宇宙データで社会課題を解決する天地人の挑戦と宇宙ビジネスの可能性
株式会社天地人は、JAXA認定の宇宙ベンチャー企業で、衛星データとAI技術を組み合わせて地上の課題を解決しています。
主力サービス「宇宙水道局」では、衛星から観測したデータで水道管の漏水リスクを診断し、調査効率を6倍向上、コストを8割削減することに成功しました。
2025年12月に約1億円を調達し、累計調達額は約19億円に到達。現在50以上の自治体が導入しており、今後は国内外での展開拡大、エンジニア採用、自社衛星開発(2027年打ち上げ予定)に注力しています。
宇宙からのデータで水道、農業、再生可能エネルギーなどの社会課題解決を目指す注目企業です。
深掘り
深掘りを解説
天地人のビジネスモデルは、従来は専門家や研究機関しか活用できなかった宇宙データを、実用的なビジネスソリューションに変換する点に革新性があります。
技術的な独自性として、複数の地球観測衛星データ(地表面温度、降水量、風況など)を統合し、AIアルゴリズムで解析するプラットフォーム「天地人コンパス」を開発しています。これにより、人が地上から確認できない広域の情報をリアルタイムに近い形で把握できます。
ビジネス展開では、水道インフラの老朽化という日本の深刻な社会課題に着目。水道管は全国で約74万キロメートル存在し、高度経済成長期に設置されたものが一斉に老朽化しています。従来は職人の経験や音聴調査に頼っていた漏水発見を、衛星データによる地表面温度の変化検知で効率化しました。
資金調達の戦略性も注目すべき点です。累計19億円という規模は、宇宙ベンチャーとしては大型の調達であり、JAXAからの初の民間出資を受けた実績も信頼性を示しています。今回の調達では地域金融機関(新潟ベンチャーキャピタル)と物流商社(鈴与商事)が参加しており、地方展開やロジスティクス面での協業も視野に入れた戦略的な資本政策が伺えます。
自社衛星開発への投資は、データ依存からの脱却を意味します。現在は既存の衛星データを購入・活用していますが、自社衛星を持つことで観測頻度や精度をコントロールでき、競争優位性が高まります。2027年打ち上げ予定の「Thermo Earth of Love プロジェクト」は、地表面温度観測に特化した設計となっています。
深掘りを図解
用語解説
JAXA認定ベンチャー
宇宙航空研究開発機構(JAXA)が、同機構の研究成果や技術を活用して事業を行う企業を認定する制度。技術的信頼性と成長可能性が評価された証であり、公的機関との連携や資金調達で有利に働きます。
宇宙ビッグデータ
地球観測衛星が収集する膨大な量のデータ。気象、地表面温度、植生、海洋状態など多様な情報が含まれ、従来は研究目的での利用が中心でしたが、近年はビジネス活用が進んでいます。
シリーズBエクステンション
ベンチャー企業の資金調達ラウンドの一種。シリーズBラウンド後、次のシリーズC前に追加で資金を調達する手法。事業が順調に成長しており、さらなる加速のために資金が必要な場合に行われます。
第三者割当増資
特定の第三者(今回は新潟ベンチャーキャピタルと鈴与商事)に新株を割り当てて資金を調達する方法。戦略的パートナーシップの構築にも活用されます。
DX(デジタルトランスフォーメーション)
デジタル技術を活用して業務プロセスやビジネスモデルを変革すること。天地人の場合、従来アナログだった水道管理業務を衛星データとAIで革新しています。
地表面温度観測
衛星に搭載された赤外線センサーで地表の温度分布を測定する技術。水道管から漏水すると周辺の地表面温度が変化するため、この観測データが漏水発見の鍵となります。
ASEAN(アセアン)
東南アジア諸国連合。急速な経済成長に伴いインフラ整備が課題となっており、天地人の技術が海外展開する有望市場です。
ルーツ・背景
宇宙ビジネスの商業化は、2000年代以降の「ニュースペース」と呼ばれる潮流から始まりました。それ以前の宇宙開発は政府主導で莫大な予算を必要としましたが、SpaceXなどの民間企業が打ち上げコストを劇的に削減したことで、宇宙を活用したビジネスが現実的になりました。
日本では、2016年に宇宙活動法が制定され、民間企業の宇宙ビジネス参入を後押しする法整備が進みました。JAXAも2018年から「J-SPARC」という民間企業との共創プログラムを開始し、宇宙技術の社会実装を加速させています。
天地人は2019年5月の設立で、まさにこの日本の宇宙ビジネス黎明期に誕生しました。創業者の櫻庭康人氏はJAXA出身で、宇宙データの価値を熟知していながらも、その活用が研究レベルに留まっていることに課題意識を持っていました。「宇宙データを誰もが使えるようにする」というビジョンのもと、ITエンジニアと協力して事業を立ち上げました。
