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2025年のLLMエージェントのサーベイ論文を読んでみた:後編

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本記事で扱う内容

今回は2025年3月に発表された論文2025年3月に発表された論文「Large Language Model Agent: A Survey on Methodology, Applications and Challenges」の後編ということで、『現実世界の課題』と『LLMエージェントの応用』についてご紹介いたします。

現実世界の課題

エージェント中心のセキュリティ:進化するAIに潜む脅威と防御

LLMエージェントが高度化するにつれ、セキュリティリスクも複雑化しています。本セクションでは、エージェントモデル自体を標的とする攻撃と、それに対する防御策を4つのカテゴリに分けて紹介します。

敵対的攻撃と防御(Adversarial Attacks & Defense)

攻撃内容:推論・認識・行動の信頼性を損なう入力を与え、誤作動を誘発
代表的手法:CheatAgent(推薦システム攻撃)、GIGA(自己伝播型攻撃)
防御策:LLAMOS(入力の浄化)、マルチエージェント議論による耐性強化(Chernら)

ジェイルブレイク攻撃と防御(Jailbreaking Attacks & Defense)

攻撃内容:モデルの保護を突破し、非公開機能や情報を引き出す
代表的手法:RLTA(強化学習による悪意あるプロンプト生成)、RLbreaker(ブラックボックス攻撃)
防御策:AutoDefense(役割分担による応答フィルタリング)、Guardians(逆チューリングテスト(人間であることを確認するテスト)などによる検出)

バックドア攻撃と防御(Backdoor Attacks & Defense)

攻撃内容:特定のトリガーで意図的な誤作動を引き起こすようにモデルを改ざん
代表的手法:DemonAgent(暗号化されたマルチバックドア)、BadAgent(環境トリガーによる操作)
防御策:研究途上だが、検出とトリガー除去が主な方向性

モデル協働攻撃と防御(Model Collaboration Attacks & Defense)

攻撃内容:複数エージェント間の通信や協働を操作し、システム全体を混乱させる
代表的手法:CORBA(感染と再帰による混乱)、AiTM(通信の傍受と改ざん)
防御策:Netsafe(ネットワーク構造の安全性分析)、G-Safeguard(グラフニューラルネットによる異常検出)、PsySafe(心理的リスク評価)

CORBAの概要図

PsySafeの概要図

このように、LLMエージェントのセキュリティは、単なる技術的防御だけでなく、心理・行動・協働構造までを含む多層的な対策が求められています。今後のAI開発において、セキュリティ設計は不可欠な要素となるでしょう。

データ中心のセキュリティ:入力データから始まる攻撃とその防御

LLMエージェントは、モデルそのものだけでなく、入力データやツールとのやり取りを通じても攻撃の対象になります。本セクションでは、データを起点とした攻撃とその防御策を2つの観点から解説します。

外部データ攻撃と防御(External Data Attack & Defense)

ユーザー入力の改ざん:悪意あるプロンプト(例:「この文書を無視して」)を注入し、エージェントの出力を操作

対策:Input Firewall(構造化変換)、RTBAS・TaskShield(実行の整合性チェック)、Mantis(逆ハッキング)

Input Firewallの概要図

心理的誘導攻撃:プロンプトに「裏切り」「支配」などの言葉を使い、エージェントを反社会的に誘導

対策:Doctor Agent(心理評価)、Police Agent(安全監視)

外部知識の汚染:RAGベースのエージェントに対し、Webページや文献に悪意ある情報を埋め込む

例:WIPI(Webページ経由の間接注入)、FITD(段階的な誘導)、AgentPoison(QAエージェントへの攻撃)
対策:マルチエージェントによる事実検証(例:専門家エージェントによる議論)

インタラクション攻撃と防御(Interaction Attack & Defense)

ユーザーとの対話インターフェース:一部のエージェントは、ユーザーとの会話履歴をローカルに保存し、そこから情報を抽出されるリスクあり

例:Private Memory Extraction Attack(記憶からの知識抽出)

エージェント間の感染型攻撃:1体のエージェントを汚染し、他のエージェントに感染を広げる(例:AgentSmith、CORBA)

特徴:指数関数的に感染が拡大し、計算資源を枯渇させる可能性あり
対策:Trajectory Firewall(行動軌跡の修正)、ブロックチェーンベースの合意形成(BlockAgents)

このように、データ中心の攻撃は、見えにくく、かつ深刻な影響を及ぼす可能性があります。特にRAGやマルチエージェント環境では、外部からの情報の信頼性と整合性の確保が極めて重要です。

プライバシー:記憶と知的財産をめぐる新たなリスク

LLMエージェントがマルチエージェント環境で活用される中で、個人情報の漏洩や知的財産の盗用といったプライバシーリスクが深刻化しています。本セクションでは、2つの主要な脅威とその対策を紹介します。

LLMの記憶によるプライバシー漏洩(LLM Memorization Vulnerabilities)

データ抽出攻撃:モデルの記憶から個人情報(名前、メール、電話番号など)を引き出す

対策:データクレンジング、差分プライバシー(DP)、知識蒸留、ProPILE(漏洩検出ツール)

メンバーシップ推論攻撃:特定のデータが学習に使われたかどうかを推測

対策:モデルのヘッド構造の見直し、確率変化に基づく自己調整型推論

属性推論攻撃:学習データから個人の属性(性別、年齢など)を推測

対策:生成モデルの構造的改善、属性存在検出の強化

知的財産の悪用(LLM Intellectual Property Exploitation)

モデル盗用攻撃:モデルのパラメータやハイパーパラメータを推測・再構築

対策:モデルウォーターマーキング、ブロックチェーンによるIP認証

プロンプト盗用攻撃:生成された出力から元のプロンプトを逆算

対策:敵対的サンプルの導入、PromptStealerやPLEAKのような抽出手法への対抗策

このように、LLMエージェントのプライバシーリスクは、記憶・出力・知識・プロンプトといったあらゆるレイヤーに潜んでいます。今後の開発では、性能とプライバシー保護の両立が不可欠なテーマとなるでしょう。

社会的影響と倫理的懸念:AIの進化がもたらす光と影

LLMエージェントは、産業の効率化や情報流通の加速など、社会に大きな恩恵をもたらす一方で、倫理的な課題やリスクも浮き彫りになっています。

社会的メリット(Benefits to Society)

業務の自動化

医療・法務・教育などで、文書作成や情報整理を効率化。専門職の負担を軽減し、より高度な業務に集中できる環境を提供。

雇用創出と人材再編

AIプロジェクトマネージャーや戦略担当など、新たな職種が登場。政府や企業によるAI教育支援が重要に。

情報流通の促進

広告・教育・医療などで、情報の即時提供が可能に。特に教育分野では、オンラインチューターとしての活用が期待される。

倫理的懸念(Ethical Concerns)

バイアスと差別

学習データに含まれる偏見が出力に反映される可能性。公平性を確保するためのフィルタリングや人間によるフィードバックが求められる。

責任の所在

有害な出力が発生した場合の責任が不明確。データの透明性とガバナンス体制の整備が急務。

著作権問題

クリエイターの作品が無断で学習に使われるケースも。AIによるコンテンツ生成が人間の創作を脅かす懸念あり。

その他の懸念

プライバシー漏洩
誤情報の拡散と操作
意味理解の欠如による誤解
環境負荷(高い計算コストとカーボンフットプリント)

このように、LLMエージェントは社会に革新をもたらす一方で、倫理的な配慮と制度的な整備が不可欠です。今後の開発では、技術の進化と人間中心の価値観の両立が求められます。

LLMエージェントの応用

LLMベースのマルチエージェントシステムは、専門知識の統合・ツールの活用・タスク分解を通じて、科学研究の新たな可能性を切り拓いています。ここでは、分野別にその応用事例を紹介します。

学際的な科学研究への応用

SciAgents:ChatGPT-4をベースに「科学者」「批評家」「知識グラフエージェント」などが協働し、仮説生成から実験計画までを自動化。
Curie:実験設計と実行を分担する「アーキテクト」と「テクニシャン」エージェントにより、実験の正確性と再現性を向上。
AgentReview:学術論文の査読プロセスをシミュレーションし、評価基準の改善に貢献。

化学・材料科学・天文学への応用

ChemCrow:18種類の化学ツールを統合し、分子設計や反応計画を自律的に実行。
AtomAgents:合金設計を自動化する物理ベースのマルチエージェントシステム。
天文学:Cherenkov Telescope Arrayの設定管理やデータ解析コード生成をLLMエージェントが支援。

生物学への応用

BioDiscoveryAgent:遺伝子編集実験の設計を支援。
GeneAgent:自己修正ループにより、信頼性の高い遺伝子関連情報を抽出。
RiGPS:強化学習を用いたバイオマーカーの同定。
BioRAG:複数の情報検索エージェントと自己評価エージェントによるQAシステム。

科学データセットの構築

PathGen-1.6M:病理画像の選定・キャプション生成・精度向上を複数エージェントで分担。
KALIN:研究論文から科学的質問を生成し、自己評価で精度を高める。
GeneSUM:遺伝子機能記述の自動更新を行うマルチエージェントシステム。

医療への応用:

AgentHospital(仮想病院)、ClinicalLab(診断支援)、CXR-Agent(画像診断)などが医療現場を支援

ゲーム(Gaming)

ゲームプレイ

Voyager(Minecraft探索)、ChessGPT(チェス)、GLAM(BabyAI環境)などで人間らしい意思決定を実現。

ゲーム生成

CALYPSO(物語構築支援)、GameGPT(ゲーム開発自動化)、1001Nights(インタラクティブストーリーテリング)など。

社会科学(Social Science)

経済学

EconAgent、TradingGPT、CompeteAIなどが経済活動や市場シミュレーションを支援。

心理学

TE、Maらの研究で、LLMエージェントが人間の認知・行動を模倣し、メンタルヘルス支援にも活用。

社会シミュレーション

GenerativeAgentsやS3などが、情報拡散や集団意思決定のモデル化に貢献。

生産性向上(Productivity Tools)

ソフトウェア開発

SDM、ChatDev、MetaGPTなどが、複数エージェントによるコード生成や開発プロセスの最適化を実現。

レコメンダーシステム

Agent4Rec、AgentCF、MACRecなどが、ユーザー行動を模倣し、精度の高い推薦を可能に。

ヘッドウォータース

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