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爆速開発の先にある技術負債とどう向き合うか?ビジネスサイドと信頼を築き、未来への投資を勝ち取る方法

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はじめに

「機能開発が最優先!でも、日に日に積み重なる技術的負債が気になって夜も眠れない…」
「技術的負債を解消したいけど、どうやってビジネスサイドに理解してもらえばいいんだろう…」

プロダクトの初期フェーズを爆速で駆け抜けてきたエンジニアなら、一度はこんな悩みを抱えたことがあるのではないでしょうか。

この記事では、スピード重視で立ち上げたプロダクトが抱える技術的負債に対し、適切なタイミングで正式にリソースを確保し、解消に取り組めるようになるために、ビジネスサイドとの信頼をいかに構築し、理解を得ていくか、その具体的なステップとコミュニケーション戦略について解説します。

私自身、プロダクトの立ち上げから運営に携わる中で、多くの試行錯誤を繰り返してきました。その経験から、技術的負債の解消は、単なるコードの修正ではなく、ビジネスサイドとの合意形成と、将来を見据えた投資であるということを痛感しています。この記事が、同じような課題を抱えるエンジニアの皆さんの一助となれば幸いです。

フェーズ1:信頼の獲得 - まずはビジネスで成果を出す

技術的負債の解消にリソースを割くためには、まずエンジニアがビジネスサイドから信頼を得ることが不可欠です。プロダクトの立ち上げ初期は、何よりもスピードが求められます。

1. スピード重視で短期的なビジネス目標を達成する

「このエンジニアは、ちゃんとビジネスのことを考えてくれている」
そう思ってもらうことが、最初の大きな一歩です。

  • 短期的なビジネス目標の達成にコミットする: まずは、ビジネスサイドが掲げる短期的な目標(例:MVPのリリース、特定機能の迅速な実装)を、スピード感を持って達成することに全力を注ぎましょう。これにより、「このエンジニアは頼りになる」「事業成長に貢献してくれる」というポジティブな印象を与えることができます。
  • ビジネス視点を持つ: 技術的な理想だけでなく、市場の状況、競合の動き、資金調達の状況など、ビジネス全体の文脈を理解しようと努める姿勢が重要です。この視点を持つエンジニアは、ビジネスサイドにとって非常に心強い存在となります。

2. 説明責任を果たす - 許容できない負債とセキュリティ

もちろん、スピード重視といっても、何でもかんでも後回しにして良いわけではありません。特に、将来的に大きな問題を引き起こしかねない負債や、セキュリティ上の致命的な脆弱性については、放置できません。

  • 曖昧な表現を避ける: 「技術的負債が溜まるからダメです」「セキュリティ的に問題があります」といった抽象的な説明では、ビジネスサイドには危機感が伝わりません。それどころか、「エンジニアはよく分からない理由で開発を遅らせようとしているのでは?」と不信感を抱かせてしまう可能性すらあります。
  • 具体的なリスクを、ビジネスサイドが理解できる言葉で説明する:
    • 例:「Aという仕様だと、悪意のある第三者がこういう方法で情報Xと情報Yを盗み出せる可能性があります。Xであればまだ流出の影響は大きくないですがYはまずいのではないでしょうか?また、これは一般的な攻撃手法なので攻撃が困難、というわけではありません。最低限UXを担保しつつセキュリティも守れるBの仕様はどうでしょうか?」
    • このように、具体的にどんな情報に対するどんなリスクがあるのかまで説明することでビジネスサイドも問題の深刻さを理解しやすくなります。一度不信感を持たれてしまうと、本当に重要なことであっても話を聞いてもらえなくなるため、初期のコミュニケーションは特に丁寧に行いましょう。また、UXも一定担保出来る別案を提案することでより信頼してもらいやすくなります。