日本の水道インフラは、1960年代の高度経済成長期に集中的に整備されました。法定耐用年数40年を超える水道管が増加しており、2020年時点で管路の20%以上が老朽化しています。しかし自治体の財政難と人手不足で、十分な維持管理ができていないのが現状です。この社会課題と宇宙技術を結びつけたのが天地人の独創性です。
技術の仕組み
技術の仕組みを解説
天地人の「宇宙水道局」の技術は、宇宙からの「目」で地下の水道管の状態を推測する仕組みです。一見不可能に思えますが、物理現象を巧みに活用しています。
基本原理は熱の伝わり方です。水道管から水が漏れると、その水は周辺の土壌に染み込みます。水は土よりも熱を伝えやすい性質があるため、漏水箇所の地表面温度は周囲と微妙に異なります。夏は周りより冷たく、冬は温かくなる傾向があります。
観測の流れは次のようになります。まず、複数の地球観測衛星が定期的に同じ地域の地表面温度を測定します。このデータを収集し、時系列で分析します。季節変化や天候の影響を除去する処理を行い、異常な温度パターンを検出します。
AIの役割は、膨大なデータから漏水の兆候を見つけ出すことです。過去の漏水事例のデータで機械学習モデルを訓練し、「このパターンが出たら漏水の可能性が高い」という判定基準を学習させます。単純な温度差だけでなく、道路構造、地形、気象条件など複数の要素を組み合わせて判断します。
実際の運用では、AIが高リスク箇所をリストアップし、自治体の担当者に提供します。担当者はそのリスト順に現地調査を行うことで、効率的に漏水箇所を発見できます。従来は広域をくまなく調査していたのに対し、ピンポイントで調査できるため、調査範囲を大幅に削減できます。
この技術の優れた点は、非破壊・非接触で調査できることです。道路を掘り返す必要がなく、調査員が現地に行く前にリスク箇所を絞り込めます。また、衛星は定期的に同じ場所を観測するため、継続的なモニタリングが可能になります。
技術の仕組みを図解
実務での役立ち方
自治体職員・インフラ管理者の方へ
限られた予算と人員で広域のインフラを管理する必要がある現場では、天地人の技術により調査の優先順位付けが科学的根拠に基づいて行えます。経験豊富なベテラン職員の勘に頼る部分が多かった業務を、データドリブンに転換できます。議会への予算説明時にも、客観的なデータが説得材料になります。
建設・設備コンサルタントの方へ
水道事業のコンサルティングにおいて、最新の衛星データ解析技術を提案できることは差別化要素になります。従来の現地調査に加えて、事前のリスク評価フェーズを設けることで、プロジェクト全体の効率と品質が向上します。
商社・投資関係の方へ
宇宙ビジネスは今後成長が期待される分野です。天地人のような社会課題解決型の宇宙ベンチャーは、ESG投資の観点からも注目されています。ASEAN展開など海外事業の可能性も大きく、投資先や協業先としての検討価値があります。
地域金融機関の方へ
地方の自治体が顧客である場合、インフラ老朽化は共通課題です。天地人のようなソリューション企業を地域に紹介することで、課題解決に貢献できます。また、宇宙ビジネスという成長分野への融資実績は、機関としてのブランド価値向上にもつながります。
IT・データサイエンティストの方へ
衛星データ×AIという最先端技術の組み合わせは、技術者として極めて魅力的な領域です。リモートセンシング、機械学習、クラウド基盤構築など、複合的なスキルを磨けます。社会課題解決という明確な目的があるため、自分の仕事の意義を実感しやすい環境です。
キャリアへの効果
宇宙ビジネスとデータサイエンスの知識は、今後10年で最も価値が高まるスキルセットの一つです。
市場価値の向上:宇宙データ活用の専門家は世界的に不足しており、希少性が高いです。日本政府は2030年代早期に宇宙産業市場を8兆円規模に拡大する目標を掲げており、人材需要は確実に増加します。
業界横断的な応用力:衛星データ解析の技術は、水道だけでなく農業、防災、都市計画、保険、物流など多様な分野に応用できます。一つの業界に限定されない汎用性の高いスキルです。
グローバルな展開可能性:インフラ老朽化は先進国共通の課題であり、新興国ではインフラ整備そのものが課題です。日本で培った経験は国際的にも通用します。
起業・新規事業のネタ:宇宙データのビジネス活用はまだ開拓途上の領域です。天地人のアプローチを学ぶことで、自分なりの応用アイデアを発想できる可能性があります。
社会的意義の実感:社会インフラの維持、持続可能性への貢献など、仕事の社会的価値が明確です。長期的なキャリアのモチベーション維持につながります。
技術トレンドの先取り:AI、クラウド、IoT、宇宙技術といった最先端技術の統合的な活用を経験できます。これらの技術は今後さまざまな産業で標準になっていくため、先行者利益があります。
学習ステップ
学習ステップを解説
宇宙データビジネスについて学び、実務で活かせるようになるまでのステップを、段階的に示します。
フェーズ1:基礎理解(1-2ヶ月)
- 目標:宇宙ビジネスの全体像と基本用語を理解する
