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休日でもつよつよエンジニアは勉強してる。勉強しないと不安が止まらない病を倒すために必要なこと⚔️

2022/04/17に公開約6,000字

💡 3秒まとめ

  • 休みの日も勉強していないと不安、焦燥感が止まらない。これは病気か?
  • 休日にも問答無用で襲い掛かってくる、言いようもない不安はFOMOなのか?
  • 学びの効率差は、よわよわとつよつよを分断するか?
  • 学びが好きだ。勉強は嫌いだ。
  • 学びで人生を幸せに生きたい。

■休みの日も勉強していないと不安、焦燥感が止まらない

休日も呼吸するように勉強している。

ぼくは、現役の薬剤師だ。薬局を任され、スタッフと一緒に患者さんの生活を守るのがお仕事。
でも、休日はFlutterやGCP、DockerやK8sの知識をつけるべく勉強し、個人開発に勤しんでいる。
一昨年は1000本以上の論文をまとめ上げ、5000字近いnoteを300本以上投稿している。

なぜ、そんなことをするのか。
それは、アウトプットが楽しいから。

でも、これはカッコつけた言い方で、本当はもっと恥ずかしい理由で勉強している。
それは、休日でも勉強していないと不安だからだ。
焦燥感がある。

僕は、その事実から目をそらしてきた。

https://rabspice.hatenablog.com/entry/2022/03/28/000158

最近、エンジニア界隈で勉強に関する記事がいくつも話題になっている。
そのスタートは、この記事だ(と私は思っている。)

詳しくはリンク先を読んでほしいのだけど、自分の無力感や、つよつよエンジニアが休日も勉強してたら勝てるワケないじゃないか。という絶望感を感じる。

この記事は僕にも響いた。学歴もなく、都会に住んでいるわけでもない。使えるコネもろくになく、親ガチャに恵まれたわけでもない。そもそもエンジニアでもないし。

つよつよなエンジニアの回答の例にはこんなものがある。

よく読むと分かるが、最初に紹介した記事の結論は、「それでも自分のペースで頑張ればいいじゃない。」であり、@mizuchiさんの意見と相反するものではない。mizuchiさんの意見も同意できるものだし、「勉強」にはいくつかの文脈があって、業務とうまく線引きできれば趣味の一環だという意見には強く同意する。

しかし、よわよわでエンジニアでもなく、休日に勉強をすることがやめられないほど焦燥感を感じている僕はもっと知りたい。この不安の原因や、つよつよと一般エンジニアの分断、勉強を続けることが幸せに繋がるのかどうかについて。

そこで、今回は私なりに漠然とした不安の原因を詳しく分析していきたい。

また、つよつよエンジニアとよわよわの僕とのあいだに分断は存在するのだろうか?
さらに分断があるとしたらその分断は修正可能なものなのか?について考察を加えたうえで、勉強は自分の幸福にポジティブな影響を与えることを証明したい。

休日を使ってでも学びを止められないあなたに、付き合ってほしい。

■休日にも問答無用で襲い掛かってくる、言いようもない不安はFOMOなのか?

私の知っている知識の中で、休日に感じる不安や焦燥感の原因を表す言葉としてピッタリなのはFOMO(Fear of missing out)である。SNSが普及した2010年台から右上がりに影響力を伸ばしているFOMOだが、聞き馴染みのない方もいるかと思うので、Wikiから意義を抜粋しておく。

FOMO: fear of missing out )とは、「自分が居ない間に他人が有益な体験をしているかもしれない」、と言う不安に襲われることを指す言葉である。 また、「自分が知らない間に何か楽しいことがあったのではないか」、「大きなニュースを見逃しているのではないか」と気になって落ち着かない状態も指すことから、 「見逃しの恐怖」とも言う。

FOMO はまた「後悔に対する恐れ」とも言え、それは社会関係、画期的体験、高収益な投資、その他の満足すべき出来事の機会を逃すかもしれないと言う、やむにやまれぬ心配を引き起こしかねない。言い換えれば、FOMO は「状況がどう変化しうるか想像できる」がゆえに、時間の使い方を間違えることに対する恐れを恒久化する。

特に後段のセクションが今回のケースに良くあてはまると思う。
要するに、つよつよエンジニアが休日でもつよつよな速度ですげー知識をキャッチアップしていくように感じる一方で、自分はその機会を逃しているという感覚だ。