3. 課題へのアプローチ - 優先順位付けと軽量な対応

プロダクト開発には、日々様々な課題が発生します。すべてに完璧に対応しようとすると、リソースがいくらあっても足りません。

  • 課題の優先順位を明確にする: 「それは本当に対処すべき課題か?」「今対処する必要があるのか?」を常に問いかけましょう。ビジネスインパクト、緊急度、技術的難易度などを考慮して、冷静に優先順位を判断します。
  • 優先度の低い課題は「やらない」勇気も: 全ての要望に応える必要はありません。優先度が低いと判断した課題については、その理由を明確にした上で「今は対応しない」という判断をすることも重要です。そして、その判断をビジネスサイドにも共有しましょう。
  • 優先度の高い課題は最小限の工数で賢く解決する: クリティカルな課題に対しては、迅速かつ最小限の工数で対応できる軽量な解決策を模索します。例えば完全自動化すると工数がかかるが一定の手動運用とスクリプトの組み合わせることで最小限の工数で目的を達成できることもあります。そして、その対応内容と効果をビジネスサイドに共有することで、事業のスピード感を意識しつつ課題解決してくれている、と思ってもらうことが出来ます。
  • 課題発生の共有と透明性: 課題が発生したこと、そしてそれに対してどのような判断(対応する、しない、後回しにするなど)をしたのかをビジネスサイドに透明性を持って共有することも、信頼関係構築の一環です。

4. 技術的負債だけでなく「ビジネス的負債」も意識する

エンジニアとしては、コードの綺麗さやアーキテクチャの美しさを追求したくなるものです。しかし、プロダクトの初期フェーズで過度にこれらを追求し、技術的負債の解消や長大な設計にリソースを割きすぎると、以下のような「ビジネス的負債」が積み上がるリスクがあります。

  • 開発遅延による機会損失: 機能開発が遅れ、事業計画が未達となれば、資金調達が難航し、採用も進まず、さらに開発が遅れるという負のスパイラルに陥る可能性があります。
  • 不完全な状態での無理な営業: 機能が不十分なまま、代表の個人的なつながりや無理な営業で契約を獲得せざるを得なくなり、結果として1年後に大量の解約(チャーン)が発生するかもしれません。
  • 競合への敗北: 競合他社が素早く市場のニーズを捉えた機能をリリースしていく中で、自社の開発が遅れれば、シェアを奪われ、取り返しのつかない差をつけられてしまうこともあります。

これらのビジネス的負債は、技術的負債以上に返済が困難な場合があります。プロダクトのフェーズに応じて、技術とビジネスのバランスを考えることが重要です。

フェーズ2:啓蒙活動 - 未来への種まき

ビジネスサイドとの信頼関係がある程度構築できたら、いよいよ技術的負債の解消に向けた「啓蒙活動」を開始します。ここでのポイントは、「いきなり感」をなくし、徐々に共通認識を形成していくことです。

1. 将来の課題を早期に共有・議論する

「今の開発スタイルを続けていくと、数ヶ月後にはこんな問題が起こりそうだな…」
そう感じ始めたら、少しずつビジネスサイドに情報を共有し、議論のテーブルに乗せていきましょう。

  • 具体的な課題を分かりやすく説明する: スピード重視の開発が、具体的にどのような技術的な課題を生み出し、それが将来的にどういったビジネス上の問題(例:パフォーマンス低下によるユーザー離脱、新機能開発の遅延、障害発生頻度の増加など)に繋がるのかを、専門用語を避け、ビジネスサイドが理解できる言葉や例え話を使って説明します。時には、実際のコードの一部を見せながら、「この部分が複雑になっていると、新しい機能を追加するのに以前の3倍時間がかかるようになってしまうんです」といった具体的な説明も有効です。
  • 「すぐに何とかしろ」ではないスタンスで: ここでの目的は、すぐにリソースを要求することではありません。「将来的にこういうことが課題になりそうなので、頭の片隅に置いておいてくださいね」というスタンスで、あくまで情報共有と問題意識の醸成に努めます。これにより、実際に技術的負債の解消に取り組むタイミングが来たときに、ビジネスサイドの理解を得やすくなります。

2. スピード重視から品質重視フェーズへの移行を示唆する

事業が成長し、ユーザー数が増え、プロダクトが複雑化してくると、いつまでも初期のスピード重視のままでは立ち行かなくなります。

  • フェーズの変化を伝える: 「今はスピードが最優先ですが、事業が軌道に乗ってきたら、どこかのタイミングでシステムの安定性や品質をより重視するフェーズが来るはずです。その際には、一度立ち止まって、これまでの技術的負債を整理する時間が必要になるかもしれません」といった形で、将来的な方針転換の可能性を事前に伝えておきます。

3. 技術的負債解消のタイミングを仮置きする

ある程度事業の成長が見えてきたら、具体的にいつ頃から技術的負債の解消にリソースを割きたいか、希望を伝えてみましょう。

  • あくまで事業進捗次第であることを強調する: 「もし事業がこのまま順調に進めば、Xヶ月後くらいから、少しずつ技術的負債の解消に着手したいと考えています」といった形で、希望を伝えます。ただし、「これはあくまで現時点での希望であり、事業の状況は常に変化するので、最終的な判断は状況に応じて柔軟に行いましょう」という姿勢を示すことが重要です。将来のことは誰にも正確には予測できないため、固定的な計画に固執するのではなく、変化に対応できる柔軟性を持つことが、ビジネスサイドからの信頼をさらに高めます。
  • 信頼貯金の効果: ここまで丁寧にコミュニケーションを積み重ね、ビジネスでの成果も出していれば、ビジネスサイドもあなたの意見に真摯に耳を傾けてくれるはずです。「このエンジニアが言うなら、きっと必要なことなんだろう」と思ってもらいやすくなります。

フェーズ3:計画立案 - 負債解消への具体的な準備

「よし、技術的負債の解消に取り組もう!」と決意しても、すぐにリソースを確保できるわけではありません。周到な準備が必要です。

1. 取り組み開始予定よりも前から計画をスタート

技術的負債の解消は、ものによりますがそれなりの時間とリソースを伴います。これらは一朝一夕にできるものではありません。

  • 早期の計画着手: 「このくらいの時期には技術的負債の解消に着手したい」という目標時期が見えてきたら、着手予定の数ヶ月前くらいから具体的な計画の立案を少しずつ始めましょう。
  • ロードマップへの影響を最小限に: 初期段階では、既存の開発ロードマップに大きな影響を与えない範囲で、調査や小規模な改善から着手するのが現実的です。
  • こまめな共有と段階的な合意形成: 計画の進捗状況や、見えてきた課題、具体的な改善案などを、ビジネスサイドやチームメンバーとこまめに共有します。「なぜこの負債を解消する必要があるのか(目的)」「具体的に何をどう変えるのか(手段)」「それによってどんな効果が期待できるのか(効果)」といった点を段階的に説明し、合意を形成していくことが重要です。

2. タイミングが来たら立案した計画に沿って実行

  • ミニマムの体制で開始: 最初から大きなリソースを取ろうとすると、その分機能開発への影響が大きいため賛同を得づらくなります。最初はミニマムの体制で小さな成果を出して「やる意味があるんだ」ということをわかってもらることでより大きなリソースを割けるようになる可能性があります。
  • 成果を共有: 実行したこと、実行した結果ビジネスに対してどんな良いことが起こったか、起こる予定か、をビジネスサイドに共有しましょう。技術的負債を解消することの意義をより理解してもらいやすくなります。

おまけ:説明の工夫 - 課題の構造化とビジネスインパクトの明確化

技術的負債の解消についてビジネスサイドの理解と協力を得るためには、伝え方が非常に重要です。個別の技術的な問題を羅列するだけでは、なかなか本質は伝わりません。

1. プロダクト開発における課題を構造化して説明する

  • 個別の問題ではなく、全体像を: 「ここのAPIのレスポンスが遅い」「このモジュールが複雑すぎる」といった個別の技術的な問題を一つひとつ伝えても、ビジネスサイドは「で、それが結局どういうことなの?」となってしまいがちです。
  • 技術的課題がビジネスにどう影響するかを構造化する:
    例えば以下のようにプロダクト開発における技術的な課題がどのように事業上の課題につながっているかの構造を図示するなどして見える化します。
    複数の技術的な課題が、どのように絡み合い、最終的にどのようなビジネス上の問題(開発効率の低下、コスト増、機会損失、ユーザー満足度の低下など)を引き起こしているのか、その構造を明確にすることで、ビジネスサイドも問題の重要性を理解しやすくなります。

やってはいけないアンチパターンとその弊害

技術的負債の解消を訴える際に、良かれと思って取った行動が、逆に状況を悪化させてしまうことがあります。ここでは、典型的なアンチパターンとその弊害について解説します。

典型的なアンチパターン

  • 感情論で押し切る: 「とにかくリファクタリングが必要なんです!もう限界です!」と感情的に訴えかける。
  • 抽象的な脅し文句: 「この技術的負債を放置したら、いつか大規模な障害が起きますよ?」と、具体的な根拠を示さずに不安を煽る。
  • 技術的負債を言い訳にする: 「技術的負債のせいで開発が遅れているんです」と、責任転嫁とも取れる発言をする。
  • ビジネスサイドと心理面の壁を作る: 「ビジネスサイドは分かってない」と心理的な壁を作りコミュニケーションを取らなかったり、エンジニア同士でビジネスサイドの愚痴を言い合う

アンチパターンがなぜダメなのか?

これらのアンチパターンは、短期的には注目を集めるかもしれませんが、長期的には以下のような深刻な問題を引き起こす可能性があります。

  • 「面倒な人」認定による信頼失墜: 感情的になったり、根拠の薄い主張を繰り返したりすると、周囲から「扱いにくい人」「面倒なエンジニア」というレッテルを貼られてしまう可能性があります。そうなると、本当に重要な提案や意見であっても、真剣に聞いてもらえなくなり、自分のやりたいことを実現しづらくなります。
  • ビジネスサイドの誤った意思決定を誘発: 抽象的な脅しや不正確な情報に基づいてビジネスサイドが判断を下すと、本来は優先度の低い技術的負債の解消にリソースを割いてしまったり、逆に本当に重要な課題を見過ごしてしまったりする可能性があります。これは、プロダクト全体にとって大きな損失です。
  • 他責思考による成長機会の損失: 「技術的負債のせい」という言葉を安易に使うことで、問題の原因を外部に求めがちになり、自身のスキルアップやチームの課題解決能力向上の機会を逃してしまうかもしれません。他責的な姿勢は、周囲からの信頼を損ない、重要な仕事を任されにくくなる要因にもなります。
  • ビジネスサイドとの心理的な対立が深まる: ビジネスサイドとコミュニケーションを取らず職種間の心理的な壁が大きくなり、やりたいことがよりやりづらい状況に追い込まれてしまいます。

まとめ:信頼と対話が生み出す、健全なプロダクト開発サイクル

技術的負債は、プロダクト開発において避けては通れない存在です。しかし、それにどう向き合い、いつ、どのように解消していくかは、エンジニアとビジネスサイドの間の信頼関係と、継続的な対話によって大きく左右されます。

本記事で紹介したステップは、決して一直線に進むものではなく、時には後戻りしたり、状況に合わせてアプローチを変えたりする必要があるでしょう。しかし、一貫して重要なのは、ビジネスの成功を共通の目標とし、その達成のためにエンジニアリングがどう貢献できるかを常に考え、誠実に対話を続けることです。

ビジネスサイドとの強固な信頼関係を築き、技術的負債の重要性について共通認識を持つことができれば、「いつ解消できるんだろう…」という不安を抱えながら開発する必要はありません。むしろ、「プロダクトの将来のために、今こそこの負債を解消しよう!」と、チーム全体が前向きな気持ちで、安心して技術的負債の解消にリソースを割けるようになるはずです。

この記事が、皆さんのプロダクト開発における技術的負債との健全な向き合い方の一助となれば幸いです。

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