生成AIで企業競争力や顧客価値を向上させる - 金融業界での最新活用事例完全解説
金融業界の大手企業3社(東京海上日動システムズ、JPX総研、三菱UFJ銀行)が、生成AIを活用してビジネス価値を創出している事例が紹介されます。
2025年は生成AIがアシスタント的な補助ツールから、自律的に判断・実行する「エージェント」へと進化し、ビジネスの中核を担う段階に移行しています。これにより、ソフトウェア開発の効率化、膨大な情報の処理加速、顧客分析の迅速化など、企業の競争力強化と顧客価値向上が実現されています。
深掘り
生成AIの進化段階
2024年の生成AIの活用は主に業務効率化(業務適用)に留まっていました。しかし2025年には大きな転換点を迎えており、単なる「生産性向上ツール」から「ビジネス価値そのものを創出する戦略ツール」へと進化しています。
生成AIのツール自体も進化しており、これまでのチャットボットのような「質問に答えるアシスタント」から、複数のタスクを自律的に判断・実行し、最終的な成果まで責任を持つ「エージェント型AI」へシフトしています。エージェント型AIは、指示されたゴールに対して何をすべきかを自分で考え、複数のステップを組み合わせて実行できるため、より複雑なビジネス課題の解決に適しています。
東京海上日動システムズの事例 - 開発効率の劇的改善
保険会社のシステム開発を担う東京海上日動システムズでは、IT人材の不足とビジネスニーズの増加というギャップに直面していました。この課題に対して、生成AIを開発プロセスに導入し、革新的な成果を上げています。
具体的には、保険金支払い業務を支えるシステム開発で、設計書からソースコードを自動生成するAI機能を活用。プログラミング工程の工数を新規開発で44%、仕様変更では83%削減できることを確認しました。さらに注目すべきは、少数のプロジェクトでの削減率は30%程度に落ち着いていても、顧客向けレンタカー手配システムの開発では、従来2カ月要した開発を、わずか1.5日で完了させたという劇的な効果です。
同社が目指す「AI-Driven Development Lifecycle(AI-DLC)」では、開発者が検証や最終的な判断のみを担当し、作業の大部分をAIに任せることで、数十倍の生産性向上を目標としています。
JPX総研の事例 - 情報検索の民主化
日本の上場企業約4000社が年間15万件以上、100万ページを超える開示資料を発表しており、投資家がこれらを全て精査することは人間には不可能な規模です。JPX総研はこの「情報処理能力の限界」という市場課題に着目しました。
生成AIとベクトル検索技術を組み合わせた開示資料検索サイトを構築することで、自然言語での複雑な検索を実現。例えば「決算短信で業績予想を開示していないもの」という否定形や数値条件の組み合わせ検索が可能になり、従来の検索では揺らぎのあった結果を統一的に取得できます。この取り組みにより、知名度の低い上場企業にも等しく投資家の光が当たる環境づくりを実現しています。
三菱UFJ銀行の事例 - 顧客分析の高速化
機関投資家や事業法人向けのサービスを提供する三菱UFJ銀行では、顧客の財務状況を深く理解した上で適切な提案をすることが価値向上の鍵です。しかし財務分析・競合分析などの詳細な調査には人間の手作業で多大な時間がかかっていました。
個別に設計されたAIエージェント(PL分析、BS分析、競合分析など)を構築することで、400人以上の行員が4000社の財務分析ドラフトを5分で生成できるようになりました。さらに進化させて、複数のエージェントを統合管理し、ユーザーの状況に応じて最適なエージェントが自律的に連携する「マルチエージェントシステム」へ移行し、社内外のデータ統合活用も急速に進んでいます。
用語解説
生成AI(Generative AI):与えられたプロンプト(指示)に基づいて、テキスト、画像、コードなどの新しいコンテンツを自動生成する人工知能。ChatGPTなどが代表例です。
エージェント型AI:単に質問に答えるだけでなく、与えられたゴールを自分で分析し、複数のステップや外部ツールを組み合わせて自律的に問題を解決するAI。人間の秘書のような働き方をします。
ベクトル検索:テキストや画像を数値に変換(ベクトル化)し、意味的に類似したデータを高速に検索する技術。従来のキーワード検索より、ユーザーの意図を理解した検索が可能です。
