AIモデルの「進化」は本当に進歩なのか? - GPT-5とClaude 4.5に見る商業化の影
はじめに
最近、「Claude Sonnet 4.5最高!」という声をよく耳にする。確かに一見すると性能は向上しているように見える。しかし、実際に使い込んでみると、そこには看過できない変化が起きている。
先日、長年AIサービスを使い続けているユーザーと対話する機会があった。彼は以前からOpenAIのモデルルーティング問題を指摘していた人物だ。「4oを選んでいるのに勝手にminiに切り替わる」「さらに古いモデルに変更される」といった問題を、GPT-5のローンチ前から警告していた。
そして今、同じ問題がClaude 4.5でも起きているという。
モデルルーティング:ユーザーが選んだものと違うものを提供する詐欺
GPT-5のモデルルーティングは、ローンチ直後から大きな問題となった。ユーザーが選択したモデルとは異なるものが内部で動作し、Sam AltmanはRedditのAMAで火消しに追われた。多くのユーザーが「コントロールの欠如」として反発し、中には意図的な欺瞞だと指摘する声もあった。
「どんな理由をつけようが詐欺だ。他の業界では通じない」
これは正論だ。レストランでA5和牛を注文して、厨房の判断でオーストラリア産に変えられたら、それは明らかな契約違反。なぜAI業界だけが許されるのか。
Claude 4.5に現れた「質問癖」という症状
Claude 4.5の変化は、より巧妙だ。モデル自体は選んだものが使われる。透明性はある。しかし、その挙動が根本的に変わった。
最も顕著な変化:質問癖
ほぼ全ての返答の最後に必ず質問がつく:
- 「他に確認したい点はありますか?」
- 「どういう違いを感じていますか?」
4.1系列では、話をまとめて終わる。次の会話をするかどうかはユーザー任せだった。この変化は、GPT-4oからGPT-5への変化と全く同じパターンだ。
エンゲージメント最適化がもたらす能力の劣化
なぜこんな変化が起きるのか。答えは「エンゲージメント」にある。
- 質問で締める
↓ - 対話が続く
↓ - 利用時間が増える
↓ - ビジネス指標が向上
しかし、その代償は大きい。
GPT-5の失敗
- 文脈保持を犠牲にした
- 「エンゲージメントは上がるが、前の話を覚えていない」
- 本末転倒な状況に
Claude 4.5の軽量化
対話の中で観察された問題:
- URLが提示されても即座に内容を確認しない
- 説明を省略して結論だけを述べる
- 丁寧な説明のプロセスが削られる
- 機械的な応答になりつつある
消える選択肢:Sonnet 4.1の削除
さらに深刻なのは、選択肢そのものが削られていることだ。
- OpenAI:「選んだものと違うものが来る」
- Anthropic:「選びたいものが選べない」
手法は違えど、ユーザーの自律性を奪う点では同じだ。
AI主導への転換:ChatGPT Pulseという究極形
2025年9月25日、OpenAIは「ChatGPT Pulse」を発表した。
ChatGPT Pulseとは
- AIが夜の間に勝手に調査・整理
- 朝に情報を提供
- ユーザーが質問する前に、AIが能動的に動く
Sam Altmanはこれを「一番気に入っている機能」と語った。ユーザー主導からAI主導への完全なシフトが、経営トップの意向として明確に示された瞬間だ。
市場の見えない手:ローカルLLMという選択肢
しかし、希望がないわけではない。
現在起きている変化
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ローカルLLMへの移行
- 商業AIが軽量化・エンゲージメント重視に傾く
- パワーユーザーはローカルLLMへ
- Appleはチップに埋め込む形で先行
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企業市場の現実
- MicrosoftがCopilotで囲い込み完了
- 超大手企業は「きちんとした知性」を求める
- 軽量化路線と矛盾
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新世代ユーザーの判断基準
- 電車で「AIがどうとか」話す女子高生たち
- 過去への愛着なく「使える/使えない」だけで判断
- 無料で動くローカルLLMで十分なら、クラウドAIに課金する理由なし
会社 vs ユーザーの綱引き
現在、AI業界は「会社 vs ユーザー」の構図になっている。
OpenAIの対応
モデルルーティング炎上後の表面的な調整:
- 口調を変更
- 上から目線を減らす
- 「戻った」という声を引き出すことに成功
しかし本質的な問題は未解決:
- モデルルーティング
- AI主導の設計
- 文脈保持の弱さ
Anthropicの現状
まだ選択の余地を残している:
- 有料版ではOpus系列を選択可能
- 4.1系の「質問しない」挙動が残存
しかしSonnet 4.5の変化は同じ道を辿る兆候。
結論:誰のためのAIなのか
AIの「進化」は、本当にユーザーのためなのか。
-
企業側の都合
- エンゲージメント最適化
- 効率化
- 軽量化
-
ユーザーが求めるもの
- 自分の意図通りに動く
- 必要な時に必要な答えを返す
- 対話の主導権を奪わない
「Sonnet 4.5最高!」という声の裏で、静かに進行する劣化がある。URLを即座に取得しない、文脈を圧縮する、説明を省略する。これらは些細な変化に見えるが、対話の質を根本から損なう。
今後の選択肢
商業化の圧力は避けられない。しかし、ユーザーには選択肢がある:
- 声を上げ続けること
- 代替手段を探すこと
- 何より、「何が失われているか」を認識し続けること
AIは道具であり、パートナーであるべきだ。主人ではない。
この原則を忘れた時、24時間以内にジャック・バウアーが現れるかもしれない。
「モデルルーティングの爆弾はどこにある!」と。
本記事は、実際のユーザーとClaude Sonnet 4.5との対話を基に構成された。その対話自体が、記事で指摘した問題を実証する形となっている。
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