも応用可能ということを意味します。特に以下のスキルは汎用性が高い:

  • データ品質評価と改善プロセス設計
  • ステークホルダー(経営層、現場、エンジニア)間の調整
  • PoCから本番環境へのスケールアップ設計
  • 倫理的配慮を含む導入ガイドライン策定

日本的強みを活かすキャリア戦略

ズーク氏が指摘する「日本のデータを残す文化」と櫻井氏が語る「AIに友好的な土壌」は、日本人ビジネスパーソンの潜在的アドバンテージです。

具体的なキャリア戦略:

  1. 自社の古いデータ資産(紙資料含む)のデジタル化プロジェクトを主導
  2. 丁寧な合意形成プロセスを強みとしたAI導入コンサルティング
  3. 日本的な倫理観を反映したAIガバナンス体制の構築

グローバル企業から「日本市場でのAI導入が難しい」という声が上がる中、この困難さを乗り越えられる人材は国際的にも価値が高まります。

学習ステップ

ステップ1: 自分の業界のデータを理解する(1-2ヶ月)

まず、AIの技術詳細を学ぶ前に、自社・自業界のデータ環境を把握しましょう。

具体的アクション:

  • 自部署で扱うデータの種類をリストアップ
  • データの保管場所、更新頻度、責任者を確認
  • 過去のデータ活用事例(ある場合)を調査
  • 「このデータで何が予測できそうか」を考える習慣をつける

おすすめツール: Excelやスプレッドシートでのデータ可視化から始め、現状把握に集中

ステップ2: AIの基礎概念を実践的に学ぶ(2-3ヶ月)

技術の深い理解より、「何ができて何ができないか」の判断力を養います。

具体的アクション:

  • ChatGPTやClaude等で様々なタスクを試し、限界を体感
  • 画像生成AI(Midjourney、Stable Diffusion等)で生成プロセスを理解
  • オンライン講座(Coursera、Udemy等)で機械学習の基礎を概観
  • 業界のAI活用事例を週に3本以上読む習慣をつける

目標: 「このタスクはAIで自動化できそう/できなさそう」と判断できるようになる

ステップ3: 小規模な実験プロジェクトを企画(3-6ヶ月)

自部署で実施可能な小規模AI活用を提案・実行します。

推奨テーマ:

  • 議事録の自動要約(ChatGPT API活用)
  • 顧客問い合わせの分類自動化(既存メールデータを活用)
  • 定型レポート作成の自動化(Python + AI API)

重要なポイント:

  • 失敗してもダメージが小さい領域を選ぶ
  • 関係者(上司、同僚)の事前了解を必ず取る
  • 結果を定量的に測定できる指標を設定(時間短縮、精度向上等)
  • 失敗から学んだことを必ずドキュメント化

ステップ4: 組織導入の課題を学ぶ(継続的)

技術より難しいのが「人と組織の問題」です。

学習方法:

  • 本記事のような実務者の生の声を集める
  • 自社でAI導入に反対する人の意見を傾聴し、理由を分析
  • 変革マネジメントの基礎を学ぶ(書籍「ティッピング・ポイント」等)
  • 倫理的問題に関する議論(著作権、プライバシー等)をフォロー

目標: 技術的実現可能性と組織的受容性の両方を判断できるようになる

ステップ5: 業界コミュニティに参加(6ヶ月以降)

実務者ネットワークの構築が、最新情報と実践知の獲得に不可欠です。

具体的アクション:

  • 業界カンファレンス(CEATEC、AI Expo等)への参加
  • LinkedInやX(Twitter)で実務者をフォロー
  • 社内勉強会の開催または参加
  • オンラインコミュニティ(AI関連のSlack、Discord等)への加入

あとがき

AIの産業実装は、もはや「技術がわかる人」だけの仕事ではありません。本記事の登壇者たちが示したのは、ビジネス理解、現場感覚、倫理的配慮、そして何より「人を巻き込む力」の重要性です。

「95%が失敗する」という厳しい現実は、同時に「成功すれば大きな差別化になる」ことも意味します。失敗の原因が技術ではなくプロセスにあるなら、プロセスを改善すれば勝機があるということです。

櫻井氏の「10万枚を手で描くことは非人道的ではないのか」という問いかけは、AIを巡る議論の本質を突いています。技術を拒絶するのでも盲信するのでもなく、「人間らしく働くとは何か」を問い直す機会として、AI時代を捉えることが重要です。

日本企業には、データを大切に残してきた歴史と、丁寧な合意形成の文化があります。これは一見、AI導入のスピードを遅らせる要因に見えますが、実は「失敗率を下げる強み」になり得ます。急いで95%の失敗組に入るより、時間をかけて5%の成功組に入る方が、長期的には圧倒的に有利です。

あなたの組織でのAI活用は、まずデータの棚卸しから。そして、技術の前に「この技術で誰をどう幸せにするのか」を問うことから始めてみてください。

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