- チェックポイント:「地球観測衛星とは何か」を他人に説明できる
- 具体的行動:宇宙ビジネス入門書を1冊読む、JAXAのウェブサイトで事例を調べる
- マイルストーン:天地人のような企業が何をしているか、自分の言葉で説明できる
フェーズ2:技術的基礎(2-3ヶ月)
- 目標:衛星データとAI解析の基本を学ぶ
- チェックポイント:Pythonで簡単なデータ分析ができる、機械学習の基本概念を理解している
- 具体的行動:オンライン講座でPythonとデータ分析を学ぶ、Kaggleなどで衛星画像データのチュートリアルに挑戦
- マイルストーン:公開されている衛星データをダウンロードして可視化できる
フェーズ3:実践的応用(3-6ヶ月)
- 目標:自分の業界・関心領域で衛星データをどう活用できるか考える
- チェックポイント:具体的な活用アイデアを3つ以上リストアップできる
- 具体的行動:自分の業務課題と衛星データの組み合わせを検討、天地人や類似企業のケーススタディを研究
- マイルストーン:上司や同僚に衛星データ活用の提案書を作成して説明できる
フェーズ4:専門性の深化(6-12ヶ月)
- 目標:特定分野での専門知識を構築する
- チェックポイント:学会やイベントで情報発信できるレベル
- 具体的行動:専門書の精読、オンラインコミュニティへの参加、実際の小規模プロジェクトに参画
- マイルストーン:業界内で「衛星データに詳しい人」として認知される
フェーズ5:実装・事業化(12ヶ月以降)
- 目標:実際にビジネスで成果を出す、または新規事業を立ち上げる
- チェックポイント:ROIが測定できる成果を出す
- 具体的行動:社内プロジェクトのリード、ベンチャー企業への転職、起業の検討
- マイルストーン:衛星データ活用で具体的な経済価値を創出する
各フェーズで重要なのは、実際に手を動かすこととフィードバックを得ることです。本を読むだけでなく、実際にデータに触れ、アイデアを誰かに話して反応を見ることで理解が深まります。
学習ステップを図解
あとがき
天地人の事例は、「宇宙」という壮大なテーマが、実は私たちの日常生活と密接につながっていることを教えてくれます。水道管の漏水という地味に見える課題が、宇宙からの視点で解決できるというのは、技術の可能性を感じさせます。
重要なのは、天地人が単に「宇宙技術がすごい」で終わらせず、社会課題の解決という明確な目的を持っていることです。技術はあくまで手段であり、最終的には自治体の財政負担軽減、貴重な水資源の保全、そして持続可能な社会の実現に貢献しています。
また、JAXAという公的機関と民間企業の協働モデルも示唆に富んでいます。研究開発で培われた技術を社会実装するには、民間の事業化力が不可欠です。逆に、民間企業が単独で宇宙技術を開発するのは困難です。双方の強みを組み合わせた形が、これからの日本のイノベーションのあり方を示しているのかもしれません。
宇宙ビジネスはまだ黎明期です。天地人のような先駆者が切り開いた道を、これから多くの企業や人材が続いていくでしょう。この分野に興味を持った方は、ぜひ一歩を踏み出してみてください。衛星は毎日、私たちの頭上を飛び続けています。そのデータをどう活かすかは、私たち次第です。
オススメの書籍
宇宙ビジネス
宇宙ビジネス全体の動向を網羅的に解説した入門書。SpaceXなどの海外事例から日本の宇宙ベンチャーまで、業界全体の構造が理解できます。初心者が最初に読むべき一冊です。
人工知能プログラミングのための数学がわかる本
AI解析の基礎となる数学を、プログラミングと結びつけて学べる実践的な書籍。天地人が使うような機械学習技術の数学的背景を理解したい方に最適です。
Pythonで学ぶ衛星データ解析基礎――環境変化を定量的に把握しよう
実際に衛星データを使った解析をPythonで実践できる技術書。具体的なコード例が豊富で、手を動かしながら学べます。データサイエンティストを目指す方に推奨します。
インフラ崩壊 老朽化する日本を救う「省インフラ」 (日経プレミアシリーズ)
日本のインフラ老朽化問題を包括的に論じた良書。天地人のような技術がなぜ必要とされているのか、社会課題の背景を深く理解できます。政策提言も含む内容で、マクロな視点を得られます。
時空旅人 別冊 宇宙開発史
1945年のV2ロケット開発から2020年のスペースX社まで、約75年にわたる宇宙開発の歴史を時系列で詳しく解説した歴史書です。ガガーリンの有人飛行、アポロ計画、日本の「はやぶさ」など、人類の宇宙探査における重要なマイルストーンを網羅し、JAXAや油井亀美也宇宙飛行士へのインタビューなど日本の宇宙開発にも焦点を当てています。巻末には注目の宇宙ベンチャー企業の紹介や全国の宇宙科学関連施設ガイドも収録されており、過去から現在、そして民間宇宙開発の未来までを包括的に理解できる内容となっています。
Discussion