確かにそうだ。
ぼくみたいなエンジニア未満が独学でDocument読んだり、YouTubeで解説動画探したりしてるうちに、つよつよエンジニアはどんどん新しい技術を学び、そして発信している。ZennやQiitaにはそんな人たちがゴロゴロいて、自分がちっぽけに見えてくる。それが僕の不安を煽っている。

詳しくない方の為に補足しておくと、FOMOは実は少し前に流行った概念で、FacebookやTwitterが台頭してきた頃に最も使われていた言葉だと思う。友達のキラキラ人生がオールウェイズ可視化されて、映えスポットに群がって僕も私もと自分を盛る原因を上手く表現している。

みんな、取り残されるのが怖い。

キラキラ人生が良いと思うか、つよつよエンジニアが良いと思うかに違いはあるけど、「優れている(ように見える人)に置いて行かれるのが怖い」という意味で、ふたつはよく似ている。

だから、つよつよエンジニアが休日も勉強しているとき、
僕が感じる不安の原因は、FOMOだと思う。

■新しいことを学ぶ効率差は、よわよわとつよつよを分断するか?

つよつよエンジニアと、そうでない人の学習効率には大きな差があるという。
私の実感としても、それは正しいように感じる。
ただ、冒頭の記事で紹介されている指数関数的なグラフは、現実を上手く表せていないと思う。

ぼくの考えでは、勉強時間と学習成果の効率はシグモイド曲線が適していると思う。

例えば、肺で赤血球は酸素と多く結合する。これはグラフの右側で示されており、つよつよエンジニアが高効率でたくさんの知識を身に着ける姿によく似ている。また、赤血球は末梢に酸素を持っていって放出する。これはグラフの左側で示されており、よわよわエンジニアが学んだことを上手く整理できず、知識が身につかない姿によく似ている。

この図を出した目的は、よわよわなエンジニアを絶望させるためではない。
もっと深くグラフを読みこんでみよう。

つよつよなエンジニアを考えてみよう。
確かにつよつよエンジニアの効率は高い。短い時間でたくさんの知識を吸収する。
しかし、「その効率には限界がある」

そう。1人の能力には限界がある。
考えてみてほしい。つよつよエンジニアなら、1日で世界から戦争を消し去るようなソフトウェアを産み出せるだろうか?もしくはそれを実現するために必要な知識を全て吸収できるだろうか?

いずれも否である。

さらに、グラフの左側、よわよわなエンジニアについて考えてみよう。
確かに彼の効率は悪い。たくさん勉強しても、リターンはほとんど得られない。

でも、それは最初だけだ。
たくさん勉強して、何も身につかなくて。
それでも勉強を続けて、次は1だけ前に進んで、つよつよの姿をみて絶望する。
それでも、それでもと前に進んでいくと、急にリターンが大きくなる時が来る。

また、つよつよエンジニアの学習効率は徐々に上がりづらくなっていくため、よわよわなエンジニアがつよつよエンジニアに近づくスピードは、取り残されるスピードよりもずっと速い。

そう、つよつよとよわよわは分断されているわけではない。
シグモイド曲線でつながっているんだ!!!!!

よわよわが追い付けないように思えても、勉強を続け、熟練度を上げれば近づくチャンスは十分あるということをここで伝えたかった。もしあなたがよわよわなエンジニアだとしたら、つよつよに近づくことは十分できるし、その段階まできたら、自分なりの強みを開発すれば、自分なりの良さを発見することができるだろう。

■学びが好きだ。勉強は嫌いだ。

「勉強」という言葉が「業務」や「学業」の領域で使われる言葉だとすれば、このツイートは正しい。プライベートの時間だという感覚を希薄にさせる時、「勉強」は苦痛をチラつかせ、僕らの心を壊しにかかってくる。

さて、ここで少し個人的な話をしてみたい。
ぼくは学校でやって来た勉強は嫌いだ。高校まではクソみたいな勉強成果しか出せなかった。
仕事も別に好きな訳じゃない。会社の為に身を削って馬車馬のように働くライフスタイルは、僕にとって軽蔑するものだ。