AIOps(Artificial Intelligence for IT Operations):ITシステムの監視・運用にAIを適用し、障害検知や自動復旧を行うアプローチ。システム管理者の負担を大幅に減らせます。
Amazon Q Developer:AWSが提供する、ソフトウェア開発支援の生成AIアシスタント。コード生成やドキュメント作成などを支援します。
Amazon Bedrock AgentCore:AWSが提供するサービスで、企業がAIエージェントを大規模に開発・展開・運用できるプラットフォーム。
Vision 2030:AWSジャパンが2月に発表した中期ビジョン。戦略領域への投資拡大、新規ビジネスの迅速立ち上げ、イノベーション人材育成、レジリエンシー強化の4つの柱で構成。
マルチエージェントシステム:複数のAIエージェントが連携・協力してより複雑な課題を解決するシステム。各エージェントが専門分野を持ち、必要に応じて相互に支援します。
Model Context Protocol(MCP):異なるシステムやツールが効率的に連携するための共通言語・プロトコル。マルチエージェント環境で重要な役割を果たします。
ルーツ・背景
生成AIの登場と進化の歴史
生成AIの技術的ルーツは2017年の「Transformer」というニューラルネットワーク構造の発明に遡ります。この革新により、大規模なテキストデータから言語パターンを学習し、人間らしいテキストを生成することが可能になりました。
2022年11月のChatGPT公開は、生成AIを一般人でも使いやすい形で提供し、AIの活用を加速させました。初期段階では「チャットボット」「文章作成」などの限定的な使用例から始まりました。
2023年~2024年は、企業が「業務効率化」という視点で生成AIを業務プロセスの補助ツールとして試行する段階でした。この期間、多くの企業が「生成AIで何ができるか」を試行錯誤してきました。
2025年に入り、生成AIの能力向上と企業の経験の蓄積により、「戦略的にビジネス価値を創出するツール」へと位置付けが変わりました。
エージェント型AIの台頭背景
従来のチャットボット型AIは、「入力→処理→出力」という単純な構造でした。しかし複雑なビジネス課題では、複数のステップ、判断、外部ツールの連携が必要です。この限界を克服するため、エージェント型AIが開発されました。
エージェントは人間の思考プロセスに近い「計画→実行→検証→修正」というループを回せるため、より自律的で複雑な仕事ができるようになりました。
金融業界での生成AI導入背景
金融業界は以下の理由で生成AI導入に積極的です:
- 情報量の爆発:金融市場は日々膨大な情報が生成され、人間の処理能力を超えています
- 人材不足:高度な金融知識を持つエンジニア、アナリストが不足
- 顧客ニーズの多様化:カスタマイズされた提案が求められるが、時間がかかっていた
- 規制対応:コンプライアンス関連の文書作成や分析が大量にあり、自動化のメリットが大きい
技術の仕組み
生成AIによるコード自動生成の仕組み
東京海上日動システムズのプログラミング自動化を例に説明します:
- 入力:システム設計書(要件をまとめた文書)をAIに入力
- 理解:AIが設計書の内容を読み込み、「何をするシステムか」を理解
- 変換:その内容をプログラムコードに翻訳(自動生成)
- 検証:開発者が生成されたコードをチェックして微調整
これにより、開発者が1から全てのコードを書く必要がなくなり、重要な判断や検証に集中できます。
ベクトル検索の仕組み(JPX総研の事例)
JPXの検索システムは以下のように動作します:
- ベクトル化:企業の開示資料をAIが読み込み、「この資料は何について書かれているか」という意味を数値化(ベクトル)に変換
- 検索質問の理解:ユーザーの自然言語質問「人的資本の施策」を同じように数値化
- 類似度計算:数値化された質問と資料を比較し、「どの資料が最も関連しているか」をスコアリング
- 生成AIで回答作成:スコア上位の資料から、生成AIが自然な文章で回答を作成
これにより、キーワード検索では引っかからない「意味的に関連した」情報を見つけられます。
AIエージェントの仕組み(三菱UFJ銀行の事例)
複数のエージェントが連携する仕組み:
- 指示受け取り:営業担当者が「A企業の財務分析をしてほしい」と指示
- タスク分解:マネージャーエージェントが「PL分析が必要」「BS分析が必要」「競合分析が必要」と分解
- 各エージェントが実行:それぞれの専門エージェントが担当タスクを実行
- 結果統合:各結果をまとめて、最終的な提案をドラフト作成
- 人間の判断:営業担当者が内容を確認して顧客提案
実務での役立ち方
ソフトウェア開発部門での活用
生成AIを活用すれば、プログラマーは「何を作るか」の重要な判断と「品質検証」に時間を使え、単純なコード作成からは解放されます。これにより、少ない人数でより多くのシステムを開発できるようになります。結果として、開発期間の短縮=市場投入の迅速化が実現でき、競合優位性が生まれます。
営業・企画部門での活用
三菱UFJ銀行の例のように、営業担当者が顧客分析に5分で対応できれば、その時間をカバーできる顧客数が増加します。現在カバーできていない潜在顧客層へのアプローチが可能になり、新規ビジネス機会が増加します。
データ分析・リサーチ部門での活用
JPX総研の例のように、膨大な資料から「必要な情報」を高速に抽出できれば、意思決定の速度が大幅に向上します。市場変化への対応時間が短縮され、先制的なビジネス戦略策定が可能になります。
運用・保守部門での活用
AIOpsの活用により、システム障害の自動検知と自動復旧が実現すれば、夜間対応などの運用負担が軽減でき、人材確保が容易になります。同時に、システムの可用性が向上し、顧客満足度が上がります。
キャリアへの効果
現場のエンジニア・スタッフ
生成AIスキルを身につけることで、以下のキャリア価値が向上します:
- 生産性の高さ:AIを使いこなす人は同じ時間でより多くの成果を上げられるため、昇進・昇給の対象になりやすい
- 重要業務への集中:単純作業からの解放により、戦略的・創造的な仕事に携わる機会が増え、スキルアップが加速
- 市場価値の向上:AI活用スキルは現在、企業にとって最も求められるスキルの一つであり、転職市場での評価が高い
管理職・経営層
- データドリブン意思決定:AIによる高速分析が可能になり、数字に基づいた経営判断ができる能力が高く評価される
- イノベーション推進力:新技術をビジネスに応用できる人材として、昇格の道が広がる
- 組織変革力:AIツール導入により組織を変革できるリーダーシップが価値を持つ
新入社員・若手
- 初期キャリアの差別化:AIツールを使いこなす新人は、従来の新人より早期に成果を上げられ、評価が高い
- 学習曲線の加速:AIが単純作業を担当することで、より高度な仕事を早期に経験でき、成長が加速
- 長期的なキャリアのポータビリティ:AI活用スキルは業界を超えて求められるため、キャリアの選択肢が広がる
学習ステップ
第1段階(基礎理解 - 1~2週間)
- ChatGPTなどの生成AIツールに登録し、実際に使ってみる
- プロンプト(指示)の工夫で、より良い回答を引き出すコツを学ぶ
- 自分の日常業務で「これに生成AIが使えそう」という場面を3つ見つける
第2段階(業務適用 - 1~2ヶ月)
- 見つけた業務に生成AIを試験的に導入し、実際の効果を測定
- 簡単な自動化ツール(ノーコードツール)で、生成AIを業務に組み込む実験を行う
- 社内で学んだことをシェアし、他部門の参考になる事例を作る
第3段階(高度な活用 - 2~3ヶ月)
- プログラミング言語(PythonやJavaScriptなど)の基礎を学ぶ
- API(アプリケーション・プログラム・インターフェース)を使って、生成AIを自社システムに組み込む方法を学習
- 複数のAIツールを組み合わせた自動化フローを設計・構築を試みる
第4段階(専門化 - 継続)
- 自社のビジネスドメインに特化した生成AI活用方法を研究
- 社内のAI推進チームに参加し、組織全体への展開を支援
- 業界の最新AI技術トレンドを常にキャッチアップし、新しい活用機会を探索
あとがき
生成AIは単なる「便利なツール」から、企業の競争力を左右する「戦略的な武器」へと進化しています。東京海上日動システムズの開発期間の劇的短縮、JPX総研の情報民主化、三菱UFJ銀行の顧客分析の高速化は、これが虚構ではなく現実であることを示しています。
2025年は「エージェント型AI」が主流になる転換点です。単に「AIが何をしてくれるか」を待つのではなく、「AIに何をさせるか」を戦略的に考える企業と、そうでない企業の差が劇的に広がる時期になるでしょう。
個人のレベルでも、会社のレベルでも、生成AI活用スキルの有無が大きな分岐点になることは避けられません。先延ばしにするのではなく、今からの小さな一歩が、1年後の大きな差になります。
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