でも、大学に入ってから自分の意志で、興味を向けてやって来た勉強は好きだ。
遺伝子工学は楽しかった。その世界は生きものとモノの境界線が曖昧で、シビれるものだった。

薬剤師になってからも、薬剤師らしく保険制度を勉強するのは嫌いだった。
なんで2年に1回変わるし、特に美しくも効率的でもない制度を学ばなければいけないんだろうか・・・?それが義務だから。それ以外に答えは見つからなかった。クソだ。

でも、Flutterを勉強してみて、プログラミングが楽しいと思った。
いろんな業務を効率化すべくTypeScriptや様々なフレームワークを使い、売上のダッシュボードをつくったら、みんなが褒めてくれた。それも今までなかったような体験だ。楽しかった。

予算がない?MetabaseやSupersetがある。Dockerで導入すれば簡単じゃないか!もっと簡単に導入できるモノが欲しい?Google Data Studioがあるよ。データベースはこっちで整備するよ!もっともっともっと、みんながラクになるようなシステムを作りたい。そう思って、エンジニア仲間を作るためにコミュニティに入ってみたりもした。いま、僕の人生は充実している。

僕にとって、”やらされるもの”が勉強で、興味をもって”やる”ものが学びだ。

勉強はクソだ。やりたくないものは得られるものが少ない。他の興味との接点が少なくて、シグモイド曲線の右側に行こうとしている僕の足を引っ張ってくる。

でも、学びはすごいぞ。
興味と興味が結びついて、シグモイド曲線の右側に行け、行け!と背中を押してくれる。

そう、学びが好きだ。

この感覚は、大ベストセラー「ずっとやりたかったことを、やりなさい。」の一節によってさらに補強される。

あなたが何歳で、どのような人生をおくってきたにせよ、
やりたい創作がどんなことだとしても、
自分の創造性をひきだすのに遅すぎることはない。

自分が何者かに関係なく、創造性は今すぐに引き出すことができる。
想像性を引き出そうとしたとき、つよつよとよわよわには越えられない壁や分断を感じる。
でも、迷わず学びを続けるとき、急激に大きくなれるポイントに到達できる。
そうやって、自分もつよつよへと成長していくんだ。

ポエムだと思うか?
ポエムだよ。

でも、これが幸せな生き方だという学術的な裏付けもある。
それを紹介してこの記事を締めたいと思う。

■学びは人生を幸せにするか

ここまで僕の主観的な意見を述べてきた。
ひろゆきに「それってアナタの感想ですよね?」といわれたらぐうの音も出ない。

でも、僕は学びは人を幸せにすると信じている。それを証明したい。
だから、ちょっとしたエビデンスを載せておこうと思う。

https://www.tandfonline.com/doi/abs/10.1080/02601370.2011.570876

これは、2011年にロンドン大学の研究者が発表した論文だ。ロンドンで行われたEnglish Longitudinal Study of Ageing (ELSA)という全国調査の結果を分析したものである。50歳以上が対象の研究ではあるものの、学びが人生を幸せにするという効果の一端を知ることができる。

この研究によると、正規の学校教育では幸福度の向上は得られなかったものの、
芸術音楽学校以外の学びによって幸福度との向上が得られた

創造的な学びは人生を幸せにする。
これが何を意味するか。

私は、エンジニアとは人のイメージを具象化するものだと考えている。実現したい抽象概念をコードに落とし込み、実際にユーザーが触れるものに変え、生活を豊かにする。

この行為が、創造的と言わずなんだろうか。

エンジニアにとって、学びは創造の源だ。
だからこそ、エンジニアの学びは人生を幸せにすると思う。

なんだ、5000字も書いて迷うことなんて無かったじゃないか。

学びは、僕を幸せにする。
だから、学びつづける。

おまけ

https://twitter.com/hagakun_yakuzai

ぼくは薬局チェーンで薬剤師として働いています。
普段はChart.jsなどの可視化ライブラリやMetabaseなどのBIツールやデータベースを活用しながら、勤怠や売上管理の可視化ダッシュボードを作成しています。ほかにもFlutter / Firebaseで業績管理アプリを作成したり。

薬局/医療関係の可視化や管理ツールの作成など
協力できることがあれば手伝いますのでご連絡くださいな🙌

ただの友達もめっちゃ募集してます🙇‍♂